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第七十四話 「カンペ用意してないんだけど……」


 翌日、俺達はボラーロへと旅立った。

 コンサートは一週間後なのだが、なるべく早めにボラーロで準備しておこうという話になったのだ。

 ルーザラカ以外の魔女達に関しては、鉱山村ヴァン・タラーナに預けた。

 奴隷魔女が五人もいるなら、攻めこまれても安心だろう。

 それでいて、モードマンは後ろ暗い人達には寛容だ。


 実際、魔女達を預けた時も快く了承してくれたしな。

 そのまま屋敷のメイドとして働くっていう手もある。



 *  *  *



 そして、コンサート当日になった。


「皆様、本日は私、ミランダのコンサートへお越しいただきありがとうございます」


 大通りに、ミランダの美声が反響する。

 どうやら壇上の魔法陣に立つと、あちこちのスピーカーに声が通るような仕組みがあるようだ。

 領主の毎朝のスピーチは、これを使っていたワケだ。


 そして今、その魔法陣が描かれた布が演奏者達の足元にも敷かれている。

 ボーカルのミランダだけじゃなく、伴奏もしっかり音が通るという事だな。


「こうして皆様の前で歌うことができたのは、あるお方の、一つの提案のお陰でした」


 ん、何だ。

 雲行きが怪しくなってきたぞ。

 いや、空は文句なしの晴れ模様なんだが、話の内容がな。


「勇者御一行様は、皆様もよくご存知ですね? その中の一人。彼ら勇者達を導く、一人の青年が、きっかけを与えてくれました」


 おいおい。

 まさかそれって……。


「それが石版の預言者、シンさんです! 今日は、彼に来てもらいました!」


 で、出~!

 事前連絡何もなしにいきなりゲスト出演奴~!

 そういうのは事前に言ってくれってばよ!


「カンペ用意してないんだけど……」


 仕方ない。

 今や救国の歌姫として名を馳せる、かのミランダさんから直々のご指名だ。

 腹を決めて、軽くスピーチして、早々に舞台袖へと引っ込むとしよう。


「えー、本日は、この素敵な催しごとにお呼びいただき、ありがとうございます」


 こっからどうつなげるかな。

 えーっと?


「聞いた話によれば、ミランダさんの歌は、歌詞もメロディもご自身で考えたそうです」


「ええ」


「何かを創造し、表現する。僕はそれを、とても尊い事だと思います」


 小学生並みの感想だが、仕方ない。

 だってカンペが無いんだもの。


「表現しようと努力し、時には苦悩し、時には打ちひしがれる事もあるかもしれません。

 ですが、それでも前へ進もうとする姿勢を、誰が冷笑できましょうか?」


 ……魂の赴くままに言葉を紡ぐとしよう。

 ミランダの境遇との共通点を、俺自身の経験とか理念に重ね合わせて伝えるだけでいい筈だ。


「ミランダさんは、たゆまぬ努力を続け、やっと夢を叶えました。

 果たしてそれを、ただ運が良かったというだけで済ませるべきでしょうか?」


 成功者に対する、自称“恵まれない負け組”のやっかみというのは、実に辛辣だ。

 ランキングに名を連ねる名作の感想欄を見ても「そういう書き方は無いだろ」って内容が、いっぱいある。


 得てしてそれらの根底には「運が良かっただけだろ」という冷笑が潜んでいる。

 だから、俺は敢えてそれを否定させてもらう。


「誰かがそう思っても、僕は断じて違うと主張したい」


 かつて底辺作者であり、今は読み専になった、俺の立場から。


「ミランダさんを支え続けた、一人のファンがいます。

 彼は画家として望まぬ作品を作る傍らで、彼女の歌を愛しました。その姿が人々の目に止まり、我々の耳にも届いた」


 ヴェルシェの情報収集によるものだがな。

 クソ情報とか小馬鹿にしたのは、正直すまなかったと思っている。


「何かを作り続ける事を、ひたすら愛し続ける。そんな人達を引き寄せ合ったのは、もはや必然でしょう。

 ただ、中には歌ではなく、その……なんというか。

 ミランダさんのもうひとつの職業を利用して成り上がったなどと、心ない中傷をする人もいる」


 ましてや、いけしゃあしゃあとそれを有名税などと抜かす輩も俺は嫌いだ。

 想像力が足りていないから、あんな事が言えるんだ。


 この一週間で、そういうクソレターをそこそこ拝見したからな。

 だからこの場でガツンと言ってやる!


「ですが、仮に、その言葉が真実だとしてもです。

 それならば彼女の後ろに佇む巨大なドラゴン、歌い竜カグナ・ジャタがこうして魔王軍を裏切って我々についた事を、どう説明できましょうか?」


 ドラゴンカーセッ……いや、なんでもない。

 まさか人化する能力なんて、カグナ・ジャタは持ってないだろうし。

 別の話に繋げて誘導しなきゃな。

 綺麗にまとめないと、締まらねえからな。


「創作とはつまり、心と心を繋ぐ、ものすごい何かです。

 魔王軍との戦いが新たなる局面を迎えようとしている中で、ひとまずは疲れを癒やし、ミランダさんの魂のきらめきに、耳を傾けようではありませんか」


 とりあえず、こんなもんか。

 言いたいことは言い尽くした。


「それでは、長くなりましたが、以上をもちまして――あ、うぐッ!」


 左肩をぶち抜く、あまりにも激烈な痛み。


 ――それは、矢ではなかった。

 咄嗟に引き抜こうとしたが、矢であれば本来ある筈の棒状の物が無かったのだ。


「シン君!? これは……!」


 メイが俺の左肩から摘出してくれたもの。

 それは、小さな鉛の塊だった。


 そこから答えが導き出される。

 あの狙撃手が使ったのは、弓でもクロスボウでもない。

 ――銃だ。


 本格的にヤバい流れになってきたな。

 鉛弾を使う奴なんて、魔王しか俺は知らないぞ……!


