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第四十二話 「その無力さを、呪え」

本日は、あと二話分投稿します。


 フォボシア島には、二日で到着した。

 原作では三ヶ月という道のりを、たった二日。常識破りの早さだ。

 もちろん船酔いしたヴェルシェとアンジェリカは、途中で寝込んだ。

 俺も正直そろそろ限界だったが、ファルドに稽古を付けて貰ってどうにか堪え忍んだ。


 帝国軍残党と名乗った冒険者の一団は、船の中で待機しているそうだ。

 つまり、送迎だけを担当する事になる。

 領主によれば魔物は居ないらしいが、船にやってきたらその露払いはしてくれるという。

 頼もしい限りだな。無敵の爆撃部隊も居るし。


 さて、原作のフォボシア島は入り江に、苔だらけになった石造りの要塞が建てられている。

 そこを登っていくと、一面の花畑が広がっている。

 青空と花畑という、いかにも春っぽい景色の筈だった。


 ……その筈だった。



「なんだよ、これ……」


「ひどいわね……」


「シン、やっぱり予言とは違うのか?」


「違う……何もかも……」


 見上げれば、そこは青空じゃない。

 大雨が降り注ぐ、大きく黒い雲が空を覆っている。

 石造りの要塞は殆ど粉々で、崩れた支柱が海面から斜めに突き出ていた。

 階段も駄目になっていて、よじ登るには瓦礫をおっかなびっくり伝っていかなきゃならなかった。


 やっとの思いで登ってきた先の、この花畑。

 これも枯れ果て、真っ黒に焦げた土があちこちに見えていた。


 ――こんなの、俺が知ってるフォボシア島じゃない。

 常春とこはるの孤島、フォボシア島は……こんな地獄じゃなかった筈だ!


「……とりあえず、闘技場を目指そう。そこに聖杯がある筈だ」


「あ、ああ……」


 望み薄だがな。十中八九、先客が居る。

 ファルドは緊張した面持ちで、俺の隣を歩く。

 剣の柄を握って、いつでも抜剣できる状態だ。

 俺も、クロスボウをいつもより強く握り締めた。


「気を付けたほうがいい。何が潜んでるか」


「この大雨の中だから、私の援護は期待しないどいて」


「その分は、俺が頑張るよ」


「私も頑張ります」


「じ、自分も! うぷっ……」


 コイツ本当にしまらねえな。

 いや、まあ……緊張が緩むのは別にいいか。

 肩肘張って、それで足下すくわれるなんて事があっちゃいけないからな。


「シン、待った」


「いるのか」


「ああ」


 ファルドが立ち止まり、辺りを見回す。

 剣の柄にはまっているメダルが、赤く光っていた。


「おかしいな……すぐ近くだと思ったんだけど」


 メダルレーダーが誤作動するなんて事は、有り得ないと思いたい。

 俺達の近くで、敵意を持つ誰かが居るのは間違いないのだ。



 *  *  *



 かれこれ二時間ほどは歩いた。

 にもかかわらず、誰も居ない。

 不気味なくらい、辺りは静まり返っていた。

 聞こえるのは、雨音と俺達の足音だけだ。


 ……それにしても、荒れ果てた場所だ。

 色鮮やかな花を付ける筈の木々は、すっかり枯れている。

 所々の遺跡も、破壊し尽くされている。


 魔物に侵略されたのかもしれない。魔王軍が、聖杯を狙ったんだろう。

 冬の聖杯が魔王軍の工作で魔女の手に渡ってただろうから、春の聖杯も同じように何かしらの工作をしたに違いない。


 くそったれ、話が違うじゃないかゲルヒさんよ!

 何が拠点としては役に立たないだ! 聖杯の場所まで割れてるじゃねーか!

 この異常気象じみた大雨だって、おおかた春の聖杯が乗っ取られたんだろ!


 ……じゃあ守人のレジーナは、無事じゃないのか?

 それに、闘技場を守っていた剣闘士の亡霊も。



 *  *  *



 闘技場は森に囲まれている。

 しかし、この森も青々とした葉を付けてはいなかった。

 真っ白になった、枯れ木ばかりの森だ。

 そこを突っ切っていく。不本意ながら、見晴らしは大変よろしい。

 迷わず闘技場へと辿り着いた。


「うっ……」


 土臭かった大雨に、突如として入り交じる鉄臭さ。

 石畳を覆い尽くす、夥しい量の赤黒い液体。

 大雨に打たれてもなお、それらは飛沫を上げながらその場に残っている。

 ファルドの剣は、もう何の反応も無い。


 その血液の持ち主だった連中は、残さず殺されていた。

 ゴブリン、オーク、人間の兵士、それらが例外なく死んでいた。

 その死体の行列が、闘技場までずっと連なっている。


「なんですか、これ……」


 ルチアが失神しそうになったのを、ヴェルシェが支える。

 俺も、アンジェリカも、吐き気を堪えるので精一杯だ。ファルドですら、顔を真っ青にしていた。


 一体、このフォボシア島で何が起きている?

 魔王軍が攻めてきて、誰かが此処で戦っているのか?

