第百二十話 「アンタのせいで散々な目に遭ったのよ!」
ドゥーナークはただ一言、
「無念」
と残すだけだった。
そこから先の言葉は無い。
レイレオスが、その胴体を両断したからだ。
「遅かったな。この分だと、魔王も俺のモノだ」
この野郎、とうとうモノ扱いしやがったよ。
あんまり舐めてかかると痛い目を見るぞ、レイレオス。
「勇者の座も、俺が貰う。お前には渡さない」
「勘違いしているみたいだけど、俺は一度も自分を勇者と名乗った事は無いぜ」
「……その謙虚さが、癇に障るんだよ。ファルド」
「勝手にムカついてればいいだろ。俺は人間だ。魔女の子だとしても、人間以上の事はできない。
一人じゃ何もできないし、イライラすればすぐ態度に出る」
「茶番は止せよ」
「だから俺は、仲間と一緒に戦うんだ。そうしなきゃ、勝てないから」
「……!」
レイレオスが大剣を振り下ろすと、炎を纏った衝撃波が一直線にファルドへと飛んだ。
ファルドはそれを弾く。
もう一発飛んできたが、今度はアンジェリカが炎の壁で減衰させる。
完全には消えなかったが、俺が衝撃波を切り、最後にメイが透明なバリアを発生させて掻き消した。
「……反吐が出る」
駄目だこりゃ。
俺も加勢するか。
今のところ、戦いには発展していない。
「お前も、ファルドにとってのアンジェリカみたいに、大切な誰かがいたんだろ?
失っちまったから、魔王を倒したいと思ったんだろ?」
「お前に、何が解る」
「そりゃまともに話をしてくれなきゃ、俺も詳しい事は解らない。
だが、これまでの発言で何となくは伝わるんだよ。自分と同じ境遇にしてやろうって魂胆が」
「黙れ」
「正直、お前にはムカついてるよ。
だが四人で囲んで戦うのは趣味じゃないし、そもそも俺達は魔王を倒すのが目的だろ?」
「俺は、一人で戦う」
「てめえで心を閉ざして、周りに喧嘩を売りながら生きてたら、いつまで経っても世界は呪わしいまんまだぞ!」
頑固なクソ野郎は、背後に炎の壁を発生させて俺達を足止めした。
つくづく面倒をかけさせやがって。
じゃあ俺達のやる事は一つ。
「アンジェリカ。解除できるか?」
「この程度、お安いご用――ごめん、ちょっと時間掛かるわ」
「大丈夫だよ、アンジェリカ。急かしたりはしない」
時間が掛かると言っても、一分程度で炎の壁は消せた。
先を急ぐ。
大きな扉を抜けたその先へ。
* * *
扇状の部屋だ。
天井は高く、奥にはグランドピアノが置かれている。
……そのグランドピアノも、無残に破壊しつくされていた。
「――お! やっと来たか!
よお、お前ら。皆さんお揃いで……何人か足りないみたいだが」
魔王はレイレオスの大剣を、左手の人差指と中指だけで受け止めていた。
対するレイレオスは、その状態から少しも大剣を動かせない。
「正直、計画通りとはとてもじゃねえが言えないぜ。
えーっと? アレだ、アレ。なんだったか、あの灰色の連中」
「魔女の墓場?」
「そうそう! あいつら俺より目立ちやがってよぉ、ムカつくぜ。お陰で世界中を絶望させる俺の計画が台無しだ」
「絶望させるって割には、勇者との戦いにこだわっていたように感じるが?」
「史上最悪の絶望から生まれる、一筋の希望! それこそが、俺の求めるものなのさ!」
「お前はどこの超高校級の幸運だよ!?」
「まあいいんじゃないの!? お前さんの言う、超……なんだっけ。
とにかく! 世の中、完全なオリジナルなんざ存在しねえって話だよ!」
魔王はレイレオスを掌底でふっ飛ばし、指をパチンと鳴らす。
すると、右手にマフィアが持つような機関銃が現れた。
「それはさておき! ……勇者ファルド。
お前さんなら、俺を倒せるかもな? コイツみたいな憎しみの塊とは違う」
レイレオスの表情が、みるみるうちに激情の色を帯びてくる。
ビキビキって効果音がこれほど似合う顔も、珍しい。
今まで、淡々としていた筈なのにな。
「お前も、俺を否定するのか……」
「あれー!? 怒らせちまったかな!?」
「黙れ!」
「フーハハハハッハァー! もっと憎めよ、青坊主! ほら、もっと掛かって来い!」
弾幕をかいくぐりながら必死に大剣を振り回すレイレオスだが、全く命中する気配が無い。
魔王はのらりくらりと攻撃を躱し、更にはレイレオスの膝の裏に衝撃波をピンポイントで当てた。
「深淵天魔流――烈風葬破掌!」
シャイニングウィザードじゃねーか!
