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第十六話 「想定外だ……こんな展開」

「……あれ、生きて――あ痛ッ!」


「お目覚めかしら。石版君」


 ゴトゴトと揺れる馬車の中で、俺は猛烈な痛みを脳天に受けた。

 犯人は言わずもがな、アンジェリカだ。


 このすぐ手を出す感じは、突っ込み役らしい見事な立ち回りだよな。

 Web小説を書いてた時代の、次回予告でのやり取りを思い出す。

 ああ……穴があったら入りたいッ!


「お陰様で最高の目覚めだ」


「死んでもおかしくない傷だったそうよ。幸運に感謝しなさい」


 アンジェリカはぷいっとそっぽを向いた。

 俺に見えないように目元を拭ってるつもりなんだろうが、丸見えだよ。

 可愛いところあるじゃん。



 ……それにしても。

 死にかけたのに、俺は随分と冷静だな。

 いや、死にかけたからこそ、何かが吹っ切れたのか?


 とりあえず今は、原作だとどの辺りだ?

 ルーザラカを撃退して、馬車で帰路に着くところだよな?


 俺はのそりと起き上がり、辺りを見回した。

 そもそもなんでこの揺れが馬車のものだと気付いたかって、原作でも帰りは馬車だったんだよ。ザイトン司祭が手配したんだ。


 馬車から一望できるのは、陽の光を反射してキラキラと輝く石橋。

 そこに銀色帽子を被った沢山の岩山が、辺りを囲んでいる。

 地の果てという言葉が似合う景色でも、真っ白に塗り潰されていた昨日までに比べれば大した事は無い。


 ついでに、俺は後続の馬車が走ってるのを確認した。

 この世界の展開だと古城に出向いたそもそもの人数が多いから、馬車も多いんだよな。

 さて肝心のザイトン司祭は、原作通りなら俺達の乗ってる馬車で御者をしてる筈だ。前方を確認。


 ……居るよ。

 ごっつい肩幅の、ザビエル風味なおじさんが。

 運転中に話し掛けるのは気が引けるから、後で礼を言うとしよう。


「で、俺が気絶した後、どうなったんだ?」


「それがね――」


 どうやら村長も俺の状況がヤバいと思ったらしく、調査隊の中で治癒の加護が使える連中を総出で俺を回復させたらしい。

 携帯用暖房装置を三つ全部、俺の心臓辺りに置いたんだとか。

 極めつけは、あの村長が「逝かないでくれ! まだ私は君に償っていない!」と絶叫した事。

 そして、聖杯の破片をかき集めて、必死に祈ったんだと。

 ……ツンデレも極めるとそこまで行くのか、村長。


 とにかく、俺はみんなに望まれ、見事に復活を遂げたって事だ。

 モードマンの台詞にあった「運命に抗う」ってのは、別に俺本人だけじゃなくて周りも含めての事なのかもな。



「それにしても、絆ってもんを、多分俺は生まれて初めて意識した気がするよ」


 俺には親友なんて居ない。

 高校以前の友達なんて連絡先を交換してそれっきりだ。同窓会にも呼ばれないし。

 別に俺はそれでいいと思ってた。

 絆なんて嘘くさいと思ってたから。


 だが、こいつらは違う。

 俺が作ったキャラクターで、本来はあの場面をこいつらだけで切り抜けた筈の所を、必死こいて庇ってくれた。

 それはきっと、俺の事をかけがえのない存在だって思ってくれてるからだ。



 実はほんのちょっと、馬鹿らしいと考えた事もあった。

 俺が作ったキャラクターなんだから、もしかして無意識下に俺に従ってくれているだけなんじゃないかって。

 予言者だから守ろうとしてるだけだろうって。


 だが、こいつらの言葉はまぎれもなく、こいつらが自分で考えたであろう言葉だった。

 俺が考えもしなかった、想像も付かない言葉だった。


「な、何よ。くっさい台詞を自分で言ってニヤニヤしちゃって! 調子ぶっこいてると、また眠らすわよ!」


「お前も、村長を見習って、もっと素直になればいいのになー……早くしないと、ファルドが誰かに取られちゃうぞ?」


「はああああっ!? 誰によ!」


「そ、そそそ、それって! シンさんがファルドさんを寝取るって事ですかっ!?」


 ルチアが身を乗り出す。

 こいつは本ッ当に歪みねえな……誰がお前をそんなに腐らせちまったんだ?

 ルチアの家族、特にキリオ辺りが過保護にしすぎて、恋愛を他人事にしちまった結果だったりしてな。

 赤もやし、余計な真似を……!


「あ、アンタも気持ち悪い想像しないでよ! ルチアの馬鹿!」


「愛に性別なんて関係ないですっ! 痛ッ! きゃ!? やめっ……BLはビューティフルライフ! 嫌いな女子なんて居ませぇえええんっ!!」


「知るか! アンタなんてくすぐり攻撃よ! そーれこちょこちょこちょ」


「あ、くすぐった、あは、あはははっ! あーっ!」


 やっちまえ、アンジェリカ。

 この自重しない腐女子に、少しは世間の常識って奴を教えてやれ!

