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第十一話 「頼みの綱のこいつだよ」


 北へ向かうにつれて、空模様が怪しくなってきた。

 春の終わり頃にもかかわらず、雪が降り始めている。


 だが、これは既定路線だ。

 原作でもファルド達は此処へやってきて、様子がおかしい事に気付くのだ。


 実は、魔王城へと乗り込む為に必要なアイテムがある。

 春、夏、秋、冬を象った四つの聖杯だ。

 うち一つ“冬の聖杯”が暴走している為に、このリントレアでは雪が降っている。


 冒険を楽にする為に俺がここで種明かししてもいいんだろうが……。

 本来ならばそれら四つの聖杯が明かされるのは、ザイトン司祭と再会してからだ。

 まだ、黙っておこう。


 此処で下手に俺が介入して、流れが大幅に変わるのは望ましいとは言えない。

 ここまでの冒険は細かい所にアレンジが加わったり小さいイベントを挟んでいるとはいえ、だいたい原作の流れに沿って動いてるし。


「寒くなってきたな……」


 ファルドが呟く。

 雪道を踏み締める音が、ざくざくと響いた。

 とはいえ雪に足を取られても、靴底に仕込んだ便利グッズ“地平線歩き”が疲れを吸収してくれているようだ。

 思った程、足には重みが来ない。


「早速、これ使ってみましょうよ」


 アンジェリカがその呟きに対して、携帯用暖房装置を起動した。

 効果はすぐに現れた。身体中がぽかぽかしてくる。雪も溶けているぞ。


 流石はモードマン。便利グッズを作らせたら右に出る奴は居ないな。

 原作だと凍えないうちに宿を探そうって話になって、大急ぎで街に向かう事になるんだよな。

 だが俺の体力的に寒空の中を走るのは非常にキツイので、暖房装置でぬくぬくしながら歩いて行くのは大歓迎だ。


「吹雪いてきましたね」


「ああ。鉱山を襲った奴が言ってた事って、もしかしてコレなのかな」


 吹雪も、シナリオ通り。

 勇者の接近に、冬の聖杯が反応して吹雪を起こしたのだ。

 鉱山のオークが別働隊扱いしたのは想定外だったが、さして影響は無いだろ。

 どっちも助けなきゃいけない状況なんだし。


 で、俺達は灯りが見える方角に走った。

 結局走るハメになったが、これはまあ仕方ないだろ。

 いくら暖房付けたって、雪と風が容赦なく降り掛かってくるから、どうやっても体力を奪われる。


「やっと着いたわ……確かに暖房装置で少しは暖まるんだけど、ああも風が強いと」


「そうですよね。雪が冷たくて、身体は冷える一方でした」


「手近なところで暖まろうか。シンが死にかけてる」


 考えてみたら俺、汗が引かないまま来ちゃったんだよな。

 そりゃあ湿気った服を着て寒いところを歩いたら、暖房装置くらいじゃ無理だ。

 だが俺も男だ。弱音は吐かない。


「俺の事なら気にするな。ツバ付けときゃ治る」


「いやそれツバ凍るだけから!? みんな、急ごう! シンはもう限界だ!

