第十四話 「……が、頑張りますっ!」
夜が明けて、俺達は古城の探索を再開した。
村長と俺は地図を持っているから、手探りって事はまず無い。
亡霊との戦いを除けば、殆ど消化試合みたいなものだ。
東西の離れた場所に、それぞれ三つずつの仕掛けがある。
「また後でな。ファルド」
「ああ。地下室行き階段前で落ち合おう」
俺とルチア達のチームは東側を攻略する。
ブラヴォーチームと名付けよう。心の中でだが。
ファルド、アンジェリカ、村長達のチームは西側だ。
こっちはアルファチームと名付ける。
アルファチームの探索する西側は亡霊がかなり多く、アンジェリカの火力が鍵となる。
ちなみに、俺達が休んでいた狩人の間は東側だった。
* * *
一階に比べて、二階は大部屋が多い。
ここまでの道中では、亡霊に遭遇しなかった。
そもそも西側に比べてそんなに居なかったというのもあるだろうが、昨夜のうちに調査隊連中が倒したみたいだしな。
「そういえば、ルチアに訊きたい事があるんだが」
「はい」
「ビルネイン教の人達は退魔系の加護は使えないのか?」
原作でもエタった最後の瞬間まで、そういう加護を使ったシーンは一度も無い。
高位の司祭とかなら、ターン・アンデッド的なやつを使えてもおかしくないと思うんだが……。
こっちの世界ではそういう設定補完が何処までされてるのか、把握しきれてないからな。
「そう、ですね……退魔師という、水銀を武器に塗り、アンデッド系統の魔物と戦う方々は居ると聞きました」
「そうなのか……道具屋で水銀を買っておけば良かったかな」
「ブレス・エンチャントを使用した武器であれば代用は可能です。
ただ、私がそうなのですが、はじめは水銀のほうが有効である場合が多いと聞きます」
「慣れていくと、ブレスのほうが強くなるんだな?」
「……が、頑張りますっ!」
ルチアが両手をぐっと握る。
すると、先陣を切っていた調査隊の一人が俺達に振り向く。
「お二人方! 俺達が言うのも何だが、あんまり気負いすぎるなよ?」
「そうそう。水銀なら俺達が小瓶に入れて持ってきてる。今回お嬢ちゃんの出番は回復の加護くらいしか無いさ」
「その回復の加護に、まるっきり世話になった俺達に言えた義理じゃあ無いがね」
「まあそういう事よ。大船に乗っかったつもりで、お前さん達はドーンと構えときゃいいのさ」
ホントに大丈夫かよ。
こいつら自信満々に言ってるが、昨日のあの惨状のせいで俺は殆ど眠れなかったんだぞ。
ドーンと構えろって言った奴なんて、あばら見えかけてたじゃん。
* * *
そして辿り着いたのは、第一の目的地“舞踏の間”だ。
円形の部屋で、奥の方に楽器が立て掛けてある。
当然どれもボロボロで、長いこと使われてなかったみたいだな。
「此処にどんな仕掛けが?」
「まあ見てて下さいよ」
俺は壁沿いに歩き、たいまつの明かりを頼りに注意深く観察した。
それから、リュックから斧を取り出し、目星を付けた壁に思い切り振り下ろす。
「お、おお……!」
壁に施されていた魔法が解除され、スイッチが出現する。
俺はそれを躊躇いなく押した。
すると、ゴゴゴゴゴ……と音を立てて天井が放射状に、そしてマンホールくらいの大きさに開いていく。
部屋が一気に明るくなる。ぽっかり空いた部分はガラスで覆われているから、雪は入ってこない。
よく凍らないなとも思うが、この古城は聖杯を安置する神殿みたいなものだ。
その手の仕掛けはよくある話だよな。
「鏡の代わりになる、光を反射する物を持ってる人はいます?」
「俺に任せな」
調査隊の中から、銀髪の伊達男っぽい奴が名乗り出た。
懐から手鏡を取り出し、天にかざす。
ちがう、そうじゃない……。
「今から指差す方角に光を反射させて下さい」
「こうするのかい?」
俺が指差した太陽の壁画に、伊達男が光を反射させ続ける。
すると壁画が橙色に輝き、床がエレベーターみたいに下へと沈んでいく。
元ネタは探索系のゲームとか、ホラー系のアトラクションだな。
「床が……!」
「これで下の小部屋の隠し扉に繋がります。そこを出てすぐの、拳大のスイッチを押せば一つ目の仕掛けはクリアです」
隠し扉から小部屋へと出た俺達は、今度は三階へと向かう。
石造りの渡り廊下を通って、塔のような建物へと進む。
道中で何匹か亡霊が襲い掛かってきたが、調査隊連中が処理してくれた。
やっぱり亡霊は物理攻撃が通らないようで、水銀の力でどうにか倒せたって感じだ。
傷を負った奴は後ろに下がり、ルチアが治癒の加護を使う。
「思ったんだが、水銀とブレス・エンチャントを併用できないか?」
「そ、その、残念ながら。水銀と干渉し合って、剥がれてしまいます」
「重ね掛けして効果を増幅させる事も無理か?」
「はい。その場合はかけ直しになってしまいます」
「うーん。いい練習になると思ったんだが、難しいか」
思ったより不便なんだな。
まあ、この人数に加護をガッツリ使ったら魔力の消費も馬鹿にならないだろうしな。仕方ない。
と思っていた矢先、伊達男が俺の肩をポンと叩く。
「ちょいと提案がある。乗ってくれるかい?」
「な、なんでしょう……」
「お嬢ちゃんのブレス・エンチャントとやらを、俺に使ってくれ。水銀は拭き取る」
貴重な水銀を拭き取るってどんだけ大胆なんだ!
