第九十七話 「なんでもいいわ、服の体をなしていれば」
ドーラは淡々と語ったが、その心痛たるや察するに余りある。
コイツめっちゃ仲良しだったもんな、王様と。
……こんな時に俺達の不幸と踊っちまった話をするのは、その、気が乗らないな。
とはいえ、国の真相を伝えておいたほうがいいだろう。
かくかくしかじか、と。
「――この城に、酒はあるか?」
話が終わるなり、ドーラは真顔で俺達に問いかけた。
アンジェリカはうんざりした顔で溜息をつく。
「酒で王様は生き返りませんし、後悔しますよ」
お前の言うとおりだ、アンジェリカ。
酒で人は生き返らない。
だが、正論だけで人は生きていけない。
「アンジェリカ。この健康優良突撃女騎士のドーラさんが酒を欲しがるってのは、そうとう参ってる証拠だと思うんだが」
「はっはっは。シン殿に嘘は付けぬな!」
「うーん……」
「お酒かあ。お酒ねえ。頑張って探してみるよ」
「強めのもので頼むぞ」
* * *
メイが酒を見つけるや、ドーラはビンをひったくって飲み干してしまった。
そしてそのまま爆睡。
「やっぱりというか、なんというか……ドーラもかなり参ってたんだな」
「あはは、そうだね……」
「それより、これからどうするのよ?」
「まずお前の服を見繕わなきゃ、だよな」
「そういえば、ボロボロね」
「やけに冷静だな。取り乱して殴ってくるかと思ったが」
ちょっぴり嫌味も交えたツッコミを入れてみた。
が、アンジェリカは相変わらず平然としている。
「もっと恥ずかしい姿を見せちゃったから、ね」
「あー……」
修羅モードの時の記憶、あるんだな。
それを考えれば、確かに今更って感じもしなくもない。
「動きやすいから、別にいいかなって」
どういう理屈だよ!
魔女になったせいで、羞恥心がオミットされちまったらしいな。
「だが、ファルドがその姿を見てどう思うかって話だよ」
「……そうね。メイ、この城に服はあるかしら」
「作ればあるよ。手伝ってくれる?」
「もちろん。ありがと」
手作りとは、また気の長い話だな!
まあでも、無いよりマシだ。
布一枚隔てたその先は完全に年齢制限モノだからな。
「デザインはどうする?」
「なんでもいいわ、服の体をなしていれば」
「じゃ、あたしとお揃いにしよう!」
アンジェリカはメイの胸元を一目見て、それからジト目で顔へと視線を移した。
そうだよな、お揃いにしたらまずそこのサイズがな……。
「遠慮しとく。他に無い?」
「メイ。こういうの、どうだ?」
適当に検索した、ネトゲの画像を見せる。
ローブを纏ったミニスカートの魔法使いが表示されている。
頭には、魔女っぽいとんがり帽子だ。
「あー、いいね!」
「二人だけで納得されても、私それ見えないんだけど」
「そっか、ごめんね。でも、いいデザインなのはあたしが保証するよ!」
「アンタのセンスが心配なんだけど」
「俺からすれば、その格好で平然としてるほうが心配だ」
「それは、その……うん。私、もっと素直にならなきゃね」
そんなワケで始まりました、服作り。
まずはステップ1!
デザイン!
画像検索した資料を元に、全身図を起こします。
本当は縫い方とかが乗ってるといいんだが、あいにく設定資料集なんて出版してないゲームだ。
自前でどうにかするしかない。
まあ前面、背面の画像を見付けられただけでも御の字って事で。
縫い方についてはメイがどうにかしてくれた。
さすが元コスプレイヤー。
造形に精通しているので、フォルムからその辺を逆算してくれた。
もちろん、採寸も忘れてないぞ。
俺はその際、部屋を出た。
当然だな。
ステップ2!
布探し。
えー、白い布しかありませんでした。
カーテン、シーツ、あんまり言いたくないが死体の服。
全部、白しかない。
ステップ3!
作る!
俺はいくつかの単純作業を担当するに留めた。
下手こいて駄目にしちまったら、元も子もないからな。
そうして出来上がった衣装に、アンジェリカが袖を通す。
見事な出来栄えだった。
サイズもジャストフィット!
