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第七話 「だって俺達、友達だろ!」


 その日の夜。

 俺は物音で覚ました。

 暫くしてからファルドのベッドを見る。


 そのベッドにファルドの姿は無かった。

 俺は開け放していた窓から聞こえる声に気付き、耳を澄ませた。


「なんなんだよあの人は、訳の解らない事ばっかり言って……」


 屋敷の外からだ。

 物音がしないから、此処からでもよく聞こえるな。

 俺は窓から、外を見下ろした。

 遠くで、ファルドが立ち尽くしていた。


「俺だって、色々と考えた上で、どうにかしたいって思ったのに」


 夜の上に遠くてファルドの顔はよく見えないが、ありゃそうとう参ってるな。

 大人の理屈について行けなくなるのは解るよ。

 俺も、よかれと思って提案しようとして説教を喰らったら苛立ちもする。

 だがこの話『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』を書いた俺だからこそ、あのモードマンの言ったことは理解できてしまうんだ。


 問題はどうやって伝えるか、だよな……。

 下手に説教しても逆効果だし、気が済むまでやらせた結果、明日に響いてもいけない。

 俺が立ち往生していると、勝手口のほうからアンジェリカが出て来た。

 アンジェリカはそのまま、ファルドに近付く。

 しばらく見ていたあと、肩を竦めて「やれやれ」といった感じのポーズをした。


「凹んでるわね」


「アンジェリカ……ごめん、起こしちゃったか」


 ファルドがアンジェリカへと振り返る。

 アンジェリカはファルドの横を通り過ぎて、切り株に腰掛ける。

 それから、切り株をぽんぽんと叩いた。座れって意味だろうな。

 少し遅れてファルドが座った。二人は今、背中合わせに座っている。

 くそ、羨ましくなんか……!


「伯爵の言った事、腹に落ちてない感じじゃない」


「解らなくはないんだ。でも、俺が考えてきた事が、全部無駄になった気がして……アンジェリカにも教えて貰ったのに。悔しいんだ、すごく」


「私の事を想って、怒ってくれたのは嬉しかった。ありがとう」


「アンジェリカ……」


「他の人が居たら言えなかったけど、丁度良かったわ」


「なあ、アンジェリカ。顔、近くない……?」


「ま、真面目な話をしてんのよっ! 馬鹿!」


 アンジェリカはぷいっとそっぽを向く。

 ふふふ。青春だなあ。


 これだよ、俺が見たかった夜イベントは!

 主人公がヒロインと会話して、好感度とか色々と深めていくやつ。

 昨日のファルドから聞いたアンジェリカとの関係を考えるに、イチャイチャする所までは行かないだろうな。


 だが、それがいい。このもどかしさすらも、今の俺にはご褒美だ。

 ここからどんどん仲良くなっていくんだろうなって、そんな安心感もある。


 最初にこの世界に呼ばれた時は勘弁してくれと思ったが、ちょっと思い直した。

 これを見れただけでも、この世界に呼ばれて良かった。


「多分だけど、伯爵が言ったのって、私達が魔王を倒した後、何かを失敗して後悔しないようにって事なんだと思う」


「難しいよ。そんな先の話……」


「今からそれを考えながら動くのは、難しいかもしれないわ。けど、先になったら、それを思い出しながら動けばいいんじゃない?」


 さすが、アンジェリカはみんなのお姉さん役だな。

 両親に厳しく育てられ、熾烈な競争を繰り広げる学歴社会の中で過ごしてきたせいなのか、大人の言葉をいち早く察する事が出来る。

 対するファルドは、ちょっと黙り込んだ。まだ納得できてない感じだな。


「でもアンジェリカは、お父さんやお母さんには反発してるじゃないか。

 二人ともアンジェリカの為に色々言ってくれてただろ。俺はその話を半分も解らないけど」


「――ッ、それとこれとは話が別よ。私は、私が正しいって思った事には素直になれるってだけ」


 雲行きが怪しくなってきた。

 いつものツンデレ反応が発動しちゃってるな。

 プライドが高いせいで、焦っているんだろう。

 アンジェリカの身振り手振りが激しい。


「うーん……つまり、俺はアンジェリカが正しいって思った事に、素直に従えばいいんだね?

