第三話 「俺達、今日から友達だ!」
今、俺は皿洗いをしている。
宿屋の料金をサービスして貰った代わりに。
こんなやりとりがあった。
「うははは! 分かった分かった、俺の負けだよ坊主。予言通りに勇者様が来たからサービスだ。三人分の料金で、お前さんも泊めてやる」
「マジで!? やった!」
「ただし、お前さんには皿洗いをやってもらう。
安いもんだろ? それでタダ飯にありつけるんだからよ?」
こんな感じだ。
理不尽な気はするが、本当は悪い人じゃないんだ。
俺は寛大な人間になりたいから、水に流そう。
設定したの、俺だし。
一仕事終えた俺はファルド達と卓を囲んだ。
アンジェリカがパソコンを面白がったので貸してやったが、画面は見えないらしい。
白く光ってるだけだとか。
一気に場がしらけたのは、流石に肝が冷えた。
ペテン師の小道具だと疑われるのも癪だったからって適当なmp3ファイルを流したら、みんな気に入ってくれたがな。
とはいえ、ゲームのジョブで言えば、俺のポジションは完全に遊び人だ。
音楽で敵は倒せないだろ。
どっかのロボアニメじゃあるまいし。
早いところ瞬間移動以外のスキルを解放していかないと、マジでお荷物にしかならん。
料理なんかいいかもな。
あいにく一般的な主人公スキルである自炊経験はゼロだが、その手のサイトをググれば大丈夫だ。
貨幣以外の単位は現実世界と同じだろ。
何せ俺が設定した世界なんだから。
知識チート分野における料理は、政治と肩を並べる程の人気ジャンルだ。
嗜んでおいて損は無いだろう。
生活雑学とか、その他諸々もだ。
やっぱグー導師ってすげえな! 誰でも知識チートできるじゃん!
ふとモニター右下の時計を見やると、召喚された時のままだった。
元の世界に戻った時、召喚直前の時間に戻れるって事だと思いたい。
いずれにせよ、どこかのタイミングで判るだろ。
俺が元の世界では死んでるのか、生きてるのかが。
俺について色々訊かれたので、自分のプロフィールを捏造して紹介した。
遙か東の島国ジパングからやってきた旅人って事にしたのだ。
服が汚れてないのは、川で洗ったばかりって事で通した。
アンジェリカは丸腰同然で旅に出た俺の心意気(捏造だが)を買ってくれたのか、魔法の知識が無いと言った俺に魔法を教えてくれた。
自己紹介とお勉強が終わってから、俺達は取り留めの無い話に花を咲かせた。
明日は国王に謁見するとか。
それまでの冒険の話とか、勇者が選ばれるまでの歴史とかな。
この世界では古くから魔物が存在していて、それと冒険者が戦ったり、逆に手懐けて利用したりとか。
ある時、この大陸の四つの大国同士が戦争をして。
今から二十年前、その戦争中に魔王が突然現れた。
世界中が魔王軍に襲われて、戦争を終わらせなくちゃならなくなったとか。
で、魔王は大国の首脳陣達の会議に現れて「二十年後に、神託を受けた奴が勇者を選べ。さもなければ世界を滅ぼす」と宣言したらしい。
そうして世界中の司祭達に伝達されて、若者達の中からファルドが勇者として選ばれた。
今にして思えば、もうちょっと他にやり方があったよな。
世界中が力を合わせて魔王軍と戦うなり何なり、それこそ異世界から勇者を召喚するなりな。
……でも多分、それだと主人公が大した活躍ができないっていうメタ的な理由があったんだろう。
当時の俺が何を考えてたか、あまりよく思い出せない。
ここまでのファルド達の道筋は、本当に原作そのままだった。
要点をまとめると、こんな感じだ。
ファルドとアンジェリカは、ここから南の方にあるフェルノイエという小さな街の生まれだ。
そこの教会で、ファルドは勇者として選ばれた。
勇者選定の為に各地を旅していた大司教に。
で、幼馴染みのアンジェリカは、それに便乗する形で、名目上は勇者の補佐として同行した。
遠近双方をカバーし合えるから、理想的な組み合わせでもあるよな。
まったく、我ながらあざとい属性を付けたもんだ。
ツンデレ気味な幼馴染みの魔法使い、しかも火属性しか使えないって。
そして大司教に付き従っていたザイトン司祭の提案で、もう一人の補佐としてザイトンの部下だったルチアが付けられる事になった。
初歩的な加護(回復魔法をそう呼ぶらしい)なら幾つか使えるから、旅路がグッと楽になるっていう太鼓判付きでな。
で、だ。
ファルド達はフェルノイエに隣接するカロン平原を馬車で移動中に、いきなり魔王軍に襲われた。
偵察部隊だったのか、大した連中じゃなかったらしい。
更にもう少し進むと、黒い鎧の奴と戦う事になった。
だが、その黒い鎧の奴は、かーなーり手加減した挙げ句「素質はあるようだな」って呟いて、黒い翼を生やしてどっかに飛び去ったそうだ。
その後、ファルド達は山道の崖が崩れているのを見て、真っ直ぐ北上することを諦めて、東から迂回することにした。
道中に立ち寄ったグリーナ村では、塩の雨を降らして農作物を駄目にする邪教集団を蹴散らした。
そこから山道を少し北西へと進んで、麓の森――通称“迷いの森”を突っ切った。
そこが迷いの森と呼ばれる理由は、湿気を多く含んだ空気が充満しやすく、昼夜問わず濃霧が立ち込めているからだ。
しかも無駄に広い上に、大昔の戦争の名残で山あいの洞窟を掘り進めて要塞化したものがあちこちにあるせいで、似たような景色ばかりなのだ。
どうにか目印を見付けて迷いの森を脱出し、行く先々で魔王軍の駐留部隊を蹴散らして、ここまでやってきたんだという。
駆け出しのファルド達でも倒せる駐留部隊って、流石にどうかと思うぞ。
功を焦って突出した連中なのか。
それとも人間側の決死の反攻作戦で撤退を余儀なくされ、そこから取り残された捨て石達だったのか。
当時の俺はそこまで深く考えちゃいなかったんだろうな。
思い出せないし。
とにかく、この世界は殆ど原作と同じだ。
細かい所が違うような気がしないでもないが、そこは描写の甘い原作に上手く設定補完が働きでもしたんだろう。
ちなみに食事はしっかり味がした。
いやー、良かった。
もしも味がしなかったら、俺は「これが、僕達のリアル……」って言わなきゃならなかったかもしれない。
* * *
片付けも済ませ、俺達は階段を上って男女一部屋ずつに分かれた。
気分はまるで修学旅行だな。
年の近い同性と同じ部屋で寝るって、何だか久しぶりだ。
もちろん、年の近い異性と寝た経験は皆無だ。
畜生! 世の中のリア充が憎い!
