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第百十四話 「女の涙を見たくないだけさ」


 “協力者”のお陰で、この俺ジラルドと相棒のビリーは飛行船への潜入に成功した。


 なあに、ちょいと脅してやっただけさ。

 使い捨てて殺せば、そいつの嫁さんと娘さんが悲しむ。

 やっこさんも、これに懲りて真っ当な仕事をしてくれるといいんだがねえ……。


 まあそれは、やっこさん自身の問題さ。

 それより、どのタイミングでぶっ潰してやるかだ。

 予定ではそろそろといった所かい。



「行こうぜ、ビリー」


 艦内通信で、シン達が来た事を知った。

 ある程度は勘定に入れていた。

 織り込み済みさ。


 ほんのちょっと、俺達の予定を繰り上げただけだ。

 この飛行船の目的はカグナ・ジャタの無力化と、専用の大型装置による奴隷化。

 どれだけの大金をつぎ込んだかは知らんが、カグナ・ジャタを味方に付ければ帝国を黙らせる事もワケないって思ったんだろう。


 浅はかすぎるぜ。

 そうやってなんでもかんでも無理やり従えて、何を望んでいるのやら。

 やがては反発を生んで、裏切られるのさ。

 俺には解るのよ、それが。


 何故なら、俺自身がそうだったから。



 艦内通信は続いて、正体不明の円盤との戦闘を告げていた。

 帝国の新兵器か何かだろう。

 或いは、魔王軍の新手だったりしちゃうか?

 なんであれ、好都合だ。

 こっちはその隙を突いて、事を進められる。


 俺達は魔女狩り兵を次々と倒していく。

 突然の侵入者に色めきだった連中は、明らかに冷静じゃない。

 手応えなんて、トーフより柔らかいぜ。


 機関部を潰すのは後だ。

 まずは、頭をやらにゃあいけねえ。

 ビリーには後ろを任せて、ここは一つ。


 ――突撃だ!

 ドアを蹴破ると、金属製のドアはいとも簡単に吹っ飛んでいく。

 いやあ、この感触がたまらないねえ!


「お邪魔するぜ!」


「あら……侵入者は誰かと思えば。裏切り者のジラルドでしたのね」


 やっぱりねえ!

 エリーザベト。

 お前さんがここの総大将だという話は、方々から仕入れた。

 道中での熱烈な歓迎は、相手にするのが大変だったんだぜ。

 つもる話は後にしよう。

 まずは、挨拶だ。


「久しぶりだねえ。元気にしてたかい」


「ええ、元気ですわ」


「まだ続けるつもりなのかい。こんな真似をさ」


「愚問でしょう?」


 椅子から降りて、両手を広げる。

 いやあ、様になってるよ、お前さん!

 見事な三流悪役っぷりだ。

 ここがブロードウェイなら小銭が飛んでくるぜ。


「魔女は人類の敵! 貴方もルーザラカに血縁者を殺された。違いませんこと!?」


「ああ、違わない。ついでに言えば、やっこさんの配下に左目もやられた」


「その貴方がどうして、わたくし達に反旗を翻すのか。理解に苦しみますわ」


 俺はどうしてお前さんが理解してくれないのか、それが疑問だよ。

 簡単な話じゃないか。


「女の涙を見たくないだけさ」


 魔女から人を救う筈の組織が、いつの間にか気に入らない相手を潰す為の組織になっちまっている。

 魔女に協力する奴も、魔女をかばう奴も、みんな魔女と同じだと奴らは言う。


 ――憎む為に憎む。


 お前さん達も、結局はお前さん達が一番嫌っている筈の事をやっちまっているのさ。

 怪物を倒そうとする奴ぁ、てめえも怪物にならないように気をつけなきゃいけない。

 その理屈を忘れたまま、深淵を覗き見たのが間違いなのさ。


「馬鹿な事を仰りますのね!」


「馬鹿な人生も悪くはないさ」


 お前さんが馬鹿だと嘲笑っても、俺にとってはかけがえのないものなんだぜ?