 これまでも、そうしてきたし、それで失敗した事も無かった」


「馬鹿、馬鹿! そういう意味じゃないわよ! そう捉えられても、しょうがないかもしれないけど。

 でも、そうじゃないのよ……もっと、こう自分で……! ああもう、察してよ!」


 こりゃ駄目だな。泥沼化してきた。

 しっかり者のアンジェリカも、所詮は現実世界で言う所のJK(女子高生)だからな。


 現役大学生の俺に比べるとどうしても子供じみた所がある。やっぱり俺が行かなきゃな。

 今から階段を降りて勝手口から向かうにしても、ちょっと時間が掛かりすぎる。

 そこで俺は大胆にも、窓から屋根を伝って降りた! そして見事に……。


「――誰だ!?」


 盛大に転げ落ちた。

 締まらないな。肘が痛いのは、すりむいちまったかな?

 笑いの神様、どうもありがとう。シリアスの神様、ごめんなさい。

 夜イベントの神様、もしいらっしゃるのなら俺に力を下さい。

 まさかの自作品召喚に夜イベント乱入という罪を重ねた、この俺に。


「もう、馬鹿っ! 何やってんのよ!」


「悪い。ちょっと寝ぼけちゃって」


「はぁ……寝ぼけて窓から落ちる馬鹿なんて初めて見たわ……」


「そんな事より聞いてくれ、ファルドよ」


「あ、ああ……」


 気圧されてるなあ。

 そりゃあ、屋根から転落した奴が神妙な顔で話を始めるんだから、そうなるよな。

 だが俺は気にせず続けるぞ。

 キリオから聞いた重要な情報と、結局表に出せなかった裏設定があるんだ。


 ここで話さない手は無いだろ?

