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第百十七話 「こんな世界の為に頑張る必要なんてない」


 レイレオスを追ってビレスデアへとやってきた俺達。

 魔女の墓場が数々の暴言を吐き散らして、ファルドがブチ切れた。

 なし崩し的に戦闘が始まるかとおもいきや、そこに現れたのは……。


「ルチア!」


「――! ……アンジェリカさん、生きていたのですね」


 近くにはジャンヌも一緒だ。

 フェルノイエからそこそこの距離はあった筈だが、どうせ飛行船で移動してきたのだろう。

 ヴェルシェの姿は……見えないな。

 だが、あいつの事だ。

 どこかで様子を見ているに違いない。


「私が幽霊なんかに見える? 言っとくけど、化けと虫は大嫌いなのよ」


 まあ確かに、そうだっただろうがな。

 今じゃすっかりたくましくなって、どっちも燃やすだろ。


「魔女の墓場なんてやめて、こっちに来なさい。アンタも、それを望んでるんじゃないの?」


「もちろん……」


 満面の笑顔で、ルチアが言う。

 メイもアンジェリカも、ドーラも安堵した。

 ルチアが、やっと戻ってきてくれるのだ。



「――もちろん、お断りします」



 戻ってきてくれると、思っていた。

 だが、ルチアの答えは違った。


「な……ッ!?」


「私を騙した賊軍に、どうして戻らねばならないのでしょう」


 嘘、だろ……。

 ルチア! 騙しているのはヴェルシェだ!

 この様変わりした雰囲気といい、まさかルチアは操られているのか!?


「けれど、そうですね。曲がりなりにも、故アリウス陛下はあなた方を信用しておられた。

 それに報いるというのであれば、此度の狼藉は不問と致しましょう」


「さっきからさ、ルチアちゃんは、何を言ってるの……?」


 さすがのメイも、困惑を隠せないでいる。

 正直、俺もこんな形での再会は予想外だ。

 てっきり聖女と祭り上げられつつ、人質にでもされてるんじゃないかって思ったが……。


「許して差し上げると申しておるのです」


 この超絶傲慢な言動、まるで魔女の墓場に染まりきっちまっている!

 違うだろ、ルチア!

 お前は、そんな奴じゃなかった筈だ!


 優しくて気が利く、それでいてちょっとドジで……臆病者で、ちょっと自重しない腐女子。

 だが、アンジェリカに負けず劣らず仲間思い。

 そんなお前まで、ヴェルシェみたいな事をするのか?


「……その手にあるのは、冬の聖杯ですね」


「ああ、そうだよ。ついでに言えば、夏の聖杯も返してもらった」


 相変わらず馬鹿正直なファルドだが、この際もういいだろう。

 俺は、ツッコミをやめるぞ。


「冬の聖杯……!?」

「枢機卿エリーザベトが敗れたのか!」

「そんな馬鹿な! 飛行船にあの程度の戦力で挑み、勝てる筈がない!」

「おのれ、魔女め……不正な力を使ったのか!」


 うるせーぞ、無責任な覆面モブ野郎共!

 好き勝手に言いやがって!

 そもそも俺達が集めた聖杯なんだぞ!


「――皆様、静粛に!」


 ルチアが片手をひょいと上げて、灰色連中を制する。

 マジで聖女なんだな……みんな素直にいうことを聞いてる。


「そちらが“奪った”聖杯も、この際ですから差し上げましょう。

 四つ揃わねば魔王の拠点に到達できないのでしたら、我々は協力し合わねばなりません」


「さっきから、言ってる意味がわからないんだけど。何よ、アンタ。ホントに、どうしちゃったの?」


「一度しか申し上げませんので、よくお聞き下さい。枢機卿ジャンヌさん。どうぞ」


「はい」


 ジャンヌが懐からカンペを取り出し、読み上げる。


「今や帝国軍が残り少ない国力を総動員して、我がアレクライル王国に戦いを挑んでいる。

 彼らは寡兵とはいえ、その練度は侮りがたい。我々はそれを退けつつ、魔王軍を殲滅せねばならない」


 それくらい暗記しておけよとも思うが、確実を期すための覚え書きだろうな。

 ルチアが促すと、ジャンヌは更に続けた。


「合流地点は、帝国南西のガルセナ峡谷を抜けた先にある、流血回廊。その奥に、魔王城の封印があると言われています。

 帝国の魔の手をくぐり抜け、三日後に合流し、何としても封印を解くのです」


「ありがとうございました。続きは私が」


 そう言って、ルチアはジャンヌを下がらせる。

 上下関係が逆転しているようにも見えるが、実質ルチアは傀儡だと思う。

 いや、そうだと思わせてくれ。


「我々に恭順を誓い、災禍の根源を撃滅すべく奮闘してくだされば、皆様の罪は帳消しに致しましょう」


 ニコリと微笑むルチアだが、目は……笑っていなかった。


「とはいえ、認められない世界の為に、十全の力を尽くそうとは思えませんよね?

