第十九話 「こんな俺でも、この世界を救いたい!」
扉がバンッと開かれ、アンジェリカがやってきた。
「私もご一緒しても、よろしいでしょうか」
その後ろから、ルチアが遠慮がちに顔を覗かせる。
「アンジェリカ! ルチアまで!」
「……まあ普通に考えて、そうだよな」
俺は、自分の事で頭がいっぱいになってて、こいつらが居るか居ないかなんて考えてもいなかった。
ルチアとアンジェリカが一緒に戻ってきたのだって、わざわざそうする理由があったからだろう。
買い物とか、そういう小さな用事とか、考えられる事は幾らでもある。
むしろ理由なんて無いのかもしれない。
そうしたいから、そうする事だってある。
「どこまで聞いてた?」
「私が魔女になるって予言から全部よ」
「何もかも筒抜けか……」
まあ、どこかのタイミングでファルドがアンジェリカに言ってただろうし、丁度いい頃合いなのかもしれないな。
「本当はもっと先の事まで、全部書いてあるんでしょ?
私達がどうやって動いてきたか、これからどう動くか、全部知ってるんでしょ?」
「……そうだよ」
なんでファルドの事には鈍感なクセして、そういう事には目敏いのかな。
こいつは本当にもう。
と、ここでアンジェリカは責めるような顔をした。
「ねえ。だったらドリトント鉱山の時は、どうして言わなかったの?」
「あの時はまだ、出会ったばかりだろ。俺自身、半信半疑だったし、言っても信じて貰えないかもしれなかった」
「予言の事、教えてよ。今なら話してくれるでしょ」
……言うだけ言っておくか。
俺はパソコンを開き、ブラウザのブックマークから、自分の作品『魔女と勇者の共同戦線』の目次を開く。
「要点だけを、掻い摘んで説明するぞ――」
――原作での流れは、こうだ。
リントレアでの冬の聖杯の異変を解決したファルド達は王城に戻り、国王に事の次第を報告する。
国王は逸失した伝承を頼りに、残る聖杯の捜索をファルドに命じる。
その理由は、大司教からそうするように伝えられたからだ。
ビルネイン教の神話には無い、全く別系統の伝説を当てにするという事態の重大さを、国王が察しないワケが無かった。
「その日が今日の筈だった。それで……」
ファルド達はまず、春の聖杯を探す。
伝承によれば海を渡ったその先の、小さなフォボシア島にその聖杯はあるらしいと聞いて。
だが、船旅の最中にファルド達は海賊に襲われる。
海賊達は魔女を崇めており、ファルド達の船は海賊の罠によって、大陸側へと誘導されてしまう。
クラーケンを従えた魔女を打ち倒し、ファルド達は海賊のアジトへと向かう。
そのアジトは、孤島に聳え立つ三つの塔。かつての戦争で帝国が建造した要塞の名残だった。
海賊の残党に、ファルド達は海の魔女を改心させたという事実を告げる。
魔女は人魚の姿に戻り、海賊達に略奪をやめるよう説得する。
それに心打たれた海賊達は、魔女を匿いながらも、これからは魔物と戦う海防の要となる事を決意する。
そして海の安全を確保したファルド達は、ついに春の聖杯のあるフォボシア島へと辿り着く。
フォボシア島の遺跡にある闘技場で、剣闘士の亡霊と戦う。
亡霊に打ち勝ったファルド達は、聖杯の間でレジーナと名乗るハーフキャットの賢者と出会う。
「予言では、ここまでの旅に、三ヶ月をかけてる事になってる。それから……」
新たに仲間として迎え入れた賢者の導きに従って、ファルド達一行は夏の聖杯を探す。
グレンツェ帝国領へと向かい、帝都ゲールザナクを目指す。
王国に比べて荒れ果てた土地に苦戦しつつ。
強力すぎる魔物との戦いを避けて、王国と帝国を別つ大きな谷“雷雨の谷”の要塞を遡り、ようやく帝都に辿り着く。
夏の聖杯に関する伝承をアンジェリカが図書館で調べ、ルチアが教会で尋ねて回る。
ファルドはレジーナと共に、レジーナの古い友人を当たる。
それでも夏の聖杯は見付からなかった。
だが、必死の努力の末(ここは原作でもそう書かれていて、具体的な記述が全く無い)、かつての戦争で行方不明となった皇帝こそが夏の聖杯の守人であったという事実を突き止める。
ファルド達は王国に戻り、国王にその事実を報告する。
夏の聖杯とその守人の捜索は国の総力を挙げて行なう事となった。
「ちょっと待って。でも大陸同盟がある以上、それをするのは国同士のいがみ合いになるわ」
「結局、予言は予言なんだ。細かい事まで見てくれねーよ」
「ま、まあそうだけど……」
「俺だって、そんな事、痛いほど思い知らされた。じゃ、続けるぞ……」
そうこうしている内に、北方連邦のとある小国が歌い竜カグナ・ジャタ率いる魔王軍に占領される。
ファルド達はそこへ急行し、カグナ・ジャタと戦う。
死闘の末にカグナ・ジャタを倒すが、すんでの所で逃げられてしまう。
魔王が介入したからだ。
魔王の圧倒的な力に翻弄されたファルド達は、更に北へと退却する。
北の最果てと呼ばれる廃墟で、ファルド達は魔王軍の尖兵達に包囲される。
尖兵達の連携が全くのバラバラだった為、ファルド達は少しずつこれらを破り、南東のゼルカニア共和国へと向かう。
