第九十五話 「アンジェリカ、戻ってこい!」
テレポートで殲滅城の城内には一瞬で到着した。
すごいな、テレポート。
さながらエンタープライズ号のワープ航行だ。
トレッキーの人達が泣いて喜ぶぞ。
だが骸骨ピエロ(相変わらず元気でした)に案内された一室に、アンジェリカの姿は無かった。
「こりゃどういう事だよ?」
紙とペンを渡すと、
《いえ、先刻まではこちらにいらした筈なのですが……
外が騒がしいので、もしや外出してしまわれたのでしょうか?》
という予想通りの返答をよこされた。
「なんで、おとなしくしてないんですかねえ……!」
いや、解りきってる話なんだけどな?
魔女になったアンジェリカは、筋金入りのバトルジャンキーだし。
どうせ外で暴れてるんだろう。
「行ってみようか、信吾」
「そうだな。えっと、どっちの名前で呼んだらいいんだ?」
「そう、だね……め、メイでお願いしまーす!」
気難しい奴だな。
本名を教えたのは、俺とお前の秘密にしておきたいって奴か。
それもいいか。
* * *
「あー、派手にやってるなあ」
アンジェリカは、群がっている魔物を次々と血祭りにあげている。
ボロボロのシャツは返り血まみれで、すっかり赤黒くなっていた。
シャツは殆どボタンが取れていて、へその少し上辺りの二つのボタンだけで前を留めている状態だ。
俺はふと、違和感に気付いた。
……よく見るとブラが外れてるじゃねーか!
胸は小さいから揺れるなんて事も無いが、何とも御無体なお姿ですこと!
そんなんじゃ誰も嫁に貰ってくれねーぞ、アンジェリカ!
「あ、痛ッ」
メイ!
足を踏むんじゃない、足を!
「どこ見てんのー?」
「いや、どうやって止めようかと思ってだな」
「完全に、おっぱい見てたでしょ。ほら、吐けば楽になるぞ!」
「やめろ馬鹿、揺さぶるんじゃない!」
嫉妬というものは恐ろしいな……!
勘弁願いたいものだ。
ほら、見ろ!
アンジェリカがこっちに気付いてるぞ!
「……見て、私を、見て!」
お前は、見てコールしながら火を放つんじゃない!
いい加減に目をさましてくれないかね、この猪突猛進バーニングおてんば娘は……。
両腕に炎を纏っているその姿は、まさしく修羅だ。
紅蓮腕ってか! お前はどこの国盗りミイラだ!
「くだらねえコントやってたせいで気付かれちまったじゃねーか! どうしたらいいんだコレ! うわ、あっつ、熱っちい!」
火の粉が容赦なく降り注いでくる。
まるで火山の火口付近だ。
いや、ドキュメンタリーでしか見たこと無いが。
メイはこともなげに涼しい顔で避けてる。
大暴れの煽りを食らっているのは俺だけらしい。
仕方ない、パソコンで防ぐか……あんまりやりたくないんだが。
レジーナに熱が行くワケでもないだろうから、やむを得ずやらせてもらう。
「アンジェリカ、そろそろいいだろ!」
魔物は既に壊滅状態で、死屍累々と積み上げられた残骸はその殆どが黒焦げだ。
まったく、派手に火遊びしやがって。
誰が後始末するんだよ、こんなの。
「やだやだやだやだやだ! まだ暴れるもん! そうだ、シン! 私と戦ってよ!」
「やだねえこのバトルジャンキーは……物理的に説教するしかないか」
「でも、丸腰だよ!? 大丈夫なの!?」
「ちょっとやけどするだけだ。ツバ付けときゃ治る」
勝率は限りなくゼロに近いだろうが、それでもやらなきゃならんのだ。
俺にはその使命がある。
アンジェリカ、俺は必ず取り戻すぞ。
「いいわよ、おいで! ムシャクシャして、全部、ぶっ潰してやろうと思ってたの! イライラする、あはっ、あはははは!」
イライラするとか言いながら笑ってるんですが……。
お前はどこの十本刀だよ。
なにはともあれ、力に呑まれて正気を失うっていうのはお約束だ。
本当はカップリングの片割れ(この場合はファルド)が助けに行くのがセオリーなんだが、ファルドもあんな状態だしな。
仕方ない。
「メテオストーム! ボルケーノバースト! スネーキーフレイム!」
――やめろ!
開幕大技ブッパやめろ!
「お前な、理由のない味方殺しは物語での禁じ手なんだぞ!」
アンジェリカのブッパ攻撃が止む。
「何、言ってるの……?」
しまった、つい書き手としての知識で口を滑らせた!
こんなのアンジェリカに伝わるワケないよな。
「理由ならあるに決まってるじゃない! 魔女は全ての人に憎まれる! 私の親も、デュバル先生も、リーファさんも、ルチアも、ヴェルシェも!」
なんか別の形で伝わってるー!
「ファルドだって、私が生きている事なんて知らないままでいいのよ!」
しかもまた火の玉飛ばしてきてるー!
「もう誰も、面倒な事に巻き込まれちゃいけないのよ! 早く、私を忘れてよ! メイがいるでしょおお!? 一緒にいたらいいじゃない! 添え物なのよ、私は!」
ヤケクソか!
