第九十四話 「やっぱり、この姿が一番だね」
「……ありがとう、シン君」
まさか、その身で愛を証明するっていう条件に対してメイの出した答えが、俺の童貞を奪う事だとは思わなかった。
訊けばメイも初めてだそうで、二人で初めてを捧げあったという事になる。
こんな綺麗な子が初めてとか、耳を疑った。
が、めっちゃ痛がってた(前戯は気を遣って時間を掛けたつもりなんだが)し、血も出たから、その……マジだったんだな。
ベッドの代わりに祭壇を使うという、何とも罰当たりなシチュエーション。
ぎこちなく身体を重ね、お互いに愛を囁く余裕も無いまま果てた。
それが俺達の、童貞(&処女)卒業だった。
あ、これ以上は詳しく言えないぞ。
R指定だ。
いや、気持よかったよ?
一人でするより、数十倍は。
だが……今は、本来なら二人でしっぽりやってる暇なんて無い。
魔力供給がコレっていう、某聖杯戦争ノベルゲームのPC版みたいなノリでもなけりゃな。
それを意識すると、どうしても、気持ちが萎えちゃってな……。
そんな事を言えば、メイは悲しむんだろうが。
あと、全国の童貞の皆様も怒るだろうな。
わかったよ。
わかりましたよ。
ちゃんと全部やり遂げたら爆死でもなんでもしてやるから!
「シン君、どうしたの? さっきから、上の空……」
「っと、すまん」
そうだった。
メイの頭を撫でながら、ピロートークの真っ最中だったんだ。
そろそろ、旅の準備をしなきゃならない。
片付けるべき問題は山積みだ。
まず魔女の墓場イチオシ(というよりゴリ押し)のメンバーによる魔王討伐を阻止して、俺達が先に魔王を倒す。
もちろん、当初のメンバー全員でだ。
誰一人、欠けちゃいけない。
ただしヴェルシェ! お前は駄目だ。
この世界がおかしくなった原因をしっかり追求する。
ヴェルシェが一枚噛んでいるのは間違いない。
だが気掛かりな事があるのだ。
『果たして、そう上手く行くかな』
などと喧嘩を売ってきた奴は何者だ?
魔王の声じゃなかった。
レジーナを石化させた奴かもしれない。
これも、やることリストの一つだな。
それと奴隷魔女の待遇改善、欲を言えば完全に解放したい。
現時点じゃ魔女の墓場が大陸を牛耳ってるから、奴等を片付けてからかな。
あとは、そうだな。
ぶっちゃけ、大司教暗殺とエスノキーク魔法学校の放火は、その過程で真犯人が見つかると思う。
ていうか、どう考えても魔女の墓場が自作自演でやっただろ。
狂った出来レースだ。
恥を知れ!
……そういや、俺、丸腰なんだっけ。
まったく情けねえ!
徒手空拳で勝てる相手じゃないだろうし、多分これしばらくはメイに守ってもらうパターン来ちゃったぞ。
メイ……背中は頼んだ。
「ところで、俺なんかで良かったのか? いくら力を取り戻すといっても」
だってメイは美人だ。
引きこもりとはいえ、出会いの機会は多いだろう。
俺みたいな偏屈で語彙も貧弱な、ぱっとしない奴を選ぶ理由なんて無いだろ。
「シン君、なに言ってるの?」
「いや、その……だって、雪の翼亭でも媚薬盛られてただろ? あの事、気にしてるんじゃないかと思って」
「あたしが好きなのは、シン君……信吾だよ。君以外の誰を愛するっていうの?」
――本名覚えてくれてた!?
それは、嬉しいが……そんな事よりだ!
「え、ちょ、俺が好きって、マジか。いいのか?」
「君だからこそ、だよ。どんな時でも前に進むことを諦めない。モノ作りをする人たちを応援し続ける、強くて優しい、信吾だからこそ好きなの」
ぎゅっと、抱きしめられた。
こんなに愛されていたんだな、俺。
俺も立派な鈍感系主人公だ。気付いてなかった。
いや、考えないようにしていたんだ。
だってお互い異世界に召喚されて冒険中という、いわば吊り橋効果のデラックスバージョンみたいなもんだろ。
そこに乗じて「オレサマ、オマエト、アイシアウ」なんてできるワケねーだろ!
泣く子も黙る草食系男子である、この俺に!
