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第五話 「そう警戒しなくても結構」


 ドリトントの山道は、ゴツゴツした岸壁が立ち並ぶ岩山みたいな場所だ。

 木はまばらにしか生えていないが、岸壁のせいで見通しは良くない。

 しかも所々でアップダウンがあるから、ちょっと疲れる。


「ところで、なんでヴァン・タラーナに向かう事にしたんだ?」


 思えば、当時の俺は特に理由を決めずにファルド達を向かわせていた。

 魔王軍がそこに居るという話も無かったし、原作でも通過点だった筈だ。

 ゆうべ確認したときは流し読みだったから、定かじゃないけどな。


「ヴァン・タラーナの領主、モードマン伯爵という人に会いに行くのよ」


「へえ」


 モードマン伯爵か。そういや設定したな。

 彼は錬金術師(原作では発明家と同義)で、鉱山を自走するという自動トロッコを発明した。

 このアレクライル王国に飛行船をもたらしたのも、彼の功績だ。


 鉱山の山頂に屋敷を構えて、様々な研究に没頭しているという設定だった。

 テキストのデータに残っている以上、それなりに重要な役柄なんだろう。

 まあ多分、マッドサイエンティストな奴を出したかっただけだろうがな。


 問題は、話の本筋に殆ど絡む事も無く、フェードアウトしていった事だ。

 しかも、似たような立ち位置のキャラまで居る。

 やってる事が被るなら、一人に絞るべきなのに。


「ブーツの中敷きに魔法石を使う事で、長旅でも疲れないようにできるアイテムを、伯爵様が作ったらしいんだ」


「私の兄の紹介で、その試作品を受領することになったのです」


 ルチアが遠慮がちに付け足す。

 原作では、そんな便利グッズの話は全く出ていなかった。

 ルチアに兄が居るのは確かだが、モードマンとは全く関わりが無かった筈だ。

 これも、後付けの効果だという事だろう。


「あ、そうだ。丁度いいからアンタの、つがいの石版も調べて貰いなよ」


「バラバラにされて戻らなかったら俺、泣くよ?」


「どうして石版がバラバラになるのよ」


 ああ、そうか。この世界の人達には、石版にしか見えないのか?

 大昔のゲームのポリゴンみたいな、ディテールが省かれたような形をしてるのかな。



「待った」


 ファルドが押し殺した声で制止する。

 空気が明らかに変わった。一体何が始まるんだ?


「おいでなすったわね」


「シンさん……う、後ろに隠れますね……」


 ルチアが俺の服をぎゅっと掴んだ。

 正直すごく嬉しいシチュエーションだが、ひたってる暇は無さそうだ。


 辺りから「ヒャッハー!」だの「ウホホーウ!」だのといった奇声が聞こえてくる。

 そういや世紀末な連中が居るって、あの案内人が言ってたな。

 という事は、魔王軍で間違いない。



 ファルドが剣を抜くと、アンジェリカもロッドを構えた。

 それと同時に、魔物達が崖の上から滑り降りてきた。


 数匹は140cm程度の背の高さで、緑色の肌に、ぎょろりとした大きな目。

 まるでゴブリンだ。


 それを率いているのは、薄汚れた装いの太っちょで緑色の巨体。

 下顎から上に向かって伸びた牙、ブタ鼻。

 オークそのものだ。


 こいつらは潜伏してたのか? いやそれとも偵察か?


「ウハーハハハァ! こんな所に居て何が悪いか!」


「要領が悪いんじゃない?」


「誰がお馬鹿ちゃんだってェ!?」


「いやそこまでは言ってないわよ!」


 いや馬鹿だろ。まんまと挑発に乗るなよ。

 リーダー格でこれだから、こいつらは捨て駒だな。


「死に晒しゃー!」


「フレイムブロウ!」


 ゴブリン達が棍棒を振り回しながら近付いてくるのを、アンジェリカは冷静に炎で焼き払った。

 アンジェリカは、燃えながらのたうち回るゴブリンを蹴飛ばす。

 こいつら設定によると、火が弱点だからな。


 なんでか知らんが、人間よりもよく燃える。

 ……そういう設定だからとしか言いようが無いが。


「も、燃え……たわばっ!」


「うっさいわね」


 断末魔まで世紀末にしなくていいから……。いちいち緊張感が失せるな。


 一方ファルドは、オークとの剣戟を繰り広げていた。

 振り下ろされる大ぶりの金棒を、ファルドは横に転がって避ける。

 ファルドや。

 そんなに大きく避けると、次の動作に繋がりにくいぞ。


「すきありィ~!」


 ゴブリンがアンジェリカの攻撃を潜り抜けて、俺のほうに向かって来る!


