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百二十八話 「もう一度、私を家族にしてくれますか?」


 城下町を騒がせた元祖勇者パーティの凱旋とロカデール第二王子の帰還から、数日後。

 捕らえられた魔女の墓場の幹部は、厳重な監視下に置かれた。


 ジャンヌはいの一番に証拠の在り処も含めて証言した。

 アンジェリカに被せたエスノキーク魔法学校放火事件も、大司教暗殺事件も、やっぱり全ては魔女の墓場が企てたものだった。

 そして、他にも数々の罪も。

 理路整然と、淡々と述べていくジャンヌ。


 もはや迷いは無いと、ジャンヌは言葉を締めくくった。

 泣きじゃくって命乞いをしたアイザックとは対照的だな。

 ヴェルシェは……気を失ったままだ。

 命はあるらしいが、打ち所が悪かったのか?


 何かあってからじゃ遅いから、俺達は定期的に監視を続けている。

 守衛いわく沙汰は追って伝えるとの事だった。



 さて、本日も定期業務を終えた。

 俺達はめっちゃ久しぶりに“雪の翼亭”へと顔を出す。

 ここんところ立て込んでて、事後処理だけで手一杯だったからな。


 まずルチアの所属からして、色々とあったからな。

 当のルチアは、まだ表情が硬い。

 いや、聖女として祭り上げられてた頃みたいに鉄面皮ではないんだが……。


「こうして戻ってくるのは久しぶりですね」


「ええ、そうね」


 ちなみにドナートは心を入れ替えて、裏方で子分共々雑用だ。

 今の新生ドレッタ商会は、キリオが取り仕切っている。

 その昔にドナートが帝国からの亡命者を受け入れたように、キリオは魔女達の社会復帰をヴィッカネンハイムと協同で行なっている。



「よう。ご無沙汰だな」


 出迎えてくれたのは親方と……リーファ。



 実はあのパレードの後、機を見計らって二人が現れた。


『お前さん達に、うちの女房が謝りたいんだとよ』


 いつの間に結婚してた事に驚かされたが、どうやらそれは親方のサプライズだったらしい。

 どぎまぎしたリーファを何とかなだめると、リーファはすぐに土下座した。


 ……いや、まさかメイに一服盛ったのって、媚薬じゃなくて水銀だったとは。

 並の魔女だったら内蔵を焼かれて死ぬらしいが、メイはレジーナいわく緊急システムが働いて、一命を取り留めたらしい。


 必要だったら絞首台に行くと涙ながらに語るリーファ。


 俺がみんなに目配せすると、メイはリーファに近寄った。

 そして、頭を撫でて、こう言った。


『これからは、おチビちゃんの、自慢の母親になってあげてね』


 誰も反論しなかった。

 未遂だったとはいえ、結果的には俺達全員が生きている。

 もう、恨む理由も無いんだ。

 リーファもまた、大切な人を奪われた一人なのだから。



 *  *  *



 リーファはすっかりしおらしくなって、俺達の顔色を伺いながら茶を出す。

 何もそこまで萎縮しなくてもいいと思うが、彼女が自分を許せないんだろう。

 余計な事を言って、事態をこじらせるのもアレだ。


 今更、もう恨んでもいないしな。



 と、そこへ。

 階段を降りて、妙齢の女性がやってきた。

 見覚えはあるが、誰だったかな。

 ローブを着ているし、魔術師である事は間違いないと思うんだが。


「デュバル先生!」


 アンジェリカが、ガタンと席を立つ。


「久しぶりだね、アンジェリカ君」


 妙齢の女性は、デュバル先生だった。

 なるほど、そうだ。

 アンジェリカが捕らえられた時、ジャンヌが話しかけていた人だ。


「どこかでお会いしました?」


 ここは、とぼけておこう。


「ああ、シンは面識ないんだっけ? この人は、シェリーゼ・デュバル先生」


