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第六十七話 「聖杯に、何かあったのですね?」


 カグナ・ジャタが魔王軍に反旗を翻し、ミランダ楽団(仮)に加わってから一ヶ月ほどが経過した。


 相変わらず、奴隷魔女の解放への道のりは遠い。

 共和国は強固な姿勢を貫き、魔女の墓場との癒着関係を隠そうともしない。


 それと、前にフェルノイエで見掛けた黒い馬車は、奴隷魔女を運ぶ為のものだということが判明した。

 連中も、この一ヶ月間で随分と忙しそうだ。


 ……早いところ、手を打ちたいんだがな。

 共和国首脳陣はディシマギ家を除く五家が奴隷魔女賛成派だ。

 カージュワック家は議会から外されたし、その息女であるテオドラグナはジェヴェンとの私闘がバレて懲罰任務中だ。



 キリオのザイトン討伐は、失敗したそうだ。

 魔女の墓場の上層部、議会四柱枢機卿に直談判したが突っぱねられたとのこと。

 そうしてモタモタしている間に、ザイトンが逃げてしまったという。


 みんなして、踏んだり蹴ったりだな……。

 先延ばしにしていくしかない。



 といっても俺達を取り巻く環境は、悪いことばかりじゃなかった。

 カグナ・ジャタを引き入れたことが大陸中に広まり、一気に勇者としての名声を獲得したのだ。


 最初は味方に付いたフリを疑われもした。

 だが、カグナ・ジャタが群衆の目の前で自らの角をへし折って差し出した。

 自らの鱗を突き破るだけの力がある、その角を。


 大多数が、カグナ・ジャタが味方になったという報せを信じざるを得なかった。

 それにより、最初に歌を以て挑んだ俺をはじめ、俺を拾ったファルド達も大陸中に認知されるようになったのだ。

 後になって聞いた話だが、実は俺達がカグナ・ジャタに会いに行く前に、連合騎士団が有志を募って討伐隊を結成していた。

 そして急降下爆撃でカグナ・ジャタに攻撃を加えていた。

 結局は配下の魔王軍を全滅させたのが精々で、当の奴自身にはちっとも通用しなかったが。


 そういった事もあってか、騎士団経由で俺達の武勇伝が広められたのだ。


 もちろん、最終的にトドメを刺した歌姫ミランダの伝説的所業も。

 お陰で抱き枕も蓄音機も、それはもう飛ぶように売れた。


 魔王軍の一角を為す大物を無力化した事で、名声が轟いたのだ。

 流石にあの堅物司祭ケストレルが抱き枕を持っていた時は、ちょっとびっくりしたが。



 この一ヶ月間の冒険で、他の冒険者達との繋がりも一気に増えた。

 顔見知り程度の仲ではあるが、みんな俺達を羨望と尊敬の眼差しで見てくれた。

 助けるたびに「さすが勇者達!」的な事を言われる。


 まさしく絶頂期と言っても差し支えない。

 俺がこの世界に来て以来、初の快進撃だ。

 最初の頃からは、考えられなかったよな。

 前述した奴隷魔女の一件さえ無ければ、こんなに気分がいいのは初めてかもしれない。



 *  *  *



「それで、どういったご用件です?」


 俺達は久しぶりに、リントレアへと顔を出していた。

 例のインテリっぽい村長は、疲れ果てた顔をしながら口をもごもごと動かしている。

 どのように切り出していいか解らないといった感じだ。


「聖杯に、何かあったのですね?」


 そこにルチアが切り込む。

 この積極性。アンジェリカやヴェルシェに似てきたのかな。


「ある日を境に、聖杯が反応しなくなってしまった」


 村長は神経質そうな顔を殊更に歪め、溜め息をつく。

 原因の一端を担う俺は、どう返答していいか判らないな……。


「これはあくまで推測だが、あのルーザラカという魔女が破片を持ち去り、何らかの形で改変したのではないだろうか」


「そんな事が可能なんですか!?」


「魔王が聖杯の力を手中に収めるとしたら、そういった搦め手も考えられる」


 なるほど。

 これは言外に、聖杯の仕組みなんて魔王にとっては関係無いって事を指している。

 しかし、こんな所で冬の聖杯ぶちこわしがネックになるとは思わなかったな。

 従う予言を選べっていう王様の言葉が、今になって重くのし掛かる。


 それに対する、相応の責任の取り方がある。

 すなわち聖杯の欠片を回収しに行く事だ。


 責任を取ると言いつつ、また連合騎士団の手を借りる形になるが……世界を救うためなので許して欲しい。



 *  *  *



「ひーちゃん、大丈夫かな?」


 北の最果てへと向かう道すがら、メイが妙な事を呟く。

 いや、牢獄街に置いてきた飛竜の事を言ってるんだろうが。

 北の牢獄街は、人が住んでいた。


 みんな臆病だから、めったに出て来なかったがな。

 最果ての異常気象を解決するという話をして、やっと数人が顔を見せた程度だ。

