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第十二話 「急ぎすぎたんじゃないか?」


「あちらにおられるのがザイトン司祭様だ」


 ドア男(仮)に礼を述べ、ザイトン司祭の所へと向かう。

 肝心のザイトン司祭はどんな姿かな?


 見えた。

 彫りが深いのもあるが、設定通りの髭もじゃだ。

 元Jリーグの有名なサッカー選手とザビエルを足して二で割ったような風貌、俺は嫌いじゃないぞ。

 そんな彼が、にっこりと微笑む。


「これはこれは、勇者ご一行様」


「ど、どうも……」


「お久しぶりです、ザイトン司祭様」


「ルチア君も、ご健勝で何よりです」


 ニッコリ。

 なんでこの世界の宗教関係者はみんな胡散臭い奴ばっかりなんだろうな?

 いや、キリオは違うんだっけ?


「皆様は既に、この大陸に伝わる四つの聖杯の伝説はご存じですな?」


 ザイトンがみんなに確認をとる。

 そういう口ぶりなのは、ファルド達がフェルノイエを出発する時に説明を済ませた事になっているからだろう。多分。


 というのも、原作だとこのシーンで四つの聖杯の話が唐突に出てくる。

 それでいて、ザイトンのこの口ぶりだ。

 俺のあずかり知らぬところで勝手に補完されていても、今更驚かないぞ。


「ええ。春、夏、秋、冬の四季を司る聖杯が各所に安置されていて、それぞれの守人が先祖代々からそれを管理していて。それがこの世界のバランスを守ってるって話でしたよね?」


「要点を纏めるとそうなります。流石、アンジェリカ嬢は博識で在られる」


「魔法学校では基礎教養の項目ですよ。春が風、夏が雷、秋が火、冬が水に対応しているって教わりました」


 ん? 出発した時にザイトンから話を聞いたんじゃなかったのか?

 と言っても、大した影響は無さそうだな。

 それより、無い胸(推定Bカップ程度)を張ってドヤ顔するアンジェリカ。

 学校で習った程度の知識でドヤ顔ってどうなんだ……。


「しかし司祭様、どうして急にそのようなお話を?」


「それに関しては、本題に移るとしましょう。冬の聖杯は、リントレアを北上した山間にそびえ立つ古城に安置されています。

 ですが、魔王軍の仕業か、或いは神の怒りか……暴走してしまったようなのです。

 村長は自警団や連合騎士団の方々と共に、その原因究明に」


 原作だと、この台詞の先に「それから三日が経ちましたが、未だに帰ってきません」と続く。

 だが、どうやらこっちの世界では早く到着したからなのか、その台詞が無かった。


 そういえば城下町を出た時にルチアが薬草を煎じた聖水を俺に使おうとしてくれたのを、俺は断ったんだよな。

 原作シナリオ通りなら、村長達が傷だらけの姿で倒れている筈なのだ。

 で、ルチアがその聖水をそいつらに使う事になっていた。

 こっちの世界でも、多分その辺は同じ流れかな?


「早く行かなきゃ」


「そうだな」


「我らが神の名の下に、武運長久を祈ります。グライヘス・モルカーナ・ジュグラーディル」


 ザイトンが合掌する。ルチアがそれに倣う。

 この辺は現実世界の宗教と変わらないな。

 祈りを締め括るカタカナ文字がちょっと胸を痒くするくらいだ。

 ふぇえ! 古傷が疼くよぉ!


