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第三十五話 「それが、親心ってもんだろ……!」

 俺は客間のソファで眠っていたが、夜更けに目を覚ました。

 アンジェリカとアデリアの、話し声が聞こえてきたからだ。


「――やっぱり考え直してはくれないのね」


「当然。私が決めた事だし、今更降りるなんて考えられないわよ」


「でも、頼りになりそうな子が入ってきたでしょ」


「ヴェルシェの事?」


 アンジェリカの責め立てるような、鋭い声音。


「そうよ。愛嬌あるから世渡りにも苦労しないだろうし、あの子に任せてもいいじゃない」


 対するアデリアは、諭すような声音だ。


「あんなのおべっか使ってるだけよ。母さんったら、あっさり社交辞令に引っ掛かるんだから」


「あら? 社交辞令は大切よ。そうやって社会は回ってるの。

 あなたは学校を休学したから、そこまでは勉強してないかもだけど」


「そうじゃないの。母さんの分からず屋っ!」


 声でかいわ。起きるだろうが。

 いや俺はもう起きてるし、狸寝入りだけど。


 みんなの前で見せていた仲良し親子からは、考えられない。

 事前に情報が無い奴がこの会話を聞いたら、ビックリするんだろうな。


「私はあなたを心配して言ってるのよ?

 魔王討伐って言ったら、一昔前で言う所の戦争に行くようなものなんだから。

 冒険者でも同じよ。命を軽く見ちゃ駄目。それは古い人達の考え方よ」


「また変な理屈を持ってきて、話を逸らすつもり?

 私は何を言われても、今更ファルド達から離れるつもりは無いわ」


「お願いだから考え直して。今だったら、休学した分を取り返せるわ」


「何度言ったら解ってくれるの?

 女が宮廷魔術師になったってね、お茶汲みくらいしかやらせて貰えないわよ」


「あのね、アンジェリカ。そういう言い方って――」


「だいたい母さんは一時の感情に騙されて、私を身籠もって諦めたから私に夢を押し付けてるんでしょ!

 自分の代わりに、自分が出来なかったからって――ッ!?」


 バチンッと、客間に乾いた音が響いた。

 間違いなくビンタだ。


「いい加減にしなさい!」


「図星だから叩くんだ?」


「誰からそんな話を聞いたの!? 何処でそんな口の利き方を知ったの!」


「全部、アンタから受け継いじゃったのよ! 毎日アンタの言う事聞いて、きーきー騒いだ声を聞いて、それで――」


 二発目のビンタ。最初の一発よりも、更に音が大きい。

 だが倒れるような鈍い音はしないから、アンジェリカはその場で耐えきったんだろう。

 うう、気になる……。


「……また叩いて黙らせるんだ。そのほうが楽だもんね?

 いいよね、親って立場ならそれで正当化できちゃうんだからさ」


 うええ……親子喧嘩が修羅場すぎる。

 俺の存在も忘れて、ヒートアップしすぎだろ……。

 ここは論理的に介入するか。


 俺は、たった今目を覚ましました的な演出をしながら上半身を起こす。

 目をこするという動作と、あくびと伸びをやっときゃ大丈夫だろ。


「おはようございます。何事ですか?」


「あ、えっと……」


「あら、ごめんなさい。起こしちゃったわね。ちょっと喧嘩しちゃってね、この子ったらつい言い過ぎちゃうのよ」


「まあね。母さんは口が達者だから、ついムキになっちゃった」


 いや、一連の流れ、完全に聞こえてましたからね!?

 親子揃って白々しいにも程があるだろ!

 しれっとお互いをディスり合ってるし。

 流石に無いわ……。


 もういい、本題に移ろう。

 男はいつだって正面突破。小細工は無用なのだ。

 それしか能が無いって言われると悲しいが。


「で、奥様はついムキになってしまって娘さんにビンタかましちゃったと」


「あっ――」


 ふふん、察したな? アデリアさんよ。

 だが俺のバトルフェイズはまだ終わっちゃいねえ。


「まあでも。わたくしも体罰に反対などと、甘ったれた事は申しません。

 まして他人の親の教育事情です。無闇やたらと首を突っ込むのは良くない」


「……」


「娘さんの命を思えばこそ。確かにそれは大切です。たった一人のお子さんです」


「解ってくれて嬉しいわ」


 前置きはここまでだ。


「ですが今回は完全に、あなたが悪い。はっきりと断言できる」


 アデリアが目を見開き、黙り込む。

 結構、いいのが決まったかもしれないな。手応え有りだ。


 対するアンジェリカは仏頂面で成り行きを見守っている。

 その目元には、涙が浮かんでいた。

 我慢してるんだな。もう少しだ、頑張れよ。


「やだわ、何を言ってるのかしら。うふふ」


「全部、聞いていました。娘さんの言い分も、あなたの言葉も」


「だったら――」


「――どうか、我々に任せてはくれませんか?

