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第六十五話 「自覚はお有りではなかったと?」


 ふと、目が覚めた。

 窓の外はまだ暗く、夜中であるという事を思わせた。

 ファルドは……ぐっすり眠ってるな。


 折角だし、夜風に当たろうかな。

 この辺の地域は空気が綺麗なんだよな。



 バルコニーから見えるビレスデアの町並みは、月明かりを淡く反射させている。

 それは幻想的な光景だった。

 建物は人工物の筈なのに、まるでそこに存在するのが当然であるかのように景色を構成している。


 俺は、バルコニーに備え付けられていた望遠鏡を手に取った。

 このディシマギ家も有事に備えて状況を把握する必要があったりするから、こういうのを常備しているんだろうな。


 うちの飛竜ちゃんは、しっかり眠ってるかな?

 望遠鏡で、馬車発着場付近の馬小屋を覗いてみる。


 すると、馬小屋付近で言い争う集団が見えた。


「――道を空けろと言っているのだ! 私が直々に殴り込む!」


「冷静になれ!」


「冷静になった上で、押し通ると言った!」


 うるせえ。

 こいつら夜中なのにどんだけでけえ声出してるんだよ。


 しかもよく見たら、言い合っているのはジェヴェン・フレイグリフとテオドラグナ・カージュワックだ。

 互いのお付きである灰色連中と騎士団も、一触即発といった雰囲気を醸し出している。


「これでも譲歩したのだぞ。貴公には色々世話になったしな。

 武術の手ほどきを受けた恩を忘れたとは言わん。だが、それとこれとは別問題だ」


「今は体裁を気にしている場合ではないのだ」


「ふん! 帝国軍は男女の区別こそすれど、その立場は対等であった筈だが?」


「私はもう、帝国の者ではない……それを名乗る資格も無い」


「まずは貴公の性根から叩き直してやらねばな!」


「そうであります、カージュワック卿!」

「やってしまいましょう!」

「これはケツにブチ込む展開待ったなし」


 煽るんじゃねーよ。

 互いのボス同士の戦いでガヤガヤするとか、どこの不良漫画だよ。


「黙れ雑魚共!」

「クソフェミニストなんてオークの餌になっちまえ!」

「オァ! とっとと死ね!」

「ザッケンナオラー! スッゾオラー!」

「WASSHOI! ウィッチ・グレイヴに逆らう奴はムラハチ! 古事記にもそう書かれている!」

「さぁ! 決戦のバトルフィールドへ!」


 灰色連中も売り言葉に買い言葉だ。

 何か一部ソウカイの奴とか川越市民が混じってる気がする。

 あいつらもしかして転生者か?

 いや、まさかな。気のせいだと思っておこう。


「これまでの恩を返すぞ、フレイグリフ卿!」


 そして始まる大立ち回り。

 お付き連中共も乱闘し始めた。


 いや、ジェヴェンよ。

 そこ受けて立っちゃ駄目だろ。

 シカトして背を向けるところだろ。


 ……ったく、どいつもこいつもクールなツラして脳筋馬鹿野郎か!

 この夜更けに面倒事を増やしやがってッ!!


