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第四十話 「嫌な予感がする」


「うう……頭が割れそうだ」


 ゆうべはお楽しみなんてもんじゃなかった。

 超大型新人バニーガールであるヴェルシェの噂があっという間に拡散し、それを目当てに次から次へと客が来た。

 おかげでヴェルシェは引っ張りだこだ。


 あいつを目当てにする客は今後も増え続けるだろうし、下手すりゃ(いや上手く行けば)三日間限定のレアキャラだ。

 そりゃあこぞって指名するに違いない。

 一夜にして一流ホステスか。

 ありゃそのうち刺されそうだ。夜の世界は恐ろしいのう。


 俺はヴェルシェに途中で抜け出す相談をしようとしたら、なし崩し的に絡み酒された。

 異世界だから未成年飲酒オッケーやったぜとか、そんな馬鹿げた考えは最初の一口で吹き飛んだ。

 なんだあの灯油のニオイを飲み物にしたような奴は。

 話が違う。全然違う。


 アンジェリカは途中でリタイア。

 ペースも考えずにガバガバ呑んで潰れたからな。

 その場で退職すると告げて、ファルドが退職届に記入。

 そしてそのままお持ち帰りだ。


 何故かファルドはみんなに祝福された。

 このクラブは従業員のお持ち帰りを祝福する習わしがあるらしい。


 俺は酔いも醒めないまま会計を急いで済ませ、二人を追い掛けた。

 追い付いてから、ファルドと俺が両脇に立ってアンジェリカを介抱しながら、宿へと帰った。

 そして宿に着いてからアンジェリカを寝かしつけた。

 赤ら顔で眠るアンジェリカは、まるで天使だった。

 よだれは、そのままにしておいた。


 此処まではいい。


 だが俺達は、アンジェリカが“その服装”のままだった事に気付いた。

 俺もファルドもたちまち酔いが醒め、今からクラブまで戻って取りに行こうという話になった。

 だが先にいつもの服を持ってくるのではなく、まず店の貸し出し品である“その服装”を返却するのが筋ではないのか?


 だとしても、どうする?

 今アンジェリカに着せていた服を脱がすのか?

