最終話 「この世界を、頼んだ!」
サレンダーを倒してから、早くも二ヶ月が経った。
大陸各地の復興は、ちょっと人手不足だが順調に進んでいる。
……何故、俺が戻っていないかっていうと。
サレンダーが俺をここに呼び出した際にレジーナが細工したのだが、そこでしっかりとサレンダーによる召喚メカニズムを解析できなかったのだ。
だが、レジーナがこれまでずっとその解析に時間を費やしてきた甲斐あって、間もなく準備が終わる。
聖杯の力を使ってゲートを開き、元の世界へと転送するという方式だ。
ジラルドが転生前に研究したという送還の魔法陣は、このアレクライル王城にて作られる。
魔力の充填はヒルダ・フォン・ヴィッカネンハイムをはじめとする魔女達、そしてエスノキーク魔法学校の教師と生徒一同が担当してくれる。
王城の中庭をまるごと使うんだもんな。
めちゃくちゃ大規模だ。
「ちなみに記憶とパソコン以外は、召喚前の状態に戻されるニャ」
「時間も、座標も、服装も?」
レジーナは頷く。
「鍛えた身体も、かニャ。見た目、大して変わらないけどニャ!」
「なんだと! 見ろよ、この二の腕! ほら!」
腕まくりして見せつけると、レジーナは顔を両手で覆いながら逃げていった。
「ろ、露出狂だニャー!」
「キャーキャー! 不潔よー!」
アンジェリカが一緒になって囃し立てる。
「ムッハハハハー! レジーナ=サン! 俺の鍛え抜かれた肉体を見るが良い!
ファンタスティック・カラテは実際スゴイ! マグロを片手で持ち上げるのだ!」
「アイエエエ! 実際卑猥ニャ!」
「シン……アンジェリカまで何やってんだよ……」
「まあまあ、ファルド君も混じってきたら?」
メイが勧めると、ファルドは首を振った。
「あッ……!」
アンジェリカが足を引っ掛けて転びそうになる。
それを、寸でのところでファルドが支えた。
非難めいた眼差しで、ファルドは俺達を見る。
「ほら、こうなる」
「ファルド、ごめん……」
しかし、ファルドはすぐに表情を崩した。
「こうやって悪ふざけするの、久しぶりかも」
……ふぅ。
ただ討伐記念セレモニーを謹んでお断りしたのは、ちょっともったいなかったかな。
だが、それをやると別れが惜しくなるんだよな。
断った時は、それより大陸各地の被害が心配だからっていう理由を伝えたが。
いざお別れってなると、寂しいもんだ。
「いよーぅ! 元気にしてたか!」
「お、お父様! 肩車はやめて下さいませんか!」
「いいじゃねェか! お前がガキの頃には、あんまりしてやれなかったんだ」
「父上。後で私にもルチアを肩車させて下さい」
「お前のひょろい身体じゃすぐ腰をやっちまうだろうが」
「ひい、ひい! み、皆様、お待ち下さいませ! 爺の足腰は、もう、限界でございますぞ!」
「ハーッハッハ! まだまだ鍛え方が足りねェな! ほーら、ルチア、高い高~い!」
「あ、あう……」
あー!
うるせぇ!
どうしてお前はそう、極端なんだ!
「ドナートさん、何しに来たんです?」
「送別会なら任せろ! ……って、うちのせがれが言ったからよ。
じゃあ、隠居した身分だが、ささやかながらお手伝いをしようと思う」
「わ、私は父さんも兄さんも止めたのですけど……やるって言って聞かなくて……」
ルチアはバツの悪いといった表情で、顔をそらす。
肩車されながらなので、何とも可愛らしい。
「――あ、痛ッ!」
「信吾、目つきがやらしいよ」
「深い意味は無いって」
「ふぅん?」
あ、あの。
公衆の面前で胸を押し付けるのは、良くないと思うんですが……。
「ちょっと、やめなさいよアンタ達……元の世界に帰ったら存分にいちゃつけるでしょ?」
「そりゃ、そうだけど……」
メイは我に返ったのか、顔を赤くする。
お前、さんざん痴女プレイしてきただろ……流石にノクタ案件は無かったが。
俺達の冒険は実際健全。卑猥は無い。いいね?
