ファンタジー兵站小説:転移魔法使いクラインの戦争
眼鏡をかけた算術士の女から、転移魔法でここに行け、といって数字を並べた紙を手渡されたクラインは、思わず骨の首飾りに触れた。そして転移魔法の使い手であった一族の女たちに幸運を祈る。
転移魔法の使い手は、迷信深い。
他の魔法と比べて、不幸に見舞われた時の結果が悲惨だからだ。
転移座標が高ければ、落ちる。
転移座標が低ければ、埋まる。
距離が短ければ、敵陣の前でアホ面をさらす。
距離が長ければ、敵陣の後ろで孤立する。
転移魔法の使い手で、五体満足で死ねるものは、まずいない。
どこかで不幸に見舞われ、酷い目に遭うのだ。
同時に、転移魔法の使い手が、戦場において数々の栄光に輝いたことも事実だ。
どれだけ分厚い陣容を誇る大軍であろうと、堅牢な防壁に囲まれた城砦であろうと、転移魔法の妨げにはならない。
転移魔法の使い手が、仲間と共に敵の本陣に斬り込んで大将を討ち取る、という吟遊詩人の物語にあるような一幕は、絵空事ではないのだ。
もちろん、その後はだいたいその場で斬り死にとなる。二度目の転移魔法を許してもらえることはまずない。
それでも、そうした死に方は転移魔法の使い手として本望であった。
クラインの母も十年前の戦いで敵の城の内側に転移して城門を開け、味方が城内に入るまでその場を支えて戦い、その傷が元で死亡している。
骨の谷の魔法使いを継ぎ、王国との契約に従って此度の戦いに従軍しているクラインも、母と一族の名に恥じぬ戦いをする覚悟を決めている……否、覚悟を決めていた。
――だというのに、なんだコレは。
クラインは数字を見る。算術士ではなく、それどころか文字すら転移魔法に関するもの以外は怪しいクラインだが、その数字が転移座標だという視点があれば、だいたいの予測はつく。
そして青ざめる。何日もかかるほど離れた場所の座標が、そこに書かれていた。
「ここに、飛べというのか?」
「そうよ」
「念のために聞くが、ここがどこかわかっているのか?」
「当然です。私が計算したのですから」
バカか、お前は。眼鏡の奥にある算術士の目がそう語っていた。
「この座標にあるのは、北東にあるホッセン伯領の都市モールです。正しくは、モールを見下ろす丘の上ね。そこに三角点標石が置いてあるから」
「さんかく……なんだ?」
「三角点標石。王国内の正確な地図を作るにあたって各地で測量して設置したものよ」
「んで、オレにそこまで飛べ、と」
「ええ。私と一緒に。このモールで、商人ギルドとの会合があるわ」
「商人ギルドだと」
――母よ、祖母よ、曾祖母よ、我が一族の女たちよ。なんということだ! 数々の戦場で栄誉に輝いた、骨の谷の魔法使いが、役人が商人と会うために命をかけて飛ぶことになろうとは!