 とりあえず村長に、今の状況を確認してみよう。そこで暖を取ろうぜ!」


 ふふ。リーダー役が板に付いてきたな、ファルドも。

 村とか町とかに着いたら、そこの一番偉い人の所にとりあえず行くのが定番だよな。

 だが残念だったな。村長は留守だ。

 此処の自警団と一緒に、吹雪の原因究明の為に“冬の聖杯”が安置されている神殿の調査をしているんだよなあ……。


「ファルド、これは俺の予想なんだが。村長はこの吹雪について調べてるんじゃないかな。ひとまず教会へ行くぞ」


「大丈夫なのか?」


「甘く見られたもんだ。携帯用暖房装置と、お肌の触れ合いがあれば、この程度は何て事無いさ」


「俺、鎧なんだけど……アンジェリカ、頼めるかな?」


「仕方ないわね。今回だけよ」


「ありがとう。ほら、シン」


「おう……」


 ご厚意に甘えて俺はアンジェリカの肩を借りる。

 ちっとも体温を感じない。これじゃあ意味が無い。冷え性なのかね。


 こうして俺は二人の間に挟まれ、両手に花(語弊のある言い方だ)の状態で教会にたどり着いた。

 ツタが絡まっている塀とか壁に雪化粧ってよくよく考えるとあんまし見掛けない光景だが、実に趣深い。


 俺の原作知識チートの出番だな。

 パソコンを開く。


「正面を真っ直ぐ進むと大聖堂。右手に逸れると詰所と馬小屋。左手の手前が寄宿舎だな。大聖堂を更に奥へ進むと共同墓地だ。

 それによれば、ザイトン司祭は詰め所、控え室にいる」


 良かった、ここの地図も作っておいて。


「司祭様が、控え室にいらっしゃるのですか?」


 ルチアが少しだけ嬉しそうにする。


「鉱山の時もそうだったけど、すごい精度なのね。石版の預言って」


「まあ、それが俺の唯一にして最大の存在意義だからな」


 原作では大聖堂にザイトン司祭はいない。

 無駄足を踏むくらいだったら、もっともらしい理由を付けてさりげなくショートカットしたほうがいくらか賢いってもんだ。


 詰所の前で、俺はファルドとアンジェリカを待つ。

 だが扉越しに何か聞こえてきたので、俺は途中で扉に聞き耳を立てた。

 そこに、ファルドやアンジェリカも便乗する。

 端から見ると、三人がかりでドアに耳を当ててる不審な集団だな。


「参ったなあ……どの馬も弱ってきてらあ」


「うちの娘がこいつをいたく気に入ってるから、どうにかしてやりたいんだが」


「吹雪が止めばどうにかできなくもないが、冬より寒いなんて聞いたことが無ぇ」


「くそッ、耐えてくれ! 娘がお前の背中に乗りたいと言ってるんだ!