 フルネームで言ってくれるの、非常に助かるわー。

 お陰で、引っかかってたことの一つがスッキリした。

 シェリーゼ・デュバルといえば、俺がいつかに読んでいた本『大陸大戦魔術師大全』の著者だ。

 そうか、この人だったのか。


「魔法学校で孤立してた私を気にかけてくれた人よ。ついでに言うと、いつかの手紙の筆跡鑑定も、デュバル先生がやってくれたの」


 さて、そのデュバル先生は俯きながら首を振る。


「……もう先生と呼ぶ必要は無いよ」


「何故、ですか」


 アンジェリカの愕然とした声音に、デュバルは「やっちまった」という顔をする。

 わざとらしい感じは一切無いが、一体何をやらかしたと思ったんだ?

 別にやましい事を言ったワケじゃない。

 いや、雰囲気を壊した事に対してか。

 とはいえ、もう後には引けないようで、デュバルは重々しく口を開く。


「その……教師を、やめてしまったからだ」


「他の先生に、何か言われたんですか!」


 アンジェリカの質問通り(十中八九そうなのだろうが)だったら、まるでアンジェリカのせいで教職を辞したように聞こえてしまうから、やらかしたと思ったのか?

 別に、人として正しい事をしたんだし、処刑されなかったんだからいいじゃん。

 ……と、フォローしておこう。


「アンジェリカ。皆まで言うなよ。世の中に理不尽は多い。無実の罪で処刑されそうになっているかつての教え子をかばおうとして、色々と嫌がらせをされたりする事だってある」


「やっぱり、そうなんですか、先生」


「あまり、認めたくないが……君のお友達の言う通りだ」


「ごめんなさい、私のせいで……」


「でもアンジェリカは実際に無実だったんだろ」


 あ! ファルド、てめえ!

 俺が言おうとした事を!

 ……いいぞ! ここからはお前のターンだ!

 愛しの幼馴染を慰めてやれ!


「アンジェリカはその事について気に病まなくていいんだ。

 だってデュバル先生は、人として正しい事をしたと思うから」


「同感。ファルド君の言う通りだよ。それに、どうせえこひいきがどうのとか、やっかみも多かったんじゃない?

 もしも他の教師が今も態度を改めなかったとしたら、そんな学校はやめて正解だよ。他にも行くアテはあるんだ」


 メイまで俺の言おうとした事を!


「例えば、本を書いたりとかな」


 ふう、滑り込みセーフ。


「大陸大戦魔術師大全は名著でしたよ、デュバル先生」


 ……あの本を書いたのって、確かデュバルだったよな。

 間違ってたら、俺ものすごく恥ずかしい事を言ったぞ。


「ありがとう」


「私にとっては、デュバル先生はずっと先生です。それだけは、譲れません。

 私のために手を尽くして下さって、ありがとうございます」


「いいんだよ。結局、無実を証明できたのも処刑が行われた後だった。誰かが君を助けていなかったら、私は自分を許せなかっただろう。

 それより、ご両親とは仲直りできたかな?」


「うっ……! ああ、えっと……」


「まだ、なのか。実は、連れて来ているんだ」


「そうなんですか……それは、その」


 アンジェリカは両手の指を絡ませながら、あからさまにもじもじしていた。

 今更、気後れする事でもないと思うぞ。

 俺としても、早いところ仲直りしてほしい。



「アンジェリカ!」


 アデリアとアウロスは、アンジェリカを見るなり駆け寄った。


「母さん、父さん……」


「その、アンジェリカ……」


 両親とも、しどろもどろな様子だ。

 俺は、ルチアから流れ込んできた記憶で、二人がどういう気持ちだったかを知っている。

 だが、俺が何もかも進めていったら、駄目なんだ……。

 もどかしい。


 亡霊とか悪霊じゃないんだ。

 生身のアンジェリカなんだよ。

 生きてたんだ!