――ん?
元の世界に帰ったら?
「いや、待ってくれ。メイがどこに住んでいるのかも解らないんだが」
「そういえば。どうやって会えばいいんだろ」
「……メッセージで待ち合わせ場所を決めよう」
「ラ○ン、やってる?」
「ああ。ツ○ッターも。あんまり書き込んではいないが」
「了解! じゃあ、帰ったら決めよ!」
* * *
それから、魔王討伐とサレンダー討伐、それから俺とメイの送別会を兼ねた盛大なパーティが開催された。
豪華な食事、呼び寄せた吟遊詩人達の数々の歌。
まさしくVIP待遇だ。
ちなみに、俺達の服は用意されていた。
流石に冒険者ルックじゃマズいって事か。
ファルドと俺はタキシード。
ファルドは貴族の嫡男みたいに(まあ実際、貴族なんだが)、しっかりとした着こなしだ。
対する俺は、若干崩し目でという指示を受けた。
なんでも、ちょいワル風味なのが似合うからそうさせろと、ロカデール第二王子からの勅命なのだそうだ。
……無体にして面妖だ。
アンジェリカは白くてヒラヒラしたドレス。
流石にウェディングドレスほどじゃないが抑えめながらも装飾が施され、普段は引かないルージュも相まって、程よく色気を出している。
最初はルチアが冗談交じりにバニーガールの格好がいいんじゃないかと言ったが、アンジェリカが「じゃあ給仕もしなきゃね」思いの外乗り気だったので、慌てて引き止めた。
アンジェリカも舌を出しながら「冗談よ」と笑った。
さて、そんなファンタジスタな提案をしたルチアだが、こちらは淡いグリーンのシックなドレスだ。
元々は母親ローザのものだったらしいが、経年劣化は全く見られない。
かなり大切に保管されていた事からも、ドナートの愛妻家ぶりが伺える。
用意したドナート本人が思わず嗚咽を漏らす程だ。
レジーナのドレスは淡いピンク色の、なんだろうな……子供がお遊戯会で使うようなデザイン?
ふわふわで、フリルを多用している。
パフスリーブとロンググローブも相まって、何とも可愛らしい。
とはいえ参加者はレジーナが春の聖杯の守人である事を知っている為か、気安く話しかけようとする人は皆無だ。
その件についてレジーナはメイに愚痴をこぼしていた。
メイは三人のものに比べると派手な、ワインレッドのドレスだ。
肩口や胸元が開けられていて、腰回りは左側に大きくスリットが入っている。
俺の貧弱な語彙だと下品そうな見た目に感じるかもしれないが、実際に見れば全く下品さを感じさせない。
色合いとか、デザインのお陰なのかな。
他にもいっぱいいるが、割愛する。
フェルマーの定理じゃないが、ここに記すには余白が狭すぎる。
俺は主要な人物の服装をしっかりと心のファインダーに収めつつ、辺りを見回す。
ファルドはヒルダと、アンジェリカやルチアもそれぞれの親と話をしている。
全ての平和を取り戻した、穏やかな空間だ。
途中でモードマンの車椅子が暴走(よりにもよって例のトロッコと同じ動力らしい)して、騒然となったりはした。
が、クラウディアの魔女化由来の並外れた力で押し留め、事なきを得た。
ああ、車椅子?