顔面に膝蹴りを喰らったレイレオスは、宙を舞う。
「かーらーのー? 深淵天魔流、血閃禍!」
魔王が再び指をパチンと鳴らすと、レイレオスの全身に切り傷が生まれ、血が吹き出た。
「やられたい奴は手を挙げなさい! 先生はいつでも君達を歓迎するゾ! フハハハハハッ!!」
「おふざけも大概にしなさい!」
「いいねえ、お嬢ちゃん! 憎しみの中に微かに宿る恐怖! お前さん、しばらく酔っ払ってたらしいじゃないか!
やっと人間の心を取り戻したようだな! おじさん嬉しいよ……パパって呼んでくれてもいいんだぜ!?」
「アンタのせいで散々な目に遭ったのよ!」
魔法陣から隕石が次々と射出されるのを、魔王はラインダンスやらコサックダンスやらを交えて軽々と避けた。
「ほいさほいさホホイのホイっと! あぁん? 俺のお陰で勇者と熱い夜を過ごせたって!?」
「~~~ッ!!」
「おおっと感謝の言葉はいらないぜ! 式には呼んで――うわっち、あちち!」
スーツの裾に火をつけたまま走り回る魔王。
その絵面だけ見ると「こんなのギャグだろ」と思えるが、十中八九コイツはわざとやって俺達を茶化している。
「なーんちゃって! 火遊びが過ぎると、火事になっちまうぜ?」
魔王は振り向いて、手榴弾を取り出す。
こんなんだろうと思ってたよ。
「アンジェリカ、アレを狙え!」
「オーケー!」
手榴弾に炎が命中し、爆発する。
土煙の中から、魔王が現れた。
「おいおい、悪の親玉の見せ場をそうやって潰すのはナシだぜ!?」
無傷だ。
てっきり髪の毛はアフロヘアーにでもなっていると思ったが、焦げ跡一つ付いていない。
「隙を見せたほうが悪いじゃん?」
メイも飄々とした態度で、魔王にツッコミをする。
あんまり積極的に攻撃していないのは、いつかにヴェルシェに言われた事を気にしてるのか……?
「そいつぁごもっともだ。真面目くさったやり方は、俺のキャラじゃねえんだが」
「ふざけるなよ! 人の命を奪って、争いの種をまいて! どうしてそんなに、楽しそうにできるんだ!」
激怒したファルドが、魔王の背中を切ろうとする。
だが魔王は宙返りしてそれを避け、そのまま足払いでファルドを転倒させた。
「そりゃあ決まってるだろ、勇者くん! 俺が、魔王だからさ」
魔王だからって、何でもアリかよ……。
だが、コイツを設定したのも俺なんだ。
よく考えろ。
攻略法は必ずある。
「で!? 次は何をして遊んでくれるんだ!?
こっちは魔女をやられて力が復活できなかったまんまだから、あんまし長くは遊んでやれないぜ!」
「だったら、さっさとくたばれ」
レイレオスの戦い方は、周囲の被害を顧みないものだった。
ファルドは危うく両断されそうなところを、バックステップで回避する。
「いいねえ! いいよ! あんだけ痛め付けられて、まだ立ち上がれるその根性!
執念か? 恨みか? そうだよ、刺し違えるつもりで来てくれなきゃなあ!」
ファルドとレイレオスの二人がかりでも、魔王は余裕で二人の剣を受け流している。
そこにメイの槍とアンジェリカの炎が加わっても、やっぱり同じだった。
くそ、これじゃあいつまで経っても勝負が決まらない!
