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第八十九話 「反論は許可しません」


「お嬢ちゃん……」

「アンジェリカさん……」



 これまでのあらすじ。


 ギルゲス・ガンツァから動力である夏の聖杯をぶっこ抜いた俺達。

 だが苦難は終わっていなかった。


 探していたアンジェリカとの再会。

 それは、喜ぶべき再会と呼べたのか。


 答えは否である。

 アンジェリカは魔女になる事によって、ツンデレからヤンデレへとクラスチェンジしてしまったのだ!


 動力源の情報ソースを物理的インタビューにて聞き出そうとするアンジェリカ。

 怯えるファルドの口から出た答えとは――!



 ……なんて実況しようものなら、ファルドに絶交されても文句は言えない。


 だがよ。

 もう、俺はどういう顔をすればいいんだ。

 わかんなくなっちまったよ。


 魔王が仕組んだ罠なのか。

 メイか、ザイトンの差金か。魔女の墓場の妨害か。

 誰が誰と手を組んで、俺達を陥れようとしているんだ?

 何のために、俺を殺そうとしているんだ?



「……夏の聖杯について教えてくれたのは、メイだよ。ザイトンから聞き出したって、置き手紙に書かれてたんだ」


 結局ファルドは、正直かつ詳細に答えた。

 アンジェリカは嬉しそうに笑う。


「やァーっぱりねェ~! あの女かぁ……いつもそう! ルチアとヴェルシェと、アイツが頑張ってくれるもんね? ……私、みんなみたいに器用には生きられないのよ」


 かと思えば、急に俯く。

 感情が不安定なんだ。

 劣等感とか、恐怖とか、そういった思いが心の中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、アンジェリカは……。


「不器用でも大丈夫な仕事は、私が全部やってあげてもいいわよ!

 例えば、私に一言相談してくれたら、一瞬で粉々にしてあげたのに! こんな奴!

 アッハァ! あっははははは! あーはははははハハハ!」


 ふと、アンジェリカはひーちゃんに乗った俺達のほうへと顔を向ける。

 両手に炎を灯して、臨戦態勢だ。

 下手に刺激すれば、俺達まであのガンツァ共みたいに焼かれるかもしれない。


「いるんでしょ? おいで、メイ! どこにいるのよ! わかった! シンがかくまってるんだ!」


「ンなワケねーだろ。どうやってかくまうんだよ、俺が」


 白羽の矢が立ったし、俺は表に出てくる事にした。

 アンジェリカはゆらりと立ち上がる。


「嘘。嘘よ。見せて」


 うわ言のようにつぶやきながら、おぼつかない足取りで馬車へと乗り込んできた。

 ルチアはその様子を、両手を口に当てながら見ていた。


「いない……」


「残念だが、別件でお出かけ中だ。いつ戻ってくるかも判らん」


「それは残念。早く、魔王を倒しに行きたいのに」


 聖杯が全部揃ってないと、魔王城への道が開けないからな。

 やり方については、これもザイトンが詳しく知ってるんだろうが……。

 まったく、敵の力を借りなきゃいけないっていうのは、歯痒いったらないな。


「ケリを付けるんでしょ。さっさと行くわよ」


 とはいえ、メイは具体的にいつどこで合流するかを、あの手紙には書いていなかった。

 一度、雪の翼亭に戻ったほうがいいかな。

 しばらく戻らなかったし……いや、アンジェリカが魔女になったから、リーファを説得するのが難しいか?

 ……だが、いつか通る道なら今のうちに通っておかなきゃな。


 クソエルフは相変わらず気絶したまんまだし。


「とりあえず、城下町に戻――」


「――待て!」


 鋭い声が、俺達を呼び止める。

 ぞろぞろと現れてきたのは……ジェヴェン・フレイグリフを筆頭とする魔女の墓場だった。

 灰色連中は、いつものクロスボウとタワーシールドで武装している。


「どうして、魔女の墓場がここに……?」


 今まで、影も形も無かっただろうが。

 どこかに隠れてたてワケか。だが何のために?

 アンジェリカを狙うにしたって、誰が情報をリークしたんだ。


 俺の疑問をよそに、ジェヴェンは書状を見せる。

 まるで逮捕状だ。さしずめ、魔女警察ってか?


「アンジェリカ・ルドフィート。エスノキーク魔法学校への放火、および大司教殺害の容疑で、貴様を連行する」


 ジェヴェンの口から告げられたのは、到底信じられない話だった。

 なんだよ。放火って。


「嘘だろ!? 何かの間違いですよね!? ジェヴェンさん!」


 当然、ファルドがジェヴェンに食って掛かる。

 ジェヴェンはそれを押しのけた。


「大陸連合議会の決定だ。逆らえば、全ての国を敵に回すぞ」


「なにそれぇ! 敵に回るのは私だけでいいでしょ? 丸焼きにしてあげるわね!」


 ……マズいぞ。

 下手に刺激したら、いくらジェヴェンでも黒焦げになる。

 こういう時は、そうだ。


「ちょっと待った! 猶予を下さい!」


 先延ばしにしよう!

 魔王を倒す為に、勇者が選ばれたんだぞ?

 その仲間にあらぬ疑いをかけてるんだ。

 碌な証拠も無いクセにな!


「えっと、魔王を倒すまで待ってもらえませんかね? その頃にはしっかり捜査も進んでるでしょう」


「それを決めるのは、お前じゃない」


 またしても聞き覚えのある声が、俺の必死の提案を潰した。

 全員が振り向く。


「レイレオス!?」


 緑の髪をした、性根の曲がったクソ剣士。

 そのレイレオスが、ルチアの喉元に大剣を突き付けていた。


「……逆らえば、この女の命は無い」


 どうやらこの行為はレイレオスのアドリブだったらしく、ジェヴェンが目を見開いていた。


「余計な事をするな、レイレオス!」


「エリーザベトの許可は得た」


「……」


 は?