 よく見ると、死体の中には幾つか黒焦げになった奴も混じっていた。


「――! くッ!」


 気が狂いそうだ。

 俺はもう、上を見るしか無かった。

 見たくない。こんな、地獄みたいな光景は。


「……急ごう」


 ファルドは押し殺した声で、そう呟く。誰に言うのでもなく。

 もしかしたら、それはファルド自身に言い聞かせているのかもしれなかった。


 通路でも、むせ返るような血の臭いが常に付いて回った。

 あちこちの壁と床が赤黒く彩られ、その近くには必ず死体が転がっていた。


「何か聞こえる……あっちだ」


 ファルドの勘は元より鋭く、疑う余地なんて無い。

 それに、俺達は一刻も早くこの血みどろの空間から抜け出したかった。



 そして、闘技場の広場……本来なら剣闘士と戦うあの場所へと辿り着いた。

 そこには先客が居た。


「……」


「この野郎ァ、死に――ぐぎ、ぎゃあああ!ッ」


 先客はまさに今この瞬間、死体の山を作り上げていた。

 見間違えるはずが無い。

 城下町で見掛けた、緑色の髪をした男だ。


 鋭く、それでいて淀んだ眼光。血の色にも似た外套。

 それに包まれた、黒い鎧。

 その手には、身の丈ほどもある歪な大剣が握られていた。


 一人、また一人と斬り捨てられていくゴブリン、オーク、人間の兵士。

 そして、すぐ近くに座り込んでいる、見知らぬ黒髪の少女に近付くと――。


「いや、嫌よ……やめ――」


「――死ね」


「あ、がっ……」


 少女の胸に大剣が突き刺さるその瞬間、俺は目を逸らした。


「――!」


 耳をつんざくような悲鳴が、辺りに木霊する。

 しかしそれも長くは続かず、すぐさま静寂が戻った。

 俺が恐る恐る視線を戻せば、剣士が“少女だった物”を蹴飛ばして死体の山に加える所だった。

 そいつは俺達に気付くと、その目付きをよりいっそう鋭くして口を開く。


「遅いな。ファルド」


 憎悪に染まったような、低い声だった。

 その剣士に呼ばれたファルドは、ゆっくりと歩みを進めた。


「俺を、知ってるのか?」


「有名だからな」


「この人達は誰なんだ?」


「さあ」


「……知らずに殺したのか?」


「誰を殺そうと、俺の勝手だ」


 ファルドの剣のメダルが、まばゆく光った。

 今までに見たことのないほどに、鋭く赤い光だ。

 それはまるで、あの剣士がファルドを強く憎んでいるかのようだった。


「仕合え」


「断ると言ったら?」


 剣士が、大剣の切っ先を石畳に叩き付ける。

 キィィンと音を立てたと思ったら、俺達とファルドの間に炎の壁が立ち上る。


「待ちなさいよ! どういうつもり!?」


「ファルドさん、戻って下さい! 危険です!」


 我に返ったアンジェリカとルチアが、口々に叫ぶ。

 ヴェルシェはスコップを片手に、壁の近くを行ったり来たりしていた。


「壊せないッスね、これ……お手上げッス」


「そんな……」


「自分達が出来るのは、遠くからファルドさんの安全を祈るだけッス」


 剣士は、ファルドを見据えたまま一歩も動かない。

 ファルドもまた、見知らぬ相手に及び腰だ。


「教えてくれ。なんで俺と戦う? 魔物や魔女が相手なら、俺達と敵になる理由は無いじゃないか!」


「……」


「どうして黙ったままなんだ! 俺が嫌いなのか!?」


「……」


「俺が、何をしたっていうんだ!」


「……少しは自分で考えろ」


 一瞬の事だった。

 剣士はファルドの近くに、瞬間移動のような速度で近寄った。

 そしてファルドが剣を抜いたとほぼ同時に、大剣を恐ろしい速度で振り下ろす。

 石畳に、真一文字の亀裂が入った。


 あと少し避けるのが遅かったら、ファルドは間違いなく両断されていた。

 それ程までに剣士の攻撃は鋭く、そして暴力的でもあった。

 一振り、また一振りと攻撃を加えていく剣士。

 ファルドはその短い合間を縫って反撃を試みるが、そのどれもが虚しく空を切る。


 勝負は、馬鹿らしいくらいに圧倒的だ。

 剣士は少しも表情を変えていない。

 そしてついにファルドは避けきれず、奴の一撃を真正面から受け止めた。


「ぐ、くッ――!」


 たたらを踏んだファルドに、剣士は回し蹴りを見舞う。

 その衝撃で、ファルドは壁へと吹き飛ばされた。


「があ……ッ!」


 剣士は瞬く間に距離を詰め、それから壁に――ファルドの顔のすぐ横に大剣を突き刺した。


「無様だな、ファルド」


「く、そ……!」


 ファルドは大剣の刃を掴み、ゆっくりとそれを押し退ける。

 だが、剣士はファルドの胸倉を引っ掴んで、剣士の背中側に軽々と投げ捨てた。

 地面を転がるファルドはロングソードも取り落とし、もう気力なんて残されていないようだった。

 剣士は、そんなファルドを何度も蹴飛ばす。


 アンジェリカは必死に魔術を飛ばしているが、その全てを炎の壁に掻き消された。

 ルチアの祈りも、俺の放ったクロスボウの太矢も、どれも阻まれて意味を為さない。

 頼むよ、このままじゃ……!


「こんな雑魚が勇者に選ばれるから、こういう事になる」


「お、俺は……勇者である前に、一人の、人間だ……!」


 剣士の足を掴み、精一杯の抵抗をするファルド。

 剣士はしゃがみこみ、ファルドに唾を吐きかける。


「詭弁だな。反吐が出る」


 ファルドはこめかみを片手で掴まれ、持ち上げられていく。


「その無力さを、呪え」


 剣士はほんの僅かに、口元を上に吊り上げる。



 ――もう限界だ!

 炎がどうしたっていうんだ。

 ファルドが死ぬかもしれないんだ。


「シン!? 何をやってるの!?」


 気が付けば、俺は炎の壁に拳を突き入れていた。




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