「断る」
「はあ?」
何を言い出すのだ、このバカは。クラインを見る算術士の目が細くなる。そうでなくても、極度の近視なのだ。
「断ると言った。我ら骨の谷の民は、王国との古き約定に従い、戦のために魔法使いを送っている。役人が商人と会うためでは断じてない」
クラインは、算術士に噛み付くように顔を近づけて言うと、数字を書いた紙を地面に捨てた。
算術士も、クラインをにらみ返すと、吐き捨てるように言った。
「あなたは飢えたことがないの?」
「ああっ?」
この女は何を言っているのか、とクラインは思った。飢えた経験のないものなど、彼女の部族にいようはずもない。
クラインたち、骨の谷の一族は王国の北にある高地に暮らす部族だ。
裕福ではない――というよりは、貧乏である。狭い土地、寒冷な気候、そして辺境の魔物たち。全員が食べていけるだけの生産力は最初からなく、王国との交易によってかろうじて人口を維持している。
王国の軍役に従うのも、転移魔法というレアな魔法使いを戦争に参加させることで、褒賞金を得る狙いがある。決して古い約定のみが理由ではない。
空腹は、骨の谷の民にとってお馴染みの感覚だ。
冬場に、ちょっと天候が荒れるだけで、何人も飢えて死ぬ。一人も飢えで死なない年はない、と言っていい。
算術士の女は地面にしゃがみ、クラインが捨てた紙を拾った。
「これがないと、あなたが飛ばないと、王国軍二万の軍勢が飢えるのよ……いえ、二万ではすまないわ。モールの一万の民。そしてその周辺で暮らす人々。最終的には十万以上の人が飢え、二万から四万の人が死ぬ」
「なんだと? 嘘をついたら承知しないぞ」
「嘘ではないわ。説明するわね。そこに座って」
女が地面の小石を拾って並べはじめた。
――なんだ、この女。
クラインはしゃがんだ女をにらみつけた。
手頃な位置にある頭を蹴飛ばしてやろうかと思う。
しばらく逡巡した後、クラインは不承不承、その場にしゃがんだ。
飢える、という言葉には、やはり無視しがたいものがあった。
クラインは今回が初の従軍だが、傭兵として軍に参加したことのある骨の谷の男衆から、戦場ではとにかく飯が不足すること、食料を手に入れる機会、飯を食う機会があれば絶対に逃さないようにすること、などの心得を出発前に聞いている。
「このアルス地方には、王国軍二万の兵がいるわ。正確には今は一万五千。数日中に二万になって行軍を開始する予定よ。この石ひとつが一万の兵だと思って」
大きめの石をふたつ、女が地面に置く。そして、その周囲の地面にぐるり、と輪を描いた。『アルス』と文字で書き加える。
「あなた、昨日はちゃんとご飯を食べたわよね?」
「もちろんだ」
クラインはうなずいた。魔法使いとして従軍したクラインは、王国魔法兵中隊に所属し、登録時に札をもらっている。この札を中隊の補給係に見せることで、朝と夕方に食事がもらえる。
「黒パンとスープだ。鶏の肉が入っていた」
従軍して驚いたのは、毎日のように、腹一杯に食べられることだった。男衆のアドバイスは、いったい何だったんだと思っているほどだ。黒パンは固かったが、みっちりと重くて腹持ちがいい。スープにひたして柔らかくしてから食べた。
「そのご飯は、アルス補給廠から来ているわ。年貢として集められた小麦が倉庫に入っていて、それをパン焼き竃で焼いて配っている。燃料も倉庫に入っているものよ。パンが黒いのはムゴ豆の粉を混ぜて焼いてるせいね。日持ちがするのよ」
「鶏もか?」
もし魔法か何かでそんな倉庫が作れるのならぜひ欲しい、とクラインは素直に思った。何百羽もの生きた鶏が入っていて、いつでも取り出して調理できる倉庫。
「鶏は違うわ。それは近隣の村を徴税請負人が回って集めた物よ。魚や野菜なんかもそうね。二万の軍隊が集まるのだから、倉庫に入っているものだけでは不足するわ」
「ふん。そりゃそうか」
「それに倉庫の中に入っている穀物だって限りがあるわ。二万の口と胃袋よ。あっという間に食べ尽くしてしまう」