「でしたら、白黒付けましょう? 決闘ですわ!」


「へえ、何を賭けるんだい」


「勝ったほうが、負けたほうを好きにしていい。如何ですこと?」


「多分、勝負にならないと思うぜ」


「逃げ腰とは情けない! 拒否権が貴方にありまして? 無い! 皆無! わたくしは貴方を奪う!」


 左手を挙げると、隠れていた魔女狩り兵が一斉にクロスボウを放ってくる。

 近いやつから順番に撃ち落とすが、一本が俺の頬をかすめた。


「っとと、なるほど? 一対一という決まりは無いって事かい」


 こりゃあメイから聞いた通りだ。

 シン達もまともにやりあわなくて正解だったろう。

 ジェヴェンとファルドの一騎打ちにさせたのは、いい判断だったに違いないぜ。

 ……審判ジャッジがいなきゃ、決闘なんてガキの喧嘩と何も変わらんのさ。


「相棒、待たせたぁー!」


「ちょうどいいタイミングだったぜ。淑女との社交で暇潰しは充分さ」


「減らず口を……! やっておしまい!」


 飛び交う太矢をくぐり抜けながら、エリーザベトに接近。

 なるほど、曲がりなりにも決闘と抜かしただけの事はあるぜ。


 レイピアのキレは確かに、素人のそれじゃあない。

 枢機卿の名は伊達じゃあないって事だ。

 それに加えて、近衛を務める魔女狩り兵の連中も、見事な連携だ。

 一発も誤射せずに、俺だけを狙いやがる。


 全部弾き飛ばしてやるがね。

 こんなのは銃弾に比べりゃ、蝶が飛ぶようなもんさ。


「何が、貴方をそうさせますの!? 魔女に復讐することの何が気に入らない!?」


「復讐ってのは人生で一番、クールじゃない事さ!

 クールじゃないからこそ、クールに考えようとしなきゃ駄目なんだ!」


 そろそろトドメだ。

 やっこさんが焦って突いてきた。


「じゃなきゃ、ただの八つ当たりになっちまうぜ?」


 俺はそのチャンスを逃さず、捕まえた。

 それからレイピアをへし折って、先端を喉元に当ててやる。


 ちょいとばかり加減を間違えちまったせいで、押し倒しちまったがね。

 チェックメイトには変わりはない。


「言ったぜ? 勝負にならないって」


「い、痛い、こんクソ銀髪が! はなっから舐め腐っとったか!」


「お前さん、眼鏡を取ったら美人だねえ」


 このお嬢さんは、まだやる気らしい。

 手元にナイフを忍ばせてるし、配下の連中にも目配せの真っ最中だ。


「これから死ぬというのに、お世辞など言う余裕、がッ……――!?」


 残念。

 皮肉なんだぜ。

 頭突きを一発。

 そおら、伸びちまった。


「やれやれ、黙ってりゃもっと美人なんだが」


 約束は、約束だぜ。

 俺の好きにさせてもらう。


「まだ暴れ足りないぜ。相棒、どうする? 的には困らないらしい」


「一人ずつ海に落としてやろう。古巣での尋問方法だ」


「名案じゃないの」


 連中に向き直る。

 コキコキと関節の音を鳴らして見せれば、さっきまでの威勢はどこへやら。


「ひ、ひいいい! 退却! 退却しろおお!」

「本部に報告だ! こんな奴、俺達なんかじゃ、かなう筈がない!」

「閣下は、枢機卿エリーザベトは名誉の戦死を遂げられた!」


 自分達がやられる番となると、途端にこれだ。

 なら、初めから喧嘩なんざ売らなけりゃいいのさ。


 王国本土の連中だってそうだろ。

 帝国が戦争をおっ始めると言うなり、殆どが灰色装束を脱ぎ捨てて逃げ去った。

 暴力の責任を取れない奴が、正義の下に暴力を使った。

 ……浅ましいねえ。


 飛行船の連中も結局、腰抜けか。

 やっこさん達はもう少しガッツがあると思ったんだがね。


 それにしても、失礼な事を言ってくれるぜ。

 俺はエリーを殺さないよ。

 殺すワケがない。



 *  *  *



「さて……ほら、もう目を覚ましな」


 バチッと一発、電撃的な目覚ましだ。

 痺れるだろ?