「チィェェストォ!」


「ちょ、待っ――!」


 俺は咄嗟にノートパソコンを盾にする。

 ガンッ、と鈍い音がした。


 パソコンから弾き飛ばされて、ゴブリンは尻餅を突く。

 モニターを確認したいが、今はそれどころじゃない。

 俺は斧を構えて、薪割りの要領で振り下ろす。


「けべっ!」


 潰れたカエルのような声を出して、ゴブリンが絶命した。

 俺でも何とかなりそうだ。俺が強いというより、ゴブリンが弱いんだろうが。



「くっ、こいつ……!」


 という声にもう一度ファルドを見ると、オークと鍔迫り合いをしている。

 少しでも力を緩めれば、押し切られてしまいそうだ。

 あれじゃあジリ貧だな。


 アンジェリカもゴブリンの処理で忙しいみたいだし、ここは俺がやってみるか。

 オークも一撃とは思えないが。


 そろりそろりと近付いて……。


「そぉい!」


 斜めに手斧を振り払う。

 オークは豆腐の如くすっぱり両断された。

 嘘……斧の切れ味、すごすぎ……!?


「ファルド、無事か!」


「あ、ああ。ありがとう」


 アンジェリカも丁度、片付けたようだった。


「ルチア、怪我は無い!?」


「私は、お陰で大丈夫です」


「何とかなったか……あ、パソコン!」


 慌ててパソコンを開くが、何故かいつも通りに動作している……。

 この世界の物理法則から解き放たれた存在だとでも言うのか?


「その石版、パソコンって言うんだ?」


「あ、ああうん」


「武器とかにもよくあるやつだろ。銘柄っていうか」


「解ってくれるか」


「もちろんだよ」


 戦士タイプの人間は、こういう時に物分かりが良くて助かるな。

 そんな会話を交わしていると、ルチアが呆気に取られたような、それでいて何か神々しい物でも見たような顔をしていた。


「尊い……」


 尊いって何だよ? 哲学か?

 聖職者の哲学とか、ちょっと意味解りませんねぇ……。

 おお、ルチアよ。魔物の血を見て失神しかけ、半狂乱になりながら逃げ出すあなたは何処へ。


 いや、そこは目を瞑っておこう。

 これ以上、闇の奥底を覗き込んではいけない。

 俺の本能が、そう告げている。


「と、とりあえず、早いところ先に進まないか? こいつらが、ムーサとヴァン・タラーナに関係してるかもしれないし」


「確かに、雑魚と言っても、戦いに不慣れな人には充分だろうね」



 山道をある程度進むと、山肌にぽっかりと空いた入り口があった。

 奥の方は暗いが、壁にはランタンが掛けられている。

 立て看板を見ると、日本語で“この先、ドリトント鉱山”と書かれていた。

 やっぱり公用語が日本語だと楽だな。ちょっと雰囲気は足りないが。


「気を付けろよ。中に何が潜んでるか」


 入ってすぐのところは、広場になっていた。

 広場をちょっと進むと一段低くなっていて、段差は大人一人分だ。

 俺達が入ってきた方の高台には、端っこに階段があった。

 それを降りると、幾つものレールが見えた。



「シンが言ったとおりだ……」


 どのレールも、例外なくトロッコが爆走していた。


「やっぱりな。このトロッコは、この先にもあるだろう。

 避けられなかったら、ネギトロめいた挽肉になる。実際危ない」


「ひっ、ひきにくッ!? ふえぇ……」


 ルチアが失神したのを、アンジェリカが支える。

 想像力逞しすぎて、具体的なビジョンが頭に浮かんじゃったのか?


「シン! アンタが変な事言ったから、責任取っておぶりなさいよ」


「悪いが無理な相談だ。トロッコを脱線、横転させるっていう大事な仕事がある」


 そもそも、恥ずかしいだろ!

 女の子をおんぶするのは夢の溢れるシチュエーションかもしれないが、周りに人が居ない時がいい。

 リュックサックを腹にしなきゃいけないから動きづらくなるし。


「横転って、普通に脱線させるだけじゃ駄目なの?」


「レールの外を走り回って、手が付けられなくなるからな」



「――ああ、それならば問題ありません」


 男の声だ。新手だろうか。

 トロッコが次々と、動きを止めていく。


「誰だ!」


 ファルドが緊張した面持ちで、腰の剣に手をかける。

 アンジェリカも、ルチアを抱き寄せた。


「そう警戒しなくても結構」


 現れたのは、赤毛の青年だった。

 白いケープに白いコートを纏った、長身痩躯の青年。

 銀縁の眼鏡を掛けていて、垂れ気味の目付きはあまり良くない。


「私はキリオ・ドレッタ。発明家です。所用あって此方に参りました。以後お見知りおきを」


 ああ、思い出しちゃった。そういやこんな奴だ。

 天才(変態)発明家でシスコンっていう、どうしようも無い奴だったか。

 ルチアの兄って設定だが、似てるのは目の色くらいだ。


 そうだよ、コイツがモードマンと発明家設定が被ってる奴だ。

 で、キャラ被り同士が集まるその所用ってのは何だ?