 俺は寝取られ物は読まねー!

 いや別に、それが好きな人を理解できない訳じゃないんだ。単に、俺の口には合わないだけだ。


 互いに、それを押しつける事なく棲み分けできれば最高なんだがな。

 世の中そう上手くは行かないもんだな……何せ俺の作品世界ですら、こんななんだから。

 二次創作を目にした原作者の気分ってこんななのかな……。

 うーん、複雑な気分だ。


「アンジェリカ! ルチアも落ち着いてくれよ!

 今は誰が好きとかそういう話より、魔王軍から世界を救う事を考えようぜ!?」


「だって! ファルド、そこの腐れ僧侶が!」


「い・い・か・らっ!」


 ファルドが二人を引きはがす。

 ご尤もだが、元はといえばお前がはっきりしないからいけないんだ。朴念仁の鈍感主人公め。

 変なところばっかり原作に忠実にやりやがって。

 そもそも車内で暴れるんじゃありません!


「っていうかアンジェリカはファルドと結ばれるんじゃないのか」


「はい?」

「え?」


 ファルドもアンジェリカも、きょとんとした顔で俺を見る。

 ルチアは逆に、ニヤニヤしてた。あのさあ……。


「前にも言ったけど、ただの幼なじみだぜ?」


「そーそー。ホント、色ボケの発想って恐ろしいわね。男女二人が一緒に居たらすぐ恋愛だって」


「まったくだよ。今はそんな事してる場合じゃない」


「ねー」


 ルチアの妄言を真に受けたアンジェリカさんが言えた義理ですかねえ……。

 っていうか既にこの時点で息ぴったりじゃねーか!


「……まあ、頑張れ」


 今はまだ、お互いを意識してないからな。

 今後も経過を見守っていくとしよう。



 *  *  *



 そんなこんなで、俺達はリントレアに到着した。

 ザイトン司祭は教会に戻り、村人達に異変の解決を伝えに行った。

 俺達も参加すべきか訊いてみたが、余計なトラブルを防ぎたいので内々のうちに済ませるそうだ。

 ……まあ、聖杯壊しちゃったからな。


 村人達が教会で話を聞いている最中、俺達は集会場を借りて食事を取る事になった。

 こっちは鉱山バーベキューじゃなくて、普通の料理だ。

 肉とか野菜を使ってる。ブイヨンとかボルシチとか、多分そんな感じか?

