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第十話 「事実を申し上げたまでです」


 ドリトント鉱山の魔物討伐を終えた俺達は、鉱山村ヴァン・タラーナへと戻る。

 その道中、やっと落ち着きを取り戻したルチアが「シンさんの助言のおかげです」と俺に頭を下げた。

 まあ俺が人質作戦を打ち破ったようなものだしな。


 これは好感度アップか!?


「悔しいけど、アンタの事は認めたげる」


「今まで認めてなかったみたいな言い方だな。実際そういう節はあったが」


「正式に認めてやるのよ」


「そうですよ、認めて下さい。シンさんは命の恩人なのですから」


 命の恩人か。いい響きだな……フラグを一つ立てたような気分だ。

 悪いなファルド!

 ルチアとのルートを開拓させてもらう!


 ……いや、冷静に考えると単なる痛い妄想だな。

 現実世界に望みが無いからって、自作品のキャラと恋愛って末期過ぎるし。

 何より中学校時代に割と本気でそのシチュエーションを夢見ていたという痛い記憶が蘇って、俺の胃袋がストレスでマッハなんだよ。


 夢小説っていうジャンルがあるけど、アレは有名なキャラクターとの愛を育むからいいんだ。

 俺が俺自身の作ったキャラクターと愛を育むとか、アレをナニするのと変わらないじゃないか。



 モードマンの屋敷に到着すると、真っ先にキリオが駆け寄ってきた。


「ルチア! 無事か!」


「ええ。皆様のおかげで」


「良かった……! 皆様、妹を守って下さってありがとうございます。何とお礼すべきか……」


 キリオは眼鏡を外して両目をハンカチで拭う。泣く程の事かよ!

 とも思ったが、出発前の会話から察するにルチアも強情だからな。


「お兄様。ファルドさん達は私を守る為に戦ったのではありません。伯爵様の所へお目通し願えませんか? 話がこじれますのでっ」


 随分と、きっぱり言うんだな。

 いつもは気弱なルチアだが、兄貴の前だとやけに強気なんだよな。

 っていうか、これって内弁慶そのものじゃねーか!

 ちょっと幻滅したわ……。


「わ、解った……伯爵に言付けて来るから、君はファルドさん達と此処で待っていなさい」


「話が早くて助かります。お兄様」


 あーあ。キリオ、すっごいしょぼくれてるぞ。

 背中から哀愁が漂いまくって、可哀想に。


 しかもルチアは結局、人質に取られたくだりは話さなかった。

 まあ、話せばキリオにエサを与えるようなものだしな。


「ごめんなさい、お見苦しいところを……ああでもしないと、兄は私から一向に離れて下さらないのです」


「まあ実際危なっかしいものね、アンタ。遠くから後を付け回して見守りたくなる気持ちも解るわ」


 あ、やっぱ知ってたんだ。


「ええええっ!? 兄がそのような事を!?」


「知らなかったの!?」


「俺も知らなかったぜ。ルチア、仲間だな!」


「アンタはそこに仲間意識を求めるな! ファルドの馬鹿!」


 ファルドとルチアは鈍感だからね。仕方ないね。


「……思えば、確かにそうですよね。そうとしか説明が付かない事もありました。

 迷いの森に設置されていた道しるべは、よくよく考えれば兄の筆跡に酷似していました。

 お兄様ったら、余計な事ばかりして……!」


 いやお前、さっき普通にノリノリで通販番組お姉さんやってたじゃん。

 って言ったら絶対こじれるから、ここは一つ、宥める形で言ってみようか。


「まあまあまあ! きっと、キリオさんは純粋に俺達の事を気遣ってくれたんじゃないか?」


 ルチアの表情はまだ影を帯びている。

 まずったな。選択肢を間違えたのだろうか。


「庇護下に在り続ける事を当たり前に思いたくはありません。私だって、強くなりたいのに、これではいつまで経っても私は半人前である事を自覚し、自責して、思えば幼き時分から守られてばかりで、私はいつになったら……」


「ルチア? ねえ、ルチアったら!」


「お兄様の蛮行を……やめさせなくては……」


 ルチアがゆらりとした動きでクロスボウを握り締める。

 ああ、目のハイライトがお留守になってるぞ……。完全にやらかすつもりだ。

 手をこまねいて見ていられるか! 俺はルチアを羽交い締めにする。


「る、ルチア! まずはさ、ゆぅっっっくり強くなろうね!? 俺も頑張るから、ね!? 千里の道も何とやらって言うじゃん!?」


「――ふぇ!?」


 ルチアが正気に戻ったのと、クロスボウの太矢が俺の耳の横をすり抜けていったのはほぼ同時だった。


 あ、あぶねー!