算術士は『アルス』の輪の中に、倉庫に備蓄した食料を示す小さな石を並べる。そしてこれを、二個ずつ減らして、日々、二万の軍勢が食べていくのだ、というのを動きでクラインに見せた。
クラインは驚き、そして、納得した。
食料は食べればなくなる。当たり前のことだ。
「なので、とにかく軍が集まりしだい、ここから移動を開始しなくてはいけない。アルス地方は豊かな地方だけど、二万の軍を長期間維持することはできないわ。もしできても、それを税だけでまかなおうとすれば、大変なことになる」
クラインは自分の骨の谷にこの軍がやって来たらどうなるか、を考えて気分が悪くなった。
貧乏な骨の谷に、備蓄と呼べるほどの蓄えはない。二万の軍勢に一回の食事をふるまうことすら能力の限界を超える。
「北からここに来る途中、見渡す限りの小麦畑を見た。王国はこんなにも豊かなのか、と思ったが、それでも二万の兵は養えないのか」
「それでも、このアルス地方はまだマシなのよ。大きな穀倉地帯があるし、街道や川もある」
算術士は、軍を表す二つの石を、『アルス』という輪の外に動かした。
「数日中に、ここにいる二万の兵は行軍を開始する。食料はどうすると思う?」
「持っていくんじゃないのか。狩猟の時にはオレらもそうするぞ」
「そうね。でも、運べる量には限りがある。そして、アルス補給廠の備蓄にも。何より、軍隊が前進すればするほど、軍隊と倉庫との距離は離れていく。前線で食料が足りなくなっても、輸送できなくなるほどにね」
「うむむむ」
聞けば聞くほど、気分が悪くなる話だった。
何より、クラインにはこの先の展開が想像がついてしまっていた。
「……奪う、のか?」
これもまた、男衆から聞いた話だった。
戦争には略奪がつきものだ。そして軍隊は、奪う側だ。
その時の心得も、男衆から聞いていた。たとえ食料がなくても、なんでもいいから、まず奪うこと。布や服でもいい。農具やロープでもいい。本当に何もなければ、家を叩き壊して木材を薪にして持ち出してもいい。煮炊きに必要な燃料も戦場では不足しやすいものだ。そうして奪ったものを、食料を奪った者と交換するのだ。
「そうね。そうするしかない。でも、ただ奪えばいいわけではないの」
「ん?」
男衆のアドバイスとは微妙に違う算術士の言葉に、クラインは興味を惹かれた。
「昔は……いえ、今でも、多くの軍隊は、ただ奪うわ。日々の食料も、次の畑のための種籾も、着てる服まで奪っていく。家も破壊して薪にしてしまう。あいつらは、何もかも破壊してしまう。そこで生きている人のことなんか、おかまいなしで」
算術士の言葉には、強い憎悪がこめられていた。
おそらく、それは彼女自身の過去の体験なのだ。
クラインは居心地が悪い思いで尻をもぞもぞさせた。
子供の頃のこの女から、何もかもを奪った側に――ひょっとしたら、クラインの一族の者が、彼女にとって家族も同然の者がいたかもしれない。
「そうやって奪われた村はね、どうしようもなくなるの。破壊された家や畑を建て直すこともできない。何も食べるものがないのだから、そこに残れば死ぬわ」
「どうするんだ?」
「捨てるのよ。故郷を。そして流浪する。そうね――自分たちから何もかも奪った軍隊の後をついて行くこともあるわ。女なら、男に体を売るという手もあるもの。そうすれば、軍隊が次の村に行った時、今度は奪う側に立つことができるから」
「だけど……おい、だけど、それじゃあ……そんなんじゃあ……」
クラインの顔に浮かんだ表情を見て、算術士の女は、と、と胸をつかれた。
辺境の地からきた転移魔法の使い手の娘は、よくよく見れば、まだ子供と言っていい年頃だった。算術士の故郷が焼かれた時に、彼女と一緒に逃げた、姉と同じくらいの。
姉のおかげで、彼女は生き残った。
「大丈夫よ。私がいる限り、そんなことはさせない」
戦争は、止められない。
軍隊が奪うことも、止められない。
