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第三十二話 「俺達の勇者様が帰ってきたぞ!」


「俺達の勇者様が帰ってきたぞ!」


「少し見ない内に背が伸びたんじゃないかい?」


「エルフだ! ママ、エルフが居るよ!」


「指を差さない! 失礼だろう!」


 それはもう、盛大に歓迎された。

 正直、俺は今すぐ休みたいんだが……。


 と、そこへ、


「どけ! どけ! 邪魔だ!」


 馬車が何台も街道を突っ走ってきた。


 囲んでいた連中は一斉に散り散りになった。

 ファルド達もそれに混じって道の端へと走る。

 そして子供が転んで逃げ遅れたのを、そのまま抱えていった。

 馬車は減速する事なく、真っ直ぐ突っ切っていく。


 一体、なんなんだ。

 ファルドが反応してなけりゃ、危うく交通事故だったぞ。

 この世界に法定速度なんて無いんだから、ちょっとは考えて走らせろって話だ。


「……感じ悪い連中だな。ファルド、子供は大丈夫か?」


「大丈夫だよ。あれっ、膝すりむいてるじゃないか」


「あの、私が治しますか?」


「頼んだ」


 ファルドはまだ呆然としている子供を、ルチアに引き渡す。


「も、もう大丈夫だからね」


 ルチアはヒールをかけつつも、ぎこちない笑顔でそう語り掛ける。

 そういやコイツ、子供は苦手なんだよな。


「ピーター! ああ、この子ったら!」


 人混みを掻き分けて、太っちょなおばさんがやってきた。

 転んだ子供の母親だろうか。あきらかに焦っている。

 ルチアはそんなおばさんに、優しく微笑んだ。


「お子さんの怪我は治りました。もう大丈夫です」


「僧侶さん、迷惑を掛けたわね……本当にごめんねえ!」


「いえ、これくらいの事でしたら。それに、礼ならファルドさんに」


「ファルド、ウチの子をありがとうねえ! ほらピーターも!」


「ファルド兄ちゃん、僧侶のお姉さん、ありがとう」


 ようやく我に返ったらしいピーター君は、ファルドとルチアにお辞儀する。


「今度から、パンを格安で売ってあげようかねえ」


「いいの!? モゼラおばさんの所のパンが一番好きなんだよ」


「あ、それ噂に聞いたッス! めっちゃ美味いって!」


 喜ぶファルドの横からひょいっと現れたヴェルシェによる、突然の乱入!

 飯の話になると本当に節操ないな。


「そうなのかい? エルフさんが? はて……どこで聞いたんだろうかねえ?」


「きっと、それだけ評判がいいって事ッスよ! さっすが! 持ってるッスね、これ!」


 ヴェルシェが二の腕を左手でぱんぱんと叩いた。

 こういう時に使うジェスチャーじゃないと思うが、ヴェルシェ的にはそれだけ腕がいいって言いたいのかな。

 それはどうやらモゼラおばさんにも伝わったらしい。


「あらまあ! やだよお、この子ったら!」


 典型的なおばさんモーション、すなわち左手を右の肘に当て、右の手の平を招き猫みたいに前方にスナップさせて笑った。


 ていうか、そんな事よりさっきの馬車だ。

 何処かで見た気がするんだが、何処だったっけな。


 連中の進行方向は、多分この辺りの石畳を見れば……よし、あった!

 東西南北が記されたパネルを見るに、連中が向かったのは港町ボラーロの方角だ。


 何をしに行くのか知らんが、あの人数でテロするんでもあるまい。

 このフェルノイエにも衛兵は居るって事を、俺は知っている。

 ああいった危険運転は通報してやらないとな!


「シン、何処へ!?」


「ちょっと駐在所に」


 自警団と衛兵は役割が異なる。

 衛兵はあくまで治安維持が中心だ。

 有事の際は自警団と一緒になって魔物と戦う事もあるが、この近辺じゃ強い魔物なんて出て来ない。


 俺の記憶が正しければ、町の中心部、川を挟んで向かい側に衛兵の駐在所がある筈だ。

 もしもあのクソ馬車がボラーロへ向かったとしたら、駐在所で待機してる衛兵がバッチリ目撃してるだろう。



 ……などと思って気楽に構えていた俺は、またしても自分の見通しの甘さに情けなくなってしまった。


「だから! 封鎖とかしなかったんですか! 住民が轢き殺される所だったんですよ!」


「そんな事を言っても、有事の際じゃないと動いちゃいけない決まりなんだよ」


「オオゴトになる所だったんだって、言ってるでしょうが!」


 かれこれ小一時間は、こうして衛兵さんに説教してる。

 こっちの衛兵さんは「スタァップ!」と叫んでやってくるなんて事は無いらしい。


 平和ボケしやがって。

 俺の地元の警官さんは、みんな頼りになるぞ。

 ファルドに頼んで、気合い入れ直して貰おうかな。


「あー! やっぱりまだ居た!」


 アンジェリカが入り口から叫ぶ。

 衛兵が、少し頬をほころばせる。知り合いなのかな?