 その中にはエルフもいたが、もちろんヴェルシェとの面識は無かった。


 それよりメイのネーミングセンスだ。


「何だよ、ひーちゃんって」


「飛竜の頭文字から取って、ひーちゃん」


「安直な」


「私はいいと思いますよ。可愛いです」


 ルチアのセンスも大概謎めいてるな。

 そもそもあの飛竜はメスかどうかも判らんというのに、ちゃん付けとかどうなんだ。



 さて、そんなワケで一日掛けてやってまいりました。

 北方連邦の奥地、北の最果てに到着です。

 原作では、ファルド達が魔王にやられて逃げ延びた場所だったな。


 元カグナ・ジャタ討伐隊の面々から、異常気象があると報告のあった場所がここだった。

 ちなみにルーザラカが逃げたら困るって事で、遠距離からの確認に留めておいて貰ってた。


 問題は、魔女の墓場だ。

 ルーザラカも魔女の一人であるから、墓場も動いているそうだ。

 フォボシア島での出来事もあって、あんまり顔を合わせたくないんだが……仕方が無い。



 壁が崩れてボロボロになった家屋が、雪で真っ白になって建ち並んでいる。

 地面も既に雪がかなり積もっていて、見るからに寒々しい光景だ。

 というか実際寒い。


 北方連邦のモチーフがロシアだからって、こんな寒くしなくてもいいだろ。

 まだ季節的には夏の筈だろうが。

 さすが冬の聖杯。


「うえっきし!」


「シン、大丈夫か?」


「こんなのツバ付けときゃ治る」


「駄目そうだ」


 俺達は久々に、携帯用暖房装置を起動する。

 その様子にメイが興味津々だ。

 俺に腕を絡ませながら、覗き込んできた。


 流石に一ヶ月もするとみんな慣れたもので、公然といちゃついても白い目で見られなくなった。

 気まずくないのはありがたいんだが、それはそれでどうかと思う。


 俺は作者でメイは読者だ。

 命を救ったとはいえ、その一線を越えちゃいけないんじゃないか……?


「さて、どう探したもんかな」


 ここは北の最果て。

 牢獄街を更に北上した、文字通り最果ての地だ。

 北方連邦は国土がだだっ広い。

 それに比例して、ここも結構広いのだ。


 ファルドの剣レーダーがあれば、ボスクラスの敵は探しやすいとは思うが……。

 あんまり長居すると凍死しかねないからな。


 などと悩んでいると。


「あ。灰色装束」


 来てたか、魔女の墓場。

 聖杯あるところに魔女あり。

 魔女あるところに魔女の墓場あり、ってな。


「待て、シン。様子が変だ」


 確かに、妙だ。

 ふらついているし、群れで動く筈なのにコイツは一人だけだ。

 怪我をして、はぐれたのかね。


 そしてそいつはこっちを見ると、うめき声を上げた。


「オォオオオォォ……!」


 明らかにヤバい感じの声。

 それに反応して、良からぬ連中が次々と現れた。


「ウォァ……」

「ヴォアァ」


 防寒着に身を包んだ死体が、雪の下から湧いて出て来たのだ。

 ご存じ、ゾンビである。

 イディカムニエェってか?

 ここはどこのスタルカーの活動拠点だよ!?


「ひっ!? ぞ、ゾンビ!」


 アンジェリカが驚きのあまり、腰を抜かした。

 そういやホラー系は苦手なんだよな。


 対するルチアは確か平気だったと思うが……、


「ううっ、無理です……」


 あ、ビジュアルがグロいから駄目なのね。

 いくら凍りかけとはいえ、腐乱死体だしな。


「出て来るの早すぎッスよ! これじゃ罠も張れないッス!」


 ヴェルシェも珍しく弱気だ。

 ファルドの俊足はこの足場じゃ活かせないし、メイは本調子とは程遠い。

 仕方ないから、俺が一肌脱ごうじゃないか。


烈風禍閃波ストームファング!」


 俺は杖から風属性のオリジナル魔術を射出。

 ゾンビの群れを薙ぎ払う。

 地面の雪が舞い上がっていったが、これは目くらましにもなるという計算だ。


 イタい当て字は、なりきり掲示板時代に同様のスキルを使ったからな。

 その名残だ。


「今のうちに離れるぞ!」


「ああ!」


 雪に足を取られながら、そそくさと退散する。

 撒いただろうと思える距離で、俺達は建物を探した。

 ビュウビュウと吹き荒ぶ風が、俺達の体力を容赦なく奪っていく。


 やっぱりというか、何というか。

 まともな建物なんて殆ど残ってない。

 随分昔に打ち捨てられたんだろうな。


 北方連邦は国土も人口も他の三国より群を抜いて大規模だ。

 だがその分、管理がおざなりになりやすい。

 まして経済的に旨みの無い場所なんて、放置したほうがマシなんだろう。


 仕方が無いので、比較的壁が残っている場所で暖を取る事にした。

 まだまだ先は長い。




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