 あと少しで、俺の冒険が此処で終わっちまう所だったぞ!

 俺はまだ影の門を開きたくない!


「あ、私……!? ご、ごめんなさいっ!」


「いやー、いいんですヨ~? 解ってくれたならネ~? ……はは、あははっ」


 後ろを振り向くと、ファルドとアンジェリカが唖然とした顔で俺と地面に付き立った太矢を交互に見ていた。


 こりゃあ、下手をしたら俺より厄介な仲間を連れて来てしまったんじゃないかな?

 ファルドとアンジェリカよ。


 などといった即死級のコントをドアの隙間からジト目で覗いていたのは、昨日俺達をモードマンの部屋へと案内したメイドだった。

 服の装飾とかが他のメイドより豪華なところを見るに、どうやらこの人がメイド長なんだろうな。


「お戯れはお済みのようで。危うく死傷者が出そうな様子でしたので、介入すべきか悩んでおりましたが」


「つーか、見てたなら止めろよアンタも!

 こっちは耳にまだあの感触が残ってるんだからな!? 死神が風を纏って俺を撫でた、あの冷たい感触がだな!」


「御無事なようで何よりです。どうぞ、お通り下さい」


「――あ、はい」


 屋敷に入ると、リビングでモードマンがソファの近くに立っていた。

 珍しいな。研究室に籠もりがちな設定の筈なんだが、何かあったのか?

 俺達を一目見ると、モードマンは一礼する。


「一先ず、この度の鉱山の件は、ありがとう。どうぞ、掛けてくれたまえ。話を聞かせて欲しい」


 促されるままに、俺達はソファに座る。モードマンはそれを見てから、自身も腰掛けた。

 それから俺達はさっきの出来事を、ルチアが人質に取られた事を除いて(言えばあのシスコン赤もやしがうるさいからだ!)包み隠さず報告した。


「なるほど。被害状況の調査はこれからだが、君達の事だ。きっと最小限に留めてくれたのだと思う。

 ありがとう。重ね重ね、礼を言う。しかし、魔王軍のオークで、別働隊がリントレアで活動中か……嫌な予感がするな」


「奴は詳しい事を言いませんでした。でも、何かまずい事が起きているかもしれません」


「ふむ。それならば引き留めるべきではないな。リントレアへ向かうなら、丁度いい物がある」


 何か含みのある表情で、モードマンがメイド長(仮)に目配せした。


「君、アレを」


「アレですね」


 アレって何だろう?

 俺はファルド達を見たが、どうやらみんな知らないみたいだ。

 みんなして顔を見合わせて、きょとんとしている。

 暫くして、メイド長がメモ帳くらいの大きさの本を四冊持ってきた。


 それを俺達に配っていく。

 何だ? 秘密の暗号か何かか?

