十枚落ちの王女様
「で、伝令です! 魔王軍がやって来ました!」
ボロボロの鎧を来た兵士が魔王軍の到来を知らせに来た。
とうとうこの時が来たかと、思わず下唇を強く噛んでしまう。
本来、伝令の役割をこなすはずのなかった兵士の言葉に、宮殿内にいる全員が悲壮な表情をする。
魔族の猛攻を浴びたせいでひしゃげた鎧をまとう壮年の兵士。
絶望で顔を歪ませ床に悪態をつく少年。
首にかけたペンダントを濡れた瞳で見つめる少女。
状況がよくわかっておらず周囲をきょろきょろとする男の子。
床に力なく座り込んでいる老人。
泣いている赤ちゃんをあやす、目に隈をつくり髪をぼさぼさにした女性。
きらびやかな装飾も何もない宮殿には、赤ちゃんの泣き声しか響いてなかった。
誰も彼もが『魔王軍の到来』という事実に立ち向かえるほど、心を強く持てていなかった。
実際、どうしようもないのだ。
魔王軍は宮殿内にいる人間全員で立ち向かっても勝てる相手ではない。むしろ足手まといとなる者が大半だ。
ここ数年で、私たち人間の生息圏は魔族たちに奪われ続けた。
魔王軍は尋常でない速度で私たちの生活を蹂躙していったのだ。
結果として多数の国は滅ぼされ、いや私たちの国以外は滅ぼされ、この国においても籠城をせざるを得ない状況にまで追い込まれていた。
さきほどの伝令も、兵の人手不足のせいで急遽抜擢されたずぶの素人なのだ。
この国の現状を否が応でも理解してしまう。
だからこそ、私が率先して国を守らなければならない。
「聞け、皆の者」
今は亡き父上に代わり、国王として指揮を執る私は、宮殿内の絶望をすこしでも和らげるために毅然とした声をあげる。
全員の視線が私に向いたのを確認してから、周囲に語りかける。
「今の状況は限りなく最悪といってもいい」
私の言葉に再度顔を俯かせる者が何人かいた。
それでいい。絶望の中でこそ希望は輝くものだ。
暗闇の中ではすこしの光でもすがりたくなる。
八方塞がり、絶体絶命、万事休す、そのような状況でも人たちはあがき続ける。
人はかくも醜く生き続ける。美しい姿を見せることができる。
だからこそ、私は提案させてもらう。
「だがひとつだけ、ひとつだけ国を存続させる方法がある。
王女である私の身を捧げることだ。
なあに魔王はかなりの色狂いと聞いた。万事うまくい――」
「なりません!」
突如、聞きなれた少女の声が耳元で炸裂した。
軽くうめき声をあげてしまい右耳をおさえる。すこし屈んでしまった。
「なりません。王女様はこの国の象徴なのです。
私たちの誇りであり心の支えなのです」
声がした方向を見上げ「やはりか」と心の中でため息をつく。
耳元で叫んだ少女は私の従者かつ幼馴染であるセレナだ。
こんな時勢にも関わらず、彼女の金髪は輝かしいままだ。
彼女は鬼気迫る表情で言葉を続ける。
「それでも王女様はこう言うでしょう。
『王は国民に生かされている。なれば王が国民を守るのは当然のこと』
まったく、強情な人です。私たちこそ王女様に生かされているのですよ」
「だからこそだ。王は国民を幸せにしなければならない。
少しでも長く、人生を謳歌させてやらねばならない。
王が国民を守るのは義務なのだ。代々続く王族の責務なのだ」
「それは違います、王女様」
背後から野太い声が聞こえた。
振り返ると、そこにはひしゃげた鎧をまとう兵士がいた。
「私たちの幸せとは守られることではありません。
この国を守り抜くことなのです。
――たとえ王であろうと、私たちの幸せを決めつけることはできません」
「そうだそうだ!」と元気な声が聞こえてた。
周囲を見ると、皆が暖かい雰囲気に包まれていることが伝わってくる。
皆の表情から不安がなくなった様子はない。つつけば壊れそうな儚い表情だ。
だが、だが――
「くくく」
「あ、笑いましたね」
「ああ、セレン、すまない。
……くくく。ああ、皆の者よすまない。
よもや国民がここまで馬鹿だとは思わなかった。
分の悪い賭けに乗るとは、なんと馬鹿なのだろうか」
「はい、私たちは大馬鹿者です」
「その通りだ。だがそれは――愛すべき馬鹿というものだ。
……ありがとう。この苦境を皆で乗り越えて見せようではないか」
冷たかった宮殿に小さな火が、小さいが確かに暖かさを感じる火が灯った。
この火は絶対に守ってみせる。
誓ってみせよう、この名にかけて。愛すべき国民のためにも!