 いや駄目だろうと。

 俺達が脱がせている間にアンジェリカが目を覚まして見ろ。

 火達磨になるのは俺達だろうと。


 そこで俺は一計を案じた。

 ルチアを起こすべきだと。彼女を頼るべきだと。


 ルチアに緊急事態である事を告げると、寝ぼけ眼を擦りながら了承してくれた。

 俺とファルドはアンジェリカを女子部屋まで運び、そして男子部屋にて待機すること数分。


「きゃあああっ!?」


 というルチアの悲鳴に驚いて、俺とファルドは女子部屋へと駆け付けた。


「き、キマシ――っ!」


 ルチアは何故かアンジェリカに押し倒されていた。


「は、はれ? ファルドが三人……」


 と言いかけて、アンジェリカがようやく我に返った。

 俺はあられもない格好のアンジェリカにビンタされ、ファルドと揃って廊下に蹴り出された。


 この時、ルチアは全く触れたことの無いバニー服を脱がせるのに苦戦したそうだ。

 よく見るイラストのそれとは違って、伸縮性が無さそうだからな。

 コルセットみたいな感じ。


 おまけに相手はベッドで熟睡中かと思いきや、途中で起きた。

 寝ぼけてファルドと間違えて、ルチアにべったり抱き付くアンジェリカ。

 まだ酒が抜けていなかったようだ。


 そうこうしているうちに空はすっかり白んできて、ヴェルシェが帰ってきてしまった。

 奴の手元の袋に包まれていたのは、アンジェリカの私服とロッドだった。




「――以上が事のあらましです。ルチアさん、本当に申し訳ない」


 着替えさせたという報告をヴェルシェから聞いた俺は、女子部屋へと入るなり経緯を説明し、深々と頭を下げた。

 隣にはファルドとヴェルシェも居る。

 ルチアは、ベッドの脇に腰掛けていた。

 部屋は、ほのかに酒臭い。


「えーっと……その、事情は把握しました。きっと、巡り合わせが悪かったのでしょう」


「みんな、ごめんなさい! 私、ちょっとおかしくなってたみたいで……」


「自分が軽率にもアンジェリカさんを誘ったりしなければ、こんな事には! 斯くなる上は、自分がこの身体で支払う所存ッス!」


 ヴェルシェが前に出て土下座する。

 久しぶりに土下座を見た気がする。


「あ、そういうのいいです。私、男同士のを見ているほうが好きですので」


 あの、ルチアさん違います。

 そうじゃないです。

 気まずい沈黙が流れること数秒。

 ルチアはやっと自らの失言に気付いたのか、赤面した。


「……こほん。とにかく、皆さんご無事で何よりです」


 これが、ボラーロ到着の初日から二日目の朝にかけての出来事だ。

 バニー服はアンジェリカが自分で返却したが、ヴェルシェが一緒に行ってくれた。



 *  *  *



 二日目も何らかの仕事はしなくちゃいけない。

 アンジェリカは昨夜の失敗を取り返すべく、職探しに奔走する。

 ファルドはタルを使って腕相撲。

 ルチアは初日に同じく奉仕活動。

 ヴェルシェは近隣の交易路で魔物狩りをしつつ、夜になったらクラブで接待。


 そして、俺は優雅に図書館で情報収集。

 一人だけ!

 金を!

 稼いでない!


 だが、俺は思ったのだ。

 原作の薄っぺらい描写だけじゃ、この世界の半分も理解できないだろうと。

 なのでまずは歴史書などを漁ったりして、大陸各国の成り立ちを勉強しようかという決定を下した。

 まだ頭痛は引いていないが、寝込んでる場合じゃないからな。


 あ、もちろん皆様にご了承を頂いた上でだ。

 意外とあっさりオーケーしてもらえたので、ちょっと拍子抜けした。


 勉強の成果はまずまずといった所だ。

 特に興味を惹いたのは『大陸大戦魔術師大全』だ。

 大が三つもあるってすげー字面だな。ゲシュタルト崩壊しそうだ。


 この本は大戦中におけるアレクライル王国、ゼルカニア共和国、北方連邦、グレンツェ帝国それぞれの、魔術師の扱いについて書いてあった。

 項目も国ごとで分けてあって、服装とかが写実的なイラストで説明されている。

 ざっと概要だけでも、結構骨太だ。

 長いから、読んだのは現状で関係がありそうな王国と帝国だけにした。



『アレクライル王国

 王国における魔術兵は“従軍魔術師”と呼称されていた。

 当時の宮廷魔術師や魔術師ギルドの中から徴兵された。

 騎士団とは指示系統を異にし、兵舎も違う場所に置かれる。


 彼らは各々の得意属性いかんにかかわらず、小隊ごとに使う魔術を統一するか、相乗効果の高い魔術を使用する傾向があった他、専ら遠距離支援に徹していた。

 これは、王国の基本が騎士団による正面からの戦いであり、防御の薄い部分から一気に崩してゆく戦法を得意としている事に起因する。

 当時はジェンダーに左右される考え方が存在しており、服装や役割なども男女間で大きく異なっていた。



 グレンツェ帝国

 前述した三国とは大きく異なり、殆どの部隊が魔術兵と一般兵の混成となっていた。

 帝国が展開した数多くの作戦において、魔術兵は非常に大きなウェイトを置いており、特に拠点攻撃などでは必須とされていた。


 特筆すべきは特殊強襲部隊に配備された飛竜兵である。

 彼らは飛竜やその操縦士と連携しつつ、主に雷系や炎系の魔法を使用し、杖も威力や範囲を増大させるために大型の物を用いた。

 拠点だけでなく、都市を空爆する事も多かったが、熟練者はそのまま魔術を収縮させ、ピンポイント爆撃も行うという荒技もこなせたという。


 特殊強襲部隊は他にも、火攻めと水攻め、そして毒を蔓延させた工作兵という兵科もあった。この兵科には女性が多く、当時の男尊女卑にあった社会の傾向を逆手に取ったと言える。無害な花売りに見せ掛け、小規模な町村を壊滅せしめたのだ。

 本書では詳細を割愛するが、昨今の大陸各地にて魔女という言葉が必要以上に用いられているのも、彼女らの戦いぶりによる所が大きいのは否定できない。

 なお、いずれの兵科も臨機応変な行動が求められ、治癒術は各自で行なうのが定説となっていた』



 というのが、各項目の概要だった。

 帝国、怖すぎだろ。

 何だよ、爆撃って。

 これを読む限りだと、帝国が負ける要素は万に一つも無さそうな気がするんだが。


 どうやら帝国は順調だと思ったら技術が流出して、資源が豊富な王国が人材豊富な連邦にまんまと巻き返されていったらしい。

 爆撃なんて書いてあったが、城下町だけじゃなく今まで旅をしてきたどの場所も、戦争の爪痕とは無縁そうな感じがするんだよな。


 もしかしてちょっとサバ読んじゃったとか?

