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第十三話 「答える義理があると思うか」


 準備を終えた俺達は、村長達を捜すことにした。

 だだっ広い上に、元は絢爛豪華な装飾が施されていたんだろうな。


 確か、バロック様式って言うんだっけな?

 ヴェルサイユ宮殿みたいな奴。あれが朽ちたら、こうなるのかな。


 質実剛健な石壁そのものだったアレクライル王城とは正反対だ。

 外から見たらどっちもThe城って感じなのにな。


 とりあえず、一階の全域だ。俺はフォルダから地図を開く。

 あったよ、古城の地図! これで捜索がグッと楽になる。


 だが、何処に居るんだろうな?

 アンジェリカの魔法は炎しか使えないし、ルチアのスキル――加護は人捜しに便利な物は無かったと思う。

 ファルドはそういったスキルの類いはからっきし。

 俺みたいな平凡一般人のモブは論外だ。


 一応、捜しながら二人に確認だけしてみるか。

 どうしてもっと早くやんなかったのかは、テキストに書いてあるキャラ設定の通りだったら、確認する必要が特に無かったからだ。



 だが、ここに来て原作とは微妙に違う展開を色々と見てきて、不安になってしまった。

 ……だって原作では、村長がエントランスホールで倒れてたんだぞ?

 ここに居ないとしたら、何処だよ?


 村長は別に聖杯の守人の関係者じゃない。

 最悪、間取りを知らない可能性もある。

 真っ先に聖杯の間に行ってそれから命からがら抜け出したとしても、三日間ずっとエントランスで倒れてるなんて事はあり得ない。


「なあ、ルチアとアンジェリカはどういったスキルが使えるんだ?

 見た感じ、アンジェリカが魔法で、ルチアが加護と呼ばれるカテゴリーの物を使ってるのは解るんだが」


「えっと……アンジェリカさんからどうぞ」


「はいはい。私ね――」


 まずはフレイムブロウ。

 これは火炎放射器みたいに、前方に一メートル程度の炎の噴射を発生させる。


 ファイアーボール。狙った方向に火の玉を飛ばす。


 ファイアーウォール。炎の壁を発生させる。障害物が無ければ二平方メートル程度の壁が作れる。


 ミストフレイム。炎の霧を発生させる。攻撃力はほとんど無いが、火としての特性はある。


 最後にスネーキーフレイム。

 火の蛇を地面から生み出し、一定時間任意の方向に飛ばし続ける。

 アンジェリカの切り札で、教員でも扱える奴が居ない。当然、燃費は悪い。


 冒険を進めていけばメテオストームとかバーニングトルネードといった応用の大魔法が使えるようになるが、あくまで先の話だ。

 魔法には詠唱が必要な物と、どっちでもいい物がある。


 だがエスノキーク魔法学校は伝統を重んじる宮廷魔術師御用達な学校だから、必ず詠唱と魔法の名称を言わなくちゃいけない。

 元々そうする理由として、魔術師同士が連携をとりやすくするのと、唱えたほうが魔法の成功率が高いからだ。

 どれも俺が設定した通りだな。



 ルチアの加護は支援系が目白押しになっている。


 ヒールが外傷を治療する。骨や内臓の損傷は、修行を積んだ人達でないと治療できない。

 リゲインが失われた体力を回復させる。よくあるゲームのヒールに相当するものだ。

 当時の俺が精一杯のリアリティを表現する為に、二つに分けたんだよな……。


 リカバリー系が毒とか麻痺とかを治癒させる。

 どれもあくまで対象の治癒力を一時的に強化するだけのもので、薬草とかとの併用が好ましい。

 この世界で医者が失業しない理由は、そういう所にある。


 スクリーン・エンチャントは防御力、ブレス・エンチャントが近接武器に聖なる力を付与する。

 そしてホーミング・エンチャントが鉱山の時に、俺に使った加護だという。この三つのエンチャントは、鉱山での戦いで同時に授かったらしい。


 支援系の能力を使う僧侶達は、スキル名の詠唱などはしない。

 大昔の宗教戦争の教訓から相手に何を使ったか悟らせないように、しれっと使うようにするらしい。


 それにしても、ホーミング・エンチャントなんて初耳だぞ。

 原作には無かったクロスボウが登場したからか?