「シン、大丈夫か!」


 痛みで滲む視界の中、みんなが青い顔で駆け寄ってくるのが見えた。

 ルチアが懸命にヒールで傷口を治してくれている。


「今回ばかりは、ツバつけて治りそうにはないらしい」


「ほら、しっかりしな! お前さんは、守ったんだ。ミランダを!」


 という、ジラルドの激励。

 いつかに俺を守って左目を失ったジラルドが言うと、言葉の重みが違うな。


「もう大丈夫だ。ルチア、ありがとう」


 魔術の防壁も、流石に、忍び込んだ狙撃手までは防げなかったか……。

 こういう時の為に警備が必要だったんだが、見事に網目を潜られたな。

 当初懸念していた大型魔術ブッパのテロは無かったから良かったものの、左肩が痛い。


「落ち着いて下さい!」

「誘導に従って下さい! そこ、押さない!」

「大丈夫、大丈夫ですから!」


 湾岸警備隊の避難誘導も虚しく、パニックに陥った観客達。

 ったく、どうしてこうなっちまうかな。


「あーあ、畜生……あっという間に阿鼻叫喚の地獄絵図だ。やっぱり俺もゲストじゃなくて警備のほうが良かったかな」


「ジラルドさんの言葉によれば、それだとミランダさんを守れなくなりますよ」


「なるほどね」


「いたぞ! アイツだ!」


 やがて、警備隊の一人が望遠鏡を片手に叫ぶ。

 指示を受けた他の黒服達は、指輪をあちこちに向けて何度かひねった。

 その仕組はよく解らないが、アレで遠隔通信でもしているのかね?


 それにしても、よく見付けられたな。

 俺を殺し損ねたし、あの狙撃手は全体的に下手くそってワケか。


「先に行ってるぜ、シン!」


 ファルド達も湾岸警備隊に混じって、狙撃手のほうへと去っていく。

 残されたのは俺とルチアだけだが、いつまでも痛がってる場合じゃない。


「リゲインはもういい。俺達も、あんにゃろうを追いかけるぞ!」


「はいっ!」



 *  *  *



 急いで追いかけた。

 途中で飛竜に乗ったファルド達が俺とルチアを拾ってくれたから、意外と早く狙撃手を見付けられた。

 あのライフル野郎、フェルノイエ近郊の交易路まで逃げた挙句、横道に逸れて雑木林を突っ切りやがって。


 着陸してから数分、俺達は随分と駆けずり回った。

 だが、ここに来ておかしな光景を目にする。


「見失った! 一体どこにいるんだ!」


 ここまで頑張って追いかけてきていた、数人の湾岸警備隊。

 そんな彼らが、あのライフル野郎のすぐ近くでキョロキョロしているのだ。


 なんで、こんな黒い革鎧を着込んでフルフェイスの兜を被ったチビを見付けられないんだ。

 明らかにバレバレな場所に突っ立っている上に、ちっとも景色に溶け込んでないだろうが。

 いっそサングラス外しなさいよ!


 だが、探し出せないのは湾岸警備隊だけじゃなかった。

 どうやらうちの連中も。


「おい、ファルド、お前まで何をキョロキョロしてるんだ」


 剣のメダルはしっかり赤く光ってるのにな。


「確かにこの辺だったと思うんだけど……」


「いや、よく見ろ」


 指で指し示すも、みんな困惑している。


「シン……本当にそこなの?」


 ……ちょっと自信なくなってきた。

 俺だけが見えてるって、俺がおかしくなってるという線もあるし。


 ライフル野郎がようやく振り向いた。

 かと思ったら、トリガーに指を掛けようとしていた。

 狙いは……俺だ。


「パソコンの防弾性能なめんなよ!」


 銃弾をキンッと弾き返すパソコン。

 色々とおかしいが、今はいいんだよ。


 読めてきたぞ、これ。

 狙撃手は相手の視界を操って姿を消す魔術を使っているが、俺にだけ通用しないって奴だろ。


「アクアプレス!」


 水属性の魔術を、奴の頭上からドバァっとぶちまける。

 この魔術は殺傷能力こそ無いが、拘束力がある。


 視界が元に戻ったのか、周りの連中も振り返って戦闘態勢に移った。

 これでライフル野郎も袋のネズミだ。

 ファルドが押さえ込み、俺は杖を向ける。


「年貢の納め時だ、ライフル野郎! 大切な表現の場に水を指しやがって! 一億二千年間廊下に立ってやがれ!」


「ククク、フヒヒ、ハーハハハハァー! 廊下に立たされるのはお前のほうさ!」


 なんだ。

 いやに高い声を出すんだな。


「……っ」


 メイの押し殺したような悲鳴が、少しだけ漏れた。

 妙だな……嫌な予感しかしない。

 歯車が噛み合っていないというより、歯車そのものを別物にすり替えられたような。


「ファルド、そいつのツラを」


「ああ」


 あれだけの水流を食らったのにもかかわらず、ライフル野郎は少しも焦っていない。

 兜を脱がされている間も、悠々としている。




「――レジーナ、どうして」




 メイの言葉に、全員が固まった。


 俺を撃ったライフル野郎の、その兜の下は。

 淡い桜色のショートヘアの、猫耳美少女の顔だったのだ。

 その双眸は猫のような金色の眼に、縦長の瞳。


 俺はその顔を知っていた。

 間違いなく、レジーナだった。




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