第三十一話 「だからお礼を言われても調子狂うんだってば!」
翌日。
グリーナ村を出発する前に、共有財産で生活必需品とかの類いを買い漁った。
それから、各々が自分の小遣いで買い物をする。
どの店も、俺達が井戸潜み達を退けたという事で、格安で売ってくれた。
「役場の幹部連中は魔女の墓場を懇意にしているが、俺は奴等を好かん。
奴等と来たら、ずかずかと入り込んでは文句ばかり垂れたからな」
「墓場ぁ? 荷さばきが遅いだの何だのと、こっちは慎重にやらなきゃならないのに、随分な言い草だったぜ。テメーで墓に入っとけと――あ、これ内緒だぞ」
と、中にはこのような事を言う人達も居た。
なるほど、グリーナ村も一枚岩じゃないみたいだな。
馬車の発着場に到着すると、リーファが御者と雑談をしていた。
休憩中だろうか。サボってたりしてな。
リーファは俺達に気付くと、昨日と同じように手を振った。
思えば、錆の騎士とか倉庫とか丸太とか、俺達に色々と手伝ってくれたんだよな。
「先日は、ありがとうございました」
俺は深々と頭を下げる。
彼女が動いてくれなかったら、俺達のうち一人くらいは三枚に下ろされてたかもだしな。
「硬いなあ君は! 礼を言うのは、おれ等のほうだよ! サンキューな!」
と言って、リーファはワッハッハと笑った。
陽気なのは助かるな。
「で? おたく等、もう行っちまうの? もう少しゆっくりしてきゃいいのにサ」
「そうも行かないんだ。魔王軍はあちこちに居るから」
「そっか。じゃ! 頑張りなよ。それと、おれも来週から城下町まで行商する事にしたんだ」
「そうなんだ?」
なるほど、御者と話をしていたのはサボってたんじゃなくて、その相談か。
「ウチの村の行商担当が引き抜かれちまってさ。えーっと、何だっけ。
アレだよアレ。裁縫針から攻城兵器までって触れ込みの……」
リーファは名前を思い出せずに言い淀む。
するとルチアが、ふと思い出したような顔をした。
「ドレッタ商会、ですか」
「そうそう、それだよ! かぁーっ! ただでさえ働き手が減ってきてるのに、もーう!」
「お気の毒様です……」
ルチアは、それが自分の身内であるという事までは言わなかった。
言えば色々とこじれるしな。その気持ちはよく解る。
「まあおれも? これで晴れて城下町デビューするし? まあ別にいいんだけどね!?
おれの旦那も邪教にお熱でしょっぴかれちまったし。村のみんなは、おれに同情して庇ってくれたけどさ」
バツイチだったんかーい!
「あー、でも……ウチのおチビちゃんどこに預けようかな。なあ、いい託児所知らない?」
しかも子持ちかーい!
……苦労してるんだな、この脳天気お姉さんも。
「この村じゃどうも不安でさ。昨日のあの感じ。見ただろ? 碌でもない責任の押し付け合い」
「だったら、丸太持ってた人達じゃ駄目なんですかね?」
「そいつらみんな、子育ての経験が無いんだよ。おっぱいも出ないし」
リーファもぶっちゃけ同じような……いや、それは置いておこう。
この村じゃ粉ミルクとかも無いだろうしなあ。
ふと俺はファルドのほうを見たら、まさにこれから名案(笑)を言おうとしている様子だった。
いや、あそこは駄目だって。
「だったら、いいところ知ってるぜ」
「おいファルド、お前まさか雪の翼亭とか言わないだろうな?」
「え……駄目?」
ほらやっぱりなー!