本調子じゃないとはいえ、それでも魔王の身体能力は人間を遥かに凌駕している。
がむしゃらに攻めるだけじゃ駄目だ。
――悪い、みんな。
ちょっとパソコン使う!
頼むよ……頼む。
出発前にもヒントを探してはみたものの、見当たらなかった。
だが、今このタイミングでもう一度、目を通しておきたい。
どこかに必ず、ある筈なんだ……。
……駄目だ。
無い……――いや!
一つだけあったぞ!
関連度の低そうなテキストファイルの、隅っこの方に書かれていた一文。
こんな所にヒントがあるなんて、紛らわしい真似しやがって。
設定はちゃんと整理しておけって、当時の俺に言ってやりたいね。
大体、魔王の発言にもあったじゃねーか。
……今は置いとけ、信吾。
早速、みんなに伝えなくちゃな。
「みんな、聞いてく――!?」
顔を上げて視界に入った光景。
……レイレオスが“何故か”魔王から目を向けていた。
まずい。
俺はそう直感し、レイレオスの視線の先を辿る。
やる相手はメイか? アンジェリカか? それともファルドか……?
違う。全員だ。
奴は、俺達を排除しようとしている。
見回すような眼差しには、明確な殺意がこもっていた。
……完全に、油断していた。
魔王を倒すのに夢中で俺達を殺そうとはしないだろうって、心のどこかで甘い考えがあった。
「やめろよ、レイレオス……!」
レイレオスが動いた。
魔王“以外の”誰かを求めて。
それが何を意味しているか、よく解らない。
「やめ――……」
気が付けば、俺はレイレオスを横から突き飛ばそうとしていた。
だが、レイレオスもまた、俺に気付いていた。
「――!」
熱を帯びた痛みが、腹を貫く。
視線を下ろせば、レイレオスの大剣が俺の腹に突き刺さっていた。
レイレオスの大剣に赤黒い炎が灯る。
どうにも、アイツのこれまでの様子を見ていると、魔女に大剣を突き立てて燃やす事で、パワーを吸収しているように思えるのだ。
「ゴミが。大した補給にもならない」
そして、この一言で俺の予感は的中していると知った。
だが、何もかもが、遅すぎた。
大剣が引き抜かれ、浮遊感とともに視界がぐるりと回る。
「ッ――ゲホッ」
「お前は最後に殺すつもりだったが……まあいい」
痛い。
起き上がれない。
背中に、ぬめりを帯びた何かが広がっていく。
床の硬い感触が、徐々にそれを侵食していく。
「シン!」
「シン君!」
やべえ……何だか、寒くなってきやがったぞ。
いや、持ちこたえろ、俺!
ヒールやリゲインの加護が無くたって、自然治癒があればどうにかなる筈だ!
「シン君、しっかりして!」
本格的にマズいな。
いつの間にか、膝をついていたらしい。
メイの肩を借りているが、立てない。
だが、心配させちゃ駄目だ。
やっとここまで、やってきたんだ。
「大丈夫、だ……こん、なの……ツバ付けときゃ、治る……!」
信吾、立て!
ここで終わってなるものかよ!
――立て、ない……!?
「シン!」
「ファルド、何やってんだ……魔王との戦いに集中しろ!」
「だって……!」
「心配してくれて、ありがとな……だが、憎しみの奴隷にはなるなよ……」
剣に憎しみを乗せたままじゃ、魔王には絶対に届かない。
アイツは、相手の憎しみを乗せた動きを見切るという能力があるんだ。
両肩を揺さぶられる。
おいおい、あんまり揺するなよ。
「信吾、駄目だよ……逝っちゃ駄目!」
泣くなよ。
せっかくの美人が台無しになっちまうだろ。
しょうがねえな……ほら、拭いてやるから。
あ……血が付いちまった。
メイ、ごめんな。
「最後に、さつきって呼んでも、いい、か……?」
「やだよ……それじゃホントにお別れになっちゃうじゃん……!」
それな。
確かに、死亡フラグだ。
だが、さつき……ごめん。
もう俺、どうやら限界みたいなんだ。
なんて言ってるのか、聞こえなくなっちまった。
……この世界を、頼む。