第百十九話 「いい機会だから、みんなで頭を冷やせよ」
色々あったが、聖杯は揃った。
ファルド、アンジェリカ、俺、そしてジャンヌがそれぞれの聖杯を掲げる。
それから乾杯みたいに四つの聖杯をコツンと当てる。
この乾杯は構想の時点で考えていた通りなんだが、もう少し他にやり方ってもんがあっただろう、当時の俺よ……。
しばらくすると聖杯から光が発せられ、回廊の中心へと集まった。
それが大きな光の柱になって、天空へと伸びる。
空に、大きく暗い穴が穿たれる。
そこからやってきたのは……禍々しくて刺々しい形をした、いかにもな要塞を乗せた島。
空中に浮かびながらゆっくりと、下へ降りてくる。
「あれが……魔王城……」
この場にいる誰もが、呆然とそれを眺めていた。
ただ一人、レイレオスを除いて。
「どこへ行くのです、レイレオス!」
ジャンヌがレイレオスに気付いて止めようとするが、レイレオスは一人で飛行船に乗り込んでしまった。
「開けなさい! それは離脱用も兼ねているのですよ! 友軍の到着が遅れたら、徒歩で帰れというのですか!」
どいつもこいつもせっかちだな。
ルチアの言葉通りの展開だったら、俺達元勇者パーティがお迎えを倒してから来るって話だったじゃないか。
まあ、どうせジャンヌかレイレオスがそれを蹴って、先走ったんだろうがな。
自業自得だ。
レイレオスを乗せた飛行船は、魔王城が降りてくる前に突っ込んでいった。
魔物の大群が飛行船を襲うが、そんなのお構いなしだ。
「俺達も続くべきかな?」
「やるなら早めにな。今なら、魔王軍はあっちにお熱だ」
早速、ひーちゃんに乗り込もうとする俺達。
最後に俺が乗り込もうとした段階で、ジャンヌがいきなり俺の肩を掴んできた。
「ま、ままま、待ちなさい! 私達を、お、置き去りにするというのですか! レイレオスがいなければ無力な私達を!」
それこそ自業自得だろ。
何考えてんだよ?
「なんで友軍とやらの到着まで待てなかったんだ」
「レイレオスが独断専行などしなければ、我々が討ち取る手筈だったのです!」
「正直で大変よろしい。だったら引き返しなさいよ」
「……私も、行きます。私とて腕に覚えはある。倒さねばならない相手ならば、戦力は多いほうが良いでしょう」
いや、お前、さっき自分で無力って言ってたじゃん!
これだから嫌なんだよ、都合よくダブルスタンダード理論をブチかます奴は。
「何があんたを、そこまでさせるんだ」
ファルドも余計な事を訊くんじゃありません!
時間がね? 足りないのよ!
「独善、でしょうね。私には家族を失う悲劇などありません。聖女ルチアのようには。
ですが、他者の悲劇を未然に防ぐ手助けはしたい。一人でも、涙を流す人が減らせたら……そう思うのです」
「魔女とその関係者、味方する人達は、そこには数えられてないワケね」
「ええ。手の届く範囲だけを守れるなら、それでいい。敵に与する者達の事情など、知った事ではないのです」
さっきまでめちゃくちゃ焦って引き止めたクセに、何をキリッとした顔で抜かしているのか。
「筋は通ってるが、てめえから喧嘩を売りに行ってそういう物言いをするのは、マナー違反だと思うぞ」
「私の行ないが、作法に反していると?」
「仕方なく魔女にならざるを得なかった奴まで、一緒くたに踏みにじる。
それを善意と言うなら、それは何よりも残酷な……それこそお前の言う通り、独善でしかないんだ」
「……」
「蛮勇じみた情熱は時として、招かれざるものまで引き寄せちまう。
レイレオスがぶっ壊した家に住んでいた、とある錬金術士の言葉だ。
お前、今まで手を出してきた相手をみんな覚えているか? 俺は、それだけは忘れないようにしている」
「……」
言葉が通じても会話ができないって、悲しい事だと思うよ、俺は。
完全に言葉が通じないならまだ諦めが付く。
だが、コイツらの場合は……。
感傷に浸るのはやめよう。
俺は、ジャンヌの汗ばんだ手を乱暴に振り払った。
「行くぞ、ファルド。もう付き合う義理も無い」
「ああ、そうだな」
「いい機会だから、みんなで頭を冷やせよ」
何でもかんでも思い通りにさせようっていうのがそもそもの間違いなんだよ。
ジャンヌ、お前はいつも周りを置いてきぼりにする。
反論すらさせず、言いたいことだけを言って、強引に話を終わらせる。
それをされる側、置いて行かれる側の気持ちをよく味わったらいい。
* * *
魔王城の正面からなんて律儀な事はしない。
中庭からの突撃だ。
最高にロックだな、俺達……。
まあ先陣切って突撃した奴がいるんだがな!