……それはさておく。
ファルドが鎧とかを脱ぎながら、俺に声を掛ける。
「正直、シンが来てくれて助かったよ」
「なんでですか?」
「……女二人に男一人だろ。そうすると、俺が一人で別の部屋で寝なきゃいけなかった」
「そうなりますね。どっちか一人と同室とか、仲良く川の字にって訳には行かない」
「年頃の男が、女二人と一緒に旅をしてるんだぜ?
宿屋経由で、二人を相手に色々したとか、そんな噂になってみろよ。気まずくなっちまう……」
ウブだねえ。行為に至るというところまで想像が行かない辺り。
年齢設定17歳だろ?
男子中学生ですら、イケナイ妄想とかで活き活きするだろ。
そうさせない環境だっていうのか?
「あのお二人と、上手く行ってないんですか?」
「そんなことないよ。あと、敬語やめてくれないか? お前、俺より年上だろ」
「勇者様に、そんな畏れ多い……」
と言い掛けたところで、ファルドがものすごく悲しい顔をした。
距離を取られるのが嫌なのか?
まあこいつ、いきなり初対面でも気安く接しちゃうタイプだしな。
お陰でかなり助かったけど。
「いや、わかった。俺も男だ。友の頼みには応えよう」
「ああ!」
ファルドはそう言って、俺に手を差し出した。俺もそれを握り返す。
手から熱を少しも感じないのは、ファルドの体温が俺より若干低いせいなのだろう。
「俺達、今日から友達だ!」
ファルドは、嬉しそうにそう言った。
俺は、ちょっと複雑だけどな。
小説のキャラクターと友達同士になるって、何だか実感がわかない。
それにしても。
ちょっとこのファルド君、純真すぎませんかねえ……。
俺も勢いで“友”って言っちゃったが、普通こんな自称予言者なんて信用するか?
人懐っこいにも程があるだろ。
悪い奴に騙されちゃうかもしれないぞ。
そうならない為にも、アンジェリカが適度に歯止めを掛けてくれるんだろうけどな。
もう、この二人だけでいいじゃん。
君達、この戦いが終わったら結婚しなさい。
とも思ったが、好感度が気になるな。
進展具合を今のうちに訊いておこう。
「ぶっちゃけどうなの。アンジェリカ様と、その、できてるの?」
「できてるって?」
「付き合ってるの?」
「ただの幼馴染みだけど?」
駄目だ。
こいつ完全にアンジェリカの事を姉か妹か何かの扱いをしてやがる。
いわゆる朴念仁って奴だな。鈍感勇者め。
いや、悪いのは設定を作った俺か。
そんなところまで王道設定にすることは無かっただろうに……。
もっと踏み込んだ話をしようとしたが、ファルドは先に寝てしまった。
それならそれで、俺は今日中にやっておきたい事がある。
それは、通話ツールを使って現実世界とコンタクトを取る事だ。
俺の実家から設定ノートを回収してスキャンしてもらう作戦を、実行に移したい。
……だが、それはすぐに挫折した。
どうやらダウンロード以外の行為は駄目らしい。
回線が繋がっていないとかいうエラーが出た。
「しゃーない、寝るか」
切りが良いので、パソコンを閉じる。
やっぱり、バッテリーは全く減っていなかった。
今後もバッテリーが減らないのであれば、こいつは中々に心強い。
解らない事があっても、その都度ググる事が出来るんだからな。
「おやすみ」
久々に長時間歩き回ったせいか、俺はぐっすりと眠れた。
水筒
ありふれた形状の水筒。
冒険者向けの道具屋では必ずといっていいほど、この水筒を見掛ける。
それだけ重宝するものでもある。
だが、世の中には常に湯を出し続ける水筒もあれば、
逆に如何なる酷暑の最中においても冷水を蓄えられる水筒もあるという。