 ちなみに原作でのあのシーンでは、スクリーン・エンチャントを自分に唱えて、それからブレス・エンチャントをファルドに掛けて切り抜けた。

 原作と違うのはそこだけみたいで、後は一緒だ。



 そうこうしている間に、俺達は一階をあらかた探し終わってしまった。

 鍵とかの類いはもう片っ端から開け放たれてるし、中には朽ち果てたドア、そもそもドアの無い小部屋もあった。


 廊下に飾られた鎧は完全に錆びてて、間違っても動き出しそうな感じはしない。

 しかも今俺達の居る窓際の廊下はコの字状に展開しているが、どれもガラスが割れてるせいで雪が容赦なく入ってくる。


「待った」


 ファルドが剣を抜き、左腕で俺達を遮る。いつもの敵襲か。


「……足音が聞こえる」


 はい? 足音?

 この城のモブ敵は亡霊じゃなかったのか?

 と思ったが、確かにガシャガシャと足音が聞こえてくる。

 動く鎧か?

 たいまつの明かりが届く所にまで足音が迫ってきた。


「きっ、君達は……? ううッ」


 が、その足音の主は俺達の予想とは違った。

 安っぽい鎧に身を包んだ、白髭に眼鏡のインテリ風な中年だ。


 それにしても、ひどい怪我だ。

 腹に何本ものつららが刺さっている。


「っ! 動かないでください! 治療します!」


 ルチアが中年をその場に座らせ、ヒールとリカバリーをかけている。

 そして腰のポーチから、薬草を煎じた聖水も取り出した。


 痛み止めにはなるんだろうが、それでも気休め程度だな……。

 ファルドが中年の隣にしゃがみこみ、中年の背中を支えながら包帯を巻く。

 壁に寄り掛かるよりは、傷には響かない。この城の壁はきっと冷たいだろうしな。


「俺はファルド。この吹雪の原因を調べに来ました。治癒の加護が使える人は居ますか?」


「教会に発注した加護発動用の札を、切らしてしまってな……自警団、連合騎士団による、合同の調査隊も、近くで休んでいる」


「えっと。村長さんはなんで、その怪我で動こうとしたんです? 傷を悪くするだけだわ」


「物音がした。亡霊でない生身の人間ならば、もしや守人様かと思い、私が直々に会うべきだと……だが、まさか勇者ファルドの一行とはな。期待はずれだったよ」


 ファルドが目を見開いた後、悲しそうな顔をした。

 そりゃあ、がっかり的な事を言われたらな。


「ただ、助かった事に違いは無い。礼を言う。

 せめて私達の村は私達だけで解決したかったが……儘ならぬ世の中だな」


「とりあえず、安全は確保できてるんでしょう?」


「無論だ」


「全く。護衛も付けないで。無茶よ」


 村長は傷の治療もそこそこに立ち上がった。

 包帯から血は滲んでるが、村長はそんな事お構いなしだった。


「敵が居たとして、どうせ君達が片付けるのだろう? ついでだ。仲間の回復を頼む」


「は、はい!」


 俺達は回復した村長に案内され、護衛連中の休んでいる部屋へと向かった。


「……んべーっだ!」


「アンジェリカ。解るけど、抑えて」


 ファルドもアンジェリカも、村長の無謀さと不遜な物言いに猫をかぶり切れてないといった印象だ。



 *  *  *



「うぐッ、あ……」

「くそ……痛え……」


