間話iv 俯瞰する冷笑家
今夜はもう一話、投稿します。
仮想身体を抜けて、モニターとマイクを起動する。
夏目倫人は、これまでで何度目かも忘れた会議へと参加していた。
《少し、ちょっかいを掛けておいた》
ダイアログに、発言が表示される。
倫人はモニターでその様子を見ていたが、あんな事をしたら、こちらの存在がバレてしまうのではと気が気でなかった。
「余計な真似はするなよ、サレンダー」
《指図するな》
《あくまでお前は使われる側だ》
《自覚しろ》
「悪かったね」
反論してきたからには、何かしらの手立てはあると信じたい。
だが倫人はここ最近、サレンダーに疑念を禁じ得なかった。
手品の種は、とっくの昔に尽きていたのでは……。
その疑念は、倫人の胸中に一抹の不安を抱かせるには充分すぎた。
実際、議会四柱枢機卿の動きは目に見えて鈍い。
彼らの方策に、どこか刹那主義的な側面が目立つようになってきた為だった。
マイクのスイッチを入れる。
モニターに映し出された会議場は、相変わらず騒がしい。
「で? 枢機卿の皆様は、運営委員会に対して如何様な成果を報告してくれるというのか」
このまま彼らに任せて良いのか。
今まで様々な提案をしたが、彼らは完璧とまでは行かずとも、及第点の結果を残してくれた。
問題は、会議の度にその細かい失敗に対する責任のなすりつけ合いを始める事だ。
「エージェント・リーファは役立たずだったね。水銀の分量を間違えた」
「あの男、キリオがしっかり監督しなかったのが問題ですわ。
もし手心を加えたとしたら、処罰なさい。クロムウェル、よろしくて?」
「致し方ありませんな……我輩としても、誠に遺憾ですが」
――このように。
夜斗は本当に、碌でもないキャラクターしか作らない。
いわゆるポンコツばかりだ。
「ばーか。だからレイレオスを使えば良かったんだ。
フォボシア島にも来てたんだろ、あの女。直接殺せば良かったじゃん」
「物のついでのように言わないで下さる? アイザック」
「ボクは最初からそっちが本命だったよ。それを無理やりねじ込んだのは、エリーザベト!キミじゃないか!」
「あら。そちらこそ、手駒に任せた結果ジラルドを上手く懐柔できなかったのではありませんこと?」
「うるさい!」
アイザックの外見は十代前半の少年そのものだし、エルフという種族の特徴を差し引いても子供じみている。
そこに張り合うエリーザベトも大概だ。
「また仲間割れですな。お見苦しい所をお見せします」
などとクロムウェルは涼しい顔だが、倫人は彼の本性を知っている。
自己保身を最優先する、矮小な男だ。
誰かをダシにして優位に立ち、あくまで自身はまともであると主張しようとする。
「もう、慣れた」
諦め気味に答えると、場は静まり返る。
しばらくして、アイザックが口を開いた。
「ジャンヌ。キミの意見を聞かせてくれよ。さっきから黙ってるけど」
ジャンヌ。
原作設定では、魔女の墓場を束ねる頭目である。
鋭い双眸の周囲をクマが暗く彩り、いかにも不健康そうな顔立ちだ。
血色は悪く、これでは判を押したような美貌も形無しである。
噛ませ犬になる悪の組織の親玉としては、まさにこれ以上ない逸材とも言えた。
「……ターゲットを絞り込むといった過程を一笑に付し、こうして問題解決を先送りにしたのは我々全員の落ち度。
然るに、責任の押し付け合いは全くの無意味であると結論付けます」
「だ~か~ら~、その先を訊いてるんだけど」
「その先を話しあおうとしなかった。それこそが今日にまで至る、我らの病巣ではありませんか。
客員、軽挙妄動を反省し、確たる打開策の構築にいっそう奮起せねばなりません」
「相変わらず、堅苦しい物言いですこと。あの木偶の坊にそっくり」
「……」
「あまり怖い顔をなさらないで下さる?」
アイザックとエリーザベトは煽るばかりで、建設的な意見を何一つ言わない。
これにも辟易した。
よくこれで、魔女の墓場はしっかり機能するものだ。
これもひとえに、倫人とサレンダーが数十年単位で根回しをしてきた結果だ。
原作での描写から逆算、作中における彼らの動きから心理を分析。
更に詳細なプロファイリングに基づいて、行動原理を突き詰め、運営委員会を騙ってバックアップを続けた成果だ。
「言ったそばからこの体たらく」
ジャンヌが溜息をつく。
「それで、議長」
「何だ」
「そろそろ、エージェントRを動かしても良いのでは?」
「その策は進めている。問題は、あちらの動きだ」
* * *
「茶番も大概にしてほしいな」
会議を終えた倫人は、机に足をかける。
《ぼやくな》
《次の一手で、こちらの動き方が決まる》
「って事は」
《いよいよ、勇者と魔女の共同戦線は、奴の手を離れる事になる》
「その言葉を待ってた」
獅子身中の虫だろうが、倫人は己の考えを変えるつもりは無かった。
周囲が役立たずばかりである事を痛感しているからこそ。
だからこそ、最高の瞬間を手に入れてやりたかった。
いずれはあの枢機卿も用済みになる。
彼らが揃って絶望した時、どれだけの快楽が得られるだろうか。
「さんざん待たせたんだ。報酬の上乗せは期待してもいいんだろ?」
《もちろんだ》
いよいよ、崩壊への秒読みが始まる。
第四章はまだ続きます。