いかにも、魔女って感じがする。
腕周りはゆるく作ってあるので、激しい動きでもそうそう破れない。
ニーソは以前の伸縮性のあるものは用意できなかった為、やむなくベルトで固定するタイプで作った。
横と後ろに細いベルトが通っていて、これはこれでセクシーだな。
靴は……死体から拝借だ。
よく洗って乾かしたから大丈夫だと思いたい。
「ありがとね。久しぶりに人間らしい格好したわ」
「どういたしまして! 汚れが目立ちやすいから、気を付けてね!」
「大丈夫。普通の冒険者は、汚れなんて気にしないわよ」
アンジェリカェ……。
やっぱ常識や羞恥心は溶かしちゃったか。
早いところファルドに何とかしてほしい所だが、肝心のファルドもバーサーカーだからな。
「ドーラは生きてるか?」
「一応、大丈夫みたいだよ。でも、そっとしておいてあげよう」
ふと、ドーラを見る。
骸骨ピエロが甲斐甲斐しく介抱しているが、寝顔は安らかとは程遠い。
随分、うなされてるみたいだ。
痛飲だけじゃないな、原因は。
コイツの悪夢を取り払ってやるには、魔女の墓場に乗っ取られた王国を取り返すしかない。
あー、やだやだ!
SEIJIだろ?
俺はそっち方面に傾かないストーリーにした筈だ。
その為に勇者VS魔王っていう、シンプルな構図にしたんだ。
魔女の墓場はあくまでお邪魔虫で、人と人との結束を意識させる為の必要悪として設定した。
それが、どうしてこうなった?
いや、解りきってるさ。
ヴェルシェが裏から手を回したんだろう。
アイツの口ぶりから察するに、それがアイツの狙いなんだろう。
まったく、やってくれる。
「む……すまんな、いつの間にか寝ていたようだ」
「ほあようごじゃいましゅ」
南無三、噛んじまった。
アンジェリカとメイの視線が、胸に刺さる。
「あー、コホン。役者は揃ったみたいだな」
ひとまず俺達が次の試練(笑)を乗り越える為の、生存戦略を練ろうじゃないか。
「次は、どうする? ファルドを探しに行くか?」
最優先目標だからな。
だがこれは、問題がある。
どこ行ったか皆目見当がつかないのだ。
「私としては魔女を味方に付けたいのだが」
「魔女って、共和国辺りのですかね?」
「その通り。奴隷魔女を解放する」
「処刑されかけた私が言うのも何ですけど、いよいよ謀反の烙印が決定的になりますよ?」
「構わんさ。毒を食らわば皿までだ」
確かに、今までは家とか役職の都合もあったワケで、色々と気にしながらだったからな。
失うものといえば親くらい(その親もコイツの境遇を考えると処刑されているかも……)な今、何も怖くないに違いない。
「目をつけられてリンチされると詰むんだよなあ……」
「そもそも協力してくれるかどうかが賭けだよね」
「ふむ……」
分の悪い賭けは、俺は気が進まない。
というより、賭けに出る前に準備は済ませなきゃならない。
特に、交渉相手は魔女だ。
アンジェリカがそうであったように、正気を失った連中も多いだろう。
……一筋縄じゃ行かない。
歯痒いよな。
「私なら、魔王軍を少しでも削ってから、魔女を仲間にするわ」
「あたしは反対だなあ。魔王軍を倒す事に集中したほうが、ファルド君を見付けやすいかも?」
「だが、魔女の墓場……いや、ヴェルシェと利害がぶつかり合うぞ。モブに魔王を倒させるつもりらしいからな」
「でも、人間側に害がないというのは伝わるかも」
「俺が今まで目にしてきた伝説では、四人の勇者のうち一人が仲間外れにされたものがあってだな。その仲間外れにされた奴は、コツコツと小さい事からやっていったら、人々とやがて打ち解けあう事ができた」
「あー、知ってるよ、それ。でもさ、時間ないじゃん」
「そりゃそうなんだが……ていうか、無実を証明するのは諦めたか、後回しって事で満場一致でいいんだよな?」
全員が頷く。
いや俺は諦めちゃいないんだが、話の通じない相手が多いからな。
心が折れるのは、必然でもある。
話し合いはこうして、日が暮れるまで行われた。
ようやく決まった方針。
それは、メイが放った一言に端を発する。
「瞬間移動は逆探知できないんだけど、これを利用してみるのはどうかな?」