 グーグル画像検索をしてみたら、まさしくそんな感じだった。


「シン、といったな」


 村長はすっかり険が取れたような顔で、初対面の時とはまるで別人みたいだ。


「せがれのジラルドから聞いたよ。仕掛けの起動がすぐに解って助かったと」


 ちょっと心が痛むな。

 ジラルドの左目が潰れたのは俺のせいだからな……。


「それと、左目の事は気にするなと、私のほうからも伝えてほしいと言われた。

 親としては複雑だが、私も私で、死を覚悟の上で古城の調査に臨んだ。恨み言など誰が言えようか」


 それでも一生モノの傷だからな。


「俺も命を賭けて戦ったんだ。そしてお前さん達を守った。勲章だよ、勲章!」


 本人はけらけら笑ってるが、俺の心境は複雑だ。




 村長は連合騎士団のツテで、王国に報告書を届けて貰うとの事だった。

 自分の身内の罪を打ち明け、聖杯の破損は村長の監督不足が招いた結果であると、俺達を庇う内容だった。


 別に俺達が直々に王様に報告すればいいんじゃないかと言ったが、どうやらこれも領地を治める者達の仕事の一つらしい。


 まあ、複数からの報告があれば情報の偏りも防げるからな。

 それと、ジラルドはと言えば、冒険者になると言っていた。


「村長は別に世襲制じゃなくてもいいと思うからな。ちょっと親父に、目に物見せてみようと思うんだ。

 騎士団のみんなには世話になってるが、俺は世界中を旅してみたい。俺自身の意思で」


 ルチアにはアタックしなかったのが、意外だな。

 チャラいだけで、別にお熱じゃないのか。

 それとも脈が無いって解ったから早々に見切りつけたのか。

 まあどっちでもいいか。キリオがこの場に居たら、ややこしくなっただろうし。


 そういえば、キリオはこの村には一度も来てないらしい。

 特徴的な見た目だし、村人も見たら解るという。

 まあ、こんな交通の便が悪い田舎、よそ者は滅多に足を踏み入れないだろ。

 たまには妹離れしないとな。奴にはいい経験になった筈。


「そういえば兄貴って呼ばれてましたが、ジラルドさんは長男なんですか?」


「いや? 末っ子だよ。上はみんな出稼ぎとかで出てった。こんな村だしな。俺が最後の一人だった」


「えー……」


「聖杯が壊れてくれて良かったよ。家業を継がなくて済む。こんな事言ったら親父に怒られちまうから、内緒にしてくれよ?」


「あ、はい」



 食事を終えた俺達は、村長の家に一泊する事になった。

 鉱山からぶっ通しだったからな。流石に稽古もお休みにして、俺達は思い思いの事をした。

 ファルドは武器の手入れ。アンジェリカは分厚い本を読んでる。

 ルチアは奉仕活動がどうのと言って教会に出かけていった。


 俺は小遣いを貰って、道具屋へと足を運んだ。

 買うのは細いベルトと、それを通せる金属の輪。

 後はアンジェリカからお使いを頼まれて、酔い止めも。


 買い終わったら工房を借りて、パソコンの画面と睨めっこをする。

 眼帯の作り方をググった俺は、早速作業を開始する。


 糊も無ければゴム紐も無い。

 現実世界と同じ感覚で使えるのはハサミくらいのものだった。

 だからこれを作り終える頃には、すっかり日が暮れていた。


「できた……」


 不格好な眼帯だが、無いよりゃマシだ。

 流石に道具屋じゃあ眼帯は売ってないからな。

 オーダーメイドじゃ時間が掛かるし、何より俺の信念に反する。

 俺は片付けを済ませ、ジラルドに会いに行った。


「これ、せめて何かすぐにお返しできる物をって思ったんです」


「ハッハァ! いいねぇ」


 ジラルドはノリノリで眼帯を付ける。

 これで本物の伊達男だな。戦国武将的な意味で。


 穴あきベルトにして良かった。

 帯の長さが足りなかったり余ったりすると、ただでさえ出来の悪い眼帯が余計に不格好になるからな。

 ジラルドは胸元から手鏡を取り出し、自分の顔をまじまじと眺める。


「こりゃあさながら、眼帯を付けた流浪の剣士って風格だ。痺れるねぇ……!」


 シスコンのキリオ、ロリコンの守人と続いて、ナルシストのジラルドってか。

 サブキャラばっかりキャラが立ってるのは、人気取りを考える必要が無いから結果的に冒険できちゃうって事か?


「ありがとな。大切に使わせて貰うぜ」


「え、あ、はい」


 手を差し出されたから、俺はそれを握りかえした。

 やっぱり、体温を感じない。

 この世界は冷え性ばっかりなのか?


「なあ。お前さんの石版、リントレアのこの先も解るんだろ?」


「そうですね、では――」


 村長にもちらっと話した、温泉回の事を伝えてみるか。


「今年の冬が訪れる頃には、この村に温泉が掘り当てられてます。私達は、そのタイミングで、この村にまた来るという事が、石版の導きにはあります」


「じゃあ雪が降ったら、またここで会おうか!」


「……! はい!」


 晩飯も済ませ、夜になったら俺達は早々に眠った。

 ファルドも流石に疲れたんだろう。泥のように眠りこけた。



 *  *  *



 朝になり、俺達はまたザイトン司祭の馬車で、ヴァン・タラーナまで運んで貰った。

 思ったんだが、鉱山を経由しないとヴァン・タラーナから王国には戻れないのか?


 それをザイトン司祭に訊いたが、迂回路は地盤が固い上に地形も険しいから難航しているらしい。

 今年中には出来るって言ってたが、魔王軍の妨害を考えたら怪しいもんだな。



 俺達はモードマンにも報告した。

 携帯用暖房装置は、俺の命まで救ってくれたからな。

 もうそりゃあ丁寧にお礼を言った。

 モードマンは大はしゃぎで、ザイトン司祭がちょっと引くくらいだった。


 クラウディアが新しい発明品(らしいのだがどう見てもハリセン)でモードマンを引っぱたいていた。相変わらず仲良しだな君達は。


 キリオの行方を訊くと、実家の手伝いに行かされたのだという。

 そういやドレッタ商会って色々と扱ってるって設定だったが、具体的には武器以外で何を扱ってるのか考えてなかったな。

 とんでもない物を扱ってたりしたらどうしよう。ちょっと不安だ。



 そして俺達はヴァン・タラーナを出発して、ザイトン司祭とも別れた。


 ドリトント鉱山はすっかり復旧して、鉱山夫達が俺達に手を振って挨拶してくれた。

 ダイナマイトで封鎖されていた場所も、別の所を掘り進めて開通させたようだ。


 山道を下って、麓のムーサ村へ。

 ここから南西へ行けば、いよいよ城下町だ!

 だが、そこに待ち受けていたのは。




「――何だよ、これ……どうなっちまってんだ」


 無残に破壊し尽くされた廃墟だった。


「想定外だ……こんな展開」




 壊れた冬の聖杯

 ばらばらに破壊された冬の聖杯。

 魔力の残滓は感じられるが、もはや本来の役割を果たせるだけの能力はない。

 魔女ルーザラカはこれの欠片を持ち去り、力を蓄えた。

 ルーザラカは冬の民の血族ではなかったが、何かしらの細工を施し、聖杯の法則をねじ曲げたのだろう。

 そうでなければ、守人以外がこの聖杯に力を与える事など、できはしないのだから。

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