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第六十四話 「これも、錬金術なんですか?」


「カージュワック伯爵家のご令嬢が、皆様がたの世話になったそうで」


 と開口一番に言ってきたのは、イザビキ・ディシマギ伯爵だった。

 一瞬、何の話か思い出せなかった。


「テオドラグナさんの話ですよ」


 という、ルチアの耳打ちでようやく合点が行った。

 そういやドーラのフルネームはテオドラグナ・カージュワックだったな。

 すっかり忘れてた。あんなに濃厚なキャラなのに。



 共和国では七伯という制度によって、便宜上は合議制の政治をしているそうだ。

 一見すると多いような気もするが、王国はその三倍くらいいるという。

 などという話を、アンジェリカに教えて貰った。


 で、イザビキ曰く、ディシマギ家とカージュワック家は、魔女の墓場に真っ向から対立している派閥だ。

 カージュワック家を含めた残りの五つは、たぶん魔女の墓場と癒着関係にあるんだろうな。


 しかしカージュワック家か。

 テオドラグナの女傑っぷりは、もしかして血筋じゃないか?

 ありがたい話だがな。

 奴隷魔女解放に協力してくれるかもしれない。



「――奴隷魔女について、詳しく調べたいんだ」


「勇者殿もやはり、この件には心を痛めておいでで?」


「ああ。魔女に迷惑を掛けられた人達は沢山いるかもしれない。

 けど、だからって、魔女を片っ端から腹癒せに使うのは、やっぱり間違ってると思う」


「そうですね。されども、さあ解放という風にはどうしても行かないのが実情です」


 イザビキは物憂げに返したファルドに対して、やはり同じく憂鬱な声音で応じた。

 共和国というだけあって、君主制よりも更に複雑な政治形態である事は間違いない。

 だから国を束ねる七つの伯爵家のうち一つであっても、おいそれと今までの流れを変えていくような真似はできないのだろう。


 ……NAISEI無双なんて夢のまた夢、だろうな。

 どうにか切り出せないだろうか?


「俺が、その……勇者だとしても? メイ、いや白銀と一緒に行動していても――」


「――誰にも明かしていませんよね!?」


 急に、イザビキが血相を変えた。

 青ざめた顔からは、明らかに焦りが感じられる。


「え! 何を、ですか……」


 対するファルドも、その雰囲気に完全に圧倒されていた。

 そうだよな。

 いきなり身を乗り出して声を荒げたら、そりゃあ誰だってびっくりするよな。


「彼女の正体が白銀であるという事をです!

 狐のような耳と尻尾、そして赤い目を持つ彼女の素顔を誰にも見せていませんか!?」


「はい」


 イザビキが安堵に胸を撫で下ろす。


「……良かったぁ~! しばらくは隠しておいて下さいよ? 絶対ですからね!