 死地に向かうのは、あなたの娘さんだけじゃない。ファルド君だって、ルチアさんだって。それぞれのご両親は、彼らに任せました。

 ヴェルシェさんの事は正直、詳しく知りませんが、たぶん同じでしょう」


 本当はヴェルシェは追い出されたらしいが。

 こじれるから黙っとこう。


「あなたは、どうなの?」


「わたくしは、その……親はわたくしが生きているかどうかすら知らないでしょう。故郷はあまりに遠い。

 みんな頑張ってるからアンジェリカさんも、なんて薄っぺらい事は言わない。

 だが、自分の娘が信じてる仲間達を、あんたは信用しないのかって訊きたい。

 そりゃあ命を賭けてるよ。何度か死にかけたかもしれないよ。それでも五体満足で、こうして帰ってきたんだ。ちょっと予定より早く帰って来ちゃったけどな!」


 アデリアだって、今までの冒険の話を聞いていたんだ。

 俺達は、無事に戦い抜いたって事を証明したんだ。

 その上で降りろと言った。

 つまりアンジェリカがどんな思いで旅を続けてきたか理解してないんだ。


「あんたがアンジェリカと同じくらいの頃に、どんな暮らしをしていたか……思い通りに生きられたのか、そうじゃなかったのかも俺は知らない。

 だが、あんたは間違いなく、自分の人生を自分で決めたいと思って、その時代を生きてたんじゃないのか」


「……そうね」


「だったら! 無理矢理レールを敷いて軌道修正してる場合じゃないだろ! 信じて、任せて、そして全力で無事を祈ってやれよッ!!」



 途中で何度も、原作と違うって思い知らされた。

 俺の知らない裏設定、俺の知らないコネクション、俺の知らないキャラクター、俺の知らない敵達。

 それでも俺は、この世界をもっと知りたいって思ってきた。


 だって俺は、俺自身が作った『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』の世界を、もう一度好きになれたんだ。

 たとえ原作からどんなにかけ離れていても、ファルドも、アンジェリカも、ルチアも、よく似た誰かで済ませたくないんだ。

 この世界に居るみんなは、たった一人だけなんだ。


 なら、俺がすべきなのは原作通りに舵取りする事じゃない。

 道を示しながらも、あいつらを信じてやる事なんじゃないか?



「それが、親心ってもんだろ……!」


 アデリアは完全に沈黙した。

 両手をわなわなと震わせているのは、反論に困ったからだろうか。


 少しして、階段からどたどたと音が聞こえてくる。

 足音は一人分。それは、ファルドだった。


「シン、何かあったか!?」


「大事な話。ごめんな。起こしちまった」


 アデリアはまだ、黙っている。

 俺は足下に置いてあったリュックサックを確認する。

 だが、背負わない。これはみんなのだ。置いていこう。

 俺はパソコンの入った鞄だけを肩に掛け、アデリアに頭を下げた。


「出過ぎた事を言って、すいませんでした。今から適当に、宿でも探します」


「……ええ、そうして頂戴」


「それと、このタイミングで言うのもなんですが……料理、ご馳走様でした。すごく美味しかったです」


「ありがと」


 アデリアは無表情だ。

 それは冷たく心を閉ざしたとも、動揺を悟られまいとしているとも取れる。


 どっちにしろ、それを察するだけの洞察力を俺は持っていない。

 悔しいが、ここまでが俺の限界なんだ。

 少ししてアデリアは、アンジェリカへと向き直る。


「アンジェリカ。明日、私はあなたを見送らないわ」


 事実上の追放宣言だろう。

 アンジェリカの証言によれば、最初の旅立ちは涙ながらに見送ったという話だった。

 だが……いや、余計な勘ぐりはすべきじゃない。


 アンジェリカの主張を、アデリアは不本意ながら受け入れた。

 俺はその事実だけを認識しておこう。

 対するアンジェリカは、冷め切った顔をしていた。


「あっそ。じゃ、私も今すぐ荷物まとめて出て行くから」


「……勝手にしなさい。どうなっても知らないからね」


 俺はそのやりとりを背中に聞きながら、ルドフィート家の邸宅から出て行った。

 こうして、ルチアに続いてアンジェリカまでもが、親との関係を断絶させた。


 ……あーあ。やっちまった。やらかしちまった。

 本当ならファルドが言うべきだろうセリフを、俺が全部言っちまった。

 ファルドが言えばもう少し説得力があったのかな……。

 俺が出たのもそうだが、そもそも俺の発言は正しかったのだろうか?

