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第八話 「私だって戦えます」


「踏み込みが甘い!」


「なんのッ!」


 翌日、俺はモードマンの許可を得て、中庭で剣の稽古を付けて貰っていた。

 流石にファルドはフェルノイエで騎士団の手ほどきを受けただけあって、素人の俺では歯が立たない。


 だが稽古の目的はファルドに勝つ事じゃない。

 俺が一人前に戦えるようになる事だ。

 脱出までに死んだら元も子もないからな。


 それに、何だかんだ言ってこの状況を楽しんでる事は否定できない。

 魔王軍と戦う為に鍛えてるって、異世界冒険らしくていいじゃないか!

 とはいえ……だ。


「はぁ……はぁ……!」


「休憩するか?」


「ああ……」


「おかしいな。オークは一撃だったじゃないか。シン、手加減してない?」


「んなワケねーだろ」


 いきなり戦えるようには、ならないんだよなあ。

 残念な事に、俺の体力は現実世界に居たときと全く一緒だ。


 汗が次から次へと噴き出して、首回りとかがもうベッタベタだ。

 出発前にひとっ風呂浴びたいな。

 その前に水が欲しい。身体中の水分が抜け落ちて、頭がクラクラする……。


「お二人とも、精が出ますね」


「キリオさん! おはようございます!」


「ええ、おはようございます」


 出たなシスコン赤もやし。

 ……まずいな。アンジェリカの付けたあだ名が自然と頭に浮かんでしまうのは、何だかんだでインパクト強いな。

 後ろ手にしてニヤニヤしてるのは、いったい何を隠してるんだ?


「シンさん。もしもですよ。今ある弱点を、少しだけ手軽に補える道具があるとしたら、欲しいとは思いませんか?」


 うわッ、まるで悪魔の囁きだな……。


「シンさん、これから貴方にとって辛い事を言うかもしれませんが、茶番だと思って聞き流して下さって結構ですので」


 悪魔の囁きそのものじゃねーか!


「ファルドさん。貴方にとって、シンさんはどういう存在ですか?」


「友達です。旅に出て、初めて同じ目線で話をしてくれる人なんです」


 情に篤い、ファルドらしい答えだよなあ。

 異世界召喚三日目にして、早くもちょっとジーンと来ちゃったぞ。


「ですが単に、ご友人であるならば。

 どこかの拠点にでも置いていって、旅の途中で何度か立ち寄れば良いだけの事」


「それは、その」


「何ゆえ、連れ回す事に固執するのです? 一人で全員を守りきれるのでしょうか?

 彼は本当に、特別な友人と定義すべきなのでしょうか?

 ましてや石版の予言者たる彼を失うとしたら、何よりもの痛手なのではないだろうか!?」


 〆に両手をバーンと広げて振り向くのやめてくれないか。

 新世界の神じゃないんだから。

 俺はそこまでオーバーアクションするような子に設定した覚えはありません!


 しかもしれっと予言者って事を言いふらしてるんじゃねえ。

 俺とファルドが同時に口を開こうとしたタイミングで、キリオはわざと右手の人差し指を立てて遮る。


「――とまあ、考えれば考えるほど深みに嵌まってしまうでしょう……ですが!

 その課題を解決すべく、私はこんな物を開発していたのですよ」


 キリオはロングコートの裏から、見覚えのある形の武器を取り出す。

 こ、これは……!


「クロスボウじゃないか!」


「手にとってご確認頂きましょう。どうでしょう? この軽さ! 扱いやすさ!」


 本当に、驚きの軽さだ。プラスチック素材か?

 弦を引っ張ったが、こっちも俺の腕力で問題無く扱える。

 感動する俺達の所に、ルチアがおずおずと現れる。

 手元には、俺と同じクロスボウが。


「あ、あのっ! 私も、兄から頂きました……」


 いやそこはにかむタイミングじゃないだろ。

 何乙女チックに「えへへ……」的な笑みを浮かべてんだ。


 両手にちょこんと乗せた所で、それがクロスボウという物騒な武器である事に変わりは無いんだからな!?

 上目遣いが可愛いを通り越して、流石にあざとすぎるわ!