 お気持ちは理解できます。ですから、魔王には挑まなくても結構。我々の為に道を開いてさえ下されば、後はこちらで処理します」


「何と寛大なお方か!」

「聖女万歳!」

「聖女ルチア様、万歳!」

「我らに聖女様のご加護あらんことを!」


 ……もはや完全に別人だ。

 何が聖女(笑)だよ。

 冗談じゃねえ。

 俺達の――俺の知っているルチアは、もういないのか……?


「やるか、やらざるか。あなた方がご自身の立場を理解してらっしゃるなら、答えは自ずと出てくるでしょう」


「俺は別に、魔王を倒すのは誰でもいい。道は開くよ。そしたら、もうほっといてくれ」


「誰でもいいって……ファルド、アンタ本気なの!?」


「こんな世界の為に頑張る必要なんてない」


 カグナ・ジャタと同じ事を言ってやがる。


 ……危機を救った事は、少なくない筈なんだ。

 だが、そんな事なんてお構いなしに一方的に反逆者と決め付けた。

 証拠も何もあったもんじゃない。

 挙句に、魔王討伐までのダシにするなんて。


「我々は安全を確認してから、魔王討伐に踏み込みます。

 こちらとしても、義勇兵の皆様を失いたくはありませんので。

 ですから、あなた方はしっかりと環境を整えて下さい。よろしいですね?」


「そこまでお膳立てしてやらなきゃ何もできないのかよ? 魔王ナメてんのか?」


「犠牲を抑える為です。良いでしょう? それで身の安全が保証されるのですから。

 それと、アンジェリカさん。ご両親の身柄は拘束しました。もしも反抗的な態度をとるのであれば、わかっていますね?」


「ハッ、どーでもいいわ。どうせ、言うこと聞かない馬鹿娘がくたばって清々しているんでしょ? 願ったりかなったりよ」


「困りましたね……あんなのでも、貴女の親ではありませんか」


「……アンジェリカ。悔しいけど、ルチアの言う通りだよ。そんな事は言わないでくれ」


「だって……」


「俺の親はもう、死んだ。実の親じゃなかったけど、俺にとっては大切な家族だった。俺の頼みは聞いてくれるだろ」


「ふん! わ、わかったわよ」


 おっと。

 何だかここで話が終わりそうだから、ちょっと粘らせてもらうぞ。

 ルチアが魔女の墓場に付いたなら、アレとソレはどうなってる?


「二つほど訊いてもいいか?」


「可能な範囲でお答えしましょう」


「まず、カージュワック家はどうなった?」


「ああ、反逆者テオドラグナ・カージュワックの父親ですね? 懲罰労働の刑に処しました。

 死なせては、人質にできないでしょう?」


 ドーラは、唇を噛む。

 そう、だよな……生きていても、素直に喜べるワケがない。

 魔女の墓場の性質上、役目を果たしたらそのまま使い捨てっていうパターンばかりだ。

 どこまでも、性根が腐ってやがる。


「もう一つ。教会はどうした?」


 ルチアはおもむろに懐から紙を取り出し、折り紙を作り始めた。

 ……紙飛行機、か?


「彼らはこの戦争には関係ないと主張し、一部の連合騎士団と共に北方連邦への亡命を試みました」


 出来上がった紙飛行機を、飛ばす。

 あらぬ方向へと飛んでいった紙飛行機は、見えなくなった。


「徒労に終わりましたけれどね。既に掌握は時間の問題。各地の教会に内通者を送り込めば、この程度は造作も無い事です」


 容赦無いな。

 教会には、ザイトンみたいな奴ばかりじゃない。

 掌握って事は、制圧ではないと信じたいが……今のルチアがどういう考えで動いているのか、俺はもう解らない。


「お買い物は、この街で済ませておきましょう。建物内の出入りを許可します。

 さあ、お征きなさい。大切な人を守りたいのであれば」


 ルチアの言葉に従い、俺達はその場所を後にする。

 下手に暴れれば、何をされるか判ったもんじゃない。

 もちろん、何から何まで言うことを聞く必要は無い。

 一度身を引いて態勢を立て直すべきだって話だよ。



 *  *  *



 ルチアはあんな感じだし、合流は諦めたほうがいい。

 合流するのは、三日後だろ?

 どう考えても説得とか間に合う気がしない。


「必要な物も買ったし、さっさと準備――いてッ! 何だよ一体……」


 これ、さっきルチアが飛ばした紙飛行機じゃないか。


「捨てときゃいいじゃないか」


「いや、なんでこんな所に飛んできたかが気になってな」


 飛ばした方角は、こっちじゃなかった。

 つまりもう一度飛ばしたか、ホーミング・エンチャントでわざわざ俺達の方角へと誘導したかだ。


 こういう時は、必ず紙飛行機に何らかのメッセージが記されている。

 早速、広げてみるか。


《ごめんなさい。

 けれど、私を信じて!

 後ろは私に、お任せ下さい。

 どうにか、手は回しておきますから》


 紙飛行機にはルチアの筆跡で、そう書かれていた。


「なあ、シン。これって……」


「……ああ」


 もしかして、さっきのは演技だったのか?

 だとしたらやりすぎだろ、ルチア……。


 とりあえず、だ。

 まだ信じても、いいんだよな?




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