だが弱小国のゼルカニア共和国は、魔女達の絶好の隠れ家だった。
魔女に唆されて腐敗した政治を、魔女を倒す事で正していく。
元帝国騎士団団長のジェヴェンが立ち塞がるが、これを撃退。
そしてファルド達一行は、ようやくリントレアまで戻ってきた。
旅の疲れを癒やす為、リントレアで掘り当てたばかりの温泉に浸かる。
リントレアの村長は冬の聖杯の恩義もあり、快く温泉宿を使わせてくれた。
それからファルド達は港町のボラーロへと向かう。
領主が力を貸して欲しいと言った為だ。
地下の海水濾過施設に怪しい者が出入りしているので、調べて欲しいという。
領主は私兵を従えているが、内部の犯行である事が確定している為、彼らには頼れなかった。
しかも謎の結界が張られ、普通の人間では近寄れない。
だがその夜に、アンジェリカは魔王によって魔女へと変えられてしまう。
ファルド達はアンジェリカが魔女になった事を隠し通そうとするが、結界がまるで歓迎するかのような動きを見せた事が明るみになってしまう。
「そこでアンジェリカが魔女になるのか……」
「何か、複雑な気分よね」
「そうですね……」
ファルド達はそれでも隠し通して冒険を続けるが、勇者が魔女を連れている事に異議を唱える人達が組織を結成した。
ここで魔女の墓場が現れる。ファルド達は魔女の墓場を退けながら、魔王軍との戦いに臨む。
月日が経ち、もはや安寧を失った王国から足早に立ち去るべく、北方連邦へと逃げ延びた。
ところが、その矢先に帝都が闇の射手スナファ・メルヴァンの手に落ちる。
「……ここまでが石版の予言だ」
つまり、俺はこの辺りで勇者と魔女の共同戦線の更新を停止……エターナったのだ。
ちなみに途中で何度か魔王軍の尖兵と戦う事になるが、そこは割愛した。
それと日常編も。いちいち挙げたらキリが無いからな。
何より、どうせシナリオ通りにならないだろうし、ていうか既にシナリオ通りじゃないし。
「なるほどねえ……まるで、自分の事みたいな口ぶりだったわね」
「他には無いのか? 例えば、嘘くさいとか、怪しいとか」
俺がお前達を原作とは別人だって思ったように、お前達が俺を予言だのと抜かすペテン師と思っていても不自然じゃない。
「……シン、俺はそんな事は思わないよ」
「私も。何だかんだで、さんざん助けられたし」
「危ない場面で、何度も救われましたもの」
口ではそう言ってるが、腹に何かしら抱え込んでるだろ? お見通しなんだよ。
テンプレと揶揄されるような創作物でも、仲間内の腹の探り合いはちょくちょく見掛ける。
ましてやこいつらは現実の人間と同じように、思考も感情も作者に左右されない。
感情によって考え方もブレるだろうし、一本筋の通った考え方をずっと持ち続ける事なんて無いんだろう。
……まあフリでも信じるっていうなら、もうこれ以上は突っ込みを入れても仕方が無い。
「それにしても、魔女の墓場ですか……予言が本当なら、私達にとっては厄介な敵になりますね」
「アンジェリカを魔女にさせない方法さえ見付かれば……!」
「あったら是非ともあやかりたいわね。今の私達じゃ魔王に勝てっこないもの」
……そうだ。
この機に乗じて、ちょっと気になってた事を訊いてみるか。
「なあ。魔女については、どこまで知ってる? アンジェリカは学校の授業でも習っただろ?」
「そうね……魔女は私みたいな魔術師とは別のカテゴリにあるって事から言うべき?」
「うーん。そうだな。石版の知識も完璧じゃない。それこそ、最初に言ったように、図書館の歴史書にあるような内容は殆ど入ってないと思うから」
「じゃ、全部言った方がいいって事ね」
「そうなるな」
細かい所で齟齬があるかもしれない。
俺の知ってる内容と少しでも違ったら、この世界での認識を基準に俺の認識を改めなきゃな。
悲しいけど、もう慣れちまったよ……。
「元の魔力の多い少ないにかかわらず、魔王から絶大な力を与えられて変質した存在。それが魔女よ。えっと……そうよね?」
「俺の認識もそれで合ってる。続けてくれ」
「極端に高い魔力、時には特殊な力を手に入れるけど、魔の者としか子を残せない」
そこも同じだ。俺は無言で頷く。
「魔王が祝福を与えに来るのは決まって夜で、地の底から響くような恐ろしい音と共に、炎の轍を作りながら異形の馬車がやってくる」
「そこまでか?」
「ええ、そうね」
まあ、アンジェリカはいいとして。
「他の二人も?」
「そうですね」
「俺は初めて知った」
だとしたら俺は次の一文を加えるべきだ。
「……魔女の大多数は魔王に従う。それは本能からじゃなくて、この世への憎しみとか、魔王に気に入られたくてとかだ。
単純に私利私欲や打算の為という奴も居し、中には魔王に従わず、力だけをちゃっかり貰っていく奴も居る」
「予言の中の私みたいに?」
「アンジェリカを魔女にはさせない!」
ファルドが声を荒げる。どうしたんだよ。
今日一日、上手く行かないから感情的になってるのか?
