第四十八話 「自分、天ぷらだぁいすきッス!」
城下町へと戻ってきた俺達は、王様に全てを報告した。
王様はたいそう感心していたが、ぶっちゃけあんなの最後に出てきたグラカゾネク以外は楽勝だったぞ。
俺、いらないんじゃないかってレベルだったもん。
それと国からの依頼をこなしたって事で、謝礼金を貰った。
援助は駄目だが、こういう形なら大丈夫らしい。
ドーラ率いる赤の隊はまた、大陸の防衛に戻った。
観察していたヴェルシェによれば、赤の隊は作戦中、何らかの暗号で動きを決めていたらしい。
突撃馬鹿に見せていたのは、完全に演技だったのか。
見抜かれたら通用しないと思うんだが……まあ、魔物が相手ならそれでもいいんだろう。
それからジラルドとビリーも、パーティを離脱した。
「じゃ、俺達もここで一旦お別れだ」
「なんでですか!?」
「聖杯って奴を探してみるよ。大丈夫、情報は魔王軍に漏らさないようにするさ」
何だかんだ言って、すごく頼りになったからな。
別行動になるのは寂しいが、別に今生の別れじゃない。
次に会う時は、せめて足下に届くくらいには強くなってたいな。
* * *
……さて。
俺達はまた、雪の翼亭へと戻ってきた。
予言に従うなら、エタるまでの間に戦う大物は歌い竜カグナ・ジャタと、闇の射手スナファ・メルヴァンだ。
それに魔王の襲撃もあるだろう。
加えて、この世界では敵がもう少し増えると思う。
魔女も魔物も、数が原作とは段違いだろうからな。
味方に有能な奴が多いから忘れがちだが、相対的な戦力差は変わらないってワケだ。
しかも、いつやって来るか判らないというオマケ付き。
「わぁい天ぷらッス!」
それなのに、このクソエルフと来たら!
分配した謝礼金を早速飯代に使い込みやがって、暢気な奴!
さっきから唐揚げに天ぷらにピザに……何つーか脂っこいもんばかり注文してやがる。
「自分、天ぷらだぁいすきッス!」
「お前それ何杯目? ねえ、何杯目よ?」
「シンさん、いけずッスよぅ! 風も恥じらう乙女にそんな事を訊くなんて!」
「それを言うなら花も恥じらうだし、お前の食い意地を見ている俺が恥ずかしくなってくる」
三杯を超えた辺りで俺は数えるのをやめていた。
細い身体でよくそんなに食えるよな。
やせの大食いってか。女の敵だ、お前は。
「いやー、エルフのお嬢ちゃんがこんなに大食らいだったとはな!
こりゃ今日仕入れた分は全部はけちまうかな! ガッハッハ!」
賑やかな食堂に、ひときわ大きな笑い声が響く。
――そう。
雪の翼亭は今や、城下町でも有数の大人気な宿屋になっていたのだ。
「チーズケーキはいかがかね! お一つ、たったの30ガレット!
原料はドレッタ商会の誇るカチェレナの牧場から、産地直送で仕入れた牛乳!
数に限りがあるから、お一人様につき一つまで! 今日は多めに作ったよ!」
しかも、元露天商のマッチョなおじさんが調理を手伝いながら宣伝をしている。
……おじさんが二人だと呼び方に困るし、店主のおっさんはそろそろ親方でいいかな。
親方、名前があったと思うが忘れちゃったし。
「それで親方」
「何だ坊主」
もうツッコミすら来ない!
やったぞ、公認だ!
まあ俺を坊主呼ばわりしてるし、お互い様でいいよな。
「こんだけ賑わってると、泊まる部屋が無くなっちゃうんじゃ」
「あー、それなんだがな? 近々、増築する予定なんだ。何でも、お隣が引っ越すらしくてよ」
「汚い手は使ってませんよね?」
キリオの事だ。
雪の翼亭大繁盛計画をプロデュースするにあたって、何かしらの裏社会的な手段を使っていないとも限らない。
「俺ァ高めで土地を買い取るってのと、お隣のせがれに、仕事を紹介してやっただけだぜ」
「仕事?」
「雪の翼亭よゥ!」
自慢げに親指を立てられても、その、困る。
「ここは人が働く場所じゃないって、親方が言ってたじゃないですか」
「ぼっちを、卒業しようと思ってな」
なるほどね。
どうせ本当は、キリオ辺りから指導が入ったっていうオチだろうが。
「ちょっとゴルケンさーん! 仕込み終わったってさー! おれ注文取りに行くから、代わってよ!」
カウンター越しに手を振る浅黒い肌の、ボディが平坦な脳天気お姉さん。
グリーナ村で出会った村娘、リーファだ。
ここに住み込みでウェイターとして働きながら、赤ん坊の世話もしている。
何でも、寝泊まりしようとしたらあの元露天商のおじさん(彼こそがグリーナ村の元行商担当だったとか)にスカウトされたそうだ。
ちなみに、グリーナ村の行商担当はまた新しく選定しなおしたらしい。
「おう、今行く! 悪ィな坊主。あんまし相手にしてやれなくてよ」
「いえ、別に。こき使われなくて済みますし」
「まァな。だが、格安料金はそのままだ。色々、世話になってるからよ」
何とも感慨深いものがあるな。
こうして人と人との関わりが、物事を良い方向に変えていくのを実感するのは。
それと、いつの間にか折り鶴も広まっていた。
あちこちのテーブルで、冒険者達が鶴を折っている。
何でもビルネイン教が広めたらしく、折り鶴によって旅の安全や無事を祈るらしいのだ。
まだ一ヶ月もしていないのに取り入れるとは、驚きの柔軟さ。
宗教としては、それくらい割り切ったスタンスのほうがいいのか?
