英雄伝説の始まり 後
ナービのじいさんが引退していた。顔見知りの冒険者のおっさんから教えてもらった。
後任の新しい教育係はさっきの使えない下っ端、チートという名前の男らしい。
……このギルド、大丈夫か?
不安だったが他に方法はない。
領都には四つの冒険者ギルドがあるのだが、どこのギルドに所属するのかは出身の村ごとに決められている。
勝手に抜けたり入ったりできない。そろぞれのギルドのギルドマスターの許可が要る。
なので、俺はギルド『東の流星』に所属するしかないのだ。
まあ、勝手に抜けられないとは言っても、それも最初だけだ。
腕のいい冒険者は他のギルドからスカウトされて引き抜かれたりするらしいし、俺ならすぐに街で名を上げられる。
教育係のあの男が本当に使えないようなら、他に条件のいいギルドに移ればいいだけだ。
とりあえず今は様子見にしておこう。
反対された。
冒険者は考え直せと、あの教育係に言われた。
俺が長男だと知ったあの男が、俺に家と畑を継ぐように説教をしてきた。
冗談じゃない。ようやく両親の説得が終わったんだ。
今更蒸し返されては困る。俺は絶対に冒険者に、英雄になるんだ。
いくら教育係だって俺を門前払いすることはできない。
冒険者ギルドは来るもの拒まず。俺が希望した時点で加入を断れないのだ。
口うるさく説教を垂れ流す教育係を撒いて森に逃げ込む。
このまま朝まで隠れて、明日の朝になったらそのまま徴税隊と一緒に村を出てしまえばいい。
一度村を出たらそう簡単には戻れない。
それで勝負ありだ。
獣道を進み、いつも俺が剣の鍛錬をしている場所へ向かった。
「来てたのか」
森の中の少し開けた空間。そこに先客がいた。
俺と同じ年の女の子、レミ。村長の家の五人目の娘だ。
ピンク色の髪の可愛い子で村ではそこそこ人気がある。
ただ、さすがに五人目ともなると金持ちの村長でも持参金が厳しいらしい。去年、一昨年とレミの姉たちの婚姻が続いたせいもあるらしい。
持参金がないと結婚できる相手の家の格が多少落ちる。
村長の家でレミは若干持て余されているそうだ。
「冒険者になるって、決めたのか?」
そんなレミに俺は一緒に冒険者にならないかと誘ったことがあった。
誰も知らない、俺とレミだけの秘密。
実は、レミは魔法が使えるのだ。
魔法を使える人間は少ない。
百人に一人とも、千人に一人とも言われている。
冒険者になれば怪我は絶えないだろうし、回復魔法の使えるレミが一緒に来てくれれば心強い。
俺の剣とレミの魔法。
俺たちは他の人間とは違う。
俺たちだけの特別の何かを持っている。
俺たちなら絶対に成功できる。
俺とレミの輝く未来を、英雄伝説の始まりを、レミに熱く語った。
――パキッ
森の中で枝を踏みしめる音がした。
誰かが近づいてきている。
振り向くと、木々の向こうにあの教育係が見えた。
この広場に向かってきている。
捕まったらまた説教が始まるんだろう。
なんてしつこい奴なんだ。
「悪い、レミ、また明日! 一緒に街にいくの楽しみにしているぜ!」
レミを連れていったら追いつかれるかもしれない。そう考え、広場にレミを残していくことに決めた。
この近辺は俺の庭だ。あの教育係にそう簡単に追いつかれるつもりはない。
絶対に朝まで逃げ切ってやる。
俺は夜の森へと足を踏み入れた。
◆
翌朝。
出発する徴税隊の中に、俺はいた。
これから、俺の、いつまでも伝説として語り継がれるような英雄への道が始まる。