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第五十四話 「あたしは君のファンだから」


 じゃあ、この“案内人”ことメイ・レッドベルのプロフィールから簡単に説明しようかな。


 現実世界では、あたしは単なる引きこもりだった。

 その……色々あって、高校を中退してね。


 現実でのあたしは、社会のゴミそのものだった。

 一日一食、栄養バランスだけを考えた最低限の食事を、自分で作って食べてた。

 食べて、寝ての繰り返し。


 ――そしたらある日、この世界に来ていた。



 *  *  *



 目覚めたのは見知らぬ土地。

 月の光を湛えた大広間は、闘技場だろうか?

 朽ち果てた石造りのそこは、既に人の姿が消えて久しい。


 にもかかわらず、闘技場に一つの人影が現れた。

 真っ黒な霧の塊で、一目でそれが怪物のたぐいだって判った。


「奴を倒せ」


 誰かがそう囁いた気がした。

 振り抜いたあたしの拳が、霧を吹き飛ばす。


 全身に漲る力は、自らの身体が人外のそれへと変質したことを示していた。

 それでも、水たまりに映る己の姿は、懐かしさを感じさせた。


 うなじの辺りで束ねられた、長い白銀の髪。

 深紅の瞳。貧相さには程遠い、蠱惑的な体つき。

 まるで別人だったが、顔立ちはよく見たら自分のものだ。


 何よりこの出で立ちは、遠い記憶を彷彿とさせた。

 嫌な思い出ばかりが蘇るけれど。

 そんなの忘れさせてよ。


 だってあたしは、異世界転生の当事者になったんだもの。



 今の自分に何ができるかは、把握できた。

 次は眼前に聳え立つ瓦礫をどかさないと。

 手を触れ念じれば、轟音と共に瓦礫は四散した。


 あたしが夢にまで見た、魔法の力だ!

 でも、この世界の皆があたしと同じ姿である保証はどこにもないじゃないか。

 顔を隠す布が必要だ。


 辺りを少し散策すれば、闘技場の壁から垂れ下がったそれを見付けるのは簡単だった。

 古びた布は、かつては旗だったのだろう。

 どこの国の、何を表すものなのかはわからないけど。

 どうでもいいよ。有り難く使わせて貰おう。



 *  *  *



 あたしの目覚めた場所は小さな無人島だったようだ。

 人がいなかったのは、随分昔にみんなここを去ってしまったからだった。

 だから、近くで活動していた海賊船を偶然にも見付けたのは、天文学的な確率の幸運だったのかも。

 積み荷に紛れて海賊船を幾つか乗り継いで、どうにか“大陸”と呼ばれる場所に辿り着いた。



 大陸に来てわかったことがあった。

 普通の人間は、海賊も含めて元の世界と同じ見た目だ。

 みんな顔立ちは外国人なのに、言葉が日本語なのが少し滑稽だった。

 やっぱり、顔を隠しておいて正解だったかもしれない。


 もう一つ、大陸では魔物がいっぱいいた。

 それこそゴブリンとかオークなんかは、掃いて捨てる程の数。

 どいつもこいつも、人の姿を見るなり襲い掛かってくる奴ばっかりだった。


 あたしの手に掛かれば、一瞬で倒せちゃうんだけどね。

 距離は短いけど瞬間移動が使えるし、空気圧で相手を吹き飛ばす魔法も使える。

 この世界に来てから初期装備で持ってる槍だって、他の誰が持ってる武器よりも強かった。

 だから、そこら辺の魔物は雑魚ばかり。


 魔物に襲われた馬車を助けたり、集落を解放したりとかもしてみた。

 人に感謝されるって最高に気分がいい。


 けど、ワケのわからない人達にも目を付けられた。

 何でも、あたしは目が赤いから魔女だとか。

 顔を隠していたのに、いつの間に見られてたんだろ?