「どうかしました?」


「いえ、先行きにびびっちゃっただけです、ハイ」


 ザイトン神父に見送られ、俺達は北へと向かった。

 その道中、俺達は道具屋で毛皮のコートと、たいまつを買う。

 流石にこの格好のままじゃ寒いからな。


 アンジェリカは盾を買った。

 鉱山での反省から、今後は炎魔法が思うように使えない状況になったら近距離で使う事にしたらしい。

 外で炎魔法を試しに使ってみたら、やっぱり火力がガクンと下がっているらしいのだ。

 この寒さと吹雪じゃ、仕方ないよな。



 *  *  *



 冬の古城に至る道は石畳で舗装されていて、城下町とはまた違った趣を持っている。

 谷をまたぐ大きな石橋はしっかり手入れされているようで、朽ち果てた感じは無い。

 相変わらず真っ白な景色が続いているが、この吹雪が無ければさぞかし雄大なパノラマが広がっているに違いない。


「ねえ、シンは知ってた?」


「何を?」


「この辺りは、昔はグレンツェ帝国の領土だったの」


「ああ。戦争で王国が領土を奪った直後、魔王が現れた事で境界線がうやむやになったって話だな。

 王国側は魔王討伐後に戦争になる事を防ぐ為、まずは各国合同でここを管理させる事にした。

 廃墟になった古城を調査したら、所在が判らなくなっていた冬の聖杯を発見した。

 名乗り出た守人が、自分の血を聖杯に垂らしたら光ったから、彼は偽者でないという事が証明された」


「へえ……やるじゃない?」


「シン、すごいな!」


「私もそこまでは存じ上げてはいませんでした」


 三人が目を丸くする。

 この辺の長台詞は本来、アンジェリカがファルドに言う筈だったものだ。

 そこへファルドより知識の無さそうな俺が来たから、アンジェリカがうんちくを垂れる矛先を俺に移したって事だな。


 この世界が原作設定に忠実だったとしたら、俺はアンジェリカが言おうとしていた台詞の全てをほぼ正確になぞってる事になる。

 俺はまだまだ続ける。


「四つの聖杯の伝説は、ビルネイン教の神話とは全く別の系統だから、さして重要視されてこなかった。

 だから、今の今まで冬の聖杯の所在を明らかにする事は先延ばしにされていた。

 まさか王国もかつての国境沿いにあるへんぴな古城に冬の聖杯があったとは思ってなかったらしい」


 まさしく灯台もと暗しだな。


「――ここまでが俺の知識だ」


 とかやってる間に、日が沈んできたようだ。

 辺りが真っ白からだんだんと青みを帯びて、暗くなってきた。

 こりゃあ野宿かな……。

 原作通りの展開なら、途中にある砦で暖を取りながら休むんだよな。


「近くに砦がある筈だから、そこで一休みしないか?」


 忘れちゃいけないのが、俺達は鉱山でオークとゴブリン達と戦ってからそのままの足でリントレアまで来たんだ。ぶっ通しなんて、疲れるに決まってる。


「いや、村長達の安全を確認してからだ。携帯用暖房装置があれば、村長達を寒さから守れる。砦があるなら、そこまで連れて来よう」


 その意見も一理ある。


「人命保護の観点からすれば、この上ない名案だと思うぞ。ファルド。“いのちだいじに”の究極系だ。だが……」


「駄目かな?」


 確かに、モードマンの便利グッズ“行軍時疲労軽減装置”のお陰で、俺の足もそこまで痛くない。

 これ、スポーツ用品店とかにある肩凝り解消用の磁石の輪っかを極限まで性能を高めて中敷きにしたみたいな感じなんだよな。


 だが、疲れはそこだけじゃないだろ。

 俺達がバテたら共倒れは確実だ。

 村長は三日間放って置いても死ななかった。ギリギリ生きてるんだ。


「ファルド。俺達が疲れてクタクタのまま、傷を負った村長達を砦まで連れて帰れるか?」


「でも、遅くなればそれだけ状況は悪くなるじゃないか!」


「解ったよ。まあ、俺達に頼る前に自分達で何とかしようとした村長達の事だ。

 俺達が疲れてても、そこまで負担にならないかもしれない。

 上、見てみろ。アレが砦だよ。横道に逸れた所に階段あるだろ?」


 俺は進行方向の右上を指差す。

 そこには、本来だったらそのまま残っていた筈の砦があった。


「あるわね。穴だらけの砦が」


「大砲で破壊されたみたいだ。それも、つい最近のものだ……」


「……あそこでなら、休めると思ったんだけどな」


「どっちにしろ無理だったな……行こう」


 原作では描写こそしなかったが原形を留めていた筈だ。だって、吹雪がしのげる場所だって言ってたんだから。

 こんな所で妙なアレンジしやがって。ハードモードかよ!




 二つ目の大きな石橋を渡り、その先の崩れかけた城門をくぐる。

 時間的には晩飯時ぐらいか?

