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第三十七話 「まるで、物みたいな言い方をするんですね」


 教会へ向かう途中で、岬に面した大広場の前を通った。

 そこでは頭頂部がつるっつるに禿げて、しかし口の上には立派な髭をカールさせた、まるで卵のような体型のおっさんが壇上で演説をしていた。


「――しかして我々は王城の威光に頼るべきではないのです!

 甘えによって弛緩すれば、それは腐敗を生み出す! 腐敗は瞬く間に広がり、あらゆる事物を侵蝕する!

 あいや、常に清廉潔白たれと言うつもりはありませんがな! 儂の腹にはコークスよりも黒い何かがそれはもうたぁーっぷりと詰まっておりますゆえ、燃やせば三週間は燃え続けましょうな!」


 などと、割と笑えないジョークを出す、髭おじさん。

 だが、おじさんの近くに居た黒服達が間髪入れずに笑った。

 集会に出ている人達も釣られて笑う。


「領主様かな」


「だと思うわ。初めて見たけど、なるほど。腹黒って言われるワケだわ」


 領主が、自分の腹をぽんっと叩く。


「ご覧下さい! 毎朝こうして岬の階段を上り下りしているにもかかわらず、全く痩せません!

 それもそのはず! 皆様の税金のお陰です! 暗殺なら今のうちですよ!

 もっとも、矢を飛ばそうが砲弾を飛ばそうが、うちの親衛隊が叩き落としてくれましょう!」


「領主様、お金を飛ばしたらどうしますか!」


「それはもちろん! 拾います! 懐に入れます!」


「うはは!」


「やだわあ領主様ったら!」


 いや笑えねーよ!?

 あんな正々堂々と汚職宣言したら、普通は暴動もんだからな!?

 ……良かった。領主が町民に色々と便宜を取り計らってるって設定を作って置いて。

 下手こいたらボラーロに革命の嵐が吹き荒れてたかもしれないからな。


「そうでした。本日はこの町を守る湾岸警備隊に、新たな仲間が加わりました。自己紹介を!」


「ライバー・トリスタンです。趣味は宝探し。物を無くしたら是非、ご相談下さい」


「との事です! 彼には早速、この朝会が終わったら掃除をやらせようと思います!

 さあさあ皆様、この若き守護者に、惜しみない拍手を!」


 なるほどねえ……ああやって情報共有しながら、町内の団結を維持していると。

 結婚式とかの重要な催し事とかも、朝会で話題に上るんだろうな。


 ――おっと、今は町会に参加してる暇なんて無いんだった。

 まずはルチアに合流しないとな。

 ただ……朝会の参加者には聖職者もちらほら見えたが、教会は閉ってるなんて事は無いよな?


「表通りからだと時間が掛かるわ。裏道を使いましょ」



 *  *  *



 ボラーロの教会は、聖堂の倍くらいの高い塀に囲まれていた。

 多分、潮風で建物が傷まないようにするという理由だろうな。

 薄い青色の塀の内側には、石像が幾つも並んでいた。

 ビルネイン教の神だろうか。


 正面の扉は半開きだった。

 俺達はそれを軽くノックすると、中から「どうぞ」と男の声がした。

 エントランスはそのまま、応接間になっているようだ。


「失礼します、こちらにルチア・ドレッタという女性は居ませんか?」


 入るなり、ファルドは開口一番に問い掛ける。


「司祭が戻るまで、もう暫しお待ち頂きたい」


 受付の人は既に察しているのか、申し訳なさそうな顔をした。

 対するアンジェリカは、不満げだ。


「私達の仲間なんだけど」


「面会とかも駄目なんスかね」


「申し訳ありません。上からの認可が下りないと、おいそれと教徒を外には出せないのですよ。

 うち、厳しいんで。ロッソバッソの教会だったら、緩くやれたのですがね……」


 気になる口ぶりだ。

 まるで、前は別の教会に勤めていたみたいじゃないか。


「っていうと、こっちにも転勤とか、人事異動とかあるんですか?」


「てん、きん……? じんじ、いどう……?」


 あれ?

 受付の人、目が点になってる。

 弘法とクーポンがあるから大丈夫だと思ったんだが。


「僕の故郷では、同じ仕事を続けたまま、仕事場だけを移す事をそう呼ぶんです」


「あー! “教区替え”か!」


「教区替え」


「一年ごとに一定数の教徒を別の教会に移す事を、そう言います。昔は違う意味だったらしいのですがね」


 めんどくせー!

 新しい単語作ってんじゃねーよ。

 もう転勤でいいじゃん、転勤で。


 いや、こういう言葉選びから特別感を出しているのか?

