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第三十八話 「そんな儂の必殺技は、ひげチョップ!」


 ボラーロは朝早くから活気に満ち溢れている。

 小鳥のさえずりを掻き消すんじゃないかってくらいの喧噪が、大通りに響き渡る。



 教会を後にした俺達は道すがら、ちょっとメモをしたいという名目で筆談をした。

 何処で誰かが何を聞いてるか解らないからな。

 今でこそ泳がせて貰ってるが、敵対されると面倒だ。


 ちなみにルチアが今回も教会で色々とやっていたのは、ザイトン司祭の足取りを掴むという目論見も兼ねてだった。

 結果、依然として足取りは不明。

 ケストレルも首を振ったそうだ。

 その後も色々と相談し、まずは領主の屋敷へ向かうという形で合意した。



 *  *  *



 そうこうしているうちに、領主の屋敷に到着した。

 岬の長い階段を上る。

 振り向けば、港町の雑然とした町並みが一望できた。

 区画整理もされていない、無計画な町並み。


 だが、それを守っているのは領主に忠誠を誓う、勇猛果敢な湾岸警備隊だ。

 火事が起きても、事件が起きても、この屋敷から見下ろせばすぐに解るんだろうな。


 その時、屋敷に控える警備隊が地図を片手に会議をするのだ。

 例えば「どこそこの地区で何々が発生した。うんたらかんたら部隊を回せ」って具合に。

 あんなハンプティダンプティじみた体型の狸ジジイだが、真剣に領地を治めようって気概が感じられるな。

 だからこそ……。


「アポ無し突撃、これで何度目だろうな」


 正式な手続きも無しに、こうしてお偉いさんの所へと出るのは気が引ける。


「シン、それは考えないようにしよう」


「そうだな」


 門前には、黒服が二人。

 ネクタイは一般的な湾岸警備隊の人達は青だったが、彼らは黒地に金色の三本線だ。

 そして、どちらもサングラスを掛けている。

 ちょっとファンタジー世界だと場違い感はあるが、こんなもんだろう。


 その二人ともが、俺達を見て顔を強ばらせた。

 だが、俺達は必殺武器を用意している。


「事前連絡無しでの訪問という無礼をお許し頂きたい。

 このお方は勇者ファルド・ウェリウスであらせられます。火急の用事ゆえ、どうか領主様へ面通しを」


 勇者の肩書きだ。

 二人の黒服は互いに顔を見合わせる。

 その表情はまだ硬い。そのうち、片方が口を開く。


「失礼、勇者を証明できる物はありますか?」


「ファルド、そのマントでどうかな。王様から貰った奴」


「うーん、解った」


 ファルドはマントを外し、くるくると纏めてから黒服に手渡した。

 黒服達は苦笑交じりにそれを丁寧に広げ、確認する。

 ごめんねえ、うちの勇者ちゃん少し無教養なのよ。


「どうですか?」


「……暫しお待ちを。確認して参ります。お借りした物品は必ずお返しします。おい、書類を!」


「了解」


 片割れの黒服が、数十秒ほどで戻って来る。


「こちらにサインをお願いします」


 書類には“緊急訪問伺い書”と大きく題字されていた。

 汚職政治家を自称する割には、こういう所しっかりしてるね。

 いや、逆にそういうしっかりアピールをしておいて、事を上手く運んでいるのか?


「お待たせ致しました。ご案内します」



 屋敷は、それはもう立派だった。

 エントランスは四階建てくらいの吹き抜け。

 正面には、天井の上まで続いているであろう螺旋階段。

 煌びやかな金色の刺繍が施された絨毯に、美術品もぴっかぴかに磨かれて存在を主張していた。

 下手したら、王城より立派なんじゃないか?


