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第百二十三話 「信吾、行ってくるね」


 赤黒く染まっていた空は、いつの間にか青空になっていた。

 秋の終わりを報せるような、高く青々とした空。

 一つの大きな戦いが終わったんだなと思わせる。


 ……だが、これからなんだ。


 本来なら魔王を倒してエンディング、凱旋帰国からのどんちゃん騒ぎ、めでたしめでたし……ってなる筈だったが、歴史の変化した世界はそんなのやらせちゃくれないだろう。

 ファルドが魔王の亡骸を背負って(ついでに言うと引きずって)いるが、果たしてこれを人々は魔王と認めるか?


 各国首脳は面識があるだろう。

 あるいは、魔女達なら。

 だがそれ以外で魔王がどんな姿か知っている奴は、そんなに多くはない筈だ。

 特にドーラを国賊と罵ったミルドレッド第一王子は、間違いなく否定しに掛かるだろう。



 みんなの足取りが重い。

 それだけ激戦だったのもあるんだろう。

 だが……みんなも解ってるんだろうな。

 このままで終わる筈がないって。


 ルチアが宣言通りになるよう頑張ってくれているなら、あるいは家族や友人は無事だろう。

 それでもレイレオスは行方不明だし、帝国の戦争だって未解決だ。

 どれくらいの規模でやりあったかも、ちゃんとは確認できていない。

 よしんば終戦になったとしても、人々のわだかまりは……。



 何より、ヴェルシェとの決着がまだだ。



 むしろ、アイツをどうにかしない事には俺達の無事なんて夢のまた夢だろう。

 必ず、アイツは何かを仕掛けてくる。


 まったく、王道も王道だな。

 ラスボスだと思われていた奴と決着を付けて、実はそれが通過点にすぎないなんて。

 まあ俺達の場合、通過点である事を知っているだけまだ見通しが立つか。



 *  *  *



 ひーちゃんに乗って、ヴィッカネンハイム邸へ。

 ジャンヌ達はもう本部に帰ったらしく、全く見かけなかった。


「おかえりなさい。皆が待っていますよ」


「ただいま……えっと、母さん」


「その……無理に呼ばなくてもいいですよ。ファルド」


「……うん」


 ファルドとヒルダは、もう少し打ち解けるのに時間が掛かりそうだな。

 今となっては唯一の肉親なんだし、どうにかしたいんだが……現状の俺じゃ無理か。


「ただいまー、レジーナ! ヒルダさん!」


 と、ここでメイがひーちゃんの陰からひょっこりと顔を出す。

 遠くからだから、それなりの声量だ。


 背中に俺の死体を背負っているが、この角度だと屋敷側からは見えないな。

 別に勿体ぶるほどの大仰な死体じゃないだろ。

 何考えてるんだ。


「ええ、おかえりなさい」


「おかえりニャ!」


 やがて、メイ達の挨拶に気付いて、他のみんながぞろぞろと出てくる。

 ちょっとした凱旋だな。


「――おお! 貴公ら、戻ったか!」

「ファルド! 無事か!?」

「アンジェリカ、やったね」

「貴殿らには、世話になったな。屋敷に襲撃は無かった」

「ミランダが心配しておったのだぞ」

「はい……その、ジラルドさん達も、無事を祈っていました」

「おたくら、俺も忘れてもらっちゃ困るよ」


 口々に帰還を祝う、留守番組のみんな。

 遠くから見守る稲妻三人組の姿もあった。


「ねえねえ! いいニュースと悪いニュースがあるんだけど、どっちから聞く?」


 どうやらみんな、違和感には気付いていたようだ。

 行って戻ってきた中で、たった一人、姿のない奴がいる。

 俺だ。


「悪いほうから頼むニャ」


「ありがとう……えっとね。シン君、死んじゃった」


 メイが、ここでやっと前に出てくる。

 そして俺の死体をゆっくりと降ろした。

 手で支えられているから、俺のぐったりとした姿が余計に際立った。

 顔色からは生気が感じられず、胸には大きな傷跡がある。

 誰がどう見ても、手遅れだと解る姿だった。


 やっと、解った。

 メイが遠くから挨拶したのは、ためらっていたんだ。


 おちゃらけた態度も、悲しみを誤魔化す為だった。

 俺の死体を抱き寄せて泣きじゃくるメイを見て、俺はようやく理解できた。


「……辛いよニャ」


「せっかく、辿り着いたと思ってたのに、ね……守って、あげられなかった……!」


 レジーナは深くは追求せず、泣き崩れたメイを抱き寄せる。

 ファルドも、アンジェリカも、人目もはばからず泣いている。

 気丈な筈のジラルドやドーラでさえ、呆然と立ち尽くしていた。


 重苦しい空気が、辺りを包む。

 文字通りお通夜ムードだ。


「まったく、こんなに可愛い子を泣かせるなんて、シンは本当に馬鹿野郎ニャ。成仏なんてさせないニャ」


「うん……」


「あの子は、本当にみんなに愛されているのニャ。その自覚が、あまりにも足りなさ過ぎるんだニャ。

 馬鹿は死んでも治らないとは言うけど、本当に死んだら世話ないニャ……」


 俺が表立って反論できないのをいいことに、言いたい放題言いやがって!

