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第八十五話 「ザイトンの野郎は、ケリを付けてやるさ」

 寝覚めは最悪だ。

 全身の痛みで、骨という骨がバキバキと軋んでいる。

 傷は塞がってるんだが、痛みまでは治せないようだな。


 ……ベッドの上?

 そうか、俺は帰ってきたのか。


「――いや、そうじゃねーから!」


「きゃっ!?」


 ガバッと起き上がった俺を見て、聞き慣れた悲鳴を上げながら飛び退く見慣れた女の子。

 ルチアが俺を看ていてくれたらしい。


「すまん、驚かすつもりは無かった」


「いえ、驚きますよ! 三日も寝込んでいたのですから!」


「何ぃ!? 三日ぁ!?」


 マジか。

 由々しき事態だぞ。



「ここはどこだ!

 他の連中はどうした! ファルドは! アンジェリカは! ヴェルシェは! ジラルドさんとビリーさん、レジーナ、それとザイトンは!

 特にあの畜生司祭はどうなった! 処刑か!?

 レジーナの石化は!? メイは俺が寝てる間に戻ってき――」


 頭に、ぽんと手を置かれる。

 何の儀式ですかね、これは。


「シンさん、まずは落ち着いて下さい」


「あ、はい」


 そのまま、なでなでされる。


 ……近頃のルチアは、よりいっそう包容力が増してきた気がする。

 いっそ“バブみ”と表現してもいいくらいだ。

 許されるなら「ママー!」と叫んで顔をうずめたい。


 いや、俺のプライドが許さないからそれはしないが。

 俺は賢者だ。

 過ちは犯さないのだ。

 ディー・リヒテ・ザイテ!

 ディー・ヒンター・ザイテ!

 ライチラライチララライチ!