 続いて通された応接間はエントランスの左側。

 ちょっと廊下を進んだ先の、開けた場所だった。

 バルコニーみたいになっていて、窓からは外の景色が一望できる。


「いい、景色ですね」


「岬の階段より、眺めがいいわ」


「た、高いところ苦手ッス~!」


 はしゃぐ俺達の所へ、あの髭のおっさんがあちこちの肉を揺らしながら歩いてきた。

 その両脇には黒服だ。


「ようこそお出でになった。お噂はかねがね聞いております」


 髭のおっさん、もとい領主が仰々しく一礼する。

 俺達は順番に自己紹介をしていった。

 領主は、それを聞き届けると自分も名乗った。


「儂はゲルヒ・ボラーロ・ブレテップと申します」


 ひげ・ボラ・でっぷり。

 やべえ、名前を全く決めてなかったが、想像よりもストレートな名前だ。


「おや、そちらの御仁は儂の髭が気になりましたかな?」


「へっ?」


「良いでしょう。儂はこの風体ゆえ、ひげ狸と揶揄されております。

 先月生まれた孫も、儂を見て、ひげじーじ、ひげじーじと懐いてくれた」


 え、孫いるんだ……。

 ていうかその前に結婚してたんだ……。

 などとは言えずに悶々とする俺を余所に、


「そんな儂の必殺技は、ひげチョップ!」


 ゲルヒは右手を天に掲げ、斜めにチョップした。


「うぷぷ、き、きついッス! くくく……今、お腹が、たるんって! くすくす」


 何だろう、これは領主様お得意の一発芸なのだろうか。

 笑うべきか悩む俺を余所に、ヴェルシェが笑いを堪える。

 辺りを見回すと黒服連中も両肩をぷるぷるさせている。


 まさか!

