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第七十三話 「その時は俺が止めるよ」


 温泉鼻血事件で、せっかくのバカンスが台無しになるところだった。


 すごすごと男湯に退散した俺とファルドは、しばらく愚痴りあった。

 途中で空中から風呂桶が降ってくる(明らかにアンジェリカの仕業)というハプニングもあったが、その後は何事も無く入浴を終えた。


 メイは時間をずらして入りたいと主張。

 気持ちはわからんでもない。

 耳とか尻尾とか、色々と特別仕様だからな。


 そんなワケで、俺達は温泉宿で食事を摂る。

 相変わらず素朴な料理ばかりで、なんというか涙を誘う。

 共和国での薄味ながらも洗練された味が、早くも恋しくなってきた。


「ジラルド。お前宛に依頼が来ているぞ」


 食事の最中、村長が思い出したように懐から手紙を取り出した。

 食事中なんだから、後にすればいいと思うんだが。


「悪いね、親父。どれどれ」


 ジラルドがそれを受け取り、封を切る。

 この世界では、食事中に手紙を見るのは無作法に当たらないらしいな。

 そりゃあ、火急の用件だった場合もあるしな。


 今回は違うみたいだが。

 ジラルドの表情が、何よりも物語っている。

 いやコイツに限ってはヤバい案件でも、目を閉じて口元で不敵な笑みを作るんだろうが。


「……ボラーロでの警備か。連中、よほど俺のことを気に入ってくれたらしい」


「どんな内容だったんスか?」


「一週間後、ボラーロでコンサートをやるらしい。その最中、魔王軍の襲撃から守るんだと」


「ザイトン司祭を探すという依頼のほうは?」


 ルチアの表情が、途端に曇る。

 身内が絡む話だから、そりゃあ無視できない問題だよな。


「休業だよ。ははは! あの領主さんも、大胆な真似をするねえ」


「そう、ですか……兄が無理をしなければ良いのですが」


「その時は俺が止めるよ」


 ファルドの心強い一言が、少しだけルチアを安心させたようだ。

 俺がメイを助けに行った時に同行できなかったのを、ものすごく悔しがってたからな。

 後悔したくない、っていうのは判る気がする。


 あ。アンジェリカが指を噛もうと、したが思いとどまった。

 なんやかんや、コイツも成長したよな。

 ……温泉ビンタなんて無かった。


「君達宛の招待状も届いているようだ」


 村長から、もう一通の手紙を俺達は受け取る。

 差出人は同じくボラーロのコンサート関係者。

 こちらは、単純にコンサートへ招待するという内容だった。



 *  *  *



 その夜。

 俺達は男女別に分かれて泊まった。

 ボラーロでのコンサートは、沢山の人達が参加するという。

 ミランダはすっかり、売れてきたよな。


 さて準備は明日からやるとして、今日はもう寝よう。

 いかんせん疲れた。


 と思ったが、部屋のドアが音も無く開けられる。


「誰だ……!」


 俺は咄嗟に、ファルド達を起こそうとする。

 が、ドアの隙間から出て来た人影が、口元に人差し指を付けながら近付いてくる。


「ちょっと夜話、いかがッスか?」


「ここでか?」


「バルコニーがあるんで、そっちでやるッス」


 しょうがねえなと思いつつ、ヴェルシェに付き合うことにした。

 ヴェルシェみたいな奴がどうしてという疑念もあるが、おセンチな感情でもあるんだろう。

 久しぶりの夜イベントでも洒落込むとしようじゃないか。



 バルコニーには、すんなり通して貰えた。

 夜間警備に立っていた従業員はその時、俺達二人を訝しげに見ると「青姦だけは駄目ですよ」と釘を刺してきたが。

 やんねーよ!


「で? 夜話って何だよ?」


 ヴェルシェは、壁により掛かりながらずっと唸っている。

 何を言おうか迷ってるらしい。

 だが、やがて口を開く。


「内緒にするって、約束してくれるッスか?」


「恋バナか。誰が好きなんだ? 俺で良ければ相談に乗るぞ。男か? 女か?」


「いやそういうのじゃねえッス」


 即答で否定された。


「じゃあ、何だよ?」


「実は……最近、何か違和感があるんスよ」


「違和感?」


「誰かと誰かが騙し合ってるような……」


 はい?


「はい?」


「上手く言えないッスけど、騙してる人は、シンさんの命を狙ってるような感じがするんスよね」


「ちょっ、待て! 証拠は?」


「長年のカンって奴ッス。冒険を続けてると、色んな冒険者に出会うッスからね……」


 そう言って、ヴェルシェは遠い目(糸目だが)で空を見る。

 確かにヴェルシェみたいにちょろそうな奴は、騙されやすいだろう。

 実際、ボラーロでも殆ど騙すような形でクラブのバニーさんをやらせたワケだし。


 でも、俺を殺して得する奴って誰だ?