「アンじゃないか」


「どーも。そいつファルドの親友なんですけど、もういいですよね? 衛兵さん」


「ん、ああ、いいよ」


 衛兵は、もう仕事したくないって顔をしてる。

 うーん、この……。


「さっさとずらかるわよ」


「何か焦る事でもあったっけ」


「顔を合わせたくない奴が一杯居るの。今日は宿屋で過ごすわ」


 オーケー、察した。

 というか川の近くに向かい合うようにして住んでいるって設定したのは、何を隠そうこの俺だ。


 北にルドフィート家。南にウェリウス家。

 お向かいさんなのだ。

 そりゃ会いたくないよな。

 アンジェリカは自分の両親が嫌いなんだから。


「裏道から行きましょ」



 *  *  *



「ファルド達は今どこに?」


「モゼラおばさんのパン屋さんでお茶してるわ。学校が休みの時とか、よくそこで休憩してたりしたのよね。

 魔法学校の生徒はみんな南側のお店を使うから、結構穴場なのよ。

 ファルドに教えたら、ファルドも気に入ってくれてね」


「じゃあ、噂を広めたのって……」


「流石にそれは私じゃないわ。多分、自警団の訓練をしてた連合騎士団の人達だと思う。

 あの人達、あんまり美味しいご飯を食べ――うッ!」


 アンジェリカが急に硬直したと思ったら、俺の後ろに隠れる。


「どうした!?」


「居る……」


 おずおずと指差したのは、パン屋のテラス。

 テラスは客がそこそこ居る。

 それにしてもこのパン屋、何とも立派な佇まいだな。

 二階建てで、上にも食事スペースがあるようだ。


「落ち着け。何が居るんだ」


「学校の生徒……冗談キツいわ。なんでこっちまで来てるのよ」


 テラスから一人の女の子が、こちらに手を振った。


「あれ! アンジェリカじゃない!」


「げっ……」


 バレバレでした。

 女の子は三人組で、このテラスにてティータイムを決め込んでいたようだ。


「やっほー久しぶりーアンー。そっちのお兄さん誰?」


「もしかしてー……彼氏さん!?」


「とうとうアンにも春が来たね! おめでとー!」


 女子三人組は思い思いの言葉で祝福するが、もちろん的外れだ。


「えっとごめん、幼馴染みの親友ってだけだから」


 俺としてもアンジェリカはファルドとくっついて欲しい――とか言えないな、この空気。

 アンジェリカは、明らかに迷惑そうだ。


「あ、そうなんだ? ごめんね」


「ファルドかわいそー。早くしないと私達が取っちゃうわよ!」


「抜け駆けだー! てゆーかロミヤちゃんはこの前フッたばっかりじゃん!」


「ほんっと、手が早すぎるのも考え物だねー」


「口直しでーす」


「エルフさんに僧侶さんも居るっしょ、大丈夫?」


「でも見たところ水魔法とか氷魔法は誰も使えないっぽいからチャンスかも! 雷魔法もいいかもだけど!」


 俺達を差し置いて勝手に恋バナを始める三人組。

 アンジェリカが恋愛だの何だのに拒否反応が出たのは、こういう連中のせいか。


「――アンタ達じゃ無理だと思うわ」


 少し大きめの声で、それを遮るアンジェリカ。

 姦しい雑談が、それだけで止まった。


「アイツ、そういう軽い奴じゃないから」


「そっかー。でもずっと待たせておくの、可哀想じゃない?」


「余計なお世話よっ」


「もう、怒らないでよー。あ、ねえねっ、聞いた!? 今度カチェレナで新しい道具屋がオープンするんだって!」


「そういえばボラーロでもショッピングセンターがリニューアルしたね! どっち行く?」


「ねー! ボラーロと言えば先週、元彼がさー――」


 どーでもいーわ。これだから三次元は。

 俺とアンジェリカはさっさと店の奥へと移動する。


 一般的な感性の持ち主は、別に彼女らを見てうるさいと思わないんだろうな。

 きっとリア充への道は、寛大さがカギなんだろう。

 俺には無理だ。


「はっ、アホくさ……」


 そして多分、目の前で溜め息をつくアンジェリカも、そういう感性には程遠いのかもしれない。


「どうしてああいう連中が楽に生きて、私ばっかり悩まなきゃいけないんだろ」


 アンジェリカは学年三位という、意識高い系の魔法使い女子高生だもんな。

 そりゃあ、ああいった軽い連中には拒否反応が出るってもんだ。


 カウンターでは、茶色い髪の女性がモゼラおばさんと話をしている。

 モゼラおばさんが俺達をちらりと見て、またその女性に何か一言か二言ほど。

 少しして、女性も振り向いた。


 知的な雰囲気を漂わせた、妙齢の女性。

 目付きとか顔立ちはアンジェリカそっくりだ。

 ……まさかな。


「アンジェリカったら、戻るなら一言伝えてくれたら良かったのに」


「か、母さん……ただいま」


 そのまさかだ。此処まで来ると様式美だな。

 どうやら彼女がアンジェリカの母親、アデリア・ルドフィートのようだ。

 俺のイメージより、物腰はだいぶ柔らかい。




 胃薬

 胃の痛みを和らげる粉末。

 幾つかの薬草を調合して作られる。


 見慣れない魔物の出現に胃を痛める者達は多く、原材料の薬草を安定した環境で栽培する体制作りが急務である。

 事実、一時期は薬草の枯渇を理由に価格が高騰した。

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