「あ、そうだ。あたしの本名、まだ伝えてなかったよね」
「そういやそうだな。ハンドルネームと異世界ネームだけだ」
割と人間不信気味だったろうから、本名を今まで名乗らなかったのは無理も無いと思う。
一応、考えないようにはしてたんだよなあ。
「あたしの名前は、冴羽さつき。冴える羽って書くの」
「刃じゃなくて羽なのか」
「ごめんね」
「覚えておくよ。俺は“吾を信じる”と書いて信吾な」
「ふふ。ぴったりだね」
ていうか俺達、二人ともイニシャルがSSなんだな。
ストーリーを作るのを趣味の一つとしている奴同士だし、何だか運命を感じる。
……らしくないな。
俺はこんなにロマンチストだったか?
まあいいかな。
恋をした奴がロマンチストにならないで、どうするんだ。
「……あ、そろそろ始まるみたい。変身するね」
「変身って。まあ、解りやすいが」
パッと離れると、メイは立ち上がる。
薄紅色の粒子に包まれて、あっという間にへ~んしん!
いやまあ、過程は省いておかないと刺激が強すぎてだな。
とてもじゃないが、子供に読み聞かせられるような内容じゃないんだよ。
察してくれ。
初めて会った時と同じ、あのボディスーツ姿だ。
対○忍か、それともホライ○ンかね。
どうせなら覚醒バージョンって事で、タイツからニーソにしてくれても良かったんだぞ。
ちなみに畳んであった普段着は粒子になって消えた。
ご都合主義的に考えるなら、変身が解除された時に普段着に戻ってるんだろう。
ああ、それと。
仮面とマントは付けていない。
もう今更いらないだろうな、これ。
「やっぱり、この姿が一番だね」
「できれば、ありのままのお前を愛したいんだが」
「えー。やだ」
「元の世界に戻ったら、その姿じゃなくなるんですがそれは」
「……うん」
戻れるようになる頃には、その覚悟ができてるといいんだが。
とはいえ、どうやったら戻れるんだろうな?
ヴェルシェは、この世界を“作られた世界”と言った。
『あんなの、奴のたわごとニャ』
「うおわ!?」
* * *
「脅かさないでくれよ」
『そろそろ終わっただろうなっていうのが感覚的に理解できたニャ。それより、この世界についてだがニャ。ここはちゃんと、もうひとつの現実だニャ』
「じゃ、じゃあ、なんで俺の書いた作品にそっくりな世界観なんだよ?」
『それはこの世界が、その物語が書かれた時点で生まれた世界だからニャ』
なんか、また随分と小難しい話だな。
理解するのに時間がかかりそうだ。
「原作に比べて色々と違いがあるのは、どういう事なんだ?」
『読者の認識で人物像や出来事に補正が掛かるんだニャ』
「こんがらがってきた。作品を書いたら世界ができて、その後に読者が作品を読んでどういう印象を抱いたかによって、変化していくって事か?」
『人を作るのは己のみに非ず。他者の認識も加わる事で、初めて人柄というものは生まれるんだニャ』
「哲学的だな……読者がそのキャラクターの本来のイメージからかけ離れた印象を持った場合はどうなるんだよ?」
『どんなに善良な人間、それこそロウとグッドにアライメントを全振りした人であっても、魔が差したりする事が無いとはいえないニャ?』
「……あ、あー。なるほどね」
『他にも、誰かが有る事無い事言いふらしたりする事だって有り得るニャ。世界とはつまり、可能性と認識の集合体だニャ』
「すまんが、そろそろ切り上げていいか。SAN値が減ってきた」
『ヒドいニャ! レジーナをそういうキャラに設定したのはお前だニャ!』
「そうだゾ!」
メイはすっかり元気になったのか、ズビシと俺を指差してきた。
いやお前はこんな話をされて平気なのかと。
世界の真実に気付くワケだぞ。
これが俺じゃなくて現地人だったら、こんなんじゃ済まされないだろ。
『慣れないのも仕方ないとは思うニャ。メイにバトンタッチして、ふて寝するニャ』
「うん、ありがとね」
『いいって事ニャ』
色々と謎の多いレジーナは、ログアウトしたようだ。
パソコンが静かになった。
「じゃ、アンジェリカを匿ってる所に案内するよ」
「どこに匿ったんだ?」
「殲滅城だよ」
「あそこか……」
こんなに早いタイミングであそこに再び出向くとは、つゆにも思わなかったな。
元気にしてるのかな、あの骸骨ピエロは。