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第一話 「自作小説に作者召喚奴~!」

 俺は案内人と名乗る謎の少女に連れられて、森の中を歩く。

 木漏れ日は葉の色を透けさせて、青白い光になって降り注ぐ。


 生えている木は、どれも直径で数十メートルはあった。

 樹齢何年だよ、こいつら……?

 俺は、自分が間違いなくファンタジーの世界に居るって事を、否応なく思い知らされた。


「あ、そうだ。これあげるね。何か手に入れるまでの代わりにしといて」


 案内人は羽織っているローブから、一振りの手斧を俺にくれた。

 もちろん素材はさっきの槍と違って、鉄だろう。錆びてるし。

 ただ、そんなに重くない。

 俺の腕力でも扱えそうだ。


「ありがとう」


 一通り構えてみて、振ってみて、フルスイングとか試してみた。

 試しに近くの切り株にも振り下ろしたけど、やっぱり修学旅行のキャンプでやった時と同じ手応えだ。


 スキルらしきものは念じてみても一切発動しない。

 レベルが足りてないですか。そうですか。


 まあ素振りじゃ経験値は溜まるまい。

 仕方が無いので先に進む。


「なあ、案内人さん」


「何かな?」


「色々と質問してもいいか? こっちの世界ではズブの素人なんだ」


「……へぇ~、そうなんだ。いいよ? 答えられる範囲なら」


 いちいち引っ掛かる態度だよな!

 まあいいさ。案内人を自称するなら、この世界についてもさぞかし詳しいんだろ?


「この世界に魔王は居るのか?」


「うん。勇者と戦ってる」


 なるほど、王道だ。

 俺が高校に上がった頃には、その手の小説や漫画は書籍、ネット問わず沢山あった。


 名作がいっぱいあるんだよな……。

 ネットから書籍化したものは、両手じゃ数え切れない。

 一時期は本棚がそれで埋まったことだってある。


 本棚のジャンルは、その時の気分で目まぐるしく変わった。

 大半が異世界転生とか召喚だが。


 溢れた本、何度も読み終えた本は、その都度、本棚から消えていった。

 ……売ったわけじゃ、断じてない。


 家の近所に児童図書館があって、俺はちびっ子達に読み聞かせたんだ。

 「世の中には、こんなに素晴らしい作品があるんだ」って。

 目を輝かせて冒険の世界に思いを馳せるちびっ子達の顔を見るのが、すごく楽しかった。


 本を買う金は、バイトで貯めた。

 俺の高校は、バイトは学業の妨げにならない範囲でなら大丈夫だったのだ。


 ――本題から脱線しまくったな。次の質問を考えないと。

 必要な情報は山ほどあるから、俺は順を追って質問し続けた。

 外交とか色々あるだろうから、その辺も確認しとかないとな。


「国は幾つある? これは解る範囲でいい」


「あたしが知ってるのは、この辺りがアレクライル王国領ってくらい」


「アレクライル王国か……」


 どこかで聞いたけど、何だっけ……?



 などと、宣言通り質問攻めにしている間に、やっと麓に到着した。

 飛行船の存在を除けば、文明の発展はおおむね中世レベルって事で断定できそうだ。

 銃も電話も無いらしいし。


 で、魔王軍の尖兵たるゴブリンが、世紀末めいてヒャッハーしてると。

 世界中の冒険者が剣と魔法で、そいつらと戦ってると。


 マジでよくある王道ファンタジーだな。

 あまりに王道すぎて退屈だ。


 ――いや、待て。

 ってことは、不確定要素に目をつぶれば割と攻略しやすいんじゃなかろうか。

 あとは俺のレベルの上がりやすさだけだな。

 ゴブリンを倒しまくってレベルを上げて物理で殴れば、生きるだけならどうにかなるだろう。


 最悪、某検索サイトを活用した知識チートでこの世界での地位を保つという手がある。

 すげーなグー導師! やりたい放題じゃん!



「ありがとう。助かったよ」


「運が良かったのかな、雑魚ばっかりだったね。ゴブリンいなかったし」


 と語るあなたはすごく残念そうなんですがそれは……。

 確かにあの四足歩行する豆腐みたいな連中は、俺でも楽に倒せたが。


 いや、そんなことより大事な質問があった。

 そもそも、だ。


「どうして俺を案内してくれるんだ? 一体、何が目的なんだ?」


 だっておかしいじゃん!

 見ず知らずの相手に、ここまで親切にするとか!

 ――って言うかどう考えてもお前だよな!? 俺を召喚したの!