 早いところ、蘇らせてほしいんですが……。


 メイの肩をたたいて、声をかけてやりたいのに。

 例えば……「俺はここにいるよ、大丈夫だよ」って。

 ああ、もどかしい!


「ごめん、もう、大丈夫……いいニュースがまだだったね」


 しばらくして、メイはようやく泣き止んだ。

 泣きはらした目を無理に細めたその笑顔は、あまりにも痛々しい。


「みんなの口から聞かせてくれニャ」


「代表して、ファルド君が言うって事でどうかな」


「私は異議なしだわ」


「わかった」


 ファルドはメイとアンジェリカの手を握り、高らかに宣言する。


「俺達、魔王を倒しました」


 その、一言だけで充分だ。

 ファルド達の大きな目標を、ひとまず達成したんだ。


「けれど、俺が勇者だから倒せたんじゃない。選ばれた、運命だから勝てたワケでもない」


 ……ファルドはまだ続けるようだった。

 俺と一緒で、ボキャブラリーは貧困だ。


「ここまでに支えてくれたみんなのお陰だと俺は思います。俺一人じゃ、勝てなかった」


 だが、その一言一句の全てに、ファルドが精一杯考えたんだっていう真剣さを感じさせる。

 きっと、眼差しが何より雄弁に語っているんだろうな。


「ありきたりな言い方だけど、俺は本当にそう思うんです」


 言い終えて少ししてから、拍手が巻き起こった。

 しきりに「ファルド万歳!」と称える声も聞こえてくる。

 声の主は、最初はドーラの取り巻きだけだった。

 それはすぐに大きくなり、称賛の声もバラエティを増していった。


「よく、ここまで立派に育ってくれましたね……ニールとエマも、きっと喜んでいます」


「……うん」


 一区切り付いた辺りで、ドーラが口を開く。


「それで、貴公らは、王国にはどのように報告すべきかは考えてあるか?」


「悩んではいたんだけど、思い付かないのよね」


「そうか……私の見立てでは、魔女の墓場が先手を打って、王国側に報告しているのではないかと思う。

 ファルド殿一行が魔王の死体を奪い、虚偽の報告をしようとしていると……連中ならやりそうだな? ジェヴェン」


 難しい顔で、ジェヴェンは頷く。


「ああ……だが、ボロを出さないようにするという点では人員は限られてくる。

 その手の悪知恵はクロムウェルのお家芸だ。だが、屋敷に軟禁されている以上、それは無理だろう……やるとすれば、ジャンヌだな」


「残る二人はどうなのだ? まあエリーザベト――否、エリー殿はジラルド殿の監視がある以上、やるとは思えぬが」


「そうだな。アイザックはどちらかといえば戦場計略を得意としているが、人脈はそれほどでもない。

 エリーザベトは現場で思い付いた事をやる行動力こそあるが、根回しはあまり得意ではない」


 聞き耳をたてていたエリーザベトが、恥ずかしそうに顔をそらす。

 あー、やっぱり自覚があったんだな。

 主従関係じゃなくなったからって、ジェヴェンも結構ぶっちゃけたよな。

 吹っ切れて、あれこれ悩まなくなったっていうのもあるんだろうが。


「それか枢機卿以外の誰か……例えば、ヴェルシェとかどうだろう」


「それとも、ミルドレッド王子は騙されているんじゃなくて、魔女の墓場と癒着関係にあると見るべきかしら」


「現時点では断定できないな」


「レジーナ、偵察とかってしてた?」


「今まで同様、やったにはやったニャ。ただ……不確定な情報ばかりで、使い物にならないニャ」


「何でもいいわ。教えて」


「ロカデール第二王子について、メイが話してたよニャ?」


「うん」


「もしかしたら、近いうちに王国に戻ってくるかもしれないニャ」


 マジで!?

 正直、気になってはいたんだよ。

 一体どこに行ってたんだろうな。

 めちゃくちゃタイミング悪かったというか、敵にとっては好都合すぎるタイミングだったというか。

 お陰で、後ろ盾が失われたようなもんだからな。


「……不確定、なんだよね」


「だから断言はできないニャ」


「では私も、宰相閣下に伝えるのは待ったほうが良いな」


「現国王がいちゃもん付けるリスクを考えると、先に王国側で報告を済ませたほうがいいニャ」


「最悪、その場で斬首刑かもしれんぞ」


「ドーラちゃん。その為のエリーザベトだニャ。違うかニャ? ジラルド」


「主な目的はそこじゃあないが、それも兼ねている」


 そうなんだ。

 主な目的って、なんだろう。


「みんなで行ってきたらいいニャ。それとメイ」


「うん」


「シンの亡骸は、レジーナが預かっておくニャ」


「ありがとう。血だらけだから、綺麗に拭いてあげてね。あ、でも、その前に――」


 メイは、俺の死体の唇に、そっとくちづけした。


「信吾、行ってくるね」


「……まったく、この野郎は本当に幸せ者ニャ」


「見せつけてないで、さっさと準備するわよ」


「うん」


 ここからが本番だ。

 何せ俺達を陥れてきた奴らの本拠地へと向かわなきゃいけない。

 割と正攻法というか読みやすかった魔王軍とは、本質的に違う連中だ。

 お前ら、絶対にしくじるなよ。




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