 勇者が魔女を引き連れていると知れたら、墓場の連中はそれを口実に、奴隷魔女制度を正当化するでしょうから」


「でも俺達は対等に接してる! 特にシンは!」


「一言余計なんだよお前は」


「だって」


「ふむ……第三者とはいつも冷徹です。

 どんなに親しく接していても、穿った見方をすればそれは“対等な立場を奴隷に命じている”と取られるかも」


「そんな!」


「或いは最悪なパターンとして、白銀が殺されてしまうかもしれない」


 嫌な汗が額を伝う。

 打ち明ける相手が最小限で助かった。

 文字通り、メイの情報は生命線だったというワケだ。

 キリオにも、念を押して口止めしといたほうがいいかもな。


 いくら聖杯を依り代にしてるつったって、魔女の墓場は手段と目的をごっちゃにした馬鹿野郎の集まりだ。

 本来は魔王を倒す為に一致団結しなきゃいけない人間が、進んで争いの種を振りまいてるんだから。

 手の届きそうに無い魔王の代わりに、魔女をスケープゴートにして。



 イザビキとの話し合いは続いた。

 その中で、俺は予言の事を伝える。


「なるほど。その歌い竜カグナ・ジャタとやらが北方連邦に出現して、予言だと皆様はここまで撤退してくると」


「或いは、他の魔王軍と先に戦う事になるかもしれません。

 撤退してきた場所で魔女の大半が敵だと、情報をどこかでリークされて、すぐに追い付かれてしまう恐れがあります。

 打算的な言い方ですが、なるべく多くの魔女を仲間に引き入れておきたい」


「それなら共和国領を拠点にする理由としては充分でしょう。明日は臨時で会議を開いてみます」


「ありがとうございます。それにしても、凄いですね、ゴーレム」


 屋敷を掃除しているゴーレムを見て、アンジェリカが感嘆する。


「お褒めにあずかり光栄です」


「これも、錬金術なんですか?」


 ファルドが尋ねると、イザビキは露骨に顔をしかめた。

 もう虫酸ダッシュって感じで。

 地雷を踏んだファルドを、アンジェリカがヒジで小突く。

 そのツッコミを以てしても、イザビキの静かなる憤怒は収まらなかったようだ。


「れん・きん・じゅつぅ? ……あんな即物的で野蛮な技術と一緒にしないで下さい。私は魔術の専門家です」


 ゴゴゴゴゴゴ……という効果音が付いてきそうな程の威圧感に、その場の全員が縮こまった。


「ご、ごめんなさい」


 そういえば、共和国は大陸大戦の初期に、帝国にやられまくったからな。

 帝国のゴーレムは錬金術によるものだ。

 王国領と分け隔てるメルツホルン線を防衛している巨大ゴーレムは……アレも、錬金術なんだろうな。


「純正の魔術で動かすゴーレムは、何処ぞの馬鹿錬金術師が作った安物とは違うのです。

 暴走もしませんし、何より精霊が宿る事で意思を持つのです」


 あちゃー……こりゃ因縁浅からぬ関係が見えてきたぞ。

 つまるところ、この世界での帝国製ゴーレムはモードマンの仕業だったと。


「もっとも、帝国のアレはゴーレムではなく、彼らの言葉を借りると“ガンツァ”と呼称するそうですが。

 動力も魔術回路ではなく、賢者の石という怪しげな代物ですしね。面妖、面妖! 遺憾な程に面妖!

 ですので、名前や本質からして、何もかもが別物ですよ! お分かりですかね!?」


「あ、はい……」


 ようやくここで、イザビキが温和な表情に戻る。

 どうやら思った以上の難物だな、このイザビキ先生は。

 地雷があちこちにあるから、下手な事を言えば機嫌を損ねてこれまでの努力がフイになるかもしれない。


 これならカージュワック家のほうにお邪魔したほうが良かったんじゃなかろうか……。

 まあ、ヴェルシェの情報収集でハズレを引いた事は無かったし、大丈夫だと信じたいが。



 *  *  *



 夕食も軽く済ませて、俺達は宛がわれた部屋へと泊まる事になった。

 今後もやるべき事は盛りだくさんだな。


 共和国会議での議題提出に際して、周辺の脅威を排除した件について伝えたりとか。

 後は奴隷魔女に関する扱いの是正とか。


「ファルドさん、いいッスか?」


「どうしたんだ?」


「自分、折角だから剣の手ほどきを受けたいッス」


「いいよ」


 などと藪からスティックな要求を受けてファルドが退室したため、今この部屋にいるのは俺だけだ。

 だからまた予言もとい“原作”を見て、今後の方針をもう少し固めてる。


 現状を整理したいのもあるしな。


 俺とメイ、それからリントレアに安置されているのを含めて聖杯は全部で三つ。

 残り一つ……夏の聖杯を手に入れれば、魔王軍の本拠地へ辿り着けると言われている。

 これに関しては大陸各地の協力者だけに任せず、俺達も旅をする中で並行して探すべきだ。

 相変わらず、情報収集はヴェルシェとルチアにお願いする形だが。


 それと、奴隷魔女の解放に先駆けて、扱いの是正だ。

 これをしておく事で、魔女達を味方に引き入れる事が出来る。

 まあ、その……打算的すぎる言い方だが。


 レジーナを石化させた奴を特定できれば大金星。

 それが叶わなくとも、石化を解除できる方法を探し当てれば、メイの力を取り戻せるだろう。

 イザビキは、石化は知っていた。

 だが、その解除に関してまでは知らなかった。


 そして直近の問題。

 それは歌い竜カグナ・ジャタ、或いは闇の射手スナファ・メルヴァンの討伐だ。

 アンジェリカ曰く、予言通りに事が進むなら、カグナ・ジャタの出現地点はここから北上すればすぐだという。

 戦う前に、一度ボラーロに戻っておきたいが。


 ……瞼が重たい。

 そういや、ここ最近はろくに眠れなかったんだよな。

 ドキドキが加速して。

 ファルドの気持ちがよく解る。

 男は煩悩という奴に、極端に弱いのだ。


 ただでさえ、野宿も多かったし。


 俺は、ゆっくりと意識を失っていった。

 このベッド、ふかふかなんだよな。




 マガク・ガンツァの核

 グレンツェ帝国が開発した自律人形、ガンツァの動力として用いられている箱状の部品。

 この核はその中でも、魔術を補助として用いるタイプに使われた。


 ガンツァは、他国で同様の位置づけであるゴーレム達とは、根本的に性質を異にする。

 ゴーレムが魔術による産物なら、ガンツァは錬金術の産物である。


 ガンツァの製造に携わった錬金術士達はモードマンを残して全員が暗殺されており、

 現在その製法は失伝してしまっている。


 一説によれば、生きた人間の血を必要としたとされているが……。

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