 と思ったがそれ以外のファルド、アンジェリカ、ルチアも苦笑いしていた。

 うん、そうだよな。それが普通だよな。


「ではその威力をご覧に入れましょう。そこの君。此処へ」


「は!」


 まだやんのかよ。


「では行くぞ……ひげチョップ!」


「ぐわっはぁ! びろろろ~ん」


 呼びつけられた黒服の腹に、ゲルヒのチョップが炸裂。

 すると黒服が掛けているサングラスのレンズが、ポーンと飛ぶ。

 ……えっと、それ笑う所なんでしょうか。

 むしろ、よくそんなギミック仕込んだなって感心する所でしょうか。


「うひゃひゃひゃ! レンズ! 飛んだ! びよーんって! ひー! もう無理ッス! いひーひひひひひ!」


 ヴェルシェは腹を抱えて床に転がった。

 ヴェルシェ、お前……ちょろいな。

 ただ、相変わらずスカートの中身は見せてくれない。

 鉄壁かよ! 本人はこんなにちょろいのに。


「さて、聞くに火急の用事であるご様子。余興はこの辺にしておきましょうか」


 そうだよ。こっちはさっさと聖杯探さなきゃいけねーのよ。

 おじさんの寒い一発ギャグにしらけてる余裕なんて無いのよ。

 ゲルヒが目配せすると、黒服達は手慣れた動作で退室していった。

 俺達はゲルヒに促され、席に着く。


「いきなりの訪問の上、このような要求をするのは失礼であると重々承知ですが……」


「ほう?」


 丁寧に前置きをしたお陰か、ゲルヒは嫌な顔一つしない。

 いや、元々そんなに気にしないのだろうか。

 自虐ネタやるくらいだしな。


「船を一隻、お借りしたいのです」


「ふむ、船ですか。目的を伺いましょう」


「他言無用に願います」


 予言を正確に把握しているのは俺だけだ。

 失礼を承知でパソコンを開き、それから「これは予言を示す、つがいの石版です」と弁解した。

 石版についても詳しく説明しようとしたが、ゲルヒは既に国王からの書状でそれを知っていた。


 お陰で、俺はスムーズに予言の内容へと話を移す事ができた。

 その最中も、ゲルヒは興味深そうに頷く。

 顎の下の肉がぷるぷるするのがちょっと気になる。


「ほうほう、春の聖杯を。これは、どなたの指示で?」


「石版の予言です。が――」


 悩みに悩んだ結果、俺は打ち明ける事にした。

 危険な賭けに出るのは間違いない。

 だが、王国からの自治が認められているんだ。

 不敬とも取れる発言をするくらいだから、距離を置いているのもまた、間違いない筈なんだ。


「ザイトン司祭についてご存じですか?」


「教会の事は教徒に一任しておりますからなあ」


「そこを何とか。彼からも聖杯を探すようにと言われました。ですが、その意図が不透明なのです。

 冬の聖杯が暴走した一件も、我々が片付けたにもかかわらず、内々に処理され、ひた隠しに」


 ゲルヒは外を眺めながら少し考え込んだ後、また俺達に向き直った。


「この手の権謀術数には心得がありますな。

 司祭殿はそうする事で、勇者様がたを狙う勢力から隠匿するおつもりなのかもしれません」


 ははあ、そういう考え方も出来るな。


「事実はどうあれ、そうすれば敵対者はこう認識するでしょう。

 大した活躍をしていないならば警戒する必要は無かろう、とね」


「そうであれば良いのですが……それを確かめる為にも、まずは春の聖杯が安置されているフォボシア島へと向かわねばなりません。

 なにせザイトン司祭は冬の聖杯の一件以来、一度も姿を見せていませんので」


「確かに火急の用件ですな。それに、飛行船を出そうにもフォボシア島では……」


 飛行船と聞いて、俺は咄嗟にファルドを見た。

 明らかに顔色を変えていたが、我慢して押し黙っている。


 まあ、そうだよな。

 モードマンと違って、ゲルヒは狸だろうから。

 もしかしたらって思ったのに、飛行船は使えないと言われた。

 しかしそれは条約だからじゃなく、フォボシア島だからと……。


「条約だからですか?」


「いや?」


「でしたら、そこを詳しくお願いします」


 ゲルヒは真面目な顔で、ぽつぽつと語り始めた。

 魔王軍の襲撃に際して連合軍は真っ先に、フォボシア島に拠点を作るべく二隻の飛行船を向かわせたが、どちらも行方不明になった事。

 現在は大陸本土を防衛する為、泣く泣く放置している事。

 魔物達もその平坦な地形には拠点を構えられず、海で直接襲った方が手っ取り早いと考えてるらしい事。


「船でしたら不可能ではありません。ですが、手配するには少々お時間を頂戴する事になります。宜しいですかな?」


「具体的にはどれぐらいか、教えて頂いても?」


「早ければ三日。遅ければ半年」


「半年って……! そういえば今朝、真っ黒な船が来てましたよね? あれじゃ駄目なんですか?」


「残っているのは、あの一隻だけですからな。それに、そうそう貸し出せる物でもありません」


「そうですか……」


 ファルド達は肩を落とした。

 魔王軍との戦いがいつまで続くのかは、原作を途中で投げた俺ですら解らない。

 原作とは展開が異なるこの世界なのだから、下手を打てば数十年単位という気が遠くなる話かもしれない。

 三日から半年の間に別の事をしようったって、そんな振れ幅が大きいのではやる事も限られてくる。


「ところで領主様。ラリー・ライトニングという名前に聞き覚えは? 眼帯を付けた、銀髪の男です」


「……」


 ゲルヒは何も言わない。

 そしてラリーの名を出しても、びくともしない。

 その態度は言外に、俺達の関知すべきでない事だと言っているようにも取れた。


「もしも今後、その名を耳にする事があったら、彼を信じて下さい。

 石版の予言者の名にかけて保証します。彼は信頼できる男です」


 送還士相手に片手間で戦えちゃうからな。


 見つめ合う俺とゲルヒ。

 流石のルチアも、このカップリングは考えてないと信じたい。

 やがてゲルヒは、いやらしい笑みを浮かべた。


「……まあ何にせよ、事の委細は全て儂が預かっている」


 ゲルヒは意味深にそう言って、綺麗な指パッチンを決めた。

 すぐさまやってきた黒服に耳打ちすると、黒服はまた退室した。


「三日後、ご足労頂きましょう。宜しいですかな?」


 俺達は揃って頷いた。

 断る理由も無いしな。


 ……それにしても、三日か。

 また何かしらの方法で、お金を稼がないとな。




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