 ファルドは、そんな事をするようには見えない。

 アンジェリカも同じだ。


 ルチアは? そういえば、ルチアは別行動で教会に行く事が多い。

 口数も決して多いほうじゃないし、ドレッタ商会っていうバックボーンがある。

 考えたくはないが、もしもキリオに対するぞんざいな態度が演技だとしたら?

 ……いや、考えないようにしよう。


 次に、ジラルドだ。

 ヴェルシェが言うには、最近って話だからな。

 そうすると、コイツかビリーのどちらか……またはどっちもが俺を狙ってる可能性もある。

 俺とは別の世界からとはいえ、転生してきた組だからな。

 とはいえ、その理由が無い。


 まさかメイの事じゃ、ないよな……?

 確かに、北の最果てでの一件と言い、何を考えているのか判らない所もあるが。

 だがメイにしたって理由が判らないし、説明が付かない。

 だいたいそれじゃあ俺のファンだって明かしたのも、俺を油断させる為の方便って事になるじゃないか!

 実はメイと名乗っているが、実は別人だとか?

 ……駄目だ、現状では断定する材料が少なすぎる。



 真面目な話、俺を殺して何かメリットはあるのか?

 予言の事なら、俺はファルドとアンジェリカとルチアの三人に話したし、もうこれ以上は何も出て来ないぞ。

 これから、神託か何かが俺のパソコンに表示されるとか?

 魔物図鑑もあるし、情報源を潰すという意味ではメリットも無いとは言えない。


 唯一、メリットがありそうな奴……ルーザラカくらいしか思い浮かばない。

 だが奴隷として連れているルーザラカじゃ、力を封印されているから無理だろう。

 魔王と繋がりがあったら、その限りでもないだろうが……。


「やっぱり、いきなりこんな事を言われたら信じられないッスよね……」


「悪いが、急すぎるな」


「でもでも、信じて欲しいッス。ほら自分、シンさんと同じように拾われて仲間になったじゃないッスか」


「ああ」


「仲間意識みたいなのがあるッス。共通の立場というか。先輩後輩っていうか。

 だから自分、シンさんが酷い目に遭うなんて嫌ッスよ」


「悪かった。俺の事をそんなに考えてくれてたなんて」


「みんなの事が大好きなんスよ」


 黙り込む俺に、ヴェルシェはたどたどしく言葉を紡ぐ。


「……ファルドさんは自分を拾って、こんな情けない自分を見下したりもせずに仲間に選んでくれたッス。

 アンジェリカさんだって、ちょっと怖いッスけど、本当は不器用なだけで優しい人だって知ってるッス。

 ルチアさんも自分が辛いときにはいつも助けてくれて、周りに気配りが出来るッス。

 ジラルドさんは商船を苦しめた海賊を簡単にやっつけてくれた、凄く頼れる人ッス。

 ビリーさんも、そんなジラルドさんをサポートして、あの黒くて大きい船との橋渡しになってくれたッス!

 それにメイさんだってああ見えて、曲がったことは許せない正義の人ッス!

 ――みんなの事、愛してるッス! だから、早くこのもやもやしたのをどうにかしたいんスよ!」


 ヴェルシェが、両目からぽろぽろと涙を流し始める。

 ……コイツにしては珍しく神妙だ。


 今まで俺は、コイツをただのお調子者だと思っていた。

 ちょろくて、空気が読めなくて、自称有能の馬鹿エルフだとばかり思っていた。


 だが、今のコイツはどうだ?

 俺は、とんでもない思い違いをしていたんじゃないか?

 コイツもまた、誰かの為に涙を流せる熱い魂の持ち主じゃないか!


「解った。騙してる奴がもし近くに居るとして、俺はどうすればいい?」


「仲良くなるように、説得して欲しいッス」


 殺せとは言わない辺り、ヴェルシェも優しいな。

 ヴェルシェは頬を掻きながら、はにかんだ笑みを浮かべる。


「自分も、影ながらサポートするッス。どんな冒険も、最後はハッピーエンドがいいッスよね」


「そうだな」



 夜話が終わり、俺はヴェルシェと別れて部屋に戻る。

 ベッドに入ろうとすると、ジラルドが身を起こした。


「夜更かしは身体に毒だぜ」


「ちょうど、もう寝る所でした。おやすみなさい」


「ああ、おやすみ」


 それきり、ジラルドは寝息を立てるだけで何も言ってこない。

 ヴェルシェとの会話について言及されなくて良かった。

 ふとボロを出して、藪をつついて蛇を出すなんて事があっちゃまずい。


 騙し合いが実際にあるとしたら、最悪の事態を常に想定するべきだ。




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