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第百二十七話 「始まるんだよ、新しい時代が」

「国民の諸君。お騒がせして申し訳ない。我が兄が、迷惑を掛けた。

 この度は、私が全身全霊を以ってこのアレクライル王国を再建する故、ひとまずはご容赦いただけないだろうか?」


 威厳はあるが尊大さを感じさせない口調で、ロカデールは頭を下げる。

 民衆は何も言わず、頷いた。

 それを見てロカデールもまた頷き、ルチアに向き直った。


「……ルチア・ドレッタ。貴公には選択権がある。兄ミルドレッドとの婚約を続けるか、破棄するか」


「もちろん……破棄します。元より私の本意ではない婚約でした」


「すまない。質問の仕方が悪かったな。

 王女の座を希望するならそのまま席を用意するが、どうか。私としては、ファルド殿をこの国の王にしたい」


「王女の位も私ごときには過ぎたもの。玉座はお返しします。それに、ファルドさんにはアンジェリカさんがいます。私は……そうですね、私も此度の戦争を煽った責任を取らねば皆様は納得しないでしょう」



「――それなら、陛下! 俺を、俺を斬首して下せぇ!」


 誰だ!?

 そこに現れたのは、よれたシャツにボサボサの髪、無精髭の男。

 俺は、コイツを知っている。


「何者だ」


「えっと……私の父です。ドレッタ商会の頭目、ドナート・ドレッタと申します」


 そう。

 ドナート・ドレッタだ。

 しばらく顔を見せないと思ったら、このタイミングで突如として現れたのだ。

 ドナートは五体投地の姿勢で、涙ながらに叫ぶ。


「お聞き入れ頂きたく! わたくしめはドレッタ商会として、魔女の墓場に武器を提供し、彼奴らめの悪行に手を貸した! まことの大悪党でござい! どうか、わたくしの首に免じて、娘には寛大な処置を!」


「……貴公は、何か勘違いしておらぬか?」


 対するロカデールは、目を白黒させていた。

 突然の来訪と罪の告白に理解が追いついていないというよりも、ドナートが的外れだとでも言いたげだ。


「へ?」


「私が憎んでいるのは魔女の墓場ではなく、その思想を利用して人心を踏みにじる輩共だ。

 処断すべきは、そういった不義の輩共よ」


「あいや、しかしですねぇ! わたくしもその中の一人でありまして――」


「――くどいぞ! 罰を求める殊勝な心掛けは理解した! ならば実の娘に求めるが良い!」


「ふぇええ!? わ、私、ですか……?」


 ルチアが今までの鉄面皮ではなくなり、かつてのような口調を取り戻した。

 これが何を意味するのかは解らないが、いい傾向だと信じたいな。


「然様。返答に窮するのなら、仲間達に相談しても良い」


「……」


 あ、また冷たい顔に戻っちまった。

 やっぱり、まだ時間がかかるかな……。


 ルチアは五分ほどうろうろしているが、結論が出てこないようだ。

 そりゃいきなりの無茶振りだもんな。

 周りのみんなも、悩むにきまっている。


 これがアデリアやアウロス……アンジェリカの両親だったら満場一致で無罪ってなりそうなもんだが、よりにもよってドナートだ。

 ルチアに商売の話を持ちかけ、拒否されるや髪を引っ張り罵声を浴びせた、あのドナート・ドレッタなのだ。


 とはいえ……。


「ルチア。俺は、ドナートさんを許してやるべきだと思うぞ」


「シンさん……」


「ルチアちゃん、俺からも一つ言っておくぜ」


 ここで、ジラルドも口を開いた。


「ガルセナに潜伏する時、ドナートの旦那が飛行船の設計図を俺に手配してくれた。

 魔女の墓場からすれば間違いなく裏切り行為だ。何故、そんな事をしてくれたと思う?」


 霊体になった時に流れ込んできた記憶の中に、その話は無かった。

 ジラルド、まさかでまかせじゃないよな?

