第三十三話 「流石は私の娘ね!」
「早かったのね。あなたの事だから、ついでに寄っていっただけなんでしょうけど」
アデリアはそう言って、アンジェリカに微笑む。
「うん。ボラーロへ行くなら、ここを横切るのが手っ取り早いから」
「流石は私の娘ね!」
「気恥ずかしかったからさっさと行こうと思ったんだけど、うちのメンバーが迷子になっちゃって。あ、この人」
ダシに使われた挙げ句、指差された。
これはアレか? 誰って訊かれる前に先手を打った感じ?
まあいい。指し示されたなら挨拶するまでだ。
ここは一つ、ジパング流のアイサツをしてやろうじゃないか。
両手の平を合わせ、おじぎする。
「ドーモ、はじめまして。シンです。娘さんには幾度となくお世話になっております」
「これはご丁寧にどうも。アンジェリカの母です。どう? 娘はみんなと仲良くやれてる?」
アンジェリカは笑顔だ。
が、目は笑っていない。
その両目の奥底からはたった一つの言葉が、俺の心に届いてくるようだった。
そう。余計な事は言うな、と。
ううむ、アンジェリカ様の灼熱の眼差しにわたくしドキドキしてまいりました。ハイ。
「ええ、ええ! そりゃあもう! 寧ろ世話になりっぱなしで!」
「良かった。今後も仲良くしてあげてね」
「勿論です、ハイ!」
俺がぺこぺこと頭を下げていると、アンジェリカが俺の背中をトンと叩いた。
「じゃ、そういう事だから! 母さんも元気で! 父さんにもよろしく言っといて!」
「そういう訳にも行かないでしょう。今日は泊まって行きなさい」
「そんな急に、悪いわよ。母さんも父さんの手伝いでしょ?」
会話を聞くだけなら仲睦まじい親子に見えなくもない。
だが悲しいかな。
アンジェリカのあの話といい、原作での設定といい。
俺はその先入観ゆえに、素直に和む事すら許されないのだ。
きっとこの会話の裏側で、高度な情報戦が繰り広げられているに違いない。
「大丈夫。そっちは落ち着いたわ! それに今からボラーロへ向かうにしても、もうすぐ夕暮れだわ。夜道は物騒よ。親子なんだから、遠慮しなくていいの」
「母さんと私が良くても、他の人が気まずいわよ」
「そう? ボラーロで、美味しいカニを買ってきたんだけど」
カニ、だと……!?
魚介類は暫く口にしてなかったから、すごく気になる。
だがしかし、だがしかし……!
「私と父さんだけで食べるの勿体ないでしょ? シン君も、どうかしら?」
「ほ、他のメンバーの、意見もありますから、その。わたくしの一存ではどうにも、ハイ……」
「あら。控えめな子なのね。まあそうね、じゃあその人達にも訊いてみましょ。ファルド君は上?」
「多分そうだと思うけど、どうかしらね。遠慮しちゃうんじゃない? ファルドだけじゃないし」
「大丈夫でしょ」
アデリアはカウンターにいるモゼラおばさんから、持ち帰りのパンを受け取る。
そのやりとりは、平和で牧歌的な近所付き合いそのものだ。
少なくとも、そこにはアンジェリカとの会話に見られた冷戦構造は無かった。
ふう、おっかねえ。胃が痛え。
急に女っ気が増えたと思ったら、今度はそんな事にまで気を回さなきゃならなくなるなんて。
アンジェリカが胃薬とか頭痛薬とかを常備してた理由が、何となく解ってしまうのが悲しいな。
元の世界に居た頃「異世界転移したらハーレム作りたいな」とか漠然と考えてた頃が懐かしい。
今なら断言できる。無理。絶対無理。
ここが、俺達のリアル。
三次元という名の、地獄の一丁目だ。
* * *
……二階もそこそこの広さだ。
アデリアはファルド達のテーブルへ、手を振りながら近付いていく。
俺とアンジェリカは顔を見合わせ、それに続いた。
「ファルド君ー! 久しぶりー!」
「アデリアおばさん!」
「元気だった? いつもうちの子をありがとね! ルチアちゃんも元気だった?」
「ええ。ご無沙汰しております、おばさま」
ルチアとも面識があるのか。
あ、旅立つ時にちょっと話したのかな?
