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第百三話 「……喧嘩を売られたが。買うか?」

 特訓は順調だった。

 魔女としての魔力の制御方法を確立したアンジェリカは、魔術の精度が格段に向上した。

 一方でファルドも、あの黒いモヤモヤを紫色、青色へと変化させていた。

 光が強くなっていくほど、悪意に対する力が増していくそうだ。


 ああ、そうそう。

 俺の予想はやっぱり的中、つまり全弾命中だった。


 代々、小さい頃に寝相を教育するんだとか。

 滝の上でも眠れるようにするのが始まりだったらしい。


 目が赤くなったのは、ヒルダが魔女になったのはファルドを身ごもった後だからというのが関係しているんだとか。

 俺達の世界で言う産婦人科の人達に言わせれば、奇跡だったそうだ。


 謎の剣はヴィッカネンハイム家に伝わる、由緒正しい家宝だった。

 長い歴史があるそうだが、それは割愛してもらった。

 正直、助かる。

 歴史の授業は魔王を倒してからでも遅くはないからな。



 ちなみに、俺は魔術の特訓に参加しない代わりに作戦を考えていた。

 やりたい事が山ほどあるんだ。

 実現するためには、準備が必要になる。

 紙とペンだけじゃなくて、色々とな。



 ……ここに来てから、得られたものは多かった。

 ロミヤもだいぶ打ち解けて、アンジェリカも口を利いてくれるようになった。

 元々は、すごく仲良しだったみたいだな。


 ヒルダの編み出した精神集中のコツによるものも大きいんだろうが。

 魔女になると、たいていは精神が不安定になるという。

 それまで我慢できた事が我慢できなくなったりとか。

 今まで常識的に判断できた事が、どうでもよくなったりとか。

 アンジェリカがいい例だな。


 社会復帰するにあたって、魔女になる前の精神状態を取り戻せば大きな一歩になる。

 互助会のボスという肩書は、伊達じゃないって事だ。



 ……だが、そんな俺達の順風満帆ぶりも、長くは続かなかった。



 *  *  *



「結界が突破されている!? 何故!」


 ある日、今まで冷静沈着だったヒルダが取り乱した。

 誰の目から見ても、緊急事態だった。


「アレを見ろ!」


 ドーラが双眼鏡を俺達に放りながら、遠くの光を指差す。


「なんなんだ、一体」


 俺は双眼鏡を受け取り、その光を見た。


 ……おびただしい数の、たいまつ。

 森を焼くのではと思わせるほどの、灯火ともしびの行列だった。

 灯火を手に押し寄せてくるのは、何度も見た連中だ。


 魔女ある所に魔女の墓場あり。

 奴等はまたしても、俺達の邪魔をしに来たようだ。


「ファーハハハハハ! 貴様らは包囲されているのですな! おとなしく出てくる以外ありえない!」


 後方から謎のおっさんが、メガホンみたいな道具を使って叫びながらやってきた。

 モノクルを付けた、ポニーテールとカイゼル髭が特徴の胡散臭いおっさんだ。

 もしかして枢機卿の一人か?

 それなら、多分クロムウェルだな。

 容姿は胡散臭いインテリ風の中年って設定した筈だし。


 そして!

 アイツが乗ってるのは――!


「ひーちゃん!?」


「嘘!?」


 双眼鏡を順繰りに回していく。


「ひーちゃんだ!」


 クロムウェル(仮)は、ひーちゃんの上に乗っていた。

 俺達の愛竜ひーちゃんを返せ、この野郎!


「魔女ヒルダ・フォン・ヴィッカネンハイム! 数多の魔女を煽動、奴等に悪行を示唆した容疑で、貴様を処刑しますぞ~!」


 なんだよ、そりゃあ?

 裁判も無しで、いきなり処刑?

 しかも、その罪状もヒドい。

 煽動って、お前……言いがかりだろ!