 アンジェリカなんて完全にしらけた顔で見てるし。


「なんと! 今回はそれを無料にて提供致します。お値段も大した額ではありませんからね。

 ちなみに、我がドレッタ商会傘下の町工場でも同じものを大量生産中でございます故、国内であればどこでもメンテナンスに対応できます!」


「あざといな!」


 お前はテレビ通販の伝道師か何かか。

 妹までサクラにしやがって。汚いな。さすが赤もやし汚い。

 とはいえ、こんな便利アイテムがゲット出来ちゃうなんて。


 やっぱりヴァン・タラーナに寄ってって正解だったな。

 そしてキリオを発明家として設定したのも、全くもって正解だな。


 それ以外の設定に問題がありすぎる気がしないでもないが、こんな嬉しいサプライズを用意してくれたんだ。

 原作者であるこの俺は、大目に見てやらなきゃな。


「性能も試してみましょう。この屋敷のメイドさんがたにご協力頂いて、的を用意しておきました」


「な! いつの間に……!」


「サプライズもまた、私のプレゼンテーションの一環ですゆえ。

 さあ、このクロスボウにボルトを装填して……」


 俺はキリオに促されるままに、ボルト――つまり太矢をクロスボウにつがえて、装填した。

 シュッ、カチャッて感じの音がまた気持ちいいな。癖になりそうだ。危ない。


「では次に、あの的へクロスボウを向けて……肩の力を抜いて。

 そうです、その調子。では、引き金に指を掛けて……」


 パシュッて感じの軽い音と共に、ボルトが的を目掛けて飛んでいく。

 中心点からは少し外れたが、まあ最初はこんなもんだろ。

 手応えを感じた俺は、何発か試した。


 何を隠そう、俺は輪ゴム鉄砲自作経験がある。

 三発目からは何度も中心に命中。

 俺は、キリオやファルドとハイタッチした。


「まったく、調子いいんだから。そういえば、ルチアは練習しないの?」


「私は先刻、屋敷の外で練習しましたので。シンさんほどの腕ではありませんが……」


 ルチアは俺の断片的に思い出してきた記憶が正しければ、ファルド達一行の中では一番の早起きだからな。

 それでいて、この場にはあのシスコン赤もやしだろ?

 いち早く性能チェックを済ませて、ついでにプレゼンテーションの打ち合わせをしていたに違いない。


 などと分析していると……。


「おお君達! 良かった、まだ此処に居たか!」


 モードマン伯爵は、ものすごく息を切らせている。

 オールバックに整っていた髪も、走ってきたせいで乱れ気味だ。


「すまないが緊急事態だ」


「一体何があったんです?」


「鉱山の通路が、何者かに封鎖された……」


「な、なんだって!?」


 ファルドがガタッと立ち上がる。

 やっぱり、この流れが来たか……。

 警備を増やして貰っても、俺達がやらなきゃいけないんだな。


「建設中だった一般客用のロープウェイも、完膚無きまでに破壊された」


「そんな……」


 そういやそういう設定もあったな。

 スキー場とかによくあるロープウェイを大きくしたようなものだ。


 これも、賢者の石が動力になっている。

 使えるのは中盤以降で、それまでは存在感の欠片も無かった。

 もちろん、ここに該当するシーンでも一言も出て来ない。

 当時の俺もその事に負い目があったのか「妨害させないようにする為に存在を秘匿していた」と作中のモードマンに弁解させてたな。


 それが壊されたって事は、だ。

 こっちの世界では、早々にバレたんだよな……。


「やったのは恐らく、先日にファルド君が言っていた魔物の仲間だろうな。

 鉱山に潜伏しているらしい。命からがら逃げてきた作業員から報告を聞いた」


「騎士団は?」


「この場所には来られない。飛行船も、鉱山の気流や地形ではどうにもならん。

 頼りになるのは、君達だけだ……申し訳ない」


「私は荒事に心得のあるメイドさんの方々と共に、伯爵の護衛に付きます。

 皆様、どうか、お気を付けて」


 まあ、そうだろうな。

 モードマンはインドア派だから、魔物との戦いでは確実に足手まといだろう。

 俺ほどではないにせよ。


「ファルド君」


「はい」


 モードマンがファルドに頭を下げる。

 ファルドは少し呆気に取られた後、モードマンの両肩を掴んで持ち上げようとしてるようにも見えた。


「昨晩は、すまなかった。君の言う通りだったよ」


「よしてください。今回はたまたまそうだったってだけでしょ」


 優しいな、お前は……。

 一夜悩んだだけで、そうやって相手の気持ちを推し量って、許す事が出来るんだから。


 俺には無理だ。

 同じ立場だったらまず心の中で「それ見た事か! 言わんこっちゃない!」とほくそ笑むに違いない。

 雪の翼亭の時みたいにな。

 とりあえず、これで仲直りフラグが立ったかな?


 一方、キリオはルチアと話していた。

 そういえばこのイベントの時、キリオは本来居なかったんだよな。

 ヴァン・タラーナに来てすらいなかったんだから。

 どういう変化があるのか、目に留めておく必要がある。


「ルチア、出来れば代わってやりたいが……」


「私だって戦えます」


「母上に似たな」


「母様は関係無いでしょう? 勇者様にお仕えする事は、司祭様より仰せつかった使命です」


「……無理はするなよ」


 キリオは、肉を喉に詰まらせた時と同じ顔をした。

 何だ。また何か詰まらせたのか?


 違うな。特に詰まらせる物が無い。あれは悔しがっている顔だ。

 ……妹の代わりが出来ない、遠くから無事を祈る事しか出来ないという事に対する悔しさから、なのか?

 それにしては、どことなく怒りも感じられる気がする。

 何だろう、キリオの複雑な顔は。

 コイツの考える事は、相変わらずよく解らない。


「行ってきます」


 隣を走るルチアに、俺は語り掛けた。


「なあルチア。もし何かまずい事が起きたら……」


「はい」


「その時は迷わず、神に祈れ」


 原作ではそれが、窮地を切り抜けるカギになったからな。




 丸眼鏡

 ゼルカニア共和国では近眼に悩む者が多く、その問題解決が急務となった。

 戦後、これがドレッタ商会によって輸入され、眼鏡は貴族達だけの物では無くなっていった。

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