 俺はすぐさま階下に降りて、まだ眠っているみんなを起こして回った。

 何せ緊急事態だし。

 ヴェルシェはいくら揺すっても起きなかったから、アイツとゴーレム達以外の全員でバルコニーに集合した。


 ただ、その頃にはもう勝負が付いてしまっていたようだ。

 望遠鏡を片手に、イザビキが首を振る。

 俺はその望遠鏡を引ったくって、もう一度さっきの方角を覗き込んだ。


「許せ、テオドラグナ。叩き直せる段階など、とうに踏み越えてしまったのだ。

 貴殿のお父上は悲しまれるだろうが、私にはもう、これしか縋るものが無い」


「負け犬が。それだけの力があって尚、そのような戯れ言を抜かすか」


「考え直せ。警告はしたぞ」


 などと言いながら、ジェヴェンは離れていく。

 後に続く灰色連中は、思い思いに騎士団を罵倒していった。

 やがて、テオドラグナは吠えた。


「誰が従うものか! 次はその首を頂戴する! 私をこの場で斬り捨てなかった事を、後悔するがいい!」



「ドーラさんがめっちゃ不穏な事を宣言してる。説得したほうがいいかもな」


 と言うも、みんなキョトンとしていた。

 嫌な予感がして、俺はみんなに尋ねる。


「なあ……ここまでのやり取り、全く聞き取れなかったのか? めっちゃ声でかかったぞ」


 一様に首をかしげる中、イザビキが途中でハッとした表情になる。


「もしかして? 少し、気分を悪くするかも知れませんがご容赦願いたい!」


 俺の額に手をかざし、目を閉じて何かを詠唱し始めるイザビキ。


 鈍い痛みと、若干の吐き気がやってきた。

 アレだな?

 これはファンタジー世界にありがちな、スキル鑑定みたいな奴だな?

 やがて、イザビキは両目を見開いた。


「……ほう、これは!」


「何かありましたか」


「シン殿は、何か超常的な力を以てして、彼らの会話を“読み取って”いるようで」


「はい?」


「自覚はお有りではなかったと?」


「ええ、全く。ンなの初耳ですよ」


 まあ心当たりが無かったワケじゃあないが。

 最初に城下町に来た時も、いやに鮮明に言葉が聞き取れたし。


 レイレオスの物陰からルチアに向かって「知らない男のニオイがする」って言ってたのも、何というか今にして考えてみれば……。

 まるで、言葉が文字になって直接、頭の中に流れ込んできたかのようだった。


 読唇術なんてチャチなもんじゃ断じてねえ。

 もっと恐ろしい何かの片鱗を感じたような気がする。



 それにしても地味すぎるだろ、そんなチート能力。

 今まで気付かないワケだわ。

 使用される状況が限定的すぎるんだよ。


 ああ、待てよ?


「これって、誰かが喋ってると認識したら、それを対象に発動できるんですか」


「そのようで。しっかり、聞き取ろうという意志が無ければなりませんが。

 ううむ、実に興味深い魔術だ。術式を覗き見て転写してみたが、これは魔力を外側から取り込んで使うのか……血中の魔素を一切反応させる事無く、ほうほう……」


 ……マジか。

 今後はもう少し、意識して使ってみよう。


「それで、あなたが聞き取ったやり取りは、重要な情報であった事は間違いありますまい

 現場に急行しましょう。さあ、馬車乗り場へ!」


「もうみんな先に行っちゃったわよ」


 ご尤もだよ、アンジェリカ。

 途中でワケ解らん事をこのオッサンが言いだしたから、俺も言うに言えなかったんだ。

 人対人の戦いは見慣れてなかったから足がすくんだとか、そういうワケじゃないからね?