その割にしっかり名前も顔も覚えているのは、流石としか言いようが無い。
「うおぉおお、美人さんッス! えっと、どういったお方で……?」
「私の母さんよ」
「なるほど、道理で綺麗なわけッスね! あ! 自分、新入りのヴェルシェって言うッス!」
「ありがとう、ヴェルシェちゃん。あなたも、綺麗なプラチナブロンドね! それに、素敵なお洋服」
「いえいえ、奥様こそ素敵な立ち振る舞い! 例えるなら、そう! 鳥も恥じらう!」
アンジェリカがガクッと傾いた。
うん、俺もちょっとどうかと思った。
「それを言うなら花も恥じらう、でしょ」
アンジェリカのツッコミが冴える。
対するアデリアは涼しい顔だ。
「いいのよ、意味は通じるんだから。それよりみんな、この後、私達の家に泊まっていかない? 夜道を移動するのは物騒だし」
「いいッスねー!」
「ええっと、アデリアおばさん、ありがたいんだけど」
ファルドは思い切りアンジェリカに目配せしてる。
アンジェリカはまた、貼り付いたような微笑みでファルドを威嚇していた。
笑顔で脅すのホントやめてくれませんかね……。
「美味しいカニを買ってきたの。ご両親も喜ぶと思うわ」
「親父とお袋が? 解った! 呼んできます」
アデリアはアンジェリカに向き直ると、人差し指を軽く振りながらウィンクした。
「ほら、ね?」
「さっすが、私の母さん!」
多分、言葉通りの意味じゃないなこれ。
後ろに「相手の親をダシにするとか最低ね!」っていう嫌味を、心の中で付け足してるに違いない。
何て恐ろしい空間なんだ。
俺の構想(エタったので本文はまだ)では、もっとストレートな喧嘩だった筈なんだが。
こうして俺達は、パン屋からルドフィート家へと移動する事になった。
その道すがら、アンジェリカがぼそりと呟いたのを、俺は聞いてしまった。
「ファルドは後で焼くわ……」
ファルド、南無。
* * *
ルドフィート家に向かう途中。
ファルドは唐突に俺のほうへ歩調を合わせてきた。
「丁度いいとは思ってたんだ。親父と会うのは」
ファルドは、腰に吊したロングソードを軽く叩く。
その仕草だけで充分だった。焼かれても形を留めた剣。
「実はとんでもない代物だったからな」
「王国は色々な石が採れるけどさ。普通の作り方じゃ、こんな代物は作れないと思う」
「同感だ」
柄のメダルが光るんだから、ただの剣じゃないのは確かだ。
それにしたって、煤汚れ一つ付かないなんて異常だ。
主人公なんだからスペシャルな武器の一つや二つくらいとも思うが、やっぱり力の原理が解らないと薄気味悪いもんな。
俺だって元の世界では買い物を頼まれたら、食い物は産地を必ず調べた。
得体の知れない何かってのを、人間は本能的に恐怖するように出来ているんだろう。
魔術手榴弾
スクロールを筒に入れたもので、ピンを抜くと三秒後に魔術が発動する。
用途によって様々な術式が組み込まれているが、いずれも単純なものばかりである。
だが、魔術の素養の無い者達にとっては、この程度でも充分だろう。
内容物のスクロールは、専門の技師が日に何枚も書き込んでいる。
こうした取り組みを帝国側はしばしば嘲笑していたが、
アリウス王の策略によって追い込まれた帝国の魔術兵達は、次第にこの手榴弾を恐れるようになった。
魔物が出現した後も、こうした投擲物はたびたび用いられている。
大陸各国でこれを見掛けるのは、帝国が彼らを認めた証でもある。