そしてお前はあの場所を勧めるつもりだろうが、それは駄目だ。
「そりゃ駄目でしょ。あそこが何処と提携しようとしてるか知ってるだろ?」
「あッ……」
やっと察したか。この愚か者メガ。
たとえ島流し同然で出向させられた子会社といっても、ドレッタ商会直系だ。
リーファはドレッタ商会にあまりいいイメージが無いだろうから、オススメしないほうが良かったのに。
「雪の翼亭だね。おれ覚えたー! そこ当たってみるよ! じゃ、仕事戻ッから! またなー!」
「あ、リーファさん、だからそこは――!」
俺が言い終える前にリーファは去って行った。
そそっかしいお姉さんだな、まったく。
まあ最後まで聞かなかったし、何かあったら自己責任って事で片付けよう。
「あいつ、昔からああなんだよ……」
などと苦笑している御者に、アンジェリカが歩み寄って、話を付ける。
御者は威勢のいい声で「任せとけ! サービスしちゃる!」と言った。
こうして俺達は、南西の港町ボラーロへと出発したのだ。
グリーナ村から行くとしたら、交易路とかの関係でフェルノイエを経由した方がいいと言われた。
アンジェリカがあからさまに嫌そうな顔をしたが、ファルドにたしなめられていた。
俺はと言えば、ある一つの疑問がずっと前から頭の中から離れず、悩ましく思っていた。
「そういや馬車ばっかり使ってるならいっそ買えばいいのに、なんで発着場の往復馬車ばっかりなんだ?」
「馬車じゃ通れない所とかもあるし、乗せて貰ったほうが安上がりなのよ。
買うと高いし、維持費も嵩むし。それに、往復馬車で使えるクーポンあるから」
「クーポン」
「雑誌の付録とかに付いてるのよ」
「雑誌の付録」
「で、雑誌は古本屋に売るの。同じ雑誌をセットで売るとちょっと高く買い取ってくれるわ」
「すごいダス! 浮いたお金でたくさんの本が買えるダス!」
「ダス……?」
まさか異世界でクーポンとか雑誌の付録とか、そういう単語を耳にするとは夢にも思わなかった。
新聞といい、この世界での印刷技術はどうなってやがんだ!
大抵の後付け設定にはもう驚かないと思ってたのにな。してやられた。
しかし、ここまで徹底してると逆に感心するな。
何がって、アンジェリカの主婦力だ。
この分だと健康グッズとか色々集めてたりしてるんじゃないか?
パソコンを開き、テキストファイルにメモを取っておく。
それにしても、随分と書き溜めたな。
印刷すればA4一枚分くらいにはなるか?
そろそろカテゴリー別でしっかり整理した方がいいかもな。
ちなみにバッテリーはやっぱり健在だった。
予言は参考程度に留めておく程度になったとはいえ、他にも色々出来る事は沢山ある。
今の俺には、それを精一杯利用する事しか選択肢が残されていない。
「変わった道具ッスね」
おもむろに、ヴェルシェが話し掛けてくる。
そういやコイツにはまともにパソコンを見せてなかったんだっけ。
「これはつがいの石版と言ってな。選ばれた者だけが扱える、叡智の結晶だ」
「ほへぇー! すごいッス! 何だか知らないッスけど、それを扱える人なら誰でも賢者って事ッスね!」
「でもシンしか使えないのよ。私達には何が書いてあるのかサッパリ」
「そういう事だ。むしろ俺の存在価値なんてこの石版しか無いからな!」
「何を言い出すかと思えば、この藪蛇石版男は。存在価値なんて自分で作るくらいの努力はしなさいよ」
「ありがとな」
「だから! 調子狂うのよ、お礼を言われても!」
* * *
「到着だよ。みんな、俺達の村を守ってくれて、ありがとうな。またな!」
俺達は御者に別れを告げ、フェルノイエへと向かった。
フェルノイエは、村というより、ちょっとした町だな。
煉瓦造りの建物が幾つもある。
街道も石畳で舗装されてるし、割と小洒落た雰囲気だ。
元の世界で言えば、首都圏からちょっと離れた住宅街といった感じか。
町の中心を、南北に分断する大きな川が流れている。
俺達はその北側にいて、南側は商店街が立ち並んでいる。
原作の記述通りならば、フェルノイエから南東に行くとエスノキーク魔法学校がある。
そして、南西に行くと港町ボラーロだ。
ファルドが魔法学校に体験入学する没シナリオもあったんだよな。
学園編も書きたい。そう思っていた時期が俺にもありました……。
今はもう、セリフだけ書いたテキストファイルしか残されていない。
なんでこれだけテキストかって、多分エタる直前にふと思い付いたんだろう。
あるあるすぎて涙が出て来る。
さて、入り口は商店街のアーチよろしく “フェルノイエへようこそ”と書かれていた。
勇者の故郷だし、盛大に歓迎してくれるといいんだが。