「教えてくれるかい。どうして、お前さんは魔女の墓場に付いた?」


 俺の質問に、エリーザベトは睨み返すだけだった。


「好きにするって約束だぜ」


 かがんで、目線を合わせる。


「お前さん、俺と同じって言っただろう。それは、どういう意味なのか、俺はまだ知らないんだ」


 そうやってお膳立てしてやって、やっこさんはようやく口を開いてくれた。


「……母が、魔女になったのですわ。わたくしの家は、没落貴族でしたの。

 しきたりや嗜みは教われど、その地位は平民より少し高い程度」


「続けな」


「ある日、一つの商家が成り上がった。

 まだ幼かったわたくしを育てるのにも一苦労だった母は、嫉妬した。

 どうして自分達は名家を継いだのに、薄汚い手で儲けた者達に劣るのかと。

 それで、母は魔王にそそのかされた。手が届かなければ、奪ってやればいいと」


「魔女に、なっちまったのかい」


 エリーザベトは頷く。


「ええ。それで、その商家……ドレッタ一家の、母親に成り代わろうとした。

 元より杜撰な計画ゆえ、すぐに殺されましたけれど。

 以来、わたくしは名を捨てて別の家に養子として迎え入れられた」


「恨みは、あるかい?」


「ドレッタ家を恨んでなどいませんわ。愚かな母がいけなかった。過去の栄光に縋り付いて、亡き父を蔑み……。

 けれど、理屈では理解できても、わたくしは、何を憎めば良いかと獲物を探し続ける、獣へと成り果てていた」


 魔女が原因で家族を失った……その点では俺とやっこさんは共通している。

 もっとも、やっこさんの場合は『身内が魔女になった』という点で大きく異なるがね。

 これは厄介だ。


「ふふ。結局は、わたくしも母と同じ血が流れているのでしょうね。

 帰る場所も失って、誰を信じるべきかも曖昧なまま……ジラルド。貴方の仰る通り、復讐など冷静ではありませんわ。

 わたくしはもっと、考えるべきだった」


「……そうかい。辛かったろう」


 同情って、どうやりゃ良かったかね?

 思い出せない。

 とりあえず、慰めの言葉をかけてやって、頭を撫でてやるのがいいのか。


「これでもう、八つ当たりは打ち止めだぜ。罪はしっかり、償わなきゃいけねえ」


「わ、わたくしを、犯してもいいですわよ。元より、わたくしが決めた事、約束は守りますわ……!」


「いや? 別にそれはいい」


 そんなのは俺の本意じゃない。

 何の意味も無い。


「なッ――! どうして!」


「エリー。お前さんは、今から俺達の仲間だ」


 俺が復讐したい相手は、エリーじゃない。

 この世界を滅茶苦茶にしてくれた、どこの誰ともしれない奴だ。

 やっこさんを、シンが倒す。

 その為の手助けを俺がする。

 ……それこそが、俺の復讐さ。


 メイの入れ知恵からヒントを得た、単なる受け売りだがね。

 俺はそれを気に入った。

 だから俺は、俺に付いて来てくれるビリーと一緒に、それをする。


「よろしいですの? だって、わたくしはもう……」


「償いきれない程の罪を犯したって? その事で責められたら、騙されたとでも言っておきな。

 ちょいと口添えしてやれば、みんな同情するだろうさ」


「それではわたくしの罪は!?」


 焦るなよ。

 今、教えてやるから。


「償いの内容は、簡単だ。魔女の墓場を内側からブッ壊してやるのさ。それから、みんなで一緒に魔王を倒す。

 罪を償うには充分だ。もしもお前さんに帰る場所が無いって言うのなら、俺達がなってやる」


 エリーを助けたら、俺は愛を思い出す事ができるのかね。

 ……博愛主義は、いつだって憎しみと隣合わせだ。


 俺は誰も憎めないし、誰も愛せない。

 心が穴だらけになって、何も解らなくなっちまった。

 ボラーロで一番の娼婦ミランダを抱いても、ただいい女としか思えなかった。


「こんなわたくしで、宜しければ……」


 顔を背けたエリーを、俺は掴んで向き直らせた。

 頼むよ、エリー。


「ああ。エリー・エレクトリック。俺達は今から、稲妻三人組サンダー・スリーだ」


 もしかしたら、エリーこそが、俺の心を取り戻せるのかもしれない。

 せいぜいこき使ってやるとしようじゃないの。


 エリー。

 それがお前さんにできる、償いだろうさ。


 ……俺の最期まで、付き合ってもらうぜ。




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