 ページを開いてみたが、奇妙な幾何学模様とか記号とかばかりで、何が書いてあるかさっぱりだ。

 魔方陣とも違うんだよな。


「これは携帯用暖房装置だ。古代の紋章術を解析し、空気を取り込んで温めるようにしてある。

 アンジェリカ君、その本の表紙に付いている金具を動かしてみたまえ」


「こう、ですか?」


 拍子の紋章の部分に付けられた金具は30度回転できるようになっていた。

 アンジェリカがそれをパチンと動かすと、本が赤い光を放ち、ページがパラパラとめくられる。

 ページは一定の間隔を進んだり戻ったりしながら、ページの上に小さな赤い火を生み出していた。


「具体的には、半径2メートル以内の気温を25℃程度に引き上げる」


 モードマンはアンジェリカの手元にある暖房装置に、メイド長から手渡された燭台を近付ける。


「周囲の気温がそれ以上だった場合は暖房効果は作用せず、大幅に上回っていた場合は安全装置が働き、自動的に動作を停止する」


 暫くして、暖房装置は勝手にページを閉じた。

 金具も元の場所に戻っている。

 マジで天才発明家だな。

 俺達に解るような最低限の言葉で、これがどのような便利グッズなのかを説明してくれる。


「火は手を触れても火傷しないし、他の物質を燃焼させない。水の中に入れても、吹雪の中でも大丈夫だ。

 難点は片手が塞がってしまう事だが、それ以外は既存の暖炉や焚き火、ランタンにも勝る」


 俺の与り知らぬ所で、色々と便利グッズを開発してたんだな……。改めて、感動したぞ。


「む? シン君、目が涙ぐんでいるが、眩しかったかな?」


「いえ、こんな素晴らしい発明があるなんて……」


 モードマンの表情がパァアと明るくなった。

 心なしか、背景にキラキラした物が飛び交っているような気がする。多分、気のせいだ。


「私は褒められる事に飢えていてね。君のような若者に価値を認めて貰った事は、誇りに思う」


「あまり褒めると調子に乗るので、程々にして下さいね」


 メイド長が燭台を片付けながら俺に言う。

 いや、冷たくない? モードマンを設定したの俺だよ?

 今この状況でそれを言ったら、確実に頭のおかしい奴扱いなんだろうけどな! 歯痒いね!


「それと私はこの件を基に、空の移動手段について交渉してみる」


「じゃあ伯爵、それって……」


「お察しの通りだ、ファルド君。何も飛行船でなくても、空を飛ぶ馬車みたいなものがあれば少しは効率が良くなるだろう。

 これは君に対する、私のささやかな罪滅ぼしのようなものだよ」


「ありがとうございます」


「礼を言うのは私の方だ。君は道理を理解して、その一方で道理への叛逆を望んでもいる。

 私は始め、それを危険な兆候だと思ったが、時にはそれが求められる事もあると気付かされた。

 忘れず、貫くといい。それでこそ、私の発明品を託すに相応しい」


「勿体振って……ご主人様は単に、ご自身の発明をついでに宣伝したいだけではありませんか」


「みっ、身も蓋も無い言い草は止して貰えないかな! クラウディア!」


「わたくしは事実を申し上げたまでです」


 メイド長(仮)改めクラウディアが、ぴしゃりと断ずる。

 う~ん、容赦ないな。モードマンのほうは別に本気で困ってる様子でもないし、そういう関係性なのかな。

 話が終わって、俺達は立ち上がる。


「それでは、勇者ご一行様。玄関までお送りします。それとシン様……」


「はい?」


「昨夜に貴方が屋根を転げ落ち、わたくし共の安眠を妨げた件については、ご主人様が無事にファルド様と和解できた為、不問と致します」


「す、すみませんでしたァーッ!」


 高速土下座をする。

 異世界に来て土下座スキルのレベルが上がった気がするが、気のせいだと思いたい。


「凄い音したもんね……うちの石版男がご迷惑をお掛けしました」


 アンジェリカが苦笑交じりに付け足す。


「良いのです。あの人も反省しておりますし」


 顔を上げてモードマンを見ると、照れ臭そうにしていた。



 クラウディアに促され、俺達は外へ出た。

 クラウディアは門の前で、おじぎをしている。

 俺達は「お世話になりました」とか「暖房装置、大事に使います」とか思い思いの言葉をかけて、北のリントレアへと歩みを進めるのだった。




 携帯用暖房装置

 天才錬金術師として知られる、モードマン伯爵の発明品。

 特殊な術式を組み込んだ手帳に仕掛けを施したもの。

 作動させると、その名の通り、吹雪の中でも暖炉の傍に居ると錯覚する程の暖気を、

 使用者の周囲に発生させる。


 幼少期に薪売りだった少女を救えなかったという記憶から、

 数十年の歳月を掛けて構想を練り続けたという。


 モードマンは生涯にわたってこういった発明品を作り続けたが、

 その中には人々に疎まれるような失敗作も少なくなかった。

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