 ……ふぅ。


「落ち着いたから、順を追って説明してほしい」


「わかりました。まず――」


 ここはメルツホルン線にほど近い街、カチェレナらしい。

 頑張れば一日で城下町へ行けるが、まず体力回復を優先するって事で、ここに寝泊まりする流れになった。



 ファルドとヴェルシェ、ジラルドとビリーは合流できたそうだ。

 ヴェルシェは例の魔法学校の不良生徒共が保護。

 何だか釈然としないが、あいつらも悪い奴じゃなかったって事か。


 で、帝国軍残党を名乗る飛竜乗りの面々が、彼らを保護。

 実地演習の先生の所まで送り届けて、そのまま連合騎士団王国支部へと救助を要請した。


 そして、前々から嗅ぎ付けていたキリオが、連合騎士団に便乗――むしろ抜け駆けする勢いで救出作戦に加わった。

 わざわざボラーロの湾岸警備隊に配備される予定だった光を出す指輪の改良型を買い占めて、メルツホルン線に配置した。


 この指輪は懐中電灯みたいな光り方をして、モールス信号よろしくチカチカさせて連絡手段として用いられる。

 そしてキリオが買い取った改良型は、光の色を変えられるというのだ。


 その光を頼りに、ジラルド&ビリーのコンビはメルツホルン線の関所まで脱出。



 ただ、アンジェリカとレジーナ、そしてザイトンは見付けられなかった。

 昨日までずっと捜索活動が行われたが、駄目だった。


 魔法学校から生徒達を集めて霧を晴らそうとしてみたが、これも駄目。

 最初からそれが出来りゃ苦労しないって話だがな。

 まあそれはダメ元だったらしい。



 で、ヴェルシェは俺と同じく昏睡状態。

 ルチアが俺とヴェルシェを診ていてくれて、ファルドは雑貨とか食料とかを買いに行っている。

 ジラルドとビリーはザイトンの目撃情報を集めに行っているそうだ。



 とにかく、これでまたレジーナを取り巻く状況は振り出しに戻ったってワケだ。

 むしろもっとヤバい。


「俺からも、話さなきゃいけない事がある」


 あれほど予言のいいところだけをなぞろうとしていた俺達の抵抗も、ついに水の泡だ。

 言うのは、胸が痛む。

 だが、言わなきゃならない。


「……アンジェリカが、魔女になった」


 その事実を、伝えなきゃならない。


「――」


 両手に荷物を持って戻ってきたファルドが、それをボトリと落とした。

 見るからに顔面蒼白で、口を何度もぱくぱくさせている。


「……シン、それは、本当なのか?」


「俺だって認めたくないがな、本当なんだよ」


 胸倉を掴まれた。

 何度も揺らされる。

 ファルドは、怒りと悲しみの入り混じった表情だった。


「どうして守ってやれなかったんだ! お前なら、魔術も使えただろ!」


「すまん……ファルド」


「ファルドさん!」


 我に返ったルチアが、ファルドを俺から引き剥がす。

 その拍子にファルドは床に尻餅をついて、泣き崩れた。


「う、ぐっ、アンジェリカ……ごめん……!」


 辛いよな。

 そうだよな……俺も辛いよ。

 結局、こうなっちまったんだ。


「ファルドさん……アンジェリカさんは生きているのでしょう?」


「でも!」


 ルチア。

 お前は大人だな。

 このお通夜モードパート2のさなか、泣かないで踏ん張っている。


「しっかりして下さい。貴方が笑顔で迎え入れてあげなかったら、誰がアンジェリカさんを抱きしめてあげるのですか」


「ルチア……」


 ルチアはファルドに、優しく微笑む。

 それから、俺にも頷いた。

 が、途中できょとんとした顔をしはじめた。


「シンさん、枕の下に何かありませんか?」


「枕?」


 どれどれ……一体、今度は何があるっていうんだ。

 枕の下からはみ出ていた便箋を、俺は抜き取った。


 宛先は、俺か。

 この筆跡、どっかで見覚えがあるんだよなあ。


「読むぞ」


『結局、レジーナとザイトンを任せちゃってごめんね。

 それに、助けに行く事もできなかった。

 二人の身柄は預かってます。

 あたしが直接届けたら、きっと大変な事になると思う。

 だから、シン君達からこっちに来てほしいの。


 場所は、もう一枚の紙に地図を書いておきました!


 それとこの手紙には術式を書き込んであるから、

 便箋を開けた時点であたしのほうに伝わるようになってます。

 無事に辿り着いてね。


 シン君を心より尊敬する、メイ・レッドベルより』



 ま た お 前 か 。

 肝心な時にいっつも姿を消しやがって!

 この突撃ポンコツ狐娘は!


 手紙がひったくられる。

 犯人はファルドだった。


「こんなもの!」


「わー、ちょ、待った待った待った! タンマだって!」


 ファルドが破こうとしたのを、俺は取り返す。

 流石にね? 手紙を粗末に扱うのは、良くないと思うのよ。

 イライラしてるのは充分伝わった。


 頼むから肩で息をしながら俺を睨むのをやめてくれ。

 ルチアも何か変なことを期待するような眼差しを向けないでくれ。


「オーケー、じゃあこうしよう」



 折り鶴にしたった!

 もうググらなくても作り方は覚えたからな。


「いいか、ファルド。これは折り鶴だ。手紙じゃない」


「……ごめん」


 まったく、犬かよお前は。

 場所を確認したら、行き先は……殲滅城と呼ばれる城だ。


 そこで待ってろよ、メイ。

 お前には確認しなきゃいけない事が山ほどあるんだ。


「お体はもう大丈夫ですか?」


「三日三晩寝込んでたから体力は有り余ってる。俺はむしろファルドが心配だ」


「俺なら、大丈夫だよ」


 なら、いいんだが。

 お前は多分、三日三晩ずっと探しっぱなんだろ?

 疲れた身体に鞭打って、デスマーチをする必要は無い。


「留守番しろって言っても、どうせ聞かないんだろ」


「せっかちなのは、俺の悪い癖だからね」


 ドアが開けられる。

 そこから現れたのは、ジラルドとビリーだった。


「それには及ばないぜ。俺とビリーが行く。ファルド、お前さんは留守番だ」


「どうして!」


「俺達が留守の間、アンジェリカが見つかったら、誰が迎えに行ってやるんだ?

 お前さんしかいないだろ。愛する女を、慰めてやれるのは」


「……」


「ザイトンの野郎は、ケリを付けてやるさ」


「わかり、ました」


 納得はしていないみたいだが、ファルドは言葉を呑み込んだようだった。

 さて、今から出発だ。

 この便箋も一応、持って行くか。



 ――あれ?

 何かまだ入ってるな。

 妙な重みがある。


 俺は逆さまにそれを振ってみた。

 すると、中から出てきたのは。

 赤黒いシミがこびりついた、鍵だった。




 血に塗れた鍵

 赤黒い血がこびりついた、古い鍵。

 皆殺しのギルデロットが居を構えていた城で用いられていた。

 ギルデロットは敵国の貴族を殺してその妻を奪い、犯し、孕ませ、産ませ、そして殺した。

 幾度となくその略奪を繰り返し、ついに彼は開かずの部屋へと封印された。

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