第五十五話 「俺、小説の続きを書くよ」
「ようするに、あたしが君を助けたのはそういうこと」
「だが、ファンだからって、普通そこまでするか?」
だって、考えられないだろ?
こんなドの付く底辺作品に元気付けられて。
あまつさえそのキャラクターと友達になって。
「そりゃあレジーナの石化は心が痛むよ。
ついぞ助けられなかったっていうのは、辛いよ。
だが、一読者ってだけの立場なら、他人事にするって選択肢もあったじゃないか!」
気が付けば、勝手に口が動いていた。
俺の悪いところなんだが、構うもんか。
「しかも、ろくにブックマークも評価も無い。あんなパッとしない小説だぞ?
途中でエタったし、俺の作品よりずっといいものがあった筈なんだ!
読んでてすっきりしないだろうし、ギャグも寒いし、誤字脱字たくさんあるし、他の作品と同時進行しようとして結局失敗して、る、し……?」
「――ん」
メイが、俺にパソコンの画面を見せてくれた。
それは、この世界に来てから全く目を通してこなかった『勇者と魔女の共同戦線』の感想欄だった。
一番最初に、その名前はあった。
――紅鐘みこと。
紅鐘は英語に直訳すると、レッドベル。
命を音読みすると、メイ。
「そうか、お前は……!」
懐かしい記憶が、俺の脳裏を過ぎる。
初めてブックマークと感想を貰った時の、嬉しい気持ち。
『はじめまして! 王道ストーリーで、安心して読めました^^
気になっちゃって、一気に最新話まで読み進めちゃいました!
ファルド君を支えるアンジェリカの世話女房なところとか、すごく微笑ましいですねv
これからどうやって、二人の距離が縮まっていくのでしょう???
楽しみです♪
連載、がんばってください!』
この紅鐘みことという人は、活動報告にもちょくちょくレスをくれた。
どれもが、この感想文と似たような調子だった。
いちいち内容がテンプレすぎる、お為ごかしも程々にしろと思った事もある。
だが、初めて貰った感想文に目を通した時。
俺は……俺は確かに、胸の奥底から込み上げる物を感じたんだ。
「あと、これ。ホントの素直な気持ちなんだよ?」
メイはそう言って、俺が貰ったダイレクトメッセージの画面を見せてくれた。
『おひさです~!
なりきり掲示板を教えてもらったのがきっかけで、
テーブルトークRPGというのを始めました!
あたしもアンジェリカちゃんみたいな、頼れる魔法使いになりたい!
最近、忙しいですか? 続き、待ってます!v』
これ、エタってから二ヶ月くらいした頃のだ。
俺は当時「ホントにそう思ってるのかよ、嘘くせえ」と思った。
だって、距離が近すぎるだろ。有り得ねーよ。
……だが俺は、今この瞬間に理解した。
どんなにブックマークも感想文も無くたって、応援してくれる人がいるんだ。
たとえ一桁だったとしても、色んな小説をブックマークしてるうちの一つだったとしても。
世界の何処かには、確かにそれを見てくれる人がいるんだ。
俺は数字に悩まされるばかりで、そんな大切な事にも気付けなかった。
埋もれていく事を恐れてばかりで、自分が楽しんで書く事を忘れていた。
紅鐘みこと!
俺はどうして、この名前を一度も思い出さなかったんだ!
「ごめん、俺……」
「やっと気付いてくれた?」
「ありがとう。ありがとう……!」
ああくそ、涙が止まらない。
こんなに近くに、俺にとって大切な人が居たんだ。
「ごめんね。こんな面倒なファンで」
「面倒なもんか! 最高だ!
俺は今日という日を、メイ・レッドベル記念日にするくらいには最高な気分なんだ!」
「あはは、大袈裟だよ」
「見殺しになんて絶対にしない。絶対に脱出してやるんだ。お前と一緒に!」
「出て行くなら、一人でどうぞ」
「なんでだよ」
危うく、ずっこけそうになった。
このタイミングで素に戻るのは無いだろ?
今そういう流れじゃないだろ?
確かにお前は、心が折れてるかもだけどさ。
「あたしは現実でも、異世界でも、結局あと一歩ってところで挫折した。
何やっても駄目なら、もういっそ消えたいなって」
「……そういうの、やめろよ」
「じゃあ、どうしたらいいの? あたしに、何を望むの?」
「ええっと……――」
お前が何に絶望したのか、俺はそれを断片的にしか知らない。
だが、もしもその絶望の奥深くに、ほんの一筋でも光があるなら?
頼むよ。
お前に頑張れなんて言わないから。
俺が頑張るから。
あくまでさりげなく、水面下で頑張るから。
「そ、その、何だ。こんなの、負けイベントだろ?」
「まけ、いべんと……」
「そのテーブルトークRPGっていうのにも、あるんだろ? 負けイベント」
「知ってるけど、そういう発想が無かったからさ」
「今までさんざん、ぶちのめされてきたんだ。次は俺達が取り返す番じゃないか」
やられたらやり返す。
百倍返しだ!