 だいたい、王様についての記述とかが無いじゃん。

 あの王様のずる賢さを考えたら、王国の項目で見掛けたような非効率的なやり方なんてしない筈なんだが。


 それにしても、まさかこの中世ファンタジーの世界観なのにジェンダー……つまり社会的な男女の扱いの差に言及しているとは思わなかった。

 この世界では妙に女性冒険者が少ないからな。

 もうちょっと華があってもいいじゃないか。

 著者の名前が“シェリーゼ・デュバル”って事は、女の人が書いたのか?


 まあいい。

 どうせ戦争で殆どが居なくなっちまったなら、魔王軍相手に帝国がブイブイ言わせるなんて事も出来ないんだろう。

 空の魔物とかを相手に頑張ってたりするのかな。

 冒険の途中で一緒に戦うかもしれないから、覚えておこう。

 パソコンのテキストファイルにメモメモっと。


 以上が二日目の成果だ。



 *  *  *



 三日目。

 流石にやること無くなった感が強いので、寝不足気味なヴェルシェを留守番させつつ残りのメンバーで魔物退治をした。

 ボラーロ近辺は魔物も野生動物も出て来ないらしく、近くの廃村へと失敬する。


 結果を言えば、収穫は微妙だった。

 ゴブリンが数匹と、そいつらが手懐けていたらしい全長80cmのオオトカゲくらいだった。

 このオオトカゲは、俺の設定資料集もとい魔物図鑑によると共和国のほうからやってきた古い魔物だという。


 帰ったら夜だったので明日に備えて眠った。

 ヴェルシェは明け方に帰ってきた。


 お土産と称して手渡されたのは“FUKAZUME”という文字がプリントされた、クソみたいなTシャツだった。

 なんでよりにもよって深爪なんだよ。

 しかも全員分とか意味わかんねーよ。



 *  *  *



 で、四日目。

 ゲルヒと約束した三日後だ。

 俺達は緊張しながら、領主の屋敷へと足を運んだ。

 今回は顔パスだった。


 三日前と同じ応接室へと連れられ、そして着席する。

 少し遅れて、一人の男が黒服に連れられてやってきた。


「よう。仕事は済ませたぜ」


「ジラル……ラリーさん!」


「あー、それなんだがね」


 言葉を濁し、頭を掻くジラルド。そこに、ゲルヒが付け足す。


「既に調べは付いています。まさかリントレア村長の末弟が冒険者とは。因果なものですな」


「ま、そういう事さ。話が通っちまったから、ジラルドでいいよ」


「利害関係にならぬ限り、これまで通り彼をラリー・ライトニングとして接しますがな」


「ありがたい事で」


 案外あっさりとバレちゃったな。

 まあそういうもんか。湾岸警備隊の情報網とかもあるだろうしな。

 大方、井戸端会議に聞き耳を立てて、それを纏めるなりしたんだろう。


「ジラルドさんが此処に居るって事は」


「ああ、済ませてきたぜ。海賊退治。それで、だ」


 ジラルドの眉間に皺が寄る。何か予想外の事でもあったのか?

 腑に落ちないといった様子に、俺の胸中に一抹の不安がよぎる。


「海賊に崇められてた魔女の命は助けたんだが……灰色の連中に、引き渡しを要求された」


「灰色の連中って……」


 灰色の連中で、しかも魔女が関わってると言えば、心当たりは一つしか無い。

 現時点ではまだ煮え湯を飲まされちゃいないが、いつかは戦わなきゃならない存在。


「魔女の墓場ですか?」


「そんな名前だった気がするよ」


「嫌な予感がする」


 早すぎる登場の余波が、ついには俺達の冒険にまで食い込んできた。


 魔女をその場で殺さなかった理由は何だ?

 それを訊いたが、ジラルドもゲルヒも知らないようだった。

 ただ、ゲルヒは苦々しげに顔を歪めるだけだった。



 それから俺達は、今日中に出発するという流れになった。

 ばたついてるのは仕方が無い。

 俺としても、春の聖杯と守人レジーナの安否が気になるからな。




 飛竜の爆撃杖

 グレンツェ帝国の爆撃兵が用いた、大型のスタッフ。

 複雑な術式を組み込み、魔力の変換効率を最大限に引き上げる。


 杖としては常識外れな大きさゆえに、鍛えられた兵士でなければ持ち続けることすら難しい。

 だが対価として得られた強大な攻撃力と射程は、飛竜に頼らずとも遺憾なくそれを発揮し、

 大陸全土を恐怖させるには充分すぎる爪痕を残した。

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