「……」


 案内人は複雑な顔で黙り込む。


「言いたくない事情なら、いいよ」


 まあ、ワケありって事なら仕方ない。

 誰だって秘密の一つや二つは抱えてるものだろ。


 俺だってパソコンの無かった小学校の頃は「クラスのみんなには内緒だよ☆」な自作設定資料集とか七冊ぐらいこさえてたし。



 *  *  *



 城壁に囲まれた門は、衛兵が暇そうに突っ立っていた。

 俺達の姿を見ると道を空けて「通って、どうぞ」的なジェスチャーをした。

 お役所仕事が過ぎると、その内しっぺ返し喰らうぞ。



 門を抜けると、わっと喧噪が広がった。


 ベージュ色の石畳。

 レンガ造りの青い屋根の建物。

 武器屋に防具屋、アイテム屋、宿屋に酒場に生活用品店、他にもギルドっぽい建物もあるな。

 看板代わりにイラストとか彫刻が掛けてあるから、一目で解る。


 まさしく剣と魔法が入り乱れる、中世のファンタジーそのものだ。

 テーマパークとか、趣向を凝らした住宅街とか、あとはお芝居とかでもこういうセットあったよな。


 行き交う人々も、中世ヨーロッパの町人っぽい感じだ。

 スマホの“ス”の字も無い。

 そして何より、みんな外人顔だ!

 こういう空間に来ると、やっぱりまずは噴水とかお店とか見て回りたくなる。


「なあ、あちこち回ってもいいかな?」


 ……振り向くと、さっきの案内人は居なかった。

 通行人が怪訝そうな顔で俺を見返してきたので、俺はそっぽを向いた。


 はぐれたのか、度の過ぎた悪戯か。

 照れ隠しにポケットに手を突っ込むと、古びた紙の感触がした。

 こんなもの入れてたっけ?


 広げてみると、そこには。


『“雪の翼亭”へ、夕暮れ刻に。ファルドという男と会え』


 と書かれた手紙があった。

 丁寧で丸っこい文字は、女の子って感じがする。

 でも、なんで日本語なんだろうな。


 それに、ファルドって名前。何処かで見たような……。



 *  *  *



 商店街は渋谷のスクランブル交差点ほどじゃないにしても、平日の都心くらいには混み合っていた。

 ひときわ大きい声が、辺りに響き渡る。


「パンはいかがかね! お一つ12ガレットだよ! 安いよ!」


 声の主は、どでかい木造のカートに腰掛けたマッチョなおじさんだ。

 清潔な手袋で、パンを一つ掴んで掲げてる。

 続いて、おじさんはカートの後ろのほうの袋からリンゴを取り出した。


「今なら新鮮なリンゴもセットで18ガレット!

 別々にお買い上げ頂いたら総額24ガレットのところを、6ガレットもオマケしちゃうぜ!」


 出たなセット販売。

 どうやら多少は経済の概念が発達した世界らしい。


 まあでも、原始人でもあるまいし、案外この手の売り方は昔からあったんだろう。

 俺が感心してると、通り掛かったお婆さんが険しい顔で野次を飛ばす。


「おいお前さん、そのリンゴは毒入りじゃないだろうねぇ!

 魔女はズル賢くて意地悪だから、毒リンゴを格安で流通させるのさ! そうして魔王の仕業にしちまうのさ!」


「大丈夫だよ婆さん! 魔女の仕業じゃない! あのドレッタ商会経由で、東のグリーナ村から仕入れたんだ!

  臨時収穫で、今なら特別セール中! 今日だけだよぉー!」


 もちろん俺は、素通りする。

 ガレットなんてお金、俺には無いからな。

 異世界じゃ日本円なんて紙切れと金属片だろ。


「ん? ……ガレットだって?」


 その単位、俺は知ってるぞ。

 でも、どこで知ったんだっけ?


「……?」


 そういえば、みんな日本語だ。

 世界の何やらかが自動翻訳してくれてるのか、それとも共通語が日本語なのか。


 でもこういうのって、深く考えたら負けだよな。

 うまくぼやかして表現するもんだろ。


 とでも思わなきゃ、日本語ショック現象に耐えられん。

 ……異世界語の勉強とかも、悪くないなって思ってたのに。



 *  *  *



 ぶらぶらと歩いてると商店街を抜け、大きな広場へと辿り着いた。

 露天商は商店街よりも明らかに多いし、この辺は交流の中心なんだろう。


 円形の大広場には十字に道が走っていて、俺は南からやってきたらしい。

 真っ直ぐ進むと、遠くに聳え立つのは……。


「ここ、城下町だったのか」


 そう――城だ。

 懐かしいながらも、あの時俺の頭の中で思い描いてたものより、ずっと立派で、精巧な作りをしてた。


 なんでもっと早く思い出せなかったんだ……。


 典型的なファンタジーで。


 魔王と戦う勇者がいて、魔王に従う魔女がいて。


 通貨がガレットで、リンゴは12ガレットが相場。


 勇者達の出身国がアレクライル王国で。

 ファルドという男が、雪の翼亭という店に立ち寄る。


 ……この世界は、ネットゲームでもなく、有名な作品でもない。

 俺が中学二年生の時に書いた小説『勇者と魔女の共同戦線レゾナンス』そのものじゃないか!