……ちょっと古いか。
「何度もそれに期待した。けれど、駄目だった」
「なら、期待しないでいい。あくまで俺がお前を連れて行きたいからそうするんだ」
「物好きだね……」
「お前が言えた義理じゃねーぞ」
「それもそうだけど。あたし、魔女だけどいいの?」
「小説のタイトルを忘れたのかよ? 勇者と魔女の、共同戦線と書いてレゾナンスだぞ?」
「……そうだったね」
「あとさ」
今から言う言葉が、こいつにとって希望になるかは解らない。
解らないが、言うなら今しかない。
「俺、小説の続きを書くよ」
「シン君……」
「熱心なファンがいるんだ。ちゃんとエンディングまで、読ませてあげたい」
「そんな餌で、あたしが釣られるとでも?」
などと頬を膨らませているが、メイ。
その目を見ればわかるんだよ。
まだ全ての希望を棄てたワケじゃないって事くらいは!
朝日が差し込む。
どうやら磔刑の塔と推定されるこの場所は、中心から順に、吹き抜け、螺旋階段、牢獄という構造のようだ。
雨はもう止んでいた。
いつの間にか、鉄格子を掴んでいた宙吊り野郎も姿を消している。
聞かれて困る話は無かったと思うが、ちょっと心配だな。
いや、アイツは狂ってるから話の内容なんて理解しちゃいないだろうが。
ただアイツ越しに聞いてる奴が、いないとも限らない。
「とにかく、ここから脱出する方法をまず考えないとな」
ファルド達を助けに来させるみたいな話をオフィーリアから聞いたが、それを待っていたらいつになるか解らない。
待っている間に、あの宙吊り野郎の気まぐれで殺されるかもしれない。
或いは、また別の場所へと攫われるかもしれない。
よくあるパターンだ。
助けに来た瞬間に、悪の大幹部が囚われのお姫様を連れて、高笑いをしながら去って行くパターン。
そのお姫様役にさせられるのは、ちょっとな。
「あたし、力を封印されちゃったから何もできないよ? 足手まといだよ?」
「メイは死なないよ。俺が守るもの」
「あははは! なにそれ! 笑えばいいの?」
「もう既に笑ってる件について」
久々の現実世界ジョークが通じた。
本当は、俺よりメイのほうが似合うセリフだろうがな。
名前も容姿も近いし。
「ホントは肩を並べて戦いたかったなあ。守られるのはどうにも、性に合わなくてさ」
「そのうちな」
色々と裏で頑張って貰ったんだ。
今度は、俺が恩返しをしないとな。
借りは早いうちに返すのが、俺の信条なんだ。
「メイ、手をこっちに出せるか?」
「こ、こうかな」
確かに体温を感じるメイの右手を、俺はぎゅっと握った。
それは間違いなく、人の温もりだった。
久しく俺が感じてこなかった、肌の温もりだった。
……これからやる事が成功するという確証は無い。
だが、今までの冒険で何となくそんな気がしていた。
俺が“仲間”と認識した相手に触れたり近くに居ると、能力が上がるんじゃないかって。
『私の魔術、アンタと居ると威力が上がった気がしたんだけど』
『死んでもおかしくない傷だったそうよ』
『しかし、すごい回復力ですね……』
ファルドの剣だってそうだ。
フォボシア島で俺が持った時、あのメダルは青く光ったのだ。
似たようなことが起きてもいいじゃないか。
「それから、城下町で会ったときみたいに、ばぁんってやってみてくれ。壁に」
「うん」
――奇跡は起きた。
恐ろしいくらい、簡単に。
「っ! う、嘘……!」
「やったぞ!」
マジで壁が崩れるとは思わなかった。
以前ほどには威力も強くなかったが、その魔術は確かに発動したのだ。
こんなにホイホイと奇跡が起きていいのかね。
上げて落とす展開とか、そういうのやめてくれよ?
まあとにかく、脱出の糸口は掴めた。
外から降りるのは得策じゃないから、内側から動こう。
ただ、その場合は一つ問題がある。
あの宙吊り野郎は、間違いなく攻撃を仕掛けてくるだろう。
「そうだった。ごめん、せっかく貰った斧……」
「あはは。別にいいよ、拾い物だったし。でも丸腰か。大丈夫かな?」
「いざとなったら、このパソコンで殴るか」
「そういう使い方しちゃうの!?」
「何度かそれでピンチを切り抜けたからな」
ごめんな、俺のパソコン……。
元の世界に帰ったら、ちゃんと大切にするからな。
一時の気の迷いで、この世界に留まるなんて考えてた。
だが、俺にはしっかり、俺の居場所があるんだ。
この世界で目的を果たして、元の世界でも続きを書く。
やっと決めたんだ。
「――……ブレイム、ブレイヴ、スレイヴ、グレイヴ」
宙吊り野郎のお出ましだ。
なるほど。
鎖は塔のてっぺんの滑車で巻き取らせて、長さを調節できるんだな。
「一晩見張らされた挙げ句、脱獄された気分はどうだ?」
「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」
やっぱり話が通じないか。
攻撃を仕掛けてこないのはありがたいが。
「頼むから、そこで大人しくしてろよ。そしたら、反撃はしないって約束――」
奴の持っている杖が光った。
と思えば、すぐ横の壁にレーザーが飛んだ。
……黙って見ていてはくれないか。
気は進まないが、やるしかない。
創造主の残滓
この世界を作り出したとされる、一人の男が残した奇跡。
創造主は世界を生み出した際に、一切の力を失ったかのように思えた。
だが彼は自らの力の残滓に気付いて以来、
世界に眠る古き道具の能力を、限界以上に引き出すようになった。
それはねじ曲げられた世界を正したいという祈りによって、
成し遂げられたのかもしれない。