 アデリア、アウロス。

 早く、その事実を頭の中で整理してくれ。

 じゃなきゃ、何も言えなくなっちまうだろ。


 などという俺の胸中の苦悶をよそに、まずアンジェリカから口を開いた。


「ごめんなさい。言う事を聞かない、わがままな娘で。

 結局、魔女になって、死にかけて、迷惑ばっかりかけて……本当に、ごめんなさい」


 先にそれ言っちゃうか……。

 大丈夫かな? アデリアもアンジェリカの親だ。

 相手が頭を下げたら、強く出ちまわないか?


「いいの。いいのよ……私のほうこそ、ごめんなさい」


 いや、違った。


「あなたを、その……過小評価していたわ。本当に魔王を倒すなんて、倒せるなんて思ってもみなかった。

 何度も、何度も神を呪ったわ。どうして私の子を連れて行くのかって。けれど……」


 確かに言葉の端々には、馬鹿正直な棘があるが、それは過去のアデリア自身に関する事だ。


「けれど……あなたは、あなた。私の娘ではあるけれど、一人の人間だもの。そして何より、生きて帰ってきた。

 シン君の言ってた通りだったわ。信じて、見守ってやるのが親心だって。私は、母親失格よ……」


「そんな事、無いわ。母さんは、私の母さんだもの。私を生んでくれて、育ててくれて、ありがとう」


 ――!

 アンジェリカの様子からは、嘘を言っている感じはしない。

 以前の仲良し親子ごっこじゃなくて、本物の笑顔だ。

 グリーナ村で、二人きりになった時に見せた、屈託の無い笑顔だ。


「アンジェリカ……」


「これからも迷惑をかけると思うけど、それ以上に、恩返しもしたい。

 学校に通って、色々な事を勉強したし、授業で習った事だけじゃなくて、いい先生にも恵まれた。旅に出た時は別にいらなかったって思ってたけど……今は、そうは思わない」


 アンジェリカの両親は、しまいには涙をこらえきれなくなっていた。


「お願いが、あるの」


「いいよ。僕達に、何でも言ってごらん」


「もう一度、私を家族にしてくれますか?」


「もちろんよ。だって、あなたは私達にとって、最高の娘なんだから……!」


 三人は人目もはばからず、抱き合って号泣する。

 あー、くそ、見てらんねえ!

 涙で前が見えなくなるだろ!

 良かったな、アンジェリカ……お前も、やっと辿り着いたんだ……!


「はい、ティッシュ」


「メイ、すまん」



 辺りを見回せば、親方やリーファも貰い泣きしていた。

 あれだけ仏頂面だったルチアまでも。


「ルチアちゃん」


 そのルチアを、アデリアが呼ぶ。

 呼ばれたルチアといえば、ばつが悪いといった様子で顔を背けるだけだった。


「あなたにも……それに、シン君も、色々とひどい事を言ってごめんなさいね」


「いいんですよ」


「ええ。大丈夫です」


「アンジェリカ。これからは、自分の人生は自分で決めるのよ。

 けれど、何かあった時は私達に相談しなさい。全力で、力になってあげる。

 そして、あなたがお母さんになった時、同じようにしてあげなさい。

 私が約束してほしいのは、この三つだけ」


「……うん。約束する」


 良かったな、アンジェリカ……。

 これで、お前は本当の意味で自分の人生を歩む事ができるんだ。

 物語の、外側で。






「――ここにいたか! 大変だ!」


 ドアを勢い良く開けて入店してくる、衛兵。

 正直、嫌な予感しかしないんだが……。


「何事かありましたか?」


「ヴェルシェが……脱獄しました……!」


 ――ハッピーエンドがまだ来ない理由。

 それは、この一件だった。


 嫌な予感って、どうしていつも的中しちまうんだろう。

 お前がそう簡単に諦めちゃくれないのは、知ってたけどな。


 ヴェルシェ……。




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