 俺とはすっかり口も利いてくれなくなったあいつが、唯一、お前にだけは心を開いてくれるんだ……」


「あんまり、無理を言ってやるなよ」


 と、ここまで聞いて俺達は互いに顔を見合わせる。


「早いところ、この吹雪の原因を突き止めないといけないわね」


 深刻そうな顔でアンジェリカは呟く。

 一応、場つなぎとして便利グッズを使うという手はある。

 ファルドが、ちらりと携帯用暖房装置を見てからアンジェリカへと向き直る。


「でもそれじゃあ間に合わなくなるかもしれないだろ。そこで……」


「そこで?」


 アンジェリカが首を傾げる。こういう時に察しが悪いな。

 ファルドの視線の先には、ファルド自身が手に持っている携帯用暖房装置が。


「頼みの綱のこいつだよ」


「ちょっと、それ使うの!?」


「伯爵からの貰い物だけど、別に一人一つじゃなくてもいいだろ。

 困っている人が居るんだ。分けてあげたほうが、俺はいいと思う」


「ファルドはお人好しすぎるのよッ! いっつもそう! まあ、自分で決めた事だし、私は止めないけど……」


 とか、やりとりをしていると。


「そこに誰か居るのか!?」


 ほらな。でかい声を出せば気付かれる。当然の結果よ。

 まあ想定内だ。普通にノックして入ったら、部外者扱いされて最悪門前払い。

 ルチアが居るって事を伝える手もあるにはあるが、余計な手間を挟むかもしれない。

 それを考えれば、俺の計画は現状における最善手って事だ。


「げッ、バレた!」


「いやいや、ファルド。俺達の目的地はこっちで合ってるから、少しは堂々としたらいいんだ」


 わたわたしているとドアが開かれる。

 内側に開く仕組みのせいで、俺達はそのまま詰所になだれ込んだ。

 ファルドとアンジェリカさえどいてくれたら、俺はドアから離れる事が出来たのに。やれやれだ。


「あ、あの……君達……?」


 ドアを開けた男と、馬を介抱している男。

 どっちもThe村人って感じの服装だ。毛皮、あったかそうだな。

 そして、この視線はデジャヴを感じるぞ。

 俺がファルド達と初めて会った時の視線によく似てる。不審人物に呆れてる感じの眼差しだ。


「ど、どうも」


 ファルドが頬をかきながら体勢を立て直す。


「お邪魔しまーす……えっと、何かあったんですか?」


 アンジェリカも、それに続いて立ち上がった。そして俺も。


「ああ、うちの馬が数頭、ここ数日の寒さにやられちゃったみたいでね。焚き火をしても、火の番をするには人手が足りないんだ」


 俺がファルドに目配せすると、ファルドが頷いた。

 以心伝心って、こういう事を言うんだな。


「良かったら、これ使ってみて下さい」


「何だそれは? 本か?」


「これは携帯用暖房装置って言うんです」


 ファルドはモードマンがそうしたように、暖房装置を動かしてみせる。


「この金具を動かすと、本が開いて魔法の火を出す。火は触っても火傷しない」


「こんな物があるなんて……! すまないな。恩に着る」


「家に子供が居るんでしょう?」


「聞かれてたか。これは恥ずかしい。しかし、勇者様から施しを受けるとは、今日はいい事がありそうだな」


「なんで俺が勇者って?」


「そりゃあ、ファルドなんて名前は、王国じゃあ珍しいからな。

 尚且つ同じくらいの年頃の魔法使いの女の子を連れているっていったら、勇者ファルドくらいのものさ」


「どこで名前が知れ渡ったのかな……」


「何処でも何も、そっちの子が大声で呼んでたじゃないか」


 ドア男(仮)がアンジェリカを指差す。アンジェリカが顔を赤らめてそっぽを向いた。


「駆け出し勇者なんだろ? 頑張れよ」


 馬介抱男(仮)が親指を立ててウィンクする。

 こいつ、俺と気が合いそうだ。

 そろそろ本題に移るか。


「そういえば、ここにザイトン司祭がいらっしゃると思うんですけど」


「あ、ああ」


「案内を、お願いしてもいいですか?」


「いいよ! 勇者様のお願いとあったら断る訳には行かないってもんだ! 娘ともこれをネタに仲直り出来たらいいな」


「安心しな。お前さんにゃ会おうともしねぇよ」


「はぁ……じゃあ、暖房装置は預けとくよ。その馬たちを頼んだ」


「おう。任せとけ」


 内部構造の地図もあるにはあるが、此処でそれを明かせば何処かの間者と怪しまれるな。

 どんな処分が下るか解ったもんじゃない。



 リントレアの教会は、たとえ詰所と寄宿舎であっても綺麗に掃除されていた。

 あと、俺が最初に目を覚ました神殿とどことなく似た雰囲気をしている。

 水色のレンガのせいか? ステンドグラスから差し込む光の色のせいか?

 多分あの神殿もビルネイン教とかいう、俺が昔に碌な設定も付けなかった宗教に関係しているんだろうな。


 さて、案内されている間に、ザイトン司祭とやらの人物像をおさらいしとくか……。

 パソコンを開き、フォルダから人物用のテキストファイルを呼び出す。


 ――ザイトン司祭は四角い顔で髭もじゃのオッサンって事くらいしか書いてないな。


 大した重要性も無い、モブに毛が生えた程度のキャラなのかな? コイツも三度くらいは顔を合わせるような気がしたが。

 これじゃあロクに予測できないし、何が出て来ても驚かないように心掛けるとするか。

 ま、今のところ、そこまで濃い奴は居ないけどな。想定の範囲内だ。




 リデニーの鞍

 射手のプレシアの愛馬、リデニーに装着されていた鞍。

 プレシアは馬上から正確に獲物を射貫く事に長けており、

 リントレア南部に広がるゼルコバ高原の魔物討伐に、大いに貢献した。


 プレシアは父と不仲だったが、ある日を境に和解している。

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