 うめき声しか聞こえない部屋だった。


 村長込みでざっと十五人か。

 二人しか連れてなかった原作よりめちゃくちゃ多い。

 が、これだけの人数でもボロ負けしたんだ。

 相手はやっぱり強敵だって事だよな。


 ここのボスは聖杯の間に居る。

 原作では村長から鍵を貰って、地下へと行くのだ。



 この古城は厳重な作りで、城中に散らばる仕掛けを起動しないと、そもそも地下への階段すら出現しないようになってた。

 それだけ冬の聖杯が重要な祭具だという事を示してもいる。

 原作でファルド達が辿り着いた時には既に仕掛けは半分以上が解除されていて、後は村長から鍵を貰って残りの半分を解除するだけだ。


 俺はルチアを見た。

 大丈夫じゃないが、顔を青くしつつも何とか堪えてる。


「どなたか、マジックポーションをお持ちではありませんか?」


 兵士の一人が力無く挙手する。


「頂戴します。治癒の加護にて、お返ししますから」


「ああ……助かるよ、お嬢さん」


 ファルドはアンジェリカと共に出入り口の見張りをした。

 俺は携帯用暖房装置を、そっと床に置く。


「ルチア、部屋を暖めないほうがいいか? 血が噴き出すかもしれない」


「い、いえ! 治癒の加護は血流が悪いと効果が低下します……ですから、そのまま使って下さい」


 ルチアは、まずは治癒の加護が使える者達から優先的に加護を施していった。

 それから、複数人が同時に加護を発動させる事で効果を倍加させた。

 手を繋ぎながらやるのが条件だ。

 で、主導権を委ねられた一人が高等な術を使える場合は、内臓までやられた傷とかも治せる。


 俺はと言えば、包帯の巻き方をググって、みんなの手伝いをしたくらいだ。

 こうして処置を終わらせたから、後は治るのを待つだけだ。


 怪我の程度に対して加護のレベルが低いと、回復まで時間が掛かるのだ。

 高度な加護が使える奴は、残念ながらこの場には居ない。


「お陰で助かった。この場に留まり、明朝には探索を再開したい」


「後は俺達に任せてください」


「それは、勇者として選ばれた事への自負か?」


「俺自身がそうしたいって思ったからですよ」


 ファルドがむっとした表情で反論する。そうだよな。

 正直、助けた恩義に嫌味で返すとか、ちょっと大人としてよろしくないしな。


「それに、また怪我をしたら、誰も治せないかもしれないって思ったから」


「君達は、他の場所を救ってくれればいい。聖杯が目当てなら、使いの者に報せを届けさせよう」


「うーん……」


 原作には無い展開だな。

 なるほど、護衛が多いから村長も強気で出てるのか?


「私は、この城の構造について熟知している。君達が動くより、遣りやすいのではないかな?」


 ――って、知ってるどころか熟知かよ!

 これは俺の立場が危うくなってきたな。いや、待てよ?


「村長さん、一つ提案なんですがねえ……実はこの石版、理由は解りませんがこの古城の地図が記録されているんです。僕以外の他人には見えませんがね」


「そうか。だが、それをどうやって証明できるというのか」


「じゃあこの部屋の名称を。狩人の間ですね?」


「な……――ッ!」


 はっはぁー! 驚いてる驚いてる!