 *  *  *



 馬車発着場では、まだドーラ達がたむろしていた。

 割とこっぴどくやられてたみたいで、近くで見ると痛々しい傷痕が見える。


 先行していたルチアはヒールとリゲインの加護で治療。

 そしてファルドは、周辺の警戒をしていた。


「おお、シン殿とアンジェリカ殿も来ていたか。それに、ディシマギ卿も。本日はお日柄もよろしゅう」


「挨拶は結構です。それより、先程の戦いは何ゆえに?」


 そう、それだよ。俺が訊きたいのは。

 だって幾ら何でも、同じ公僕なのに堂々と内輪揉めとか普通じゃないだろ。

 問われたドーラは、苦々しげに顔を歪める。


「……してやられたよ。父上が議会から除外された」


「なんですと!」


「首までは獲られないらしいがな。やれやれ。魔女の墓場め、どこまでも忌々しい連中だ」


 という事は、奴隷魔女の解放からまた一歩遠ざかったというワケか……。

 かなりまずい状況になってきたぞ。


「貴女のお父上ともあろうお方が、どうして……」


「魔女との繋がりがあるという嫌疑を掛けられた。一部地域や国境で活動する邪教を操っているという証言が多数寄せられてな。

 魔女にあらざる者まで魔女扱いするのに異議を唱えたのが、巡り巡って言い掛かりだ。

 そして現状、数の暴力には敵わぬと来た。彼奴きゃつら、女性の地位向上を頑なに拒むあまり、国家の本質というものを見失っているのだ」


 苦虫を噛み潰したような顔で、ドーラは供述を続ける。

 この人の根底の部分だもんな。女性の地位向上は。

 それを罪のでっち上げで邪魔されたら、気を悪くするのも道理だ。


「斯くなる上は騎士の位など棄ててやろう、というのが事の顛末だ。闇討ちだよ。

 かつてこの国がニルハンキ・チャマッツ・ゼルーゴ公爵を討ち取ったように、私もその武勇伝とやらにあやかってみようと思った」


 またしても堂々と不穏な事を言い出した。

 だから、お前はそういう脳筋プレイを直せと。


「その様子だと見ていたのだろう?」


「申し訳無い。加勢しようにも、夜分遅くだったので」


「良い。結局、ご覧の有様だ。あの男は力ばかり強い癖に、己の信念というものを持たぬ。

 流されるままの輩に敗れたのでは、鉄拳騎士の血筋が泣くよな。ふふ」


 こういう時、どう言葉を掛けてやればいいんだろうな。

 あんなに自信家だったドーラが、こんな打ちひしがれている。


 まさかメイの時みたいに負けイベントを説いても、通じないだろうからな。

 あれは現実世界での、特に俺達みたいな界隈での共通言語だから。


 脳筋やめろって言っても、どうせ無理だろうしな。

 長いこと続けてきた習慣って、なかなか直せるものじゃない。


 俺と同様、みんな言葉を失っていた。

 まったく不便だな。ヴェルシェだったら、空気を読まずに変な励まし方でもしたんだろうが。

 当の本人は暢気に爆睡してやがると来た。



 沈黙が暫く流れていたが、突如としてそれは打ち破られる。


「カージュワック卿! 報告します!」


 それは、赤の隊の伝令だった。


「廃都ローレキアにて、歌い竜カグナ・ジャタと名乗る巨竜が出現!」


 奴が来る。

 その報せは、束の間の停滞を終わらせた。


「ふむ……面倒事が重なると憂鬱よな」


 だがこれは、俺達が――というより俺が成し遂げなきゃならない仕事だ。

 この為に幾つかの策を練ってきたのだ。

 物憂げなドーラに、俺は名乗り出る。


「それに関しては、今回は一任して下さい」


「秘策でもあるのか?」


「正面突破より二億四千万倍は冴えたやり方です」


 口を突いて出た言葉は、ちょっと皮肉交じりだったかなと我ながら思う。

 だが、それが却ってドーラの心を刺激したようだ。


「石版の賢者は言ってくれるな。終わったら土産話でもしてくれ。参考にしたい」


 こうして俺達は、廃都ローレキアへと向かうのだった。

 ファルド達を負けさせるワケには行かない。



「おっと。ヴェルシェを連れて行かないと」


「起きなかったら運んでいくぞ」




 ジェヴェンの長剣

 元帝国騎士団長ジェヴェン・フレイグリフの用いた長剣。

 一般的な長剣よりも肉厚で、刃渡りも長い。

 無骨な見た目の通り、質実剛健を絵に描いたような性能。

 かつてジェヴェンと対峙した者達によれば、

 この長剣は一度も刃こぼれを起こした形跡が無かったという。


 それは剣そのものの性能によるものか、

 それとも、ジェヴェン自身の他者とは隔絶された剣技によるものか。


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