何だよその理論!
もはや何が何だかさっぱりだ。
「ごめん、シン君。やっぱ乱入するね」
「助かる。徒手空拳じゃ勝てそうにない」
「いいよ、いいよぉ~? 二人で掛かってきなよ。私は勝てる!」
熱い戦いだ。
その、物理的に。
メイも接近してアンジェリカの動きを止めようとすると、やっぱり避けられないようだ。
俺のスキルがそうさせているのか、一発で黒焦げなんて事にはならないが……。
赤い杭がメイの槍から何本も放たれ、アンジェリカの足元をかすめて行く。
対するアンジェリカは、その杭を時には蹴飛ばし、時には投げ返してきた。
合間に炎の魔術も織り交ぜてくるので、隙はない。
だが、ついにその時は来た。
「シン君、今だよ!」
足払い。
アンジェリカは受け身を取る暇もなく、そのまま尻餅をつく。
「おう!」
立ち上がろうとしたアンジェリカに、俺はラリアットをかます!
たたらを踏むアンジェリカ。
すかさず、俺は羽交い絞めにした。
「本質を見失うなよ、アンジェリカ! 俺達は負けたワケじゃない!
聖杯を失ったし、お前を死なせるところだったし、ファルドはお前が死んだと思って修羅に堕ちた! だがよ!」
「何よそれ! もうどうやっても絶望じゃない! あっははははは!」
知ってるか? アンジェリカ……。
最低って言葉は、それより下が存在しないって事なんだ。
「生きてる限り次はあるんだよ」
後ろから抱きしめる。
メイにそうしたのと同じように。
意味合いは違うかもしれんが。
娘を抱擁する父親って、こんな感じなのか?
まあ、腕に爪を立てられてるんだがな!
痛えよ!
お前もレジーナとおんなじ事をするんじゃないよ!
「……――!」
「アンジェリカ、戻ってこい!」
立てた爪が、マジで痛い。
何が痛いって、焼きごてみたいに爪が熱を発してるんだよ。
傷口を直接焼かれてるから、じわじわと痛みがやってくる。
だが、俺は離さない。
前に進む痛みから、俺は絶対に逃げない!
「――……はあ、はあ……ッ」
しばらくして、アンジェリカが過呼吸みたいに息を荒げながら、両腕をだらりと垂らした。
急に重くなったのは、脱力したからだろう。
もたれかかってきたアンジェリカを、俺は全力で支えた。
支えながら向きを変え、両肩を掴んで顔を見る。
目は相変わらず赤いが、ヒロインの看板を取り下げたくなるようなオリジナル・スマイルじゃないから、正気を取り戻したに違いない。
……そうであると、信じたい。
「その、何だ。大丈夫か」
「おかげさまで、ね」
よしよし。
このどことなく漂うシニカルな雰囲気の口調は、間違いなくいつものアンジェリカだ。
「動けるか?」
「迷惑をかけて、ごめんなさい。動けるけど、また一人でやらせてもらう」
「ファルドが暴走状態なんだ。止めてやれるのは、お前しかいない」
「……今更、どんな顔を見せればいいの?」
「とある従者は迷える灰かぶり姫に、こう言った」
俺は、口の端を少しだけ上げる。
……ニコッ!
「笑顔です、と」
もちろんオリジナル・スマイルじゃなくて、ちゃんとした笑顔だぞ。
顔芸好きな人達を否定するつもりは無いが、アンジェリカはああいう笑い方をしちゃ駄目だ。
「またどこかの受け売り?」
「物語は、伝えられる為にあるんだよ」
「あ、否定はしないのね。けど……ありがと」
綺麗にまとまったところで、メイがアンジェリカを引き剥がす。
更に、俺がそうしたみたいにアンジェリカを羽交い締めにした。
「はい、離れてねー……シン君はあたしの男だからねー」
「アンタも大概、色ボケよね」
「君はもっと素直になろうよ」
「アンタに言われたかないわよ。まあ……不本意だけど、アンタ達には頭が上がらないわ……ホント、ありがとう。メイ、疑ってごめんね」
「いいって。これからは、あたしも友達にしてね?」
「うん。考えとく」
あら^~いいですわゾ^~!
久々に尊い構図が来たな。
デレたアンジェリカは、やはり尊い。
実に、尊い!
……よし、堪能した!
百合の花園は憩いの家!
嫌なこと続きでドライフルーツのように干からびていた俺の心は、もっちもちのフワッフワに潤ったぞ!
「――終わったか?」
「うおわ! びっくりした!」
誰かと思えば遠征中だったテオドラグナじゃないか!
物陰から顔を半分だけ出して、こちらの様子をうかがうテオドラグナ。
「こんな辺境の地で一体どうしたんですか。しかも、一人で」
「話せば長くなるが、お付き合い願えるだろうか」
なんだなんだ。
そっちは一体、どうしたんだ。
「教えて。気になるわ」
「俺もだ」
「そう、だね。もしかしたら、以前のあたしと同じ状況かも」
「すまないな……実際やってられんのだよ、吐き出さねば。それで、ここまでのいきさつだが――」