 パソコンはモードマンに預けてあるから手元に無いが、この程度は暗記できる。

 後はもう、出任せだ。


「モードマン伯爵は詳しく語らなかったが、帝国出身だ。その昔、伯爵は大陸の国家間での戦争で数々の兵器を作った。

 帝国が他の国に比べて兵器が発達しているのも、それが理由だ。そしてその結果、戦争が拮抗したのも伯爵の仕業だった……」


 ファルドだけじゃなく、アンジェリカまで聞き入っている。

 半信半疑という訳でも無さそうだ。

 それだけ、しっくり来るんだろう。

 モードマンのさっきの発言の内容だと、他には無いだろうしな。


「今はちょっと微妙な便利グッズばかりだが、それは戦争で人の命を効率的に奪う兵器を沢山作ってきたからこそ、今度は人の暮らしを豊かにする道具を作りたいと考えたんだ」


 結局、設定資料集という名のテキストファイルに書き留めただけで、本編では明かされる事は無かったけどな。


「どっちにしても、伯爵は天才錬金術師の名が広まるにつれ、そうとしか振る舞えなくなってしまったし、そうで在り続ける事を強いられているんだ。

 伯爵は昔から、善かれと思って行動し続けた。だからこそ、やってきた事の結果を受け入れ、その責任を取る必要があるとも思っている。そう思えないか?」


 最後に疑問系というか、問い掛ける形で締め括れば、あくまで俺の個人的な見解であるとする事が出来る。

 それに万が一、この世界でのモードマンの経歴が原作設定と違っていても、俺の勘違いって事で言い逃れ出来るしな。

 ただそうなっちゃうと、俺が格好付かなくなるのが難点だが。


 出来れば正解であって欲しい。

 キリオから聞いた話が正しければ、必然的に正解なんだろうけどな。

 ドレッタ商会とのコネクションには驚かされたが。


「あの人が、伯爵が……」


 ファルドは、はっとした顔をしながら屋敷のほうを見ている。

 納得してくれたかな。


 この調子で仲直り出来るといいんだが。

 何せ、喧嘩イベントも、その後のファルドが凹む夜イベントも、原作には無かったからな……。


「っていうか、なんでアンタがそんな情報を知ってるのよ。それも石版の予言?」


「いや。これは確かな筋の情報だ。キリオ・ドレッタさんから、直々のな。伯爵と家族ぐるみで付き合いのあるキリオさんだぞ」


「あの胡散臭いシスコン赤もやしがねえ……まあいいわ。妹想いのちょっと過保護なお兄さんだし、悪い人じゃないんでしょ」


 シスコン赤もやしって貴女……ものすごいあだ名だよな。

 確かにその通りなんだけど、もうシスコン赤もやしが頭から離れなそう。


「とにかく、もう夜更けだから寝ましょ。明日に差し支えるわ」


「二人とも、ごめん。俺、しっかりしなきゃ」


「なーに、大いに結構!」


 俺は親指を立ててウィンクする。


「だって俺達、友達だろ!」


 我ながらくっさいな。

 自作小説のキャラクターに、作者である俺自身が言うなんて。


 まるで夜徒ナハト†ブレイヴメイカー(笑)みたいだ。

 現実の日本でやったら、まずテンションおかしい調子こいた馬鹿野郎扱いだ。

 直後、後頭部に拳骨を喰らう。

 そうか、この世界でも調子こいた馬鹿野郎扱いされるのか。俺という奴は。


「馬鹿。アンタもしっかりしなきゃ駄目でしょ。この藪蛇石版男」


「すいませんでした……」


 言いたいことは伝わるが、藪蛇石版男ってちょっと無いわ……。

 一時期流行った“○○男”じゃないんだから。


 このあだ名のセンスも、俺の知らない設定だぞ。

 作者さんはこんな子に育てた覚えはありません!

 なんて言ったら、絶対「アンタに育てられた覚えも無いわよ」って言われるんだろうなあ。


「そうだ、魔法について教えて貰ってもいいかな?」


「私で良かったら。火の魔法しか使えないけど」



 ……恥を忍んでアンジェリカに教えを請うたが、結果は惨敗だった。

 俺の体質的に魔法が全く使えないらしい。

 魔法大学とかで血液検査をして貰ったら、血中の魔力が皆無と断言されるレベルだそうだ。

 ちょっとでも魔力があれば、入門用の触媒を使いながら詠唱すれば、小さい火花くらいは作れるとか。


「おかしいわね。私の魔術、アンタと居ると威力が上がった気がしたんだけど」


「そうなのか!?」


「気のせいみたいね。その様子じゃ、支援系の加護も使えないだろうし」


 くっそー! 俺だって赤ん坊の頃から魔法を使いまくってれば、今頃大層な二つ名を付けてだな!


 いや、駄目だ。

 転生したら現実世界での俺が死んでる事になるから、やっぱ無し。

 俺の身体は間違いなく現実世界からそのまま持ってきただけなんだし、高望みはしちゃいけない。

 俺は志麻咲信吾しまざき しんごであって、夜徒ナハト†ブレイヴメイカーではないのだ。



 その後、俺達はそれぞれの部屋にベッドで横になった。

 ファルドが寝息を立て始める。


 思ったが、こいつはいびきをかかない。

 よくあるガサツ系主人公だといびきがうるさかったりするんだろうけど、こいつはやたら上品だ。

 そういや、雪の翼亭を出発する時もベッドが全く乱れていなかった気がする。

 俺が寝相まで詳しく設定しなかったせいなのか? 何か、気になるよな……。




 一般魔道書

 宮廷魔術師を数多く輩出したエスノキーク魔法学校によって出版される、分厚い魔道書。

 学の無い平民達にも理解できるよう平易な文体が用いられ、魔法の入門に最適とされている。

 しかし、その価格は平民の稼ぎでは容易に手が届くものではない。

 そのせいか、不要になった本書を格安で売り捌く者達が後を絶たない。

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