 またあの性悪縦ロール眼鏡のエセ悪役令嬢が絡んでるのか?

 もう、いい加減にしろよ?


「これで勇者パーティに手を出すのは三回目だぞ」


 仏の顔も三度までってことわざを、お前らは知らないのか。

 魔王を倒しに行くんですよ!?

 どうして魔王っていう明確な敵がいるのに、人間同士で争うんですかねえ……。

 百歩、いや一万二千歩ゆずってお前らが喧嘩を売ってくるにしたって、せめて魔王を倒してからにしろや。


「アンジェリカは魔女だ。殺さないだけ有り難いと思え」


 ああ、もうこのクソ剣士は。

 まったく反省してませんね。

 むしろこの機に乗じて殺す気まんまん。


「断固拒否するわ。ずっと、ずっと、ぶっ飛ばしてやりたいって思ってた。いいのよ? 殺す気で来てくれても。アンタは実際、そうしたいんでしょ?」


「アンジェリカ! 何を言ってるんだ!」


「……ワクワクしろって言ってるの」


 ルチアが人質に取られているのに、よくそんな事を言えるよな、お前は!


「だからまず、喧嘩をしたいならルチアを離しなさい」


「知ったことじゃない」


 レイレオスは短くそう言うと、ルチアを突き殺そうとした。

 だが、できなかった。


 ガツンッ、と重たい音が響き渡る。

 炎の壁だ。

 アンジェリカが咄嗟に発動させ、レイレオスの攻撃を防いだのだ。


「上等、上等! たっぷりいたぶってあげるわよ!」


 目にも留まらぬ速さで、アンジェリカがレイレオスに肉薄する。

 それが戦闘開始の合図になったのか、一斉に太矢が放たれた。

 いつの間にか気絶から回復していたらしいヴェルシェが、爆発ビンを投げつけて太矢を吹き飛ばす。


「アンジェリカさん、余計な事しちゃ駄目ッスよ~! 公務執行妨害ッス!」


「こんなの不当逮捕だ! ここで返り討ちにして訴えてやる!」


 そもそもこの世界に公務執行妨害って存在するんだろうか。

 ていうか警察の役目を担っているのは、自警団だろ。

 魔女の墓場じゃねーだろ。


 風属性魔術を灰色連中にぶつけ、狙いを狂わせる。

 その間に、ルチアは両手を前に出していた。

 灰色連中は諦めが悪いようで、まだ太矢を撃ってきた。

 だが、そのどれもが不自然な軌道を描いてレイレオスへと向かっていく。


「――!」


 レイレオスが太矢を大剣ではたき落とす。

 その隙に、アンジェリカが両腕に火を灯して顔面にストレートをブチかます。


「みんな、逃げるぞ! 冤罪なんかに付き合ってられるか!」


 絶対に証拠を見付けて、魔王を倒しながら無実を証明するんだ!

 お前らな、ここまでの冒険譚を文章化してみろよ!

 面倒事が幾つも同時に舞い込んできて、読者が置いてけぼり食らう事うけあいだぞ!


 いい加減にしろ、マジで!

 シンプルにやらせてくれ!

 もう、めちゃくちゃじゃねーか!



 レイレオスが鬼神の如き動きを見せる中、ジェヴェンは迷っているようだった。


「勇者ファルド、今すぐ抵抗をやめさせろ」


「嫌だ」


「……」


 睨み合う二人。

 だが、急に静けさが訪れた。

 高笑いを響かせていたアンジェリカの声が、聞こえなくなったからだろうか。


「脇が甘い。所詮、付け焼き刃の力か」


 知らない女性の、低い声。

 その声の主を見れば、アンジェリカを気絶させていた。


 淀んだ両目の周りにはクマを作り、血色の悪い肌に、くすんだ茶色い髪。

 どう見ても不健康そうな女性が、倒れたアンジェリカの首根っこを掴んでいる。


「枢機卿ジャンヌ!」


「ジェヴェン。手加減無用と伝えた筈です」


「しかし、相手は勇者です! やはり魔王討伐まで待てませんか!」


「反論は許可しません」


 女性の後ろには、これまたいつの間にかやってきていた人だかりが見えた。

 その中には見知った顔もある。

 壊滅しつつも全員が生き延びたムーサ村の連中だ。

 他にはエスノキーク魔法学校の校章を付けた教員らしい、初老の女性もいた。


「さて、ご覧いただけましたか。魔女アンジェリカはもはや理性を棄て、本能の赴くままに戦うだけの獣へと堕ちました」


「にわかには、信じられません」


「ですが事実です。ルドフィート家の方々には、包み隠さずお伝え願います。よろしいですね、シェリーゼ・デュバル教諭」


「……何卒、寛大な措置をお願いします」


「望み薄です」


「そう、ですか……」


 デュバル、デュバル、どこかで見たぞ。

 あー、思い出せない。

 とにかく、あのうろたえようを見るに、アンジェリカを気に掛けていた先生なんだろう。


 どうにかして、無実を証明しないと!

 だが、どうすりゃいいんだ!?


「勇者ファルド。魔女アンジェリカの沙汰は追って伝えます。魔術師は別の者を補填するように」


「お前ら、ふざけるなよ! アンジェリカを返せ!」


 ファルドがジャンヌへと駆け寄ろうとするも、レイレオスが道を阻む。


「反論は許可しない。抵抗すれば、この場でアンジェリカを殺します」


 どのみち殺すつもりのクセして何を抜かすのか。

 だが、俺達は何もできずに見送るしかなかった。




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