 答えに困ったルチアに、ジラルドは苦笑する。


「お前さんが聖女として祭り上げられているのを、どうにかしたいと思ったのかもしれないぜ。そうだろ、ドナートの旦那?」


「ラリー……いや、俺ァ、その問いには答えられねェ」


「否定しなかった時点で答えは決まってるのさ」


 ルチアはそれでも、俯いたままだ。

 俺から何か進言できないだろうか?

 確かにドナートはクソ野郎の一人だった。


 だが、今はそうではない気がする。

 コイツがくたばっても、みんなの気が晴れるとは思えない。

 それに、限定的とはいえ魔女の墓場に不利益を被らせた。

 ドナートの息の掛かった奴が襲ってきた記憶も無い。

 何より、メルツホルン線での脱出には一枚噛んでいたんじゃないか?


「ドナートさん。キリオは……」


「アイツは悪く無ェ。今の今まで、アイツはずっとルチアの為に手を尽くしてきた。

 アンジェリカだったかね、そこのお嬢ちゃんの親を保護したのもアイツだ。

 アイツは、ファルドの親を助けられなかった事を悔やんで、必死に本部を説得したんだ。

 俺は、手をこまねいて見ているしかできなかった」


 相変わらず、人の話を遮る奴だな!

 だが、いい情報を聞けたぞ。

 続けよう。


「メルツホルン線で、俺達が脱出する時に色々と手配してくれたと聞きました。

 ほら、あの光る指輪。ボラーロの人達とは不仲だそうですが、恥を忍んで頼み込んだとか」


 大通りの行列に混じっていたゲルヒに目配せをしてみる。

 ゲルヒは俺の意図する事が理解できているようで、すぐに返答してくれた。


「然様ですな! いけ好かないボロ雑巾みたいな風体の男が更にやつれた顔で、ご子息まで連れてわざわざご足労頂いた。

 取引のリストならここに! こんな事もあろうかと、このゲルヒ、しっかり持ってきていたのです!」


 用意周到だな……。


「いや、欺こうとかそういう意図はありませんぞ!?

 何かしら不利な判決が下されたりしないよう、あくまで勇者ファルド殿の為に持ってきておったのです!

 依頼書とか、入館履歴のリストとか! ほら、この通り!」


 色々余計なんだよ!

 いや、だが、助かった。


「それは解りました。けれど、処分はどうすれば良いのでしょう……」


「――私からも頼むよ」


 突然のゲスト・パート2!

 街道の人々が道を開ける。

 その中心からやってきたのは……ずっと気掛かりだった人だ。


「モードマンさん!」


 車椅子をクラウディアに押してもらいながら、錬金術士ジュリス・モードマン伯爵がやってきた。

 生きていて良かった。

 だが、車椅子だ……。


「二人とも、どうしたんですか、その姿!」


 そう、変わったのはモードマンだけじゃなかった。

 クラウディアも、魔女になっていた。

 涼しげな両目の瞳が、赤くなっていた。


 ……魔王の言っていた、よく知る人ってまさか。

 いや、まさかな。



「屋敷を破壊された際に、色々とね……だが、古い友人――ドナートが治療の為に教会に掛けあってくれたのだ。

 魔女の墓場に嗅ぎ付けられれば命を奪われかねないと、北方連邦へと私を運ぶよう手配をしてくれたのも彼だ。

 ついでに言えば、私が死んだものと思って絶望し、魔王軍についていた彼女を、クラウディアを救ってくれたのも、ドナートなのだよ」


 ……マジか。

 いや、多くは訊くまい。

 俺達が色々と大変だったのと同じように、こいつらも苦労していたんだ。

 助けに行けなかったのは悔しいが、それを口にするのはモードマンにとっては本意じゃないだろうな。

 自分の運命は、なるべく自力で切り開きたいだろう。


「お父様が……? だとしたら、尚更……」



 ルチアの奴、まだ悩んでいるのか。

 俺からすれば、もう答えは決まっている。

 完全な無罪じゃないなら、こうすりゃいいんだ。


「俺みたいに、自分の小説の世界に呼び出された作品があるんだがな?

