掌編小説『選別』
君は僕の大事な人だから、僕がこの夏にアルバイトに行っていた、ある工場のことを話すよ。その工場は世界中にあるんだ。でも地図には載ってないよ。見えないんだ。
その工場で僕がしていたのは製品の選別で、製産ラインの最後のところに突っ立って、それが世に出せるかどうかを判断するんだ。判断基準はひとつだけ。マニュアルに書いてあったのは、製品に『労働力』があるかないかで選別しろってこと。労働力がないものはビルの屋上とか駅のホームとか柿の木の下へ送る。嫌がったらガス室。その製品って人の形をしてるんだ。
始めの一週間は研修期間で、その間に選別の具体例を叩き込まれたよ。ある製品は少女に似ていた。痩せっぽちで手足がクタクタしていたんだ。これは立つことすら出来ないから壊して埋めるんだって。ある製品は他の人が言うことを理解出来ないからガス室送り。ある製品は目が見えない男のようで、彼はガス室送りだと僕は思ったけれど、男はギターで美しい音楽を奏でたんだよ。その製品はこのまま世に出せるんだって。なるほど。ひとつでも人を楽しませることが出来れば、それは労働力があると数えられるのか。僕は選別の仕方を覚えたんだ。
研修期間が終わり、僕は生産ラインの最後に立った。流れてくる製品。ひとつの製品を三分間で選別しなければならない。
この製品は屈強な男みたい。力が強いから重い物を運んだり出来るだろう。僕は緑色の検印を彼の手首に押したよ。
この製品は小さい女の子。この娘は自分の髪の毛を自分で引きちぎることしか出来ないけど瞳が青くてキレイだから世に出れるなって思った。僕は女の子の手首に緑色の検印を押した。
この製品は中年の女の姿。パソコンのキーボードを正確に早く打てたから僕は緑色の検印を押したんだ。いろいろと役に立つって聞くよ。パソコンが上手いと。
この製品は頭の良い青年。数学的な才能が凄いけど他の製品を壊してしまうことがある。僕は青年の手首に緑色の検印を押したよ。数学的な才能は人を楽しませることもあるだろうって。僕は数学が嫌いだけど。
この製品は二人の若い女性。二人でワンセットになってラインを流れてきた。二人は恋人同士なんだって。マニュアルには子供が出来るかどうかも判断上有効って書かれていたけど、その製品二人は幸せそうだったから僕も楽しくなった。だから二人の手首を並べて緑色の検印をひとつ押したよ。二人が手首を合わせると検印のマークが現れるんだ。検印ってお金のデザインに似てるんだよ。
それからもたくさんの製品が流れてきた。僕は毎日、選別してたよ。そしてバイトの最後の日、特別なことがあったんだ。
その製品はお婆さん。見掛けは御世辞にも綺麗だとは言えない。加えて痴呆みたいだった。ラインを流れてきたときもオシッコを洩らしていたんだ。僕はお婆さんをガス室に送ろうと思った。赤色の検印を手首に押そうとしたとき、次の製品が流れてきて「お婆ちゃんを助けて」と泣いたんだ。僕は、このお婆さんが次の製品にとって大事であるらしいってことを知り、慌てて緑色の検印に持ち替えたんだ。次の製品というのは特別だったみたい。猫に似てたんだ。お婆さんはその猫の面倒を見ていたらしい。これって猫にとっての労働力だよね。それで、お婆さんの労働力を無くさないために、その猫にも緑色の検印を押したよ。もちろん猫の可愛さも人を楽しませるから労働力に数えられるんだ。
そんなふうにしてね、僕は検印を押していたけど赤色の検印を一度も押さなかった。一度くらい押してみたかったけど、押すべき製品が見当たらなかったんだ。
それでね、夏が終わってバイトはおしまい。冬になった今、僕は屋上にいるよ。いつの間にか屋上に送られてたんだ。誰が僕を選別したのか、僕は気付かなかったよ。嫌がったらガス室だから嫌がることも出来なかったんだ。このまま屋上にずっと居てもいいんだけど、なんとなく、飛び降りなくちゃいけないんだなあって思えてくるから不思議だね。ここから街の騒がしさを眺めていると悔しいなあって思う。こんなことになるなら一回くらい赤色の検印を押しとけば良かった。もし、僕の手首に赤色の検印を押したのが、どの製品なのかを教えて貰えるなら、僕はその製品に赤色の検印を押したいと思う。何故かって? その製品は僕を楽しませなかったからだよ。それどころか、反対に苦しめてるんだから。じゃあね。ばいばい。あ、最後に聞いてもいいかな。僕は君をひとつでも楽しませてあげられたのかな。
『了』