 ファルドは勇者であり、この物語の主人公だ!

 道理で、なーんか薄っぺらい世界観だったワケだよ。


 そうとも。

 今ここに、誰を相手にでもなく告白する。

 勇者と魔女の共同戦線レゾナンス――、

 略して『ゆまレゾ』は、エタった……つまり更新をやめて放置した作品だ。


 思った程に閲覧もされず。

 ブックマークも伸びず。

 たまに来る感想も、百話を超えてやっと二桁に届いた。

 やってられなくなって、更新を止めた。

 その頃にはろくに評価されない自作小説を書き続けるより、名作を読むだけのほうが楽しかったから。


 俺のあの作品は――いや。

 あれだけじゃなくて、どの自作小説も殆ど注目される事なくフェードアウトしていったんだ。

 そうして忌まわしき記憶、あるいは自分自身の若さ故の過ち――すなわち“黒歴史”として忘却したんだ。


 ……当時のハンドルネーム、

 “夜徒ナハト†ブレイヴメイカー”と共に!

 前半がドイツ語なのに後半は英語。


 本当に、やらかしたとしか思えない。

 忘れられるべくして、忘れられた記憶だ。

 それなのに何故?

 俺は何故、今更こんな世界に呼び出されたんだ?


 愕然とすると同時に、猛烈な恥ずかしさが込み上げてきた。


 当時は一話ごとに後書きで次回予告をやるのにはまっていたんだが、その次回予告ではファルド達一行と俺自身が会話する方式だった。

 ああ、何という黒歴史!


 そして俺はその頃、某所のキャラクターなりきり掲示板の常連でもあった。

 なりきり掲示板とは、


ジョージ:

『文字通りキャラクターにセリフを喋らせる掲示板さ』


ケイシー:

『まあ! まるでお芝居みたいね!』


ジョージ:

『まさにそのとおり! 詳しくはググってね!』


 こんな会話を本文中に書き込む掲示板の事だ。

 場合によってはジョージとケイシーになりきって書き込むのは、同じ人だったり別々の人だったりする。


 で、俺はそこでお察しの通り、俺自身ナハトをキャラクター化させて、オリキャラ同士の交流をしていたのだ。


 いや、それだけなら周りにもよく居た。

 当時の俺は“ナハト”に武器を持たせ、戦闘させ、必殺技(それも痛い当て字の)をばっちり決めたりしていた。

 原作小説では主役だった筈の、ファルド達を率いて。

 つまりは、リーダーとしてだ! うう、鳥肌が……。


 中学時代、あんな事をしでかした俺が。

 今ではこうして、自分が作った世界で。

 自分が作ったキャラクターの生きている世界に、実際に参加している。


 当時の貧弱なボキャブラリーから作られた数々の(第三者からすれば意味不明な)単語が、この世界では当たり前に使われている!

 碌に練ってもいない設定のキャラクター達が、この世界では当たり前に生きている!


 しかも! 俺はそいつらと実際に会話ができて!

 触れあう事ができて……ああ、ああああッ!


 ――で、出た~!


「自作小説に作者が召喚奴~!」


 思わず俺は頭を抱えて、噴水のふちに座り込んだ。

 耳が熱い。額が熱い。

 身体中から脂汗が止め処なく溢れ出てくる。


 何て、何て恐ろしい光景なんだッ!!

 これは例えるなら、自費出版した己のヌード写真がクラスに出回っちゃうくらいの恥ずかしさじゃないか……ッ!!


「ねえママ! なんであのひと、あたまかかえてすわりこんでるのー?」


「しっ、見ちゃいけません!」


 うわああああああッ!

 見るな、俺を見ないでくれええええ!


「すごーい! じめんドコドコしてるー!」


「これ以上、見ちゃいけません! 行きますよ! ほらっ! 早く!」


 声が遠ざかっていく。

 その後、医者を名乗るお爺さんと衛兵に肩を叩かれて、


「だいじょうぶだ……おれはしょうきにもどった!」


 どうにか呼吸を整えた俺は、胸の奥が苦しいのを我慢しながら、これからの事を考えた。


 そうだよ……自作品って事さえ無視すれば、よくある(?)異世界召喚じゃないか。


 この世界の何処に、俺以外でこれが俺の作品の世界だって事を知ってる奴が居る?

 恥ずかしい思いをするのは、俺だけで充分だ……ッ!!




 東のリンゴ

 とある農村で収穫された、何の変哲も無いリンゴ。

 この国ではとにかくリンゴを有り難がる。

 それは他に果物が無いからとも、知性の象徴だからとも言われている。

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