「……喧嘩を売られたが。買うか?」


 ドーラは涼しい顔で、俺達に問い掛ける。

 だが表情とは裏腹に、内心は煮えくり返っているだろう。

 口元が少しピクリとしたのを、俺は見逃さなかったぞ。


「元よりあたしもそのつもりだよ。今度こそ、ヒルダさんを守る」


「俺も! 実の親っていう実感は無いけど……戦うよ」


「当然、私もね」


 メイ、ファルド、アンジェリカもやる気充分だ。

 そもそも、やらなきゃやられる場面だしな。

 徹底抗戦が唯一の対処法だろう。


「ロミヤはどうしようかしら? 特訓したばかりだし、休ませてるんだけど」


「留守番でいいだろ。スパイだったらマズいから、門前のカバーは頼むぞ。アンジェリカ」


「うん。わかった」


「ファルドは、アンジェリカと一緒にいてやれ。虚を突かれてぐったり、なんてのは二度と御免だ」


「わかった」


「で? ドーラさんは買うんですか。喧嘩」


「愚問! あの男には見覚えがあるのだ」


「もう一人の男じゃなくて、ですか」


 俺は双眼鏡をドーラに返す。

 ひーちゃんの足元には、ジェヴェンが歩いていた。

 お偉方の護衛とは、ご苦労な事だな。


「ああ、ジェヴェンか。ふふ。あんな奴の下につくとは、奴も堕ちる所まで堕ちたか」


 何があったんだ。

 また因縁ですか……。


「そ~れ~と~!」


 メガホン野郎がまた何かを言い出したぞ。


「ナハト・ブレイヴメイカー! 貴様は秋の聖杯を不当に盗んだ罪で処刑ですぞ!」


 よりにもよって、俺か!

 まあそうだろうな。

 メイから奪えたのは春の聖杯だけだろうし。

 ……判明したって事は、魔王城への道を一度開こうとしたのかもしれないな。


「ナハトって誰だ? 人違いじゃないのか?」


 ファルドが首を傾げる。

 レジーナとメイを除く、他の連中も困り顔だ。


「事情は後で説明する。俺があいつらを引き付ける。ドーラさんは、側面からジェヴェン達に奇襲を」


「心得た」


「シンも、気を付けろよ」


「これからって時に、くたばってたまるかよ。それに、メイがいてくれるからな」


「シン君、あたしはどうすればいい?」


 防衛側、最後の一人……メイ。

 ちょっと荷が重いだろうが、メイだからこそできる戦い方がある。


「こまめにテレポートしながら、敵を蹴散らしてもらう。俺がヤバそうになったら守ってほしい」


「うん」


「間違っても、枢機卿を倒そうとは思うなよ! あいつらが前線に出てくるのは、たいてい裏がある!」


 エリーザベトとジャンヌには、煮え湯を飲まされたからな。

 原作設定より悪知恵が回るのは、厄介だ。


「ニャ! そしたら、まずレジーナが時間を稼ぐニャ。その間に、メイは情報を集めたらいいニャ」


「もう石化させられたりするなよ!」


「もちろんニャ」


 ばっと瞬間移動して、クロムウェル(仮)の前に出るレジーナ。

 位置的には魔女の墓場の中心、ジェヴェンとクロムウェルを背後から襲う形だ。

 レジーナはそのまま、ジェヴェンを指差す。


「――紋章を剥がした形跡。これは騎士の位を捨てたか、あるいは表沙汰には出来ない事をやっているニャ。

 痕跡はかなり古いから、この場合は前者だニャ。髭を毎日剃っていて、剃り負けや傷が無いから手先は器用。

 ただ眉毛は全部剃り落としている事から、最低限の身だしなみ以外は無頓着。こんなだから嫁さんの一つも貰えんのニャ」


 俺は盗み聞きのスキルを発動させつつ、木々に隠れながら移動する。

 餌が突然目の前に現れるって寸法だ。

 レジーナの長台詞のお陰で、ガサゴソと音を立ててもバレない。


 今の俺は丸腰じゃない。

 余った剣を(勝手に)借りてるからな。

 修羅場はくぐり抜けてきたつもりだ。

 灰色連中の素人どもは数こそ多いが、俺一人が相手でも時間稼ぎにはなるだろう。


 魔術が発動できれば完璧なんだがな。


「鎧は大きな傷を除いて細かい部分に補修跡あり。

 ブーツは色あせや靴底の摩耗が目立ち、かなり古くから使われていた。所々の意匠から見るに帝国のアルテシュタイン工匠局の製品。

 アルテシュタインは開戦時のごく初期に王国側の襲撃で消失しているから、レア物だニャ。

 ところが元帝国騎士団は装備を売り払う傾向がある。そんな時代なのに売らずにずっと使い続けているって事は、愛国心はまだまだあるようだニャ?」


 よくあんなに長台詞を噛まずに言えるな。

 そして灰色連中は、呆気にとられて攻撃できずにいる。

 いや、あいつらはジェヴェンの指示に従っているだけか?

 そこらの雑兵とは違うのかもしれない。


「ただ兵士達との会話や、相手の両目からはやや下に落とした視線から見るに、謙虚というより、尊大な振る舞いをしたくないという所が見受けられる。

 兜を所持せず、明るいところで顔を見せ、必ず名乗るところから、敗戦の罪悪感を背負い込もうとしていると推測されるニャ」


 裏設定の羅列ですかねえ。

 それとも、本編の少ない情報から補完に補完を重ねて、二次創作で使うような感じか?

