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レミ・クラウ。
徴税隊の途中で立ち寄った村にいた、例の回復魔法の使い手の少女だ。
(なぜ冒険者に……?)
俺はすっかり回復魔法のことを家族に打ち明けてどこかの家に嫁入りするものだと思っていた。
だから、村を出立する一団に彼女が参加すると知った時には大いに驚いたし、その後の旅の途中で冒険者を志した理由を確認しようと思っていた。
だが、彼女には四六時中シンが張り付いていたし、シンと一緒ではない時はうちのギルドのメンバーが誰かしら彼女に構っているのを何度を見た。若い女の子だからみんな甘やかすのだろう。移動の時に手荷物を持ってやったり、自分の若い頃の武勇伝を話して聞かせたり、レミもそれを断ることができずにズルズルといってしまうものだから、なかなか時間を作れなかった。
そんな状態が何日か続き、どうしてもレミを捕まえられそうにないと理解した俺は彼女と話をするのを諦めた。どちらにしろ一度村から出てしまえばもう後の祭りだ。これ以上彼女の事情に深く関わる必要もない。俺はただの教育係に過ぎないのだから。
そういうわけで、俺はレミがなぜ冒険者になろうと思ったのか知らない。
機会があればいつか耳にするかもしれないが、改めて問いただすつもりはなかった。
◆
「では二人ともこの契約書を読んでサインを。……字は読めるか?」
俺はシンとレミの二人を連れて手ずからギルドの加入手続きを行う。
他の金のあるギルドにはいるらしいが、うちには受付嬢なんて上品なものは存在しない。
外部とのほとんどの手続きはギルドマスターのおやっさんが行うし、依頼人との交渉もおやっさんや上の人間たちの仕事だ。
そうしてギルドとして請け負った仕事を、冒険者たちが分担して仕事をこなす。仕事の詳しい説明が聞きたいならおやっさんに聞けば答えてくれる。
なのでわざわざ受付嬢という人間を雇ったりはしていない。いるのはせいぜい食堂のおばちゃんぐらいだ。
そんなわけで新人二人の書類作成も俺の仕事のうちとなる。
「俺は名前くらいなら書けるけど、こんな長い文は読めないぜ」
「わ、私は読めます……」
シンは契約書に綴られた条件を一目見て投げ出した。村の農家出身なら読めないのも当然だ。自分の名前くらいは書けないと困るが、長文を読み書きする機会なんてほ農民たちにはほぼない。
それに対し、村長の家に生まれたレミはちゃんとした読み書きを家族に習っていたらしい。街の商人との交渉なども村長が代表として行うから文字が読めないと話にならないのだ。レミも一応勉強だけはしていたらしい。
「そうか。じゃあレミは軽く目を通しておいてくれ。後でまとめて条件の確認をするから、納得したら二人共サインを。シンは今はいいがそのうち文字の読み書きも覚えよう。依頼書を読めないと冒険者なんてできないぞ」
「は、はい」
「えー、いいよ。文字なんか読めなくてもレミが読んでくれるから。それよりさっさと依頼を請けてモンスター退治に行かせてくれよ」
「先に契約と説明だ。レミが読み終わるまで待ってろ」
ブーたれるシンに急かされながらレミが読み終わった。
「お、終わりました」
「よし、それじゃあ改めて冒険者ギルドについて説明させてもらう。わからないことがあったらなんでも質問してくれ」
自分の中で説明の段取りを考えながら、二人に冒険者ギルドの仕組みを教えていく。
二人に見えるように指を一本立てた。
「うちのギルドは基本的に四つの階級で構成されている。
一番上が『親方』。さっき会ったドルマのおやっさんだ。このギルドで一番偉いだけじゃなく、他の組織との交渉や依頼の受注はあの人が仕切っている。何か言われたら素直に従っておけ」
次に二本目の指を立てた。
「ギルドマスターの下にいるのが『職人』。一人前の冒険者と認められ、自分の判断で依頼を選んで受けられるようになるのがこの階級だ。お得意さんたちから名指しで依頼を出されたりもする、うちのギルドの看板冒険者たちだ」
三本目の指を立てる。
「ギルドメンバーの下にいるのが『徒弟』。依頼に出るギルドメンバーの補佐として雑用をこなしながら様々なことを教えてもらう。いわゆる下積み期間だ。依頼の報酬はサポートは貰えない。だがギルドから貢献度の応じて多少の給料が出る」
最後、四本目の指を立てた。これが新入り二人の階級だ。
「サポートの下、一番下の階級が『見習い』だ。今日ギルドに加入する二人もこの階級になる。
見習い期間は基本的に依頼を受けない。街の中か周辺で訓練をしてもらう。
戦闘訓練も受けていない、自衛もろくに出来ないような人間は街の外じゃただのお荷物だ。お荷物がせめて荷物持ちくらいになるまでは依頼に同行するのを認めるわけにはいかないってわけだな。
……ああ、見習い期間は訓練期間なので給料は出ないが、代わりに衣食住の面倒はギルドが見るので餓える心配はないぞ。あとで案内するが食堂に顔を出せば朝晩には無料で食事が出てくる。
タダ飯が食えるからと真面目に訓練をしない奴は放り出すから気をつけておけ」
『親方』『職人』『徒弟』『見習い』。
この四階級は『東の流星』だけのものではなく、この街の他の三つの冒険者ギルドや、他の職人組合でも同じ階級制度を採用している。例え所属するギルドが違ったとしても自分より上の階級の人間には敬意を示すというのは基本中の基本だ。
貴族に大公から騎士まであるように、聖職者に教皇から助祭まであるように、街の人間にも親方から見習いまで階級が存在するのだ。
「『見習い』だって!? 嘘だろ、俺なら今すぐモンスターとだって戦えるぜ! 今すぐ『職人』にしてくれよ」
「……はあ」
予想はしていたが、やはりシンが騒ぎ出した。
「そんなこと認めるわけ無いだろうが……。今のお前をギルドメンバーにするなんて言ったら俺がおやっさんに殺される。お前もレミも見習いからだ」
「なんでだよ! 俺の剣ならどんな相手だって――」
「剣の腕は関係ない」
いつでもどこでも剣、剣、剣。辺境の村なら通じたかもしれないが、それでゴリ押し出来ないものが街にはいくらでもある。
「ギルドメンバーというのは何年も真面目に働いた人間に対し、ギルドが責任を持って身分を保証するという意味もあるんだ。人となりを把握し、その人間が問題を起こしたときはギルドも責任を負う。そういう信頼の上に成り立つものなんだよ」
腕っ節の強さだけではなく、人格や経験などを総合的に加味してギルドマスターに認められた人間。
それがギルドメンバーであり、今日この街についたばかりの人間には、絶対に無理なのだ。
「お前は『見習い』だ」
契約書の署名欄を指だし、シンの目を真正面から見据える。
「それが嫌なら帰ってもらって構わないぞ。ここに名前を書くか、尻尾を丸めて村に逃げ帰るか……さあ、どうする?」
他に交渉の余地はない。飲むか飲まないか、二つに一つだけ。
歯を食いしばり黙ってしまったシンの横で、レミがペンを手にとった。
『レミ・クラウ』
流麗な文字で自分の名前を書き、俺に契約書を差し出した。
それを見たシンは悔しそうに歯を食いしばり、契約書に穴が空きそうなくらい力を込めて自分の名前を書き込んだ。
『シン・ヒイロ』
これで二人は『東の流星』の『見習い』だ。