バラバラですよ。
後は、誰がどうやって声をかけたのか(多分レジーナ)……骸骨ピエロによる手品だ。
殲滅城でお披露目していた時と同じ、トランプの紙吹雪を箸でキャッチしていく奴。
あれをみんなの前でやって、それから観客に見せていく。
最初はスケルトンの登場で子供が泣き出したり、冒険者っぽい人が臨戦態勢を取ったりしたが、次第に打ち解けていった。
特に、鼻を引っ張ると国旗が出てくるネタは子供達にバカ受けだ。
次の出し物は、ルチアが教会に打診したという。
みんなで作った折り鶴を、何とホーミング・エンチャントの応用で実際に飛ばしてみせた。
空高く飛翔していく千羽鶴。
しかも、何か特別なエンチャントをしてあるのか、どれもが光っている。
幻想的な光景に、誰もが息を呑んだ。
更に、サプライズだ。
何とミランダの歌声が復活した。
なんでも、死霊術を研究していた魔女の婆さんとルーザラカが協同で編み出した、再生の魔術によるものらしい。
いずれは身体の欠損した人達に役立てたいそうだ。
曲目は『勇気を作る者』だった。
ファルドを支えながら、関わる全ての人達に勇気を与える預言者……って内容だった。
詳しくはちょっと覚えていない。
聴いてた俺自身がボロ泣きしちまって、それどころじゃなかった。
間奏中に歌詞カードが配られたんだが、こちらはあの画家が描いたであろうイラストが表紙になっていた。
良かったな、良かったな……!
ちなみにカグナ・ジャタはお留守番だそうだ。
寂しいが、物理的に居場所がないからな。
食後のデザートは、親方とリーファが王城お抱えの料理人と協力しあって作ったホットケーキ。
質素な暮らしを是とする王城だから、あんまり小麦粉の質は変わらないが……それでも大宴会向けに精一杯、豪華にする為の工夫がされている。
俺がファルド達を支えてきた事は、決して間違いじゃなかった。
こうやって、返ってくるんだな……。
* * *
大宴会は夜更けまで執り行われた。
宴も酣というところで、呼び出しが掛かる。
「いよいよ、お別れの時間だ。シン殿、メイ殿。ご両名は中庭へ」
ロカデール“国王”のご指名とあらば、行くしかないよな!
ああ……名残惜しい。
すっごく名残惜しい。
だが、もう準備は済ませちまったんだ。
これからはそれぞれの世界で、役目を果たさなきゃいけない。
ロカデールに促され、俺とメイは魔法陣の上に立ち、ファルド達に振り返る。
「最後に、伝えたい事はあるか?」
ンな死刑囚に言うみたいな事を……。
ほら見ろ!
みんなボロ泣きしてんじゃねーか!
うーん、どうしよう……特に思いつかないな。
「メイ、何かあるか?」
「あたしは、大丈夫。ゆうべ、しっかり伝えたからね」
なら大丈夫かな。
俺は、ロカデールに向き直る。
「今ここで伝えたいメッセージは、特には無い。全て伝えてきた」
「……そう、か。では、始めてくれ」
「いや、一つだけ!」
魔法陣が光り始める。
周囲の魔術師や魔女達は焦りを顔に出すが、作動した魔法陣を止めるすべは無い。
「この世界を、頼んだ!」
俺は拳を突き上げ、大きな声で伝える。
「……ああ! 任せろ、兄弟!」
ファルド達もまた、大きく頷いて応じてくれた。
皆に手を振って見送られながら、俺とメイは空の光へと吸い込まれていく。
盟友から兄弟へとランクアップか……。
まんざらでもない。
* * *
蒸し暑い真夏の日。
俺はまた、そこに戻ってきた。
呼び出される直前と、何ら変わらない姿で。
だが、一つだけ違う事があった。
開いていた小説サイトのトップページに、赤い文字で通知が出ていたのだ。
『新着メッセージが1件あります』
通知には、そう書かれていた。
ここまでお付き合い頂いた読者の皆様、本当にありがとうございます。
ところで、最終話と言いつつ、まだエピローグが残っているんです。
今夜中には投稿すると思います。