 残念だけど俺が決めたんだよ。どの部屋の名前も。

 このオッサンがこの城を熟知してくれてるなら、かえって好都合だ。


「エントランス正面の階段を上って右手側には昇降機があって、塔の上に上れるようになってる。

 いや、なってた。今は崩れて使えない。その塔の名前は、曙光の塔。違いますか?」


「ど、何処で、それを……」


「その理由を石版に問い掛けもしましたが、何も答えてはくれませんでした。

 でも、私達を信じる理由にはなったんじゃないですか?」


「その分だと、仕掛けも解っているな?」


「当然。そういう貴方は、鍵はお持ちですよね」


「お見通しか。ならば此方と合同で事に当たるというのはどうかな? 君達は勇者ファルドと魔術師の少女、君と僧侶の少女とで二手に分かれて貰う。

 前者が私を含めた調査隊七人。後者を残りの八人と組ませよう。当方には、属性付与系の加護を使える者が居ないのでな」


 悪くない案だ。これならどっちの面子も潰さないで済む。


「どうかな、ファルド?」


「……解りました。でも、一つだけ訊かせて下さい。どうして俺達を二手に?」


「あの魔術師の少女だが」


「アンジェリカですか」


「そう。アンジェリカは杖から火を出していた。炎の魔法を使えるなら亡霊共を退けるのは容易いと考えた。半分は役割分担の観点だよ」


「残りの半分は?」


「答える義理があると思うか」


 ぴしゃりと言い放つ。とりつく島も無い、嫌な感じがする。

 村長は眼鏡の位置を直す。


「恩義には聖杯の件に関する報せで応じるが、それ以上をするつもりは無い。

 私は何でも勇者に任せて堕落するくらいなら、多少の犠牲が出ても構わんと思っている。

 調査隊はそういった、私の思想に賛同してくれる者達だけを選別した」


「そう、ですか……」


 ……めんどくさい大人ばっかりだなあ。


 そりゃあ確かに、勇者にばかり任せるファンタジー作品には、ちょっと疑問があったよ。

 なんで騎士団とか兵士達はやられ役以上にはなれないのかって。


 だがこれは最近、答えを見付けた。

 メタな事を言うなら、そういうモブ達が活躍すると勇者の立場が無くなる。


 作品世界観寄りの考察をするなら、騎士団の役割は国民を守る為に有事に備えなきゃいけないから自由に動けないのだ。

 その分、自分達のテリトリーで何かが起こった時に自分達でやりたいと思う気持ちは、解らないでもない。


 それにしたってだ。

 勇者不要論は、ちょっとやりすぎだと思うな。


 ……原作では村長、どういうセリフの後に撤退したんだっけな?

 俺は該当シーンのページにアクセスし、スクロールバーを下ろした。


 あったぞ。

 村長はこの時「私がもっと多くの兵を連れていたら」と零している。

 この際だから、これを使わせて貰おう。

 交渉は殆ど成立してるようなものだが、俺からのささやかな意趣返しって奴だ。


「ですが、村長。そうは仰っても自警団、連合騎士団、これだけの人数でありながら亡霊にやられてしまった。

 半分以下の人数なら、撤退は免れ得なかったと思うんですよね」


「痛いところを突いてくれるな」


「この手の異変には、親玉となる存在が必ず控えています。それは亡霊などより遥かに手強い、魔王軍の尖兵かもしれません。

 共同で事に当たるというのなら、互いの腹の内を知っておけば信頼感が生まれる。結果として、上手く行けば一人の犠牲も無く、聖杯を取り戻す事が出来る。

 そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが?」


「解った。私の負けだよ……残りの半分は、私自身の意地だ」


 おいおい、ぶっちゃけたなあ……。村長はまた、眼鏡の位置を直した。


「君達だけにやらせては、私が自分を許せなくなる。だが、私達が君達と別行動しても亡霊共には太刀打ちできないかもしれない。

 どうにか退路の中で必要最低限は捌ききれたが……ご覧の有様だ。保険を掛けておくに越した事は無い」


 勝ち目ねーって解ってんじゃん。

 何を勝手に、死に場所見付けた気分になってるんだこのおっさんは。

 冬に抱かれたいの? 衝動に従っちゃったの?

 まったく、めんどくせー……いや、言わないけどね?


「そういった理由でしたら」


 とだけしか言わないでおくけどね?


 それから俺達四人は交代で見張りをした。調査隊からも二人ずつが見張りに参加した。

 夜が明けても、亡霊がこの部屋にやってくる事は無かった。




 ペンロッド

 一般的な魔術師に用いられる、細く小さな杖。

 その名の通りペンほどの長さしかなく、装飾も施されていない。

 金属製で先端に触媒が取り付けられている。

 腕力に自信のある魔術師ならば少々物足りないかもしれないが、

 逆に魔法を操る技量が高ければ、これほど取り回しやすい杖も無いだろう。


 なお、紛失防止の為に紐を付ける者も多い。

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