レイレオスは既に、中庭に隣接した塔に飛行船を突っ込ませていた。
塔は根本から倒壊して、幾つかの建物に瓦礫を被せている。
「あの野郎は、先に魔王を倒しに行くつもりだ」
「いやあ、愛されてるね」
人間達の熾烈な争いのダシに使われるなんて、魔王も可哀想だよな。
圧倒的な力で大陸を足掛けに全世界を支配する筈の魔王が、まるで七つのドラゴンの宝玉みたいに、奴の首を手にすれば願いが叶うみたいな扱いだもんな。
「魔王軍だ!」
隊長クラスはミノタウロスか……細っこい斧を持ってるな。
「みんな、雑魚の相手は任せたぞ。アイツの両腕を切り落とす」
「そんな事しなくたって、丸焼きにしてやるわよ! あれ……火力、落ちてる……!?」
「魔女が何人かやられちまったか……」
いや、割り切れ。
魔王軍に味方する奴を全員説得して回るのは、流石に無理だ。
「ブモォオオオ! 鬱陶しいでござる!」
ござるってお前……。
刀を使うならまだしも、もろに西洋な斧だぞ。
「悪いが急がせてもらう! お前のボスが待っているんだ!」
「魔王様には一歩足りとも近づけさせぬ! 拙者は――ああああ! 腕があああっ!」
「俺達の同胞にも、お前みたいな奴ばっかりだったらな……」
「ブモォオオオ! 無念ッ!」
あばよ、ミノタウロス。
お前の侍魂は、無駄にはしない。
魔王城の通路は魔物が通る事を前提としているからか、全体的に広めだ。
魔王軍の警備兵を蹴散らしつつ、螺旋階段を登って上に進む。
道中はかなりショートカットしたと思う。
大半の壁は、レイレオスが大穴をぶち抜いたみたいだからな。
よくこんな正確に、魔王の場所まで行けるよな。
一体、何がお前をそこまでさせるんだ?
そう。
ずっと、ずっと疑問だった。
魔女の墓場すら居場所とは思わず、枢機卿には反抗し、ひたすらファルドに恨み節をぶつけてくる。
レイレオスは確か「俺と同じ絶望を味わってもらう」と言っていた。
……お前も、愛する誰かを殺されたのか?
それも、魔女になった後で。
当時から魔女の墓場が存在していたとすれば、辻褄は合う。
『こんな雑魚が勇者に選ばれるから、こういう事になる』
……お前は、勇者になりたかったのか?
もう少し、お前について考えておけば良かったよ。
そうすりゃ、解り合えたかもしれないのにな。
白と黒のチェック模様の床が広がる、細長い広場。
その中心で戦っている二人が見えた。
どっちも見覚えのある奴だ。
魔王の側近にして、太刀による抜刀術の使い手、ドゥーナーク。
心を閉ざし、黙々と大剣を振り回す剣士、レイレオス。
その勝負は今にも幕を閉じようとしていた。
――レイレオスの勝利によって。