第四十九話 「浮かない顔してんじゃん、坊主くん」
「ははは、奇遇ですねキリオさん」
「全くです。ルチアに用事があったのですが」
「用事?」
「はい。しばらく顔を見ていなかったので、挨拶だけでもと」
どうせ邪険にされるのがオチだろう。
「それで、わたくしと会ったのが何故、丁度いいと?」
「実はですね。資金繰りにアイデアが欲しいのです」
珍しいな、俺を頼るなんて。
普段のキリオからは考えられない。
よっぽど稼ぎに困ってるのか?
「今まで通り、武器じゃ駄目なんですかね」
「それがですね。一番の売れ筋であるイージークロスボウは、利益率があまり高くないのですよ。原価スレスレですからね」
商売のことには疎いが、つまりアレか。
原価と売価の差額がある程度無いと、いくら沢山売りつけてもそのうち頭打ちになるのか?
クロスボウを買っていく客層も冒険者じゃなくって女子供と老人だろうから、滅多に買い換えないだろうしな。
いや、魔女の墓場も買ってたか。
でも連中なら、自分達で生産しててもおかしくないんだよな。
「そこで、シンさん経由で石版の叡智をお借りしようかなと!」
ビシッと人差し指を上に立てるキリオ。
さりげなく俺の存在価値がパソコンにしか無いと暗喩してるのが、また憎らしい。
まあ実際、その通りなんだが。
「といっても、いきなりアイデアなんて浮かびませんよ」
「ゆっくりで構いません。上手く行けば、シンさんの評価にも繋がると思います」
ハードル上がりました。
ていうか、これってさ。
とどのつまり、ドレッタ商会の子会社の命運を左右する一大プロジェクトなワケだろ?
そいつでこけると、たぶん親会社のドナート会長様から嫌味を言われるだろ?
何かの拍子で俺のアイデアを借りた事がバレるだろ?
そっから俺への風当たりがどんどん強くなって、やがて……。
『シンさんには失望しました。予言を信じるのやめます』
『アンタってほんっと、何やっても裏目に出るのね』
『さすがにもう付き合いきれないッスよ』
『俺、親友だと思ってたのに……もう絶交だな、俺達』
――う、うわあ、うわあああああ!
やめろ……想像したくない。
「シンさん。あの、シンさん?」
「あ、はい。大丈夫です。ハイ」
「ご気分が優れないのでしたら、どこかで休みましょうか」
なんだろう、俺ちょっとナイーブになってるのかな。
そんな要素はどこにも無いと思うんだが。
「じゃあ、雪の翼亭で。何かあった時に、ファルド達に頼れますし」
* * *
そうして店に戻ってきたが、タイミングが悪かったのかファルド達は留守だった。
親方が言うには、それぞれの用事を済ませてくるとの事だ。
「では、私はゴルケンさんと打ち合わせという名のコーヒーブレイクと洒落込んで参ります」
シスコン赤もやしはそう言って、親方と一緒に地下倉庫へと降りていった。
ランチタイムも終わって、人もまばらな店内。
俺は、隅っこの席に着く。
「浮かない顔してんじゃん、坊主くん」
と話し掛けてきたのは、リーファだ。
ウェイトレス姿、よく見ると結構似合ってるんだよな。
美人だし、愛嬌もあるし、母親ゆえの包容力もある。
何て言うか、日々の仕事に疲れた人達にはこれほど有り難い存在も居ないだろう。
「いえ、ちょっと大事な仕事を任されちゃって」
まるでキャバクラに通うサラリーマンだな。
俺はまだ大学生だが、漫画でこういうシーンを見た事がある。
「やったじゃん! おれならチャンス掴んで小躍りしちゃうね。こんな風に!」
両腕を上下させながら、腰を左右に振る脳天気お姉さん。
あの、お客様が見ているんですが……。
というか問題はそこじゃないんだ。
「それで、どんな仕事? ファルドが任せる仕事なら、そりゃプレッシャーもあるかもだよね」
「いや、そっちじゃないです。キリオさんに」
「あちゃー、そっちだったかぁ~……」
リーファはドカリと椅子に座り、天を仰ぐ。
さり気なく股を閉じる辺り、その辺りは気を使っているらしい。
いや、今までズボンだったもんね。
そりゃスカートだったら気になっちゃうよね、逆に。
「ドレッタ商会絡みねー……」
「でしょ? 考え込んじゃいますよね?」
「まあね。雇われのおれが言うのも何だけどサ」
「仕事内容は、アイデア提供なんですよ。資金繰りの」
「才能を見込まれたって事だね! さっすがー!」
わしわしと頭を撫でられた。
お手々、やわらかいです。
これでボディが平坦じゃなかったらなあ。ルチアくらいは欲しい。
楽しそうなリーファの横に、ぬっと大柄な影が現れた。
「おいおいー! まだお客さんいるよー!」
マッチョなおじさんがリーファに苦言を呈するが、当のリーファはひょいと片手を上げるだけだ。
「ちょっくら休憩するね! 今夜試作する南国産フルーツの盛り合わせ、半分分けたげるからサ。頼むよ!」