僧侶が折り鶴を完成させ、それを自らの頭上に掲げる。
「この白き翼が我らを導いて下さいますように。グライヘス・モルカーナ・ジュグラーディル」
どうせなら、祈りの言葉も変えて欲しかった。
「どうしたんだ、シン。胸焼けした?」
「いや、別に」
「食べようぜ、チーズケーキ!」
目の前の皿には、きつね色に焼けたチーズケーキが乗せられている。
そいつが人数分。
「ん! 美味しい!」
アンジェリカが幸せそうな顔で頬張る。
女の子は、こういうの大好きだもんな。
ちょっとばかり怒りっぽい所を除けば、アンジェリカは本当に普通の女の子だ。
「それで、あーんしないのですか?」
ルチアが身を乗り出して、ファルドに尋ねる。
一体ファルドが誰にあーんしてあげるんですかねえ……。
「はい、アンジェリカ。あーん」
いつの間にそこまで進んだのか!?
と思ったが、どうやら単なる勘違いだったみたいだ。
「気持ちだけ受け取っておくわ」
普通に拒否される。
しかしファルドもルチアの発言に乗るなんて、何だかんだでテンションが上がってるのかな。
「じゃあルチア?」
「い、いえ、私はその、シンさんにあーんして欲しかったのですけど」
「どっちも駄目!」
瞠目して拒否るアンジェリカ。
まあそんなことだろうと思ってたよ。
相変わらず歪みねぇな。
飯もそこそこに済ませて、俺は外の空気を吸いに行った。
何か、割と久しぶりに城下町に来たような気がするしな。
折角だから、情報収集も兼ねてぶらつきたい。
城下町はいつ来ても賑やかだ。
それでいて、別に俺を見ても何も言われない。
折り紙だってそうだ。
俺がこの世界に折り紙という概念をもたらした事、それ自体は特に評価されていない。
誰がオリジナルか、なんて興味の無い連中にはどうでもいいのかもしれない。
ほんの少しだが、悔しくなるな。
もうちょっとこう、折り紙の人とか、予言者とか、そういう目で見てくれてもいいじゃないか。
いや、俺だけじゃない。
勇者一行、全員だ。
何処へ行っても、名前を聞いて納得はするが、後はそれっきり。
危機を救えば感謝はされる。だがその人達にだけだ。
町を一つ救った事が隣町には広まっていない。
まるで、井戸端会議で話題に出す事が憚られているかのように。
……なんて考えちゃいけないな。
少なくとも城下町の危機を救った事は一度も無いワケだから、そりゃ感謝する理由も薄いってもんだろう。
インターネットも存在しないし。
逆に道行く人々が振り返るほどの存在感があったら、動きづらいだろう。
これでいいんだと考えるべきだ。
何の気なしに教会を訪れる。
受付は、いつぞやに子供達の相手をしていたおばさんだ。
「本日はどのようなご用件で――おお、あなたは!」
にこやかな表情が一変、驚きと尊敬の眼差しを俺にくれる。
「その節はどうも、ありがとうございます。お陰様で、子供達は楽しんでくれていますよ」
「折り紙ですか?」
「そうです。また新しい折り紙の神託を受けましたら、どうかご教授願います」
やっぱり、気分がいいな。
気まぐれではあったが、教会に来て正解だった。
これはきっと、連載小説の次話を投稿するたびにブックマークが増えていくような気分だ。
いや、もっと凄い。
一つのジャンルが流行する立役者である事を、ファンが知っているような。
俺の周りにいる人は、みんな俺を認めてくれている……そんな気分だ!
「次にお会いする時までには、神託を受けていると思いますよ」
「ええ、ええ、お待ちしています!」
見てろよ……大陸中に折り紙ムーブメントを起こしてやるんだ!
俺が、俺達が折り紙だ!
……ふぅ。
なんて現金な奴なんだ、俺は。
調子に乗ってヘマしないように、気を付けなきゃな。
こういう、波に乗っている時に限ってどんでん返しがやってくる。
ふとした拍子にやらかして、誰かを傷付けたりするかもしれない。
吸って、吐いて。
吸って、吐いて……よし。
「――おや、シンさん! 丁度いい所に!」
「うっ……!」
キリオが、すっごくいい笑顔でやってきた。
嫌な予感がする。
もしかして:どんでん返し
天ぷら
様々な野菜や魚などを、衣に包んでからっと揚げた料理。
そば、うどんなどの付け合わせにも適している。
如何様にしてこの料理が大陸に伝わったかは判然としない。
太古の昔、極東より現れた賢者によってもたらされたというが、真偽は不明である。