「ドレッタ……ああ! 貴方がルチアのお兄さんね!」


「いかにも。妹が世話になっております。アンジェリカさん。

 そちらの金髪の殿方は、勇者ファルドさんで間違いありませんね?」


「あ、ああ。よろしく」


「不器用な妹ですが、どうかよろしくお願い申し上げます」


 仰々しい仕草でお辞儀するキリオ。

 微笑みが怪しすぎる。絶対何か企んでいる系の顔だこれ。

 例えば、勇者が魔王を倒した暁にはとか言って妹を嫁に出そうとしているような……。


「そちらの黒髪の殿方は……差し支えなければ、お名前をお伺いしても?」


「シンと申します」


「ふむ。興味深い。貴方がお手元にお持ちの、つがいの石版とやら……」


 なんでその通称を知ってるんだよ。

 と思ったが訊いちゃいけない気がする。

 ルチアと同じくらいの深さの闇を覗き込む事になりそうなんだよなあ。


「それで、キリオさんはどうして此処に?」


「モードマン伯爵との打ち合わせでしてね。

 ついでに、この鉱山で使われているオートロジカライズドトロッコシステム、略してALTOSの制御装置を試しておりました」


「うまそうな名前ですね」


 というファルドに、キリオが苦笑する。


「マグロではありませんよ」


 オオトロに空耳したんだろうな。

 そういや俺達、朝から何も食べてない。


 ちょっと腹が減ってきたな……。

 と思っていたら丁度、グゥと音がした。

 犯人は、ファルドとアンジェリカだった。

 二人して顔が真っ赤だ。


「何、恥ずかしい事ではありますまい。

 まもなく夕食のお時間ですからね。ヴァン・タラーナには名物料理があります」


「名物料理……?」


 キリオは首を傾げる俺達を見回しながら、得意気に人差し指を天に掲げる。


「その名も、鉱山バーベキューです!」


「鉱山……バーベキュー……」


 あのさあ……。

 ファンタジーなのにいきなり所帯じみた食い物出すのやめてくれないかな?

 オオトロといい、何なんだよ。

 当時の俺は外食に飢えていたとでもいうのか。

 雰囲気台無しだよ……確かにうまそうだけど。


「ドリトント山道に自生する樹木から加工した黄色木炭をふんだんに使い、ただの炭火焼きよりも優れた赤外線放射量と熱反射効率……それらが産地直送の良質な牛肉を柔らかく焼き上げる……それを山道で採取される薬草や山菜を隠し味に使った秘伝のソースが絶妙に引き立て――」


 やめろ……空腹時に、そういう話はやめろ!

 妹とは違って、キリオはドSだな。


 ファルドが、何かを思い出したような仕草をする。


「そういえば、山道で魔物と出会いましたけど、キリオさんと、鉱山村は襲われなかったんですか?」


「ALTOSは、その為の防衛装置でもありました。死体は回収済ですので、ご安心を」


 つまりアレだ。

 制御装置とやらでトロッコを上手く操ったんだろう。

 哀れ、ゴブリン達はネギトロめいた死体となった。サヨナラ! って事だ。


「妹は私が背負っていきましょう。皆様のご負担になってはいけません」


 背負うと言いながら、キリオはルチアをお姫様だっこしていた。

 持ち上げ方もすごく丁寧で、それはもう赤子を抱き抱える母親めいた表情をしていた。

 シスコンとは設定したが、予想の斜め上だ。



 道中のトロッコはキリオが言った通り、完全に動きを止めていた。

 ……そういやファルド達が迷いの森で道しるべを見付けたって言ってたけど、こいつの仕業か?


「妹さんの事、大切にしてるんですね。何だか、旅立ってからずっと見守っていてもおかしくないような――」


「――それは気のせいか、偶然でしょう」


 キリオが振り向きざまに俺の言葉を遮る。

 ものすごく爽やかな笑顔だけど、奥底に恐ろしいものを秘めてそうなんだよな。


「出口は眩しいので、気を付けて下さい」


 キリオに案内され、無事にヴァン・タラーナに到着した。

 鉱山を出ると、西日に照らされた幾つもの建物が見えた。

 建物は坂道に沿うようにして並んでいて、登り切ったところに大きな屋敷がある。

 あれが、狂気の天才錬金術師ジュリス・モードマン伯爵の屋敷だ。




 オークの棍棒

 魔王軍の尖兵達が用いる、粗末なあつらえの棍棒。

 オーク達をはじめとする人型の魔物達は、人間の言葉を理解し、話す。

 その理由が明かされた事は、魔王が現れてから今に至るまで、一度とて無かった。

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