案の定、他の調査隊連中が目を丸くしてるじゃん!
「助けて貰った恩をまだ返していないからな」
「なあ兄貴、お、俺達も拭き取ったほうがいいか?」
「家族の居る奴ぁやめときな。俺は天涯孤独だから、失う物が無い。そう易々と命をくれてやるつもりも無ェがな」
「え!? だがよ、兄貴は――」
言い掛けた反論を、伊達男は「しっ」と指を立てて制した。
何だよコイツ。
アニメで言えばスタッフロールに名前すら載らないモブの立ち位置のくせに、妙にかっこいいぞ。
「さ、お嬢ちゃん。このサーベルに、一発ブレス・エンチャントとやらをかましてくれ」
「その、ありがとうございます……」
ルチアはサーベルに人差し指を当て、黙祷する。そして……。
「できました」
伊達男のサーベルが淡い金色に輝く。
字面だけ見ると卑猥な……いや、やめよう。
「熟達した方々が加護を施せば、もっと光が強くなります。ですが、私はやっと習得したばかりで……ごめんなさい」
「いいのいいの。ルチアちゃんは真面目だなあ」
前言撤回だ。馴れ馴れしく“ルチアちゃん”とか呼ぶんじゃねー!
こんな時、あのシスコン赤もやしのキリオが居てくれたら。
いや、もっとややこしくなるからやっぱり居なくていいや。
今回に限って居ないって、逆に心配になるな。
まあ、またそのうち現れるだろ。
さて、第二の目的地、東風の鐘楼に到着だ。
この鐘楼は普通に鐘を鳴らす事も可能だが、それでは仕掛けを解除できない。
とあるレバーを引くと、あのライオンの口から砲弾が飛んでくる。
その砲弾を打ち返して、鐘に当てる。
するとスイッチが迫り上がってくるから、それを押せばオーケーという流れだ。
「俺が行く!」
カイゼル髭のマッチョが前に出た。
その右手には金属製の棍棒。
カイゼル髭男はヘルメットも被ってる。
プロイセン軍の兵士みたいな、てっぺんのトゲが特徴だ。
何て言うか、鎧を着込んだ野球選手みたいだな。
まさにこの仕掛けにはおあつらえ向きの人材だ。
俺はルチアと一緒に、レバーの所へ向かう。
その護衛に、伊達男が付いた。
非戦闘員は纏まった場所に居た方が守りやすいしな。
「さあ、いつでも来るがいい!」
「行きますよー」
グイッとな。ライオンの口がガコンと開き、砲弾が飛び出る。
「ぬんッ!」
カイゼル髭は思い切り棍棒を振り抜き、砲弾を打ち返す。
しかし……空振りした。
この世界に野球は存在しない(筈だよな?)だろうから、まあ仕方ない。
「ふん。儘ならぬものよ」
「レバーを引く限りは何発でも出て来ますから、安心して打ち返して下さい」
「親切設計だな。ありがたい」
もう一発。
砲弾は、今度は在らぬ方向へとぶっ飛んでいった。
野球で言えばファールだな。
俺はまたレバーを引こうとした。
だがここで、亡霊共がわらわらと湧いてきた。
「くっ、こんな時に!」
「迎え撃つぞ! 君はレバーを引く事に集中しろ!」
「わかりました!」
と元気に返事したはいいが、カイゼル髭に亡霊が集中攻撃を狙ってきてるんだよな。
しかも西側で調査隊が戦ったと思われる、氷魔法を使う奴まで現れた。
これじゃあ狙って鐘に当てるとか難しいぞ。
……いや、待てよ?
鐘に当たりさえすればいいんだよな?
しかも、原作には無い最高にイカした加護があるじゃないか。
「ルチア! ホーミング・エンチャントだ! 砲弾を打ち返した瞬間に使え!」
「――! はいっ!」
「これで最後にさせる! 行きますよー!」
カイゼル髭が目を閉じて、棍棒を地面に突き立てる。居合斬りの真似事かな?
俺は構わずレバーを引く。そして……!
「せいぃやッ!」
カイゼル髭は目を見開き、砲弾を打ち返す。
「ルチア! ゴー!」
砲弾がブルッと震えたと思ったら、鐘のほうへと飛んでいく。
上手く行った!