 なるほど。参考になる。


 いや、だから!

 今はそんな事を考えてる余裕は無い!


「――さて。もういいかニャ?」


「充分だ。度し難いな、何もかもお見通しとは」


「ニャフフフ……レジーナは人呼んでニャーロック・ホームズと――」


「いや待て待て待て待て!」


 思わず飛び出てしまった。

 これは後で怒られるな。


「ニャー。関係各所から怒られそうなネタは控えろって事かニャ?」


 レジーナは肩をすくめて、あらぬ方向を向く。


「そういう事じゃないし、お前はどこ見て言ってるんだ」


「そこにカメラがあるからニャ! てへぺろ」


「もう勘弁してくれ……」


 相変わらず、とんでもない奴だ。

 漫画で言えば、コマを突き破ったりするアレだろ。


 (※本当は原作第30話くらいで仲間になる筈だったんだニャ! まあメタ視点のリスクを考えれば、妥当かニャ? 102話まで引っ張ったのは、ちょいとばかり遅すぎる気がしないでもないがニャ)


 ――うわ気持ち悪ッ!?

 何か今、俺の心の中に割り込まなかったか!?

 ホントなんなんだこいつは。


「説明しよう! レジーナがその気になればモノローグにも自由に干渉できるのニャ!」


「モノローグぅ!? SAN値が減るからやめてくれませんかね」


「賢者のSAN値が一桁なのは世の中の創作物ではお約束だニャ! 真理に触れれば気も触れる。賢さと狂気は表裏一体だニャ!」


 だから、現地人に通じないネタを俺に振って周囲を狼狽させるのはやめて差し上げろ!

 ほら見ろ! ジェヴェンが目を点にして、首を傾げてるじゃないか!


「その守人は一体、何の話をしているのだ?」


「気にしちゃ駄目です」


 今、守人って言ったよね?

 フォボシア島での話を覚えていてくれていたのか。

 ……いや、あの時はレジーナが守人って伝えていない筈だ。


 どこかで情報を仕入れたのか?

 まあそれは、後回しだ。


「ぎゃあ!」

「て、敵襲! 敵襲ゥー!」

「空からだと!? 魔物のくせに!」


 新手がやってきたらしく、にわかに周囲が騒がしくなる。

 しかも、空だ。

 敵地のど真ん中に、パラシュートみたいな道具を使って降りてきやがった。


「ヒャッハァー! 人間同士が仲間割れだァー!」

「今がチャンスだ! ぶっ殺せ! 一網打尽!」

「ぶっ殺し放題ヤッター!」

「イぃいいいヤッハァー!」


 あー、懐かしい雰囲気だ。

 ――って、懐かしんでる暇なんか無い!


 結界が無くなった今、この屋敷は全くの丸裸!

 誰から狙われてもおかしくない状況だ!


 そして実際、魔女の墓場だけじゃなくて、魔王軍まで攻めてきた!

 どっちも最優先目標はヒルダ!


 三つ巴の戦いになるか?

 ンなワケねーだろ!

 共闘はありえないにしても、奴等は揃って狙いに来る!


 こうなりゃヤケだ!

 せめてお前らだけでも道連れにしてやる!


「いいよ来いよ! 命賭けて命!」


「……」


 あれ?

 来ない?

 なんでみんな動かないの?


 なんで魔王軍を見るの?


 ついに人類は力を合わせて魔王軍と戦うべきだって真理に気付いたの?

 いや、無いよな? お前らに限って、そんなできすぎた判断しないよな?


「先ほどから何をしているのですか! ジェヴェぇーン! 早くそいつらを叩き潰して聖杯を奪還し、ヒルダを亡き者にするのですぞ! 魔物の襲撃に気を取られている今こそが好機!」


 クロムウェル(仮)が、ひーちゃんの上で喚き散らす。

 そうだよな。

 魔女の墓場はそういう連中の筈だ。

 勇者だろうが平気で殺しにかかるクソ野郎の集まりなんだから、急に宗旨替えなんてありえない。


「失礼ですが、枢機卿クロムウェル……」


「な、なんですかな!?」


「少し、黙って頂きたい!」


 仁王立ちしたジェヴェンが一喝する。

 同時に、ひーちゃんがクロムウェル(確定)をくわえ、地面に叩きつけた。


「く、ぐぐ……! な、なんですと!? この我輩に反逆とはちょこざい――ほぶッ!」


 うーわー!

 やっちまったー!

 見事にクロムウェルの鼻っ柱に、左ストレートが決まったァーッ!


嗚呼ああッ! 吾輩の、鼻がァー!」


 ジェヴェン、謀反! 謀反ですッ!!


 ……正直、超展開すぎて追い付けないんだが。

 どうなる? この戦い。




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