 もっと上手い遣り方が、あったんじゃないのか?



 *  *  *



 深夜の住宅街は灯りも無く、物音一つしない。


 皆、寝静まっているのだ。

 夜風に冷やされた俺の思考に、どろりとした何かが入り込んでくる気がした。

 後悔、不安、そういった感情だ。


 俺が歩いている道は、本当に正しいのか?

 明日にはボラーロで船を探す。

 それから原作の展開に従うなら、海賊を潰してからフォボシア島へと向かう。


 春の聖杯を探しに。

 だが、聖杯を求めたのはザイトン司祭だ。

 奴の口車に乗るべきか?

 聖杯の無事を確認しに行くという考え方もできるが、本当にそれで良かったのか?

 結局、その時にでもならないと解らないのだ。



 少し遅れて、ファルド達が駆け寄ってきた。

 ファルドの背中には、俺が置いてきたリュックサックがある。


「シン、早いよ!」


「やっと追い付きました……」


「こっちのルートで間違いなかったッスね」


 アンジェリカだけが無言だ。

 怒ってるかな……流石にタイミングが最悪だったし。


 まずは謝らないといけないな。

 見掛けによらず繊細なアンジェリカの事だ。

 さっきのやりとりで、アンジェリカを傷付けたかもしれない。


「お前の母さんについては、すまなかった」


「あー、もういいのよ。逆に、せいせいしたわ。もうとやかく言われなくて済むんですもの」


「なら、いいんだが」


 てっきり小言の一つでも頂戴するかと思ったが……親子の溝は俺の想像より深かったのか?

 お礼を言われなかった辺り、もう一つか二つ、腹に抱えているのかもしれないが。


 問題は、この後どうするかだ。

 さっきの食事中、ボラーロまでは片道で二時間くらいとアデリアから聞いた。


「さて、どうしようか。宿屋ってもう閉まってるよな」


「ああ、南のほうだとやってる所もあるかもだけど……今から行っても間に合わないね」


 冷静に考えれば、ファルド達も交えて説得に当たらせたりする事だって出来た筈だよな。

 もう後戻りは出来ない。

 本当に、悪いことをしたな……。


 アンジェリカが小走りで俺達の先頭に出る。

 それから振り向いて、親指で進行方向を指し示した。


「夜道、歩いて行くわよ」


 その顔は、覚悟を決めたって顔だ。


「物騒だって聞いたが?」


「知った事じゃないわ。ちょっかい出す奴ぁ片っ端から燃やしてやるわよ」


「今夜は私も加勢しますよ。先程アンジェリカさんからお話を聞きましたけど、他人事とは思えませんもの」


「頼もしいねえ」


 ルチアさん、グロいの駄目じゃなかったっけ?

 暗い夜道じゃスプラッターなんて目に入らないってか。



 ともあれ、こうして俺達はボラーロへと向かった。

 五人組で暖房装置の灯りもある。

 道中は驚くくらい、誰ともすれちがわなかった。

 夜道で馬車を走らせるのは御法度なのだろうか。


 俺達は色々な話をした。

 誰かに尾行されてたら困るので、当たり障りの無い話に留めたが。

 特に、聖杯とザイトン司祭と魔女の墓場に関係する話題には、絶対に持って行かせないようにした。


 敵が魔王軍だけとは限らない。

 それは、あの差出人不明の手紙「ザイトン司祭に気を付けろ」という文面を見た俺達の、共通の見解だった。

 そういやヴェルシェだけはあまり事情を知らないんだよな。


「予言ッスか……? そういえば皆さん、予言って何スか?」


 予言って単語にも、ちんぷんかんぷんだし。

 これはアンジェリカが、俺の代わりに説明してくれた。

 俺と違って、この世界に住まう人間の目線だしな。

 俺だと、つい元の世界での目線が混じってしまうかもしれないし。



 夜風の匂いが、塩味を帯びてきた。

 もうすぐボラーロへと到着するのだろう。

 気が付けば俺達の影が、進む道へと長く伸びていた。

 振り向くと、朝日が山間から小さく顔を出していた。


「とっくに午前様だったんだな」




 リュックサック

 登山家や旅人が大荷物を仕舞い込む為の、大きな鞄。

 麻布の裏側に鎖帷子が縫い込まれており、雑に扱っても簡単には破れない。


 魔物を相手取る冒険者達は、これを使いたがらない傾向にある。

 いくらリュックサックが頑丈でも、中身までは無事とは限らないためだ。

 また、逃げ遅れた冒険者が荷物だけを残し、惨殺されるといった事も少なくない。

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