亡霊の何匹かが鐘のほうに手を伸ばし、物憂げな顔をした。
それから一匹が俺とルチアを指差すと、他の亡霊共が氷魔法を放ってくる!
「ちょッ!?」
俺は咄嗟に屈んだ。
が、特に痛みも何も無かった。
一体何が起きた?
俺は恐る恐る顔を上げる。
そこには大の字に立って攻撃を庇った、あの伊達男の姿が。
「やらせねえよ! おい亡霊共! テメェ等のボスによろしく伝えな! 首を洗って待ってやがれってさ!」
やだ、かっこいい……。
モブのクセにかっこよすぎる。
亡霊共は驚愕の表情を浮かべて、スッと消えていった。
それと同時に、伊達男が両膝から崩れ落ちる。
顔を押さえている。
「だ、大丈夫ですか!」
俺は急いで伊達男を仰向けに寝かせた。
「――ッ!」
つぶった左目から血を流していた。これは重傷だ。
俺はルチアのほうを見やる。
ルチアは両手で口元を押さえながら、首を振る。
「俺のポーチに痛み止めがある。取り出してくれれば、後は俺が自分でやるよ」
「ごめんなさい、私が戦えていたら……」
「気負うなよ。俺が、そうしたいからそうした。もし村長に何か言われたら、俺が言い返してやるさ。
それに……勇者一行に守られるんじゃなくて、俺は逆に守った。これって、表彰モンだろ?」
ルチアが伊達男の傍らに座り込み、伊達男の左目に手の平を置く。
「主よ。主よ。私は朽ちた城塞より貴方の名を呼びます……どうか、貴方の慈悲を以て、この者を苦痛からお救い下さい……」
治癒の加護を使おうとしてるんだな。
ルチアの手の平が淡く光ってる。
ヒールとリゲインだ。
熟練度が足りないと内臓系は治せない筈だが、ルチアからすればそんなの関係無いんだろう。
俺だって、加護が使えたらそうしてるに違いない。
だが、伊達男はそんなルチアの手首を掴み、押し退けた。
「痛いの痛いの飛んでけって奴だろ。悪いな、ルチアちゃん。神様にはもう少し、俺の頑張る姿を見てて欲しいんだ」
「で、ですがっ!」
「ルチアちゃんの泣き顔見たら、痛いの飛んでっちまった」
あっけらかんと言い放つ伊達男は、立ち上がる。
途中でくらっとなったのを俺が支えた。
元はと言えば俺がロクに戦えないのがいけないんだ。
せめて俺に出来るのは、包帯を巻いてやる事くらいだ。
伊達男の顔に包帯を巻いていると、後ろから襟首を掴まれる。
「おい」
「はい……――いいッ!?」
そのまま俺は壁に叩き付けられた。
調査隊の一人が、俺の頭のすぐ横の壁を殴りつける。
「男はなあ、戦えなきゃいけねえ。お前、今度足引っ張ったら谷底に放り投げるからよ? 覚悟決めとけよ?」
「やめな!」
伊達男が駆け寄り、壁ドン野郎(仮)の胸倉を掴む。
「だって! 兄貴はそのせいでコイツ庇って、左目をやっちまったんだぞ!? 俺、許せねーよ!」
「俺がしたくてやった事だっつったろ! この坊主にゃ坊主なりの役目を果たそうとしてる。
砲弾を打ち返して鐘に当てるなんて、俺達だけで思い付くか?」
「い、いや……」
伊達男は壁ドン野郎の襟首から手を離し、それから胸を小突く。
「アタマ冷やしな。お前が仲間に手を上げるなんて姿、俺は見たくねぇ」
「悪かったよ……」
「坊主にも頭下げとけよ」
「すまねえな坊主。俺、カッとなっちまった」
「いえ、いいんです……戦えないのは僕の落ち度ですし……えっと、そちらの方にも多大な迷惑を」
「名前で呼んでくれ。俺は、ジラルド。お前さんは?」
「シンと言います」
伊達男改めジラルドに、俺は頭を下げる。
こんな時にこんな事を考えるのは何だが、原作ではモブ扱いされてた奴もちゃんと名前があるんだよな。
「ジラルドさん、左目の事は、何とお詫びしていいか……」
「ん? ああ、気にするなって。こんなのツバ付けときゃ治るさ」
治るかッ! っていうか俺の渾身のギャグをこんな場面でパクってんじゃねー!
今は気を抜いていいタイミングじゃないだろうが!
……稽古しなきゃな。明日から腕立て百回だ。
強くなりたい。今よりもずっと。
サーベル
隻眼の虎と呼ばれる、流浪の冒険者の所有物。
薄く細長い形状で、馬上からの斬撃に適している。
戦争が長引くにつれて触媒を仕込んで杖代わりに使う者も出て来たが、
これは貴族用のもので、そういった加工には向かない。