 晩飯をわざわざ晩餐って言い換えるみたいに。

 集いをミサって言い換えるみたいに。

 まあ曲がりなりにもファンタジーなんだから「現実世界で言う所のアレか!」みたいなのは必要か。


 にしたって、教区替えか……教区って本来、部署とか支店とかそういう意味合いで使われちゃいない筈なんだがな。


 すみに置いとこう。

 とりあえず司祭が終わるまでは面会も禁止らしいし。



 暫くすると、遠くからブォーっという音が聞こえてくる。

 蒸気船じゃないんだから、汽笛ではないと思う。音が違うと思うし。

 そしてそれを聞いた受付の人は、カウンターの下からラッパを手に取って外に飛び出し、ブォーブォーっと二度吹いた。


「間もなく司祭が参りますので、もう少々お待ち下さい」


「あの、そのラッパは?」


 俺はビルネイン教の教えには疎いのでよく解らん。

 ろくに設定しなかったから、後付けだらけだろうし。


「司祭が外出から戻った際にはラッパを吹きます。私が吹きましたのは、返礼ラッパ。

 一度だけの場合は来客無し。二度の時は来客あり。三度の時は……」


 と言い掛けて、受付の人が何かやらかしたって顔をした。

 言っちゃいけない系だったのね。オーケー。


「三度の時は緊急事態ッスね!」


 ヴェルシェの突撃インタビューに、受付の人は冷や汗を垂らした。

 いやいやヴェルシェ君、それ言ったらおしまいだろ。


「まあ、そのようなものと心得て頂ければ。くれぐれも、他言無用に――」


「――何を他言無用にするのです」


 いかつい神父っぽい人がやってきた。

 頬のこけた細面、眉間に寄せた皺、真一文字に結ばれた口元。

 そして怒り肩が、神経質そうな印象を与える。

 融通の利かない堅物だと、一目見て理解できる。そんな顔だ。

 受付の人は、一礼する。


「司祭ケストレル様、おかえりなさいませ」


「誤魔化しても無駄です。何を他言無用にするのか」


「えっと、その……」


 ケストレルはふと、言い淀む受付の手元のラッパに視線を移した。

 これは、察したな。


「司祭様、この人は許して下さい。何かあった時に、俺達を頼ろうとしてるって思うんです」


 すかさず、ファルドが弁護する。

 だがケストレルは眉間の皺をよりいっそう深くした。


「今朝がた、勇者には頼りすぎるなと朝礼で言われたばかりでしてな」


「お手伝いくらいは出来る筈です」


「それとも、ファルドを推薦した大司教様よりも、この領地を治める人の言う事を優先するんですか?」


 アンジェリカは相変わらず、臆さず一直線に物を言う。

 大の大人が怖くないのかね。俺には無理だ。

 そしてストレートに言い返されたケストレルも、流石に言葉を詰まらせた。


「ううむ、それは……」


「大司教様って事は、いわば神の代理人に選ばれたわけですよね?

 なのに頼りすぎないって、おかしくないですか? 犠牲を少なくしたほうがいいじゃないですか」


「アンジェリカ、その辺にしよう」


「だって。ファルドが……いや、なんでもない」


 頬を膨らませたアンジェリカを見て、ケストレルは毒気を抜かれたのか苦笑した。


「とにかく。ラッパが三回も鳴る事は今まで無かった。どうかご安心を。

 ラッパに用事があったのではないのでしょう。ルチアですかな?」


「そうッス! かれこれ小一時間は見てなくて、いい加減寂しくなってきたッス!」


「教徒とは言え、今は勇者様のお付きですからね。お返ししましょう」


 ケストレルが受付の人の肩を軽く叩く。


「君。ルチアを此処へ運びなさい」


「はい、只今」


 アンジェリカは、受付の人が小走りで去って行くのを見届けてから、ケストレルへと向き直る。

 その両目からは敵意が見て取れた。


「まるで、物みたいな言い方をするんですね」


「あまり難しい顔をなさらないで頂きたい。厳しく律してこそ、人を導く立場で在り続けられるという道理もあります」


 いや、気難しい顔をしてるのは貴方もじゃないんですかね。

 考え方も、いかにも堅物のそれだ。

 こいつ絶対、部下に嫌われる上司として槍玉に挙げられるだろ。

 チェーン店で言う所のハズレ店舗だ。

 繊細な現代日本人の感覚には絶対に合わない。



「ごめんなさい、遅くなりました」


 ルチアはそう言ったが、戻って来たのは意外と早かったと思う。

 だが、ずっと沈黙が続いていたせいで待ち時間が長く感じた。あくまでそう感じただけだ。


「うん、おかえり」


 アンジェリカはそれまでの仏頂面を崩し、柔らかいスマイルで応じる。

 人前であからさまに態度の違いを見せ付ける事で、暗に「アンタなんか嫌いよ」とでも言いたげだ。


「ケストレル司祭様、本日はありがとうございました」


「良いのです。勇者様にお仕えする使命、今後も励むように」


「はい」


「時に、宿屋などの目処は立てておいでかな? 宜しければ、当方にて便宜を取り計らいましょう。連絡役を当たらせます」


「大丈夫ですよ。色々、回ってみようと思います」


「当方の手を煩わせまいという気遣い、しかと受け取りました。心ばかりの礼ですが、せめて旅の無事を祈らせて頂きたい」


 めっちゃ律儀。

 身内に厳しく接し、客人には礼を尽くすよう努力する姿勢は武士のそれだな。

 そう考えれば、悪い人とは思えない。

 まあどっちにしろ、現代日本人の感覚には合わないが。


「グライヘス・モルカーナ・ジュグラーディル」


 あとは、この胸が痒くなるような締めくくりは三度目でも慣れないな。


 ……想像してごらぁん?

 自分が考えた意味不明な呪文みたいなのを、いろんな人が当たり前のように唱えてるんだよぉ?

 濡れるだろ?

 背中が。

 脂汗で。




 聖職者のラッパ

 豪華な装飾が施された、大きなラッパ。

 ビルネイン教では、ラッパは古くから様々な役割を持っていた。

 従軍僧侶は大陸戦争時代、これを必ず携帯していたという。

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