 暗いし吹雪いてるしで何も見えない。別に夜じゃなくても見えないけどな。


 それでもファルドが行くと言ったんだし、反対する理由は特にない。

 問題は距離だ。原作の描写が甘すぎて、具体的な距離が解らなかった。


 まさか結構な距離を歩くとは思わなかった。

 かれこれ一時間半くらいか?

 馬も弱って使えなかったから仕方ないとはいえ、流石にしんどくなってきた。


 ファルドが飛行船を求めたのも解る。

 こんな道中をいちいち繰り返してられない。

 魔物に出くわさないだけまだマシだが、それにしたってキツすぎる。

 暖房装置だけじゃカバーしきれない、刺すような寒さがずっと付いて回るのだ。



 *  *  *



「やっと着いた……」


「ふざけんな、ずっと向かい風吹きっぱなしとか……」


 結局、到着したのはあれから更に数時間くらい。

 もう空はすっかり真っ暗だ。

 この分だと、魔物だらけの古城で適当に休めるところを探すしか無い。


 壊れかけて半開きの大扉を通り、俺達は中に入る。

 ここまでは雪は入ってこない。

 足下をよく見ると、先客の足跡が。それも一人や二人じゃなく、沢山だ。


「う……く、暗いわね……」


 アンジェリカがロッドから小さな炎を灯した。

 朽ち果てたエントランスホールの姿が、ぼうっと浮かび上がる。

 いかにもお化けが出て来そうな城だ。というか実際、此処での雑魚敵は亡霊だ。


 いくらコートと携帯用暖房装置で暖を取りながらの道中だったとはいえ、実質上は鉱山からの連戦だ。

 休憩なんて殆ど取ってないようなものだろ。

 俺達、やれるのかな?

 ルチアに至っては壁により掛かって、うつらうつらとしているぞ。


「急ぎすぎたんじゃないか?」


「俺達だけが休む訳には行かないだろ。

 シンとルチアはそこで休んでくれ。俺が村長達を連れて来る」


 頼もしい限りだが、そういう訳にも行かないだろう。

 何より、ホラー物では分断は死亡フラグの一つだしな。

 いや、いざとなったら絶賛ストーキング中のシスコン赤もやしであるキリオが助けてくれるか?

 ……それもそれで癪だな。


「もうちょっと頑張ってみるよ」


 俺はそう言ってリュックサックを降ろし、中からたいまつを取りだした。

 携帯用暖房装置の火はいくら明るくて暖かいといっても、攻撃能力は無いからな。

 安全性を重視した仕様が、此処に来て仇になっちまったか……。


「なんで、たいまつ? 灯りなら暖房装置があるじゃない」


「出るんだよ。ここ。そしたらたいまつで追い払わなきゃいけない」


「うっ――え、待って、で、出るって……う、嘘でしょ? 冗談はやめてよ!」


「嘘でも冗談でもない。石版の予言だ」


「……それなら必要ね。許可するわ」


「どうも」


 だが俺はここで一つの問題にぶち当たった。

 検索した俺は、愕然とした。


「ごめん、付け方解らない」


 たいまつの付け方が見付からないのだ。

 俺が欲しいのは、ゲームの攻略情報じゃねーよ!

 俺はどっちもやった事あるけど! 現実のたいまつは、ボタン一つで着火できねーから!


「なんでアンタの石版ってそういう基本的な事が書かれてないのよ……」


「俺が訊きたいくらいだ」



 結局、俺はファルドに手渡して着火して貰った。

 壁にこすりつけるだけで、たいまつは簡単に火をつけた。マッチと同じ要領だ。


 思ったんだがこれ、アンジェリカの魔法の火を火種にすれば良かったんじゃないか?

 まあ、いいか。仕様に無い使い方をして事故が起きても嫌だしな……。




 行軍時疲労軽減装置

 天才錬金術師として知られる、モードマン伯爵の発明品。

 幾つかの鉱石を製錬し、組み合わせたもの。

 その名の通り、装着者の足の負担を大きく軽減する。

 本来ならば大陸戦争の時点で完成させる予定だったが、

 モードマンは材料不足を理由に研究を中止していた。


 晩年、彼は自らの発明品が原因で他者に恨まれる事を恐れていたと、

 自らの胸中を吐露したという。

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