算術士にできることは――奪い方を変えることだ。
何もかも奪うやり方は、効率が悪い。
軍隊は奪うたびにばらけ、奪い終わるまで動けない。
勝手に奪うので、無駄が生じる。
そして、何もかも奪われた場所は、拠点としても行軍経路としても使えなくなる。
奪うものがない場所には、軍隊は立ち寄れないのだ。
算術士は、計算する。計算すれば無駄を省ける。無駄に奪うことを、無駄に殺すことを抑制することができる。
「二万の軍勢は、アルス地方を抜けて、北東のホッセン伯領に向かう予定よ。ここまでで、持って行く食料は尽きるし、アルス補給廠からの輸送も限界になる」
軍隊を表す二つの石を、『ホッセン伯領』と書いた丸の中に移動させる。
その中には、食料を示す小さな石は数えるほどしかない。
「ホッセン伯爵は敵なのか?」
「中立よ。でも、王国軍の二万の軍勢には対抗できないから、形の上では味方になるでしょうね」
「それでも奪うんだろ?」
「そうよ。でも、味方になるのなら奪うのではなく、取り立てる、という形が取れるわ」
「奪われる側にとっては、同じだろ」
「違うのよ。そのために、私がこれからモールに行くの。あなたの転移魔法で」
「そういや、そうだったな。オレとお前が行くと、何か違ってくるのか」
「ええ。モールの商人ギルドと交渉するわ。もうすぐここに二万の軍勢が来ることを伝える。そして税の形で食料を収めるなら、王国軍は略奪せず、ホッセン伯領を通過する、と交渉するの」
「そいつはオレが転移魔法を使わないとダメなのか? どうせ、もうすぐ軍隊ごと行くことになるんだろ?」
「軍隊ごと移動した後で交渉したのでは、準備の時間が足りないわ。ここアルス地方と違って、ホッセン伯領には十分な食料の備蓄がない。二万の軍勢が到着した時に、食料が不足するようなら――腹を空かせた兵は勝手に略奪を始めるわ」
腹を空かせた人間を止めるには、力を持ってするしかない。
力を持っているのが、腹を空かせた兵士となれば、誰にも止めようがない。
「そもそも備蓄がないんだろ? 今は刈り入れの時期じゃないし、準備の時間があっても、どうにもならないんじゃないのか?」
「だから商人ギルドと交渉するのよ。商人を使えば、周辺の農村から買い入れたり、川や街道を使って他の地方から食料を運べるから」
「金がかかるだろう。商人ギルドはその金をどうするんだ?」
「商人ギルドを通してモール市の評議会を動かすわ。そして当座は市の金蔵にある金と、足りない分は借金させてでも食料を買わせる。その後、借金をどうするかは、相手に任せるしかないわね。他の借金と合わせて、ホッセン伯爵から取り立てることになるんでしょうけど」
このご時世では、どこの領主も多かれ少なかれ、近隣の都市や商人ギルドから借金をしている。商人たちは次の刈り入れの小麦などを担保に、領主に金を貸しているのだ。
「……ってことは、結局、最後は領民から税の形で奪うってことかよ」
「そうよ。誰も苦しまないやり方なんか、ないの」
戦争をし、軍隊を動かす。
軍隊は生産しない。ひたすら消費するだけだ。
そのツケは、いずれ誰かが支払うことになる。たいていの場合、それは弱い人間だ。
「でも、ツケにすることで、奪うのを先送りにできる。いきなり何もかも奪われて、破滅する人の数を減らすことができる。それは決して同じなんかじゃないのよ」
算術士は、転移座標の書かれた紙を、クラインの手に握らせた。
「あなたの転移魔法が必要なの。交渉が成功すれば、今日のうちにモールの商人ギルドが動けば、王国軍がホッセン伯領に到着した時、二万の軍勢をしばらく食べさせるだけの食料がそこに集められる。略奪をせず、軍勢をさらに先に進めることができるの」
「さらに先に進んだら、どうなるんだ?」
「敵の動きしだいだけど、戦場で戦うことになるでしょうね」
「ああ、そうか。そりゃ、そうだな」
クラインは、すっかりそのことを忘れていた自分に気付き、苦笑した。
軍隊は、戦うために前進するのだった。