「はあい、調子はどうかしら」
この場の熱気を消すように、底冷えする声が宮殿内に響き渡った。
私は嫌な気配を感じて視線を上に向ける。
現れたのは白い少女。白い少女が浮遊していた。
特徴的なのは頭部から生えている二つの白い角。
つまり――
「皆の者、逃げよ!」
「逃がすわけないじゃない」
冷気が足元に這い寄り私たちの足を凍らせる。
あまりの状況の突然さに、対応できる者はいなかった。
足から伝わる氷の温度が私の全身を冷たくする。
白い少女が私に近づいてくる。
「ああら、結構かわいい顔してるのね」
少女の白い指先が私の頬を伝う。
異常なほど低い体温に、私は眉をしかめる。
だが睨むことをやめるなどできるはずもない。
「いい目してるわねえ。本当にかわいいわあ」
「王女様から離れなさい!」
セレナが声を荒げて少女の行いに非を唱える。
彼女も足が凍ったせいで動けないはずなのだが、今にでも飛びかからんとする気迫で少女にかみつかんとする。
「うるさいわねえ。……殺そうかしら」
「やめろ」
少女は雪白の表情をこちらに向け、私は戦慄する。
「あなたの大切なものってあれかしら?」
「やめろ」
「ふーん。図星みたいね」
「やめてくれ」
「私ね、絶望的な状況でも諦めない子が大好きなのよ」
「どうかやめてくれ」
「でもね――」
「頼む、やめてくれ」
「――そんな子が絶望する表情はもっと好きなの」
「やめろ!」
ここの火を守ると誓ったのだ。この名に誓ったのだ。
やめろ。右手を振り上げるな。セレナに近づくな。私の親友を殺さないでくれ。
おねがいだ、たのむ。たのむ。たのむ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお」
「い・や」
天地がひっくり返るほどの地震が起きた。
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「で、言い訳もとい妄想話は終わりか?」
「『王』と『歩』の感動秘話をお前は妄想と吐き捨てるのか!
王女と従者の別れは涙ものだろうが!」
「終わりが雑なんだよ。なんだよ天地がひっくり返るほどの地震て。
不完全燃焼すぎんぞ。
それにお前が将棋盤返しをした事実は結局変わらんぞ」
「第一なあ! お前がそんなに強かったなんて知らなかったぞ!
何だよあの将棋の早さ! 俺なす術なかったよ!
しかも『歩』だけ残すとかどんな荒技なんだよ!」
「話を聞けよ。
あと私の実力を知らなかったお前が悪い」
「それでもあれはありえないでしょ!」
「ていうかお前、将棋初心者だろ?
ボコボコにされて当たり前だろ」
「それでも! 自前で『十枚落ち』にさせるなんてありえない!」
「うるせえ、ありえただろうが」
「ありえない! 認めない! 再戦だ!」
「じゃあ次は私が『十枚落ち』でいいぞ」
「言ったな!? ボコボコにしてやんよ!」
『私』が『俺』に勝つのは当然の結果であった。
めでたしめでたし




