中堅冒険者、新人教育係に就任す
村を出たのは十五の時。
ごく普通の農民の家に生まれ、頼るあてのなかった俺は冒険者となった。
それから我武者羅に働き続けて、ようやく一端になったと思ったのはつい最近。
気が付けば十年が過ぎていた。
「チート。お前、新人どもの教育係をやってみねえか?」
ギルドマスター――おやっさんにそう勧められたのは、そんな時だった。
「ナービの奴がそろそろ引退を考えているらしくてなあ。その後釜をお前にやってもらいたいんだ」
「あのおっさんが、引退……?」
「ああ、あいつもいい年だからな。若い奴らの面倒見るのも辛くなってきたんだろ」
「……そうですか」
ナービのおっさんは俺がこのギルドに入った時には既に新人教育係についていた相手で、冒険者の暮らしというものを一から教えてもらった恩人だ。
歳は確か五十過ぎ。若い頃から体を酷使する冒険者という職業上、あちこちガタが出ていてもおかしくない年だ。
若い連中の監督として仕事に付いて回るのもしんどいのかもしれない。
「でも、俺でいいんですか? もっとベテランの人の方が――」
「もう何人かには話を振ったんだよ。どいつもこいつも『ガキのお守りは趣味じゃない』だとよ」
「ああ……」
兄貴分というべき存在の顔を何人か思い浮かべるが、確かに子供の面倒を進んで見るような人たちじゃない。
「面倒見のいい奴らがこの前バタバタと出ていったのがなぁ……はぁ」
「そうですねぇ……」
うちのギルドは三十から四十くらいになると冒険者を辞めて他の職業に就く者が多い。
それまでの生活で貯めて金で田舎に畑を買って引っ込んだり、腕っ節を買われて街の自警団や商会の護衛に勧誘されるのだ。
人付き合いが良くて経験豊富なベテランほど引っ張りだこで、そういう人材から抜けていく。
結果、人付き合いがあまり上手くない人間か、現役冒険者としてバリバリ仕事をこなしたい人間がギルドに残る。
どちらも新人の教育係には向いていないし、見向きもしない人材だ。
「そういうわけで、後はお前くらいしかいねえんだよ。な、このとおりだ!」
おやっさんが両手を合わせて拝むように頼んでくる。つるりと禿げた頭頂部(本人曰く剃っている)が眩しい。
(新人教育……俺に出来るのか?)
これまでも何度か新入りの面倒を見たことはあったが、それもナービのおっさんの手伝いなど限定的なものだ。自分が責任者として主導する立場になるのとはわけが違う。
……だが、日頃から世話になっているギルドマスターに頭を下げられては断れない。こんな姿を見ていられない。
(仕方ない、引き受け……)
「ああ、教育係として報酬も出すから収入の心配はしなくていいぞ。新人向けの仕事は金にならんからな、そこは安心してくれ」
「やります」
こうして俺は新人教育係に就任した。
ナービのおっさんが五十過ぎまで頑張った理由が少しだけわかった気がした。……あのおっさん、こんなに貰っていやがったのか……。