「ファルド。気持ちは解るが、それを防ぐのは……」
「解ってるよ。解ってるけど!」
解決方法が見付からないんだよな。俺だって、痛いほど解るんだ。
俺達はそれぞれの壁にぶち当たるだろう。力を合わせて乗り越えるにしたって、一つ一つの細かい壁をどうにかしなきゃいけないんだ。
アンジェリカがファルドの肩に手を置く。
「予言が何処まで当たるか解らないわ。でも、これだけは言える。
悪い一本道なんて、私達でぶち破ってやればいいのよ!」
頼もしいな。俺のテンションがもう少し上がってる時にそういう事を言ってくれたら、すごく感動できたのに!
まあ……いいだろう。
俺だって、今の状況になって黙って見てるワケにはいかないんだ。
もしも俺のシナリオに手を加えて、それを笑ってる奴が居るとしたら、俺はそいつをブン殴る。
それが魔王なのか、あの案内人なのかはまだ解らない。
やってやるんだ。俺は、必ず!
「ホントにそれだよ。魔女の墓場連中め、予言では数百人程度だったのに六万人とか、好き勝手に増殖しやがって!
何でもかんでも思い通りになると思ったら大間違いだって、思い知らせ、て……」
――いや、違う。
何でもかんでも思い通りにしようとしていたのは、俺のほうじゃないか。
何が予言だ!
俺にとっては“自分の作品を元にした、もう一つの現実”であっても、こいつらにとっては“ここしかない、たった一つの現実”なんだよ!
当事者達にとってはすごくシリアスで、等身大の問題なんだ。
語り手(まるで、ありふれたメタフィクションみたいな表現だな)の俺がそんなだから、俺自身がこいつらとの温度差を感じてしまっていたんだ。
馬鹿だな、俺……原作者っていうプライドにこだわるあまり、こいつらを人間として見てなかったんだ。
よく似た別人? 違う。人間なんだ。キャラクターじゃないんだ。
――あれ?
何だか、そう思うと俺の身体が軽くなってくる。
奥底から、力が湧いてくる気がする。
元の世界に戻る?
違う。まずは、やるべき事をやらなきゃならないだろ。
魔王を、倒す!
「シン? どうかしたのか?」
「みんな……」
俺は床に両膝を突いて、そのまま土下座した。
「ごめん。俺、予言通りに事を運ぼうとして、お前達をまるで手駒みたいに……」
「シン――」
肩に手が触れられる。
「もう、そういう風には思ってないんだろ? だったら、いいじゃないか」
「そうですよ」
「……ま、そうね。今までそう思われてたのは癪だけど、今回は特別に許したげる。私もアンタを便利な荷物持ちとしか見てなかった事もあったし」
「みんな……!」
涙腺が熱くなってくる。
堪えろ、俺……まだ行けるだろ。言い切ってやる、思いの丈を!
「なあ、みんな。ここから先は石版の予言の範疇じゃなくなる。それでも変わらず、俺を連れて行ってくれるか?」
我ながら、臭いセリフだよな。
まさかこんなセリフが俺の口から出るなんて、俺自身も予測してなかった。
だが、俺はそう言うしかないって思ったんだ。
「こんな俺でも、この世界を救いたい!」
みんなの表情が、明るくなっていく。
「……ああ!」
「中々、いい顔してんじゃない?」
「私もお力添えさせて下さい!」
ありがとう、みんな。
俺、強くならないとな。
みんなと肩を並べられる、いや、それ以上に。
誰一人、欠けること無く辿り着ける為にも。
冷笑家の碑文
何処の誰とも知れぬ冷笑家が残した碑文。
風化しているために文字は消えかかっているが、
辛うじて末尾の「失せよ。汝の悲劇は空虚ゆえ」という一文だけが読み取れる。
如何なる悪意を以てこの碑文が残されたかを知る術は無いが、
これを読む者達に言いしれぬ不安を抱かせるのは、消えた文字が読めないためだろうか。