「しょうがないな……じゃ、ちょっとだけだよ!」
やりとりが非常にフランクだ。
同郷のよしみってのもあるんだろうな。
「お待たせー! じゃ、続きを聞かせて頂戴よ」
「ああ、はい。一から考えようって思っても、こう、アイデアって中々出て来ないじゃないですか?」
「別にいーんじゃないの? 色々と見てから考えても。たとえば、今夜のイベントなんだけど」
ここでリーファが、声を小さくする。
「ボラーロからミランダって人が来てて、今夜は歌ってくれるらしいんだ。今は部屋を借りてお休み中」
ミランダ……あー、思い出した。
高級娼婦で、何か目的があって金稼ぎをしてるとかだったな。
「心当たり、あるんだ?」
「ええ、仲間から色々と情報を」
遠征コンサートをきっかけに、彼女に協力して貰うというのはどうだろうか。
俺は商売には疎いが、キリオに丸投げすればどうにかなるだろう。
ただ、確か本業は娼婦なんだよな。たまたま歌が上手いだけの。
どうすりゃいいかな。
「相談に乗ってくれてありがとうございます。ちょっと、その路線で考えてみます」
「応援するよ! ガツンと、あのいけ好かないキザ野郎の鼻を明かしてやって」
「いや、キリオさんは悪い人じゃないんですよ。ちょっと変なだけで」
「その変なところが全部気に入らないんだなー! あっはっは! そんじゃね!」
リーファは仕事に戻り、俺は借りていた部屋でくつろいだ。
考え事をするなら、リラックスしているのが一番だ。
「シン、戻ってたんだ?」
「まあな。ちょっと集まれるか?」
キリオから頼まれた仕事を、ファルド達みんなに伝えた。
もちろん、メリットも一緒に。
成功すれば報酬も貰えるし、稼いでおけば何かあった時に備えられる。
魔王軍との戦いでも、備品不足に泣かされるなんて事は少なくできる。
また協力者が増えれば、魔王軍を退ける為の協力体制も敷きやすい。
俺が離れるかもしれないのを、みんな納得してくれた。
ヴェルシェとルチアが説得してくれたのが、大きいがな。
* * *
そうこうしているうちに、夜になった。
俺は念のため、パソコンに録音ソフトをインストールしておいた。
パソコンに付属のマイクは集音性能が良くないが、歌声を記録しておく事で何かに使えるかもしれない。
実際ミランダの歌声は、それはもう見事だった。
ボラーロのクラブとチアって、雪の翼亭の客達はみんな静かに聞き入っていた。
お陰で、安物のマイクでもしっかり音を拾えた。
ミランダに浴びせられる、拍手喝采。
彼女はプレゼントまで貰っていた。
「ありがとうございます。こんなに沢山の方々から歌を褒められるなんて。
今まで、歌は単なる空気のようなもので、無ければ困るけど、意識はされない……そんなものだと思っていました」
頬を紅潮させて、ミランダはそう語る。
……沢山の人に歌を褒められたのが初めて。
その事実から、俺はある仮説に辿り着く。
ボラーロには、固定のファンがあまり居ないのではないか?
あのクラブでのメインは、あくまでバニーガールと酒と馬鹿騒ぎだろう。
まさか本業が娼婦であるというより、本来は歌で稼ぎたかったのを、娼婦として稼がざるを得ない状況とか?
それは確かに有り得る話だ。
という事は、遠征コンサートは半ば自腹を切っているようなものかもしれない。
それでもこうしてやってきたならば、やっぱり歌が好きなんだろうな。
ボラーロだと、まともに聴いてくれるの、一人しかいないし。
ミランダは毎夜のように客を相手取る、人気な高級娼婦だ。
彼女は、本当は歌いたい。
だから休憩の時間を削って、ほんの少しだけ歌う事を許された。
だがボラーロのクラブで歌を聴いてくれる客は一人。
それ以外は聞き流して、飲んで騒ぐだけ。
しかもちょっと歌ったら、また娼館へ戻らないといけない。
もちろん金が無くて、彼女との夜を過ごせない人もいる。
ミランダの歌に興味が無い奴の中にはきっと、彼女を抱きたいと思う奴が少なからずいるだろう。
って事は――。
「来た!」
俺の中で、様々な線が一本に繋がった。
これだ。俺が求めていたアイデアは、これだよ!
見付けたぞ。
少々時間は掛かるが、全員のニーズを満たし合う、最高に冴えたやり方を!
呪われた果皮
南国で穫れる果物の果皮。
果皮は黄金色をしており、中身は白銀色で、まろやかな甘みがある。
初め、ゼルカニアに住まう貴族達はこの果物を歓迎した。
あらゆる祭事にこれを振る舞い、平民達にも広まった。
しかしある日、これの果皮を踏んだ馬が転倒、
落馬した貴族は頭を強打し、そのまま帰らぬ人となった。
以来、この果物は呪われているとされ、人々に忌避されるようになっていった。
末端の兵士達は今でもこれを、魔族の侵攻を退ける罠として用いている。