「戦場でなら、転移魔法を敵陣に斬り込むのに使えるわ。でも、私はあなたにそうして欲しくない」
「なんでだ。オレの一族はずっとそうして褒賞を得てきたぞ」
「もったいないわ。王国内の魔法使いの家系に、転移魔法の使い手はいない。近隣諸国でも、片手の指で数えられるほど。でも、これからやるように、遠く離れた場所にゲートを開いて連絡を取れるようになれば、戦争のやり方が変わる」
「あらかじめ行く先に飯を用意するように言うことか? けどよ、敵の領地まで行けば同じことはできねえぞ?」
ホッセン伯が中立であるから、今回の任務は実現可能なのだ。
「敵の領土に行けば、部隊を分ければいい。五千ずつ、四つの部隊に。四つの部隊を、四つの経路で。それなら、何もかも奪わずに、略奪に時間を取られることもなく、素早く前進できる」
小さめの四つの石を並べ、算術士はちょっとずつ動かす。
「敵が出てくるぞ? 一万の軍勢で五千の軍勢にぶつければ勝てる」
クラインは、四つの石のひとつに、大きめの石をぶつけた。
「あなたがいれば大丈夫。四つの部隊の間を、あなたが転移魔法で飛んで、各部隊で互いに連絡を取り合えば、こういう風に――」
大きな石が迫る小さな石が後ろに下がる。そして、他の三つの石が、大きな石を取り囲む。
「敵の動きに合わせて連携して戦うことができる」
「狩りみたいな方法だな。けど、一日に何度も飛んでちゃ、オレの魔力がもたねえよ」
「魔素水晶があるわ」
「お宝じゃないか!」
クラインはぎょっとなって叫んだ。魔素の結晶である魔素水晶は、魔法文明が栄えた古代レムス帝国時代の遺産だ。ダンジョンの奥で見つかることはあるが、現代まで残っているものは数少ない。
「最近になって、地脈から魔素を引き出して錬金術で精製できるようになったのよ。古代のものと違って粗悪で、数年で魔素が抜けて砂に戻るけれど」
「そんなものがあるんなら、オレに使わせるよりイイ手があるんじゃないのか。炎の魔法とか、雷の魔法を拡大させれば、一万の軍勢だって一発だぜ」
「残念だけど、そういう魔法は拡大に限界があるの。魔法を拡大させると、そのための演算が幾何級数的に増えるんだけど、ダメージを与えるタイプの魔法は、その場で演算しないといけないから、私のような算術士が計算だけ受け持つことができないのよ。魔法使いにやらせたら、自分ごと燃やしてしまうのがオチね」
「そういうことかよ……って、おい。コレ、本当に大丈夫なんだろうな」
クラインは算術士に渡された紙に書かれた座標を胡散臭そうな目で見た。
「実験では問題なく成功しているわ」
「……実際に飛んだことは?」
「あるわけないじゃない。転移魔法の使い手がどれだけ稀少か、あなたが一番よく知っているでしょ」
「なんてこったい」
クラインは、骨の首飾りに触れた。母の、祖母の、曾祖母の、さらに昔の転移魔法の使い手である女たちの骨を繋げて作った首輪だ。いずれ自分も、この首輪の一部になる。その覚悟はして骨の谷を出たのだが、まさかこのような任務で命を失うことになろうとは。
「何事も初めてはつきものよ。さあ、この魔素水晶を使って」
鈍く輝く魔素水晶を渡され、クラインは天を仰いだ。
「おい、女。名前は?」
「え?」
「名前を教えろ。オレと一緒に命を賭けるんだ。もし失敗したら、冥府へ行った後、お前を探して恨みごとを言ってやる」
眼鏡の算術士はくすっと笑い、そして名乗った。
クラインは、自分が思っていたよりも長生きをした。
年を取って魔力が衰えてからは、娘たちに軍役を任せるようになった。
長女、次女、三女、四女。どの娘も、それなりの転移魔法の使い手であったし、娘の代になると転移魔法は兵站や指揮通信で使うのが常識となっていた。
一番魔力の大きい五女に、クラインは眼鏡の算術士の名前をつけた。
メビウス。
メビウスが、同じ名前を持つ眼鏡の算術士が弟子にとった元孤児の少年と出会うのは、さらに十四年後のことである。