 その小説に出てくる、とある軍師が提案したのが、息子に家を残して隠居するっていう選択肢なんだよ」


 メイが何かしら思い付いたように、目を見開く。

 嫌な予感がするので、俺はスタンバイした。


「もしかしてそれって、トリニータス・む――むぐぐ!」


「言うな! 言~う~な~! 俺も今までそれを考えたりしなくもなかったが、ここは俺の名誉の為に口をつぐんでくれ!」


 ふぅ、危ない危ない。

 また各方面からお叱りを受けるところだった。


 俺もああいう軍師になれりゃ、もうちょっと犠牲を抑えられたのだろうか。

 いや、たらればで人の生き死にを論ずるのは傲慢だな……。


「コホン……まあ、状況が何から何まで違うから、全く参考にならないとは思うが、頭の片隅にでも入れておいてくれ」


「シンさんの提案が、きっと最善の落とし所なのでしょう。父を処断して心が晴れるでもない。かといって、私には何も思い付かない」


「ルチア、俺ァお前にひどい事を山ほどしてきた……こんな俺を、許してくれるのか?

 二度と、顔を見たくないと思っているんじゃねェのか?」


「お父様。私が許さないのは、貴方の罪だけです。お母様の為にも、生きて下さい」


「ルチア……すまん、今まで、本当に……!」


 ドナートはその場に泣き崩れる。

 男泣きって言うのかな。

 まさか、コイツがここまで大泣きするとは思わなかった。

 イラつくとすぐに顔に出るタイプだし、腹芸ができるってクチでもないだろう。

 だとすれば、コイツはそれだけ思い詰めていたんだ。


「やめて下さいよ。大の男が人目もはばからず。これでは茶番と思われてしまいますよ」


 うっ。

 胸が痛い……。

 素直に感動できなくなるから、そういうのはちょっとやめてくれよ、ルチア!


「別に、男が泣いても良いだろう。社会の抑圧が何だ。存分に泣かせてやれ。私は泣きたい」


 よっしゃ!

 その言い方はどうかと思うが……ドーラ、ナイスフォロー!

 ルチアは苦笑交じりに頷く。


「……陛下。私の口からでは、国民の皆様は納得して下さらない筈です。厚かましい願いではありますが、陛下からお願いできないものでしょうか」


「ふむ。心得た」


 ロカデールは再び、群衆に向き直る。


「聞け! この者、ドナート・ドレッタは抵抗できる立場にありながら、魔女の墓場に武装を供給し、いたずらに戦火が広まるのを看過した!

 とはいえ、彼の者らの暴力から、民を守ったという事実がある!

 よって処断はせず、長男キリオ・ドレッタに家督を譲り、隠居するという形で手打ちとする!」


 こうして俺達は、数々の仲間達に支えられて、俺達を取り巻く様々な問題に終止符を打った。

 大陸全土を揺るがした魔女の墓場は、じきに解体されるだろう。

 魔王軍の残党だって、今の俺達ならきっと勝てる。

 魔女の保護も、可能な限り力を尽くすと“国王”ロカデールが約束してくれた。


 今の俺達は無傷ってワケには行かなかったし、腑に落ちない所だって無いワケじゃない。

 だが知らなかった事に関しては、後から色々と聞けば解る話だ。


「これで……やっと終わったんだ」


「始まるんだよ、新しい時代が」


「……! ああ!」


 俺とファルドのやり取りを皮切りに、周囲は歓喜に沸いた。

 人々は口々に「勇者万歳、預言者万歳」と賞賛する。

 パレードは俺達を隊列に加えて再開し、夜までどんちゃん騒ぎ。


 まさしく、王道なエンディングだった。

 映像作品なら、スタッフロールのバックに色々な後日談シーンが流れるに違いない。



 やったよ。

 ついに、やったんだ。

 名残惜しいが、後は元の世界に帰るだけだ。





 ――と。

 ここで終われば、綺麗な終わりなんだろう。

 だがめでたくエンディングというワケには行かなかった。

 まだ、この時点では……――。




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