 そうこうしながらこの世界を調べていくうちに、どうやら世界を支配しようとしている魔王とそれを倒す為に選ばれた勇者がいるらしいことがわかった。

 そして魔王の眷族、魔女の存在も。


 あたしは魔女と見なされて、灰色の人達に追い回されている。

 助けた筈の幾つかの村はあたしを目の敵にした。

 そうじゃない村もあったけど、あいつらが根こそぎ焼き払った。

 あいつらは口々にこう言った。


「魔女に騙された」と。


 まあ、めげないけどね。



 *  *  *



 ……この世界に来てから半年が経った。


 どうしてあたしがこの世界に呼ばれたのか。

 異世界転生なら、殆どの場合は神様と呼ばれる存在が何らかの指標を教えてくれる。


 あたしの目の前に現れた、レジーナと名乗る小さな女の子。

 その子は猫の耳と尻尾を生やしていて、不思議な雰囲気があった。

 曰く、あたしを呼び出したのはレジーナらしい。

 そしてこの世界とあたしが、どういう関係なのかも教えてくれた。


 ここが、とある人の小説の世界だってこと。

 そこへの思い入れが現実世界の他の人より強かったから、あたしが呼ばれたってこと。

 ……勇者と魔女の共同戦線レゾナンス


 この世界は、あたしが某web小説サイトで最初にブックマークして、最初に感想文を書いたあの作品の世界だった。



 レジーナは、迷いの森の奥深くにある“秘境の祠”へと案内してくれた。

 もうすぐ、そこに作者が召喚されるという。


 祠の小部屋に描かれた魔方陣。

 その中央に置かれているのは、あたしを召喚した時と同じ、聖杯だった。

 これを依り代に、肉体と精神をこの世界に固定するのだ。


 あたしも、同じ方法で呼ばれた。

 彼が秋の聖杯で、あたしは春の聖杯。


「次の用事を済ませてくる」


 そう言い残して、レジーナは去って行った。

 やがて、魔方陣が光り輝く。



 まばゆい光が収まったら、そこには黒髪の男の人が寝かされていた。

 やっと巡り会えた、元の世界の人。

 手を握れば、久しく感じることのなかった温もりが、返ってくる。

 歳は、あたしと同じくらいかな。


 この人が作者なんだ。

 あたしが、もういちど冒険するきっかけを作ってくれた作者は。


 ……冒険の世界に旅立ったのは、異世界に呼ばれてからが初めてじゃなかった。

 中学校時代、ファンタジーというジャンルにハマったあたしに声を掛けてくれたのは、あたしのお父さんだった。

 雑誌の編集者であるお父さんは、あたしにTRPGを紹介してくれた。


 幾つかのサイコロと、紙とペンと想像力。

 それが冒険に旅立つための、あたし達のツール。


 懐かしいけど、胸がズキズキと痛む。

 あたしが現実世界で引きこもりになった原因でもあったから。



 ちょっと一人になりたかったから、あたしは祠に続く通路の屋根に腰掛けた。

 レジーナから聞かされた言葉を、もう一度思い返す。


 この世界を元のシナリオ通りに進めるのが、あたしの役目らしい。

 正確には、元のシナリオから崩そうとしている連中から、この世界を守ること……かな?

 だからサポートも最低限に留めておいたほうがいいかも、とのことだった。

 そのほうがあたしも気ままに動けるから、助かるんだけどね。


 それと、あくまで聖杯を依り代にしている事は隠さなきゃいけない。

 この世界を滅茶苦茶にしようとしている連中が、彼に目を付けるかもしれない。

 ……本来の主人公達と一緒に活動しようとしている時点で、危ない橋を渡ってると思うけど。



 彼が目覚めた。

 あたしは名も無い案内人さ。

 さあ。君を無事に、街へと送り届けて差し上げようっ!


 彼は夜徒ナハトとは名乗らず、シンゴ・シマザキと名乗った。

 たぶんそれが彼の本名なんだと、何となく思った。

 騙すみたいで気が引けるけど、こっちは名乗らないでおこう。

 彼の中では、この世界に呼ばれたのは彼だけってことにしておきたかった。


 だから、彼に本当のことを伝えるのはやめておいた。

 ……たとえ彼が、この世界についてよく覚えていなかったとしても。


 それと、この世界についての情報を与える道すがら、あたしは斧を手渡した。

 拾い物の斧だけど、丸腰よりはマシだよね?



 *  *  *



 無事に城下町へと送り届けた後も、あたしの戦いは続いた。

 この頃にはテレポートも習得していて、何かあったらすぐにその場所へと向かえた。

 テレポートをするには、移動先の方向に走らないといけないけど。

 それはそれでいい。懐かしいゲームを思い出すし。


 それと、レジーナはヒルダという魔女に、あたしのことを伝えていてくれていた。

 だから、情報はヒルダ経由で集まった。

 あたしの現在の拠点も、ヒルダの屋敷だ。


 ヒルダは、大陸各地で行き場を無くした魔女達の互助会を作っていた。

 わけあって魔王軍にも人間にも付けなくなってしまった魔女達に、居場所を与えたのだ。

 この互助会の設立には、ザイトンっていうビルネイン教の司祭も手伝ってくれた。

 割と地盤は固いのだ。


 ただ、おおっぴらには活動できない。

 あたしを付け狙っていた灰色装束――魔女の墓場が妨害してしまうからだ。

 レジーナによれば、魔女の墓場は原作に比べて大きく数を増やしているらしい。

 二百倍近くと聞いたとき、流石にあたしも眩暈がしそうになった。


 けれど、闘志は潰えなかった。

 魔女の墓場は、レッテル貼りをして一方的に踏みにじってくる、クソ野郎の集まりだったから。

 あたしはそういう連中に見覚えがあるし、現実世界では何度も嫌がらせを受けた。


 だから魔女の墓場を潰したいというあたしの感情と。

 シナリオの大筋を守らせるというあたしの役割。

 そのどちらもが、がっちりと共存していた。

 数を増やしたなら、元の数になるまで潰し続ければいいんだ。



 ある日、シン君が一人で歩いていた。

 ちょうど、ムーサ村が全滅してから三日後だ。

 全滅といっても、彼らは魔女の墓場と一緒に自作自演をしただけだけど。


 彼の歩いてきた方角は、ムーサ村だ。

 たぶんだけど、村の惨状を見てファルド達と喧嘩でもしたのだろう。

 駄目だよ、離れちゃ。

 シン君は原作者なんだから。


 説得しようと思ったけど、逆に質問攻めにされた。

 だから、信用されることと身元がバレることのギリギリのラインを見極めながら、あたしはそれに答えてあげた。

 長居はしなかったけどね。

 嫌な予感もしてたし。



 ……結果、予感は的中した。


 戻ってみたら、ヒルダの屋敷が消えていたのだ。

 何の連絡も無かったのに、あたしは突然取り残された。

 その場にいたレジーナから、屋敷の場所が墓場にバレたと聞かされた。

 おそらく、行方を眩ませたザイトンが犯人だ。


 でも、ザイトンを探してる暇は無い。

 墓場の頭を叩いて、弱体化させないと。

 そろそろ決着をつけないと。


 だからレジーナと二人で、一計を案じた。

 あたしが陽動。

 幹部をおびき出して、レジーナがそれを叩く。


 時間稼ぎは案外うまくいった。

 シン君に魔女の墓場の存在を伝えるという、予想外の副産物まであったしね。


 拠点である城下町に魔女が現れたなら、戦力を集中させないといけない。

 今まで絶対的な防備体制で、一人の魔女も通していなかったのだから。



 けれど結局、陽動作戦は失敗に終わった。

 レジーナが本部の場所を突き止めようとして、逆に返り討ちにされてしまった。

 あたしは傷を負ったレジーナを抱えて逃げた。


 墓場からはどう見えてるのかといえば。

 賢者を誘拐して逃げる魔女? とんでもない!

 レジーナも諸共、魔女扱いだってさ。

 ひどいよね。聖杯の守人なのに。


 フォボシア島に退却しようとしたけど、こっちも魔王軍に占拠されてた。

 ザイトンが手引きしたのかな。

 少しだけ様子を見て、レジーナと一緒にまたテレポートで大陸に戻った。



 この頃には、自分のやる事が片っ端から裏目に出ていた。


 やっとザイトンの居場所を掴んで、何人かの魔女に協力して貰って、奴の素性も洗い出した。

 でも無理が祟って、とうとうレジーナが敵の罠に掛かって石化させられた。

 守人であるレジーナが封じられたことで、あたしの力も激減。殆ど戦えなくなった。

 協力してくれた魔女も倒されたり、裏切ったり。


 結局、あたし一人になってしまった。

 何も解決しないまま。


 どうしようもない寂しさが込み上げてきて、あたしは何度か気が狂いそうになった。

 なのに、泣くことすらできなくなっていた。

 貼り付けたような薄ら笑いだけが、今のあたしの顔だった。


 ……思えば、誰かが死んでも泣いたことなんて一度もなかった。

 どうせ作品の世界なんだからっていう冷め切った感情が、いつも涙をどこかにやってしまった。

 あたしは、とっくのとうに壊れていたのだ。



 そして昨日のことだった。

 あてどなく彷徨ってたあたしは、魔王軍の幹部に誘われた。

 もちろん断ったけど。

 精一杯抵抗してみたけど、駄目だった。

 捕まって、残された僅かな力も封じられて、運ばれて。


 そうして今に至る。


 本当だったら、こんな